第259話 世界樹行こうぜ!世界樹!4

「あたし達、もっと鍛えた方がいいと思うわ」


 そう述べたのは、イリス・ストレガ・エクセレイである。


「賛成」

「僕もそう思うよ」

 ロスとアルも、賛同する。


 ここは学園の教室であり、今は休み時間だ。ただ、クレアはいない。巫女と公表したので、ほとぼりが冷めるまでは登校を控えた方がいいという判断になった。

 学園の敷地に小さな家を建てて、カイムとレイアと共に過ごすことになった。近いうちにイリスもホームステイすることになっている。王宮からすれば、巫女と将来を期待されている王族をまとめて警護できるのだ。渡りに船ということだろう。


「でも、誰に師事すればいいのかしら」

「ルーグさんは音信不通になったからなぁ」

 ロスが首をひねる。


 ルーグは都を出た。

 弟子のノイタは重犯罪人であり、ロッソもそれを幇助した疑いをかけられている。ルーグ自身は都の騒動があった時、不審な行動は全くしていない。

 が、弟子2人が犯罪者と容疑者秘匿者である。彼は都にはいられなくなったのだ。無駄な争いが起こる前に、都を見限った形となる。

 ルーグにイリス達も師事していたのは、ギルドの人間が知るところではあったが、ラクスギルドマスターがすぐに緘口令をしいた。具体的に言えば、冒険者に金をばらまいた。お前、お金もらったよな? 口を滑らしたらギルドの意向を無視したということだよな? じゃあ都でこれから先、クエストは受けられないな? ということである。冒険者達が素直に言うことを聞いているのは、これ以上無駄な争いをしたくないという考えもある。普段は魔物相手に戦っている彼らは、対人戦での心理的消耗が激しかったのだ。


「ショー先生は?」

「ショーは今、レギアの軍備で忙しいから無理」

 イリスの提案にロスが答える。


 先日の騒動で、魔王の存在が明るみになった。

 そのことでエクセレイの周辺国は合点がいった。


 コーマイは王族が完全に吸血鬼と魔人族に乗っ取られていた。国のそこかしこで魔女の帽子ウィッチハットの製造も確認されていた。彼らの中心に魔王がいるという新しい情報を獲得したことになる。新王を中心に、形が見え出した敵との準備を整えることになった。


 エルドランは、「危機の共有を」という具体性の欠けるエクセレイ側の国交に理解を示すことができた。

 なるほど、これは脅威であると。

 それはアトランテもそうである。


 そしてレギアだ。

 彼らは自国が半壊した原因をついに知ることができた。今までは魔物の大量発生という、ある種の災害と認識されていた。それが、エクセレイから入った情報により、人災だと知ることができたのである。魔王による災いだから、魔災と言うべきか。

 軍備を整えなければならない。当然、それに奔走する人物の中にはショーも入っているのだ。

 3人はヒル先生が「私のアフターファイブは!? ハネムーンは!?」と嘆きながら夫の手伝いをする姿を見ている。ただでさえついこないだまで、学園外の怪我人の面倒を見ていたのに、である。

 ロスはそれを見て、ショーが今後の人生全て尻に敷かれるであろうことを確信していた。


「シャティ先生はどう?」

「シャティ先生も忙しいと思うわ。最近は学園よりも王宮にいる方が多いもの」

 アルの提案を、イリスが否定する。


「というか、強い人って今はみんな忙しいよな……」


 ロスの言葉に、みんな黙り込む。


「しばらくは、あたしと一緒に騎士団の訓練に混ぜてもらうしかないわね」

「レギア自治区の軍官のブートキャンプにも入れてもらおう。断りはしないはずだ」


 イリスもロスも王族なのだから、そりゃ断れないだろうとアルは心の中で思う。


「イリスさん、ロプスタン君、アルケリオ君、ちょっとこちらへ」

 見ると、リラ先生が扉から顔をのぞかせて手招きをしている。


「「「はーい」」」


 ついさっきまで真面目な話をしていた3人は、年相応の返事をしてそちらへパタパタと走っていく。


「というかリラ先生でよくね?」

「確かに。あの土魔法はすごかったわ」

「な、何の話?」


 突然ロスとイリスが候補に挙げるものだから、事情を知らないリラは困り顔をする。


「いや、こっちの話です」

「は、はぁ」

 ニコニコして答えるアルに、リラはうなずくしかない。


「3人とも、昼休みにシャティ先生が呼んでいます。お昼を食べたら行ってきてください」

「シャティ先生が?」


 3人は顔を見合わせた。







 クレアは一人、弓を引いていた。

 カイムから貰った弓である。大人用の弓は、長さがクレアの膝下まであり、扱いが難しい。

 それでも、出来るだけ早くこれを扱えるようになりたい。武器強化は魔力効率がとてつもなくいい。普通の火魔法や水魔法などは、形を維持するのにも魔力を使う。それに対して武器強化は、元々形があるものを更に強化するのだ。実体が最初からある分、魔力を節約できるのだ。

 弓兵は魔法使いの下位互換と勘違いする者もいる。同じ遠距離攻撃ならば、より威力が高く広範囲の攻撃ができる魔法使いの方が良いだろうと。

 だが、戦場やクエストでは話が違ってくる。

 長時間戦うとすれば、燃費の悪い魔法使いは後半戦お荷物に成り下がるのだ。

 ロットンのパーティーにシャティとライオ両名が在籍していた理由はこれが大きい。

 1発が大きい魔法使い。継戦能力が高い弓兵。これらはどちらかを択一するのではなく、両立させるべき役職ジョブなのだ。


 クレアが弓を極めなければならないと考えたのは、アルとイリスのためである。アルはまだまだ持て余している魔力の燃費に苦慮している。イリスの氷魔法も、言ってしまえば火魔法と水魔法を同時に使っているようなもので、継戦能力に欠ける。高い火力という利点があるのだが、そういう欠点もある。

 となれば、今持久戦ができるのは近接格闘のロスだけなのである。

 そうなった場合、後衛なしでロス一人に頑張らせるわけにはいかない。幸い、クレアは魔力コントロールが抜群に頭抜けている上に、光魔法に関してはイリス以上の才覚を持ち合わせている。

 回復と弓、風魔法による援護。

 これが自分に求められる技能だろう。

 巫女の自分には多くの護衛がつく。彼らを援護するためにも、まずは弓だ。


 クレアはまた弓を引く。

 わずかに的心から外れる。


「風を読み違えた。もう少し右に修正」

 クレアは呟きながら、もう一度構える。


 母親のレイアは、それを楽しそうに、飽きずに見つめていた。







「お邪魔します」


 図書館棟、その奥の蔵書点検室にシャティ・オスカはいた。

 コーヒーを音もなくすすりながらのんびりと本を読んでいる。横顔が微動だにしない。真顔も相まって、まるで彫像だ。イリス達の訪問にも恐らく気づいている。でも、反応はない。これはフィルでも時々ある現象だ。本の虫は、読書を切り上げるタイミングを自分で決めたがるのだ。多分、内容が中途半端なところなのだろう。

 それはいい。イリス達も、こういう時に待つことは慣れている。


 問題は、この空間に第三者がいることだ。

 男性が2人、女性が1人。

 爽やかな雰囲気の男性と、彼にぴったりと寄り添った庇護欲を掻き立てる見た目の修道女。そして野性味のある短髪の男性だ。背中に矢筒を背負っているから、射手だろうか。


 気まずい。

 恐らくシャティ先生の知り合いなのだろう。

 イリス達は知り合いの知り合いと対面する形となっている。イリスもロスも社交界デビューして久しいのだが、それでもこういった状況を突然与えられれば困惑もする。

 それは向こうも同じようで、爽やかな男性は困った顔で頬をかき、修道女はその後ろに隠れ、短髪の射手はため息をついている。


「おい、シャティ。紹介は?」

 射手の男が声をかける。


「今、いいところ」

「俺たちは気まずいところなんだよなぁ」


 3人の大人達は、本から顔も上げないシャティに呆れる。

 呆れはするものの、本を取り上げるようなことはしない。それをすると、彼女が向こう1週間は不機嫌になることを知っているのだ。


「じゃあ、僕らの方で自己紹介をしておこうか。僕の名前はロットン。こっちはミロワ。こっちがライオという。シャティの冒険者時代のメンバーさ」

「シャティ先生の!?」

 ロスが喜び、色めき立つ。


「シャティから君たちの指南をお願いされたんだよ。えっと、よろしくね?」


 ロットンが爽やかに挨拶した。







 オーケー。

 よくわかった。

 ワイバーンの感知の要は舌だ。蛇やトカゲと同じである。二股に別れて表面積を増やした舌をチロチロと頻繁に動かして、周囲の臭いを鼻腔へ送る。その臭いを判別して敵や異常を感知する。俺が元いた世界とは違い、空気やフェロモンだけじゃなく魔素マナも吸っているみたいだけど。


「そういうわけだ、瑠璃。できそうか?」

『何年我が友の瞑想に付き合っていると思っておるのじゃ』

「よし。あ、ナハトは……言うまでもないか」


 見ると、烏の使い魔は森の木陰に一体化していた。何だこいつ。何でもできるやん。


『ゴー』

 神語に切り替えて、瑠璃に合図を出す。


 木の葉を踏む音すら立てない。風魔法で音と空気を断絶する。全身にテンションを張り巡らせる。魔力操作を極限まで精密に操作して、自身の魔力がワイバーンの舌先へ届くのを回避する。

 やつは全く俺たちに気付かない。

 俺と瑠璃は堂々と、ワイバーンの股下を歩く。気分は前世行ったことがある、映画のテーマパークだ。丁度こんな感じに、恐竜のレプリカの下を歩いたっけ。まぁ、これはレプリカじゃなくて本物な上、火を吹くやつだけど。


『て、おい!おい!』

 俺は慌ててナハトを呼ぶ。


 何であいつワイバーンの鼻先に乗ってんの!?

 心臓が飛び出るわ!


『このまま、抜けるかの?』

『いや、う〜んと。どうしようか?』


 精神年齢が肉体年齢を上回る心持ちだ。俺は今、本当の子どものような悪戯顔をしているのだろう。笑窪が気前よく陥没しているのが、自分でもわかる。


『やるのかの?』

『あたぼうよ』


 俺はワイバーンの真下で、ドリルを構える。

 手負いになった深層のワイバーンと、俺と瑠璃。どちらが強いか、勝負である。


超合金螺旋突貫フルメタルドリルライナーァアアア!」


 ワイバーンが、くの字に体躯を折り曲げた。






「は? フィオに、2年会えない?」

「神は死んだ」

「馬鹿じゃないのかい? お前さんら」


 マギサは色々と言いたいことがあったが、面倒なので馬鹿という言葉に集約する。集約された事象はというと、トウツが当たり前のように殺気を飛ばして刀に手をかけていることと、聖女であるファナが神を勝手に殺す言い分である。

 そして何を隠そう、マギサとファナはこれがファーストコンタクトである。マギサは心中で兎のくのいちみたいなのがまた増えたと辟易する。


「お婆ちゃん、お久しぶり」

「元気にしてたかい、小娘」


 驚くことに、マギサはフェリには優しい。それは彼女が勤勉だからだ。基本的にマギサは勤勉な人間が好きだ。王宮で逃げ回っていたのは、自力で魔法研究をせずに自分を頼ろうとする人間ばかりだったからだ。

 フェリは違う。

 マギサという圧倒的な実績と地位のある人間相手に、当たり前のように知恵比べもすれば同じレベルで合同研究もして見せた。マギサに知恵が追い付けないときは、数日後には学習しなおしてリトライしてきた。シャティ・オスカもそうだが、敬虔な学徒には優しいのだ。ただし、弟子は除く。


「そういうわけさね。しばらくはあのガキを探さないどくれ。心配しなさんな。しっかり強くなって帰ってくるよ。多分」


 そこは多分なのか、とその場にいる3人は思う。

 が、文句は言わない。この国にマギサへ文句を言えるのは、隠居した先代の王くらいだろう。


「フィオを探さない? いやだねっ!」

 くわっとトウツが言い放つ。


「五月蠅いよ雌兎」


 バチンとトウツに電撃が弾ける。


「いったぁ!? 僕がかわせなかった!?」

 トウツが転びながら悶絶する。


「手元じゃなくて、トウツの肌先で電気が発生した?」

「よく見てるじゃないか」

 フェリの呟きにマギサが返す。


「今の私の魔法のレベルに到達したいかい?」


 3人が驚く。

 マギサ・ストレガは弟子をとることをひたすら避けてきた人物である。フィオは例外として、シャティやフェリが少し教えてもらった程度である。

 ファナが前に出る。


「ご教授いただけるならば、是非。わたくし達には力が必要ですわ。貴女程の使い手になれるのならば」

「僕もお願いしたいねぇ。力はいくらでも、あった方がいい。そしてフィオを世界で最も自由にするのは僕だ」

「さっきの魔法、どうやったのかしら。私も出来るようになりたいわ」

 三者三葉で返事を返す。


「なるほどね」


 マギサが目を瞑る。


「お前らが私ほどの魔法使いになれるわけがないさね!10年早いよ!」

 目を見開いてマギサが叫ぶ。


 この婆さん、自分から誘っておいて何言ってるんだ。


 そう、3人は心中で吐露した。

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