第203話 引率のお兄さんは不良
「で、こいつらは何だ? いつからギルドは託児所になったんだ?」
そう言った男は、100人が見れば99人は目つきが悪いと評する人物だ。赤い髪、機嫌が悪そうな切れ長の一重の目。ごつごつとした筋肉質な体と無数の傷は、彼が命を賭けた環境に長く身を置いていることを物語っている。特に目を引くのは隻腕であることだ。
この状態になってなお、冒険者業を続ける人間は少ない。というよりも、他にはいない。彼がソロでオラシュタットに活動拠点を移した際、多くの冒険者が「この男は死に場所を探しに来た」と勘違いしたものである。
彼の名前はルーグ。
フィオ・ストレガと共にアラクネと戦った人物。もっとも、共闘した時間は僅かで、戦闘のほとんどをフィオのパーティーに擦り付けた形になったが。
対面にはロッソとノイタのペア。
ノイタはまだいい。ルーグも最初こそ魔人族と行動を共にするのを渋ったが、ロッソに根負けする形で、時々冒険者としての手ほどきをしている。
問題は後ろにいる、ロッソたちよりも更に一回り小さい4人の子どもたちだ。
ルーグは直ぐに、そのうち3人の素性に気づく。
一人は何を隠そう、この国の第三王女ではないか。イリス・ストレガ・エクセレイ。髪色が初代の王を彷彿とさせ、血を濃く引き継いでいるとされる。それだけではなく、あのストレガの孫なのだ。彼女の可能性に期待している国民は多い。
ツンツンとした目つきでルーグを品定めしている。人の上に立つことが板につきすぎているので、ルーグは脳内でイリスをそりが合わない人間のカテゴリに放り込む。
浅黒い肌をした少し大きい少年はロプスタン・ザリ・レギア。復興中の隣国の皇子。この国には確か、人質同然で留学しているはずだ。
竜人族。正直、交流を結びたくない人種である。暑苦しいから。
耳が長い少女はエルフだ。人里にいるのは珍しい。とりわけ、自然から距離を置いてしまう都で見かけるのはレアだ。噂になっていたエルフの森からの留学生だろう。
ルーグは彼女の雰囲気から、何やら既視感を抱いた。だが、その既視感の出どころがわからず、思考を切る。
最後の少年は分からない。ふわふわした、足元が浮いているような不思議な存在感をもつ少年だ。色素の薄い髪を綺麗に肩口まで流している。見目が美しすぎるため一瞬少女に見えたが、よく見ると少年だ。
ルーグが驚いたのは、このふにゃりとした少年から一番強者としてのオーラを感じることである。自分の勘が鈍ったのかと一瞬考えたが、フィル・ストレガという例外を見た以上、この少年もまたあれのような例外なのだろうと自分を納得させる。
最後に、後ろに控える保護者然とした女だ。近衛騎士のフルメイルを着ている。今はメットだけを外して小脇に抱えている。女性だ。エキゾチックな浅黒い肌。白い髪を短く整えている。
「いやそれが師匠、この子たちを
ロッソが顔の前で手をぱちんと合わせて片目を閉じる。
「却下だ」
「何故なのだ? ルーグは、ノイタには冒険者を教えてくれたのだ」
すぐにノイタが言い返す。
「手前は成人して冒険者ライセンスをちゃんと持ってただろう。こいつらの場合は立派なお守りって言うんだよ。俺は面倒は見ない」
「あの、お守りとは言わせません」
口を挟んだのは、クレアだ。口を横に引き結んで、ルーグを見上げる。
「手前は誰だ」
「誇り高きエルフの狩人、カイムの娘、クレアです」
「その誇りの高いエルフが人に教授を願うとは、焼きが回ってねぇか?」
「いえ、貴方はよき冒険者と、ロッソさんやフィルから聞いています。その貴方に教授を願うことは、我々の誇りを傷つけることにはなり得ません」
「そうかい。他の後ろの連中は何だ? 王族に隣国の皇子か。そっちの小さいのは貴族か?」
「は、はい!アルケリオ・クラージュといいます!」
「何歳だ?」
「10歳です!」
「却下だ。教えん」
「何故なのだ!?」
再びノイタが声をあげる。
「俺はあくまでもB級冒険者だ。ロッソとノイタの助力がなければC級に残留できるかも怪しい底辺冒険者だよ。それが王族や隣国皇子の師? 馬鹿も休み休み言え。他に適任がいるだろうが。そこにいる騎士の姉ちゃんとかな」
ルーグが後ろの女性に目を向ける。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。近衛騎士、メイラです。普段はエイブリー第二王女殿下の護衛ですが、今はイリス第三王女殿下の護衛を務めております」
「はっ。ちゃんと護衛がいるじゃねぇか。冒険者体験がしたければ、騎士様たち連れて他の貴族のガキの様に、箔付けみたいに行ってくればいい」
「ルーグ様、目の前におわす方々はまだ若いとはいえ高貴な身分。口の利き方に気を付けて頂きたい」
「そうだな。俺は下賤な人間だ。そんな奴に大事なお姫様は任せられねぇだろ。他を当たれ」
メイラは脳内でルーグを嫌いな人間判定する。
平民から実力で這いあがった彼女は、同じく非凡な力を持っていながらも、それを正しく使おうとしない人間が嫌いなのだ。今のところ、ルーグからはそれを感じている。彼は実力を買われてスカウトされている。というのに、それを袖にしているのだ。メイラからすれば意味が分からない存在である。
「下賤でも構わないわ。師事するとしたら、貴方のような人物だと助言をもらったのよ」
イリスが口を開く。
「ふん、どなたからでございますか?」
ルーグの雑な敬語にメイラが動こうとするが、イリスが押しとどめる。
「フィンサー先生よ。冒険者の貴方なら知っているでしょう?」
「
「そう。フィンサー先生は言っていたわ。最も泥臭い冒険者としての戦い方を知りたいなら、貴方を訪ねるのが一番だって」
「ふん。そのフィンサー先生とやらが教えた方が早いんじゃないのか? 元A級だそうじゃないか。俺と同じことが出来る上に、俺よりも強い」
「イヴ姫お姉様から、いいことを聞いたのよ」
「……何だ?」
「貴方、フィルに借りがあるそうね。私たちを鍛えれば、その借りをいくらか返せると思うの。どうかしら?」
「………………」
ルーグは黙り込む。
自分が今、生きてここにいるのは確かにフィル・ストレガのおかげである。イヴ姫というのは、エイブリー姫のことだろう。彼女はフィルのパトロンだ。エイブリー姫にとって利になることをすれば、その恩恵がフィルにも行くことになる可能性は高い。
従妹を使って彼女は交渉しているのだ。「私に恩を売れ」と。
ルーグは面倒なことになったと思いながら、頭をガシガシとかく。気が乗らない。間違いなく面倒な案件だが、第二王女にたてつけるほど自分が強いとも、当然思っていない。
「俺からも一つ」
ロスが前に出てくる。
「俺たちは別に、箔付けするために冒険者を学びたいわけじゃない。強くなる為なんだ」
「成人してからでも十分間に合う。見りゃわかる。お前らはあっという間に俺よりも強くなるだろうよ。若いうちに命を
「それを、5歳からずっと続けている友人が俺たちにはいます」
「…………」
ルーグはその「友人」とやらにすぐ思い当たる。だが、それが誰かをあえて言わない。
「それで? ライバルがやってるから自分らもやるって? 付き合わされる俺の身になったらどうだ?」
「早く強くならなければいけないんです」
「何故だ?」
「分からない。けど、今のこの国はおかしい」
ルーグは驚く。今の魔物の様子が異常であることに、10歳かそこらの子どもが気づいている。冒険者の中では
それはルーグも変わらない。今の魔物の状況は異常だ。一過性のものではない。最悪、群生や亜種などが当たり前の生態系になってしまうかもしれない。もしそうなれば、ただでさえリスキーな冒険者業がただの博打扱いされることもありうる。
だからこそ、ロッソやノイタに付き合うよりも、最近は自分の鍛錬を優先している。
「……手前らは冒険者を学びに来たんだろうが」
「? そうよ」
イリスが応える。
「冒険者相手に交渉するときはまず、出すべきものがあるだろう。違うか?」
ガチャンと、重量感のあるものが机上に置かれた。置いたのはメイラである。
それは白い麻袋だった。
ルーグはその袋の中を確認する。驚いたことに、銀貨ではなくほとんどが金貨である。
「お望みの報酬だ」
メイラが言う。
メイラの中ではルーグは「面倒な男」判定がなされているので、少々言葉が平民時代に戻ってしまっている。彼女は、元々は粗野な育ちをしているのだ。
「ふん」
ルーグは袋の中から金貨を5枚ほど取って懐にしまう。
「商談成立だな。まずは一週間面倒を見てやる」
「待ちなさい。報酬を自ら減らしたのは何故?」
「おたく、見た感じ生まれながらの貴族じゃねぇな?」
「……元々は山で狩人をしていた」
「冒険者としての実績もない人間を登用するたぁ、第二王女が人材マニアっていう噂は本当か」
「それよりも、報酬を減らしたのは何故だ?」
「後ろのガキ共もよく聞け。冒険者は自分の価値を間違っちゃいけねぇ。高く見積もれば死ぬ。低く見積もれば馬鹿にされる。俺が一週間お前らのお守りをするとしたら、これが適正価格だ」
「は、はい!」
「はい」
「わかったぜ!」
「わかったわ」
威勢のいい子どもたちの返事に、ルーグはため息をつく。フィルの借りがなければ、絶対了承しなかった案件なのだ。金にはなる。が、この子どもたちを通して身に降りかかる面倒の方が気がかりである。
「では、これを」
メイラが麻袋から金貨を2枚追加する。
「あ? 姉ちゃん、聞いてたか? 金貨5枚が適正価格だ」
「ではこちらの流儀も通させて頂きます。イリス様は王族です。適正価格以上の報酬すら渡せない王族など、貴族になめられてしまいます。私は従者として、イリス様の誇りを守ることが仕事です」
宙でルーグとメイラの視線がぶつかる。
ふいと、目を先に逸らしたのはルーグだった。
「オーケー。この金も貰っておこう。明日の朝、またここに来るといい。ガキ共」
「分かりました!」
「よろしくな、おっさん!」
ロスの余計なひと言が、ルーグの額に青筋を作り出した。
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