第204話 各々の交渉事

「ふぅむ。よりにもよって余に協力を求めるか」


 そう言って困り顔をしたのは、ハポン国将軍家の息子トウケン・ヤマトである。今年15歳になった彼は、冒険者登録もしてギルドでも活躍をしている。将軍家は国の実権を握ってはいるが、あくまでも武家である。武を身に着けることは将軍になるための必須条件の一つだ。

 身長はすらりと伸び、服の上からも筋肉が無駄なく付いていることがわかる。墨のような髪を後ろにしばっている。

 後ろには、いつも通りハンゾー・コウガとアズミ・イガが控えている。


 対面に座る人物はエイブリー・エクセレイ第二王女である。後ろには近衛騎士団長のイアン・ゴライアとメイドのパルレ・サヴィタ。


「えぇ。私はエルドラン国に交渉へ行きます。その間、この国は留守になる。学園の目配りを貴方にお願いしたいと思いまして」

「異国人の余にか?」

 トウケンの黒い切れ長の眉が歪む。


「腹の読めない隣人よりも、遠い他人の方が今は信頼出来るのです」

「嘘じゃな。トウツ・イナバを子飼いにしとるじゃろ。あやつから余たちの情報を買ったな? 条件はフィル・ストレガの安全の確保と優遇といったところかの」

「それだけ事情を分かっていらっしゃるならば、私の要求を貴方は飲むはず」

「ふむ、何故そう思う。たしかに余は大陸で覇権国家が現れるとしたらエクセレイだと思っておる。だが、ハポンを脅かすほどではない。間に海があるからの。国益のみを考えれば、余がお主に協力する必要性は全くない」

「トウツ・イナバとフィル・ストレガを、あわよくばハポンに持ち帰ろうとしているのに?」

「……ふむ」

「御庭番の娘をそう易々と手放すとは思えません。留学する前までは、彼女をハポンに連れ帰るつもりはなかったのでしょう。ですが、冒険者として実績を重ねる彼女を見て惜しくなった」

「確かにそうじゃな。あの娘はもしかしたら、現頭目を越えるやもしれぬ。つまりは剣聖けんせいじゃ。これの出現は我が国にとって、とても大きいものじゃ。上手くフィルともねんごろな関係になって一緒にハポンに来て欲しいのう」

「それは無理ね。フィル君には帰る場所があるから」

「それは残念じゃ」


 トウケンは緑茶を。エイブリー姫は紅茶で唇を湿らせる。


「ま、トウツが国に帰ることは難しいとは思っておるよ。ここを大層気に入ったようじゃのう。余は街中で話しかけようとすると全力で逃げられるからのう」

「まだ逃げられているんですね……」

「あの馬鹿兎」


 主君たちに気づかれないよう、アズミは小声で元同僚を罵倒した。


 流石にエイブリー姫もあ然とする。以前世話になった雇い主をあろうことか、あの兎はガン無視しているのである。しかも3年もだ。

 フィルが「あいつは我がままなやつですよ」と言っていたのをエイブリー姫は思い出す。あの言葉はそのままの意味だったのか。


 彼女には、この国での悪人の間引きをお願いしている。

 というのも、明らかに国益を損ねる貴族が多いのだ。その貴族の中には、必ず魔王と繋がりのある人物もいるはず。グレーゾーンにいる貴族は見逃す。何故なら節度節制のみを強いれば、必ず反発する人物は出てくる。明らかに国に反目した素振りのある貴族をトウツに依頼し、処してもらっている。

 もしかしたら魔王の手下を手引きしているかもしれない。そうでなくとも、国益を損ねる人材なので死んだところで痛くも痒くもない。仮にトウツが実行犯として捕まっても、自分は知らぬ存ぜぬを突き通せばいい。あの兎もプロだ。口は割らないだろう。他ならない、フィルのために。


「お主が言っておった、魔物の大暴走スタンピードを手引きした人物か。もしあの災害が人の手によって作られるのであれば、それは脅威以外の何物でもない。エクセレイで食い止められなければ、確かにハポンも危険かもしれんの」

「えぇ、ですから協力を」

「……よい。が、こちらの益にならないと判断すればせぬ」

「それで構いません」

「シュレ学園長だけでは不安かの? 彼女の庇護する学園はこの上なく安全な場所だと思えるが」


 だからこそ自分も長く留学していると、トウケンが言う。


「いえ、シュレ先生は確実に信頼できる人です。ですが、今は片腕がいませんからね」

「片腕?」

「えぇ」


 エイブリー姫はすまし顔で紅茶を口に含んだ。






「いい歳して海水浴かよ!ガハハハッ!馬鹿みてぇだな!」

 ゴンザが快活に笑った。


 彼はアルシノラス村のギルドマスターである。ドワーフ族。そして元A級パーティーの戦斧旅団アックスラッセルのメンバーだ。


「海水浴というよりもダイビングじゃないかな」

 落ち着いた渋い顔でウォバルが言う。


 同じく戦斧旅団、そのリーダーである。テンガロンハットのつばを優雅に持ち、海の水平線を眺めている。


「いやぁ、助かったよ。まさか本当に来るなんて」

 ニコニコ笑いながら、フィンサーが言う。


 彼もまた、元戦斧旅団のメンバーである。今はオラシュタット魔法学園で主幹教諭をしている。


「久々にこの面子が集まったな!といっても回復役ヒーラーのリコッタがいねぇがな!」

「リコッタはすっかり冒険者よりも母親でいることの方が楽しいみたいだよ」

「じゃあしょうがねぇなぁ!あの暴走殴り回復役ヒーラーがすっかり専業主婦たぁな!人生何があるかわかんねぇ!」

「それを言うなら、ゴンザが未だに離婚しないこともびっくりだね」

「確かに」

「え、本気で言ってるのかそれ!?」

 ゴンザが驚き顔でわめく。


「さっきから五月蠅いにゃん。ドワーフ族はやっぱり声が大きすぎて構わないにゃん」


 長身の3人の下から、猫耳がピコピコと動いた。

 シーヤ・ガート。カンパグナ村のギルドマスターである。フィルたちにアラクネ討伐を斡旋した人物だ。猫人族である彼女は、同族の中ではかなり小さい。他の3人が大きいだけに、親戚のおじさんに混ざる子どものようだ。


「いや、すまねぇなシーヤ!手伝ってもらってありがとよ!」

「他に出来そうな人材がいないから私が出張ってきただけだにゃん。気にするにゃ」

「お前、そんな馬鹿っぽい喋り方だったっけか?」

「これは罰ゲームだにゃん。何故か職員から好評だったから続けてるにゃん」

「そ、そうか」


 ゴンザは何とも言えない気分になった。ギルドマスターの中では、彼女は切れ者の部類である。だからこそ、フィンサーから魚人族マーフォークとの交渉を手伝ってほしいと言われたときに、すぐに彼女に助力を乞うたのだ。

 それが久々に会ったらこれである。一体何があったというのか。


「誰にそんな喋り方しろって言われた?」

「お前が激推ししてた小人族の少年にゃん」

「フィルか!変なやつだとは思ってたが、そんなことしてるのかよ!」


 思わずその場の男性陣が笑いだす。


「で、私を呼んだのは後衛が足りないからにゃん? 何すればいいにゃん?」

「交渉は私がします。ウォバルやゴンザは、今回は用心棒ですね」


 フィンサーが言うと、ウォバルとゴンザが頷く。


「ただ、魚人族の国は海中にあります。海の底まで行くには、水魔法と風魔法の使い手が必用です。私で十分でしょうが、海中で戦闘になればひとたまりもないですね」

「そこでわしかにゃん」

「そういうことです」

 フィンサーが眼鏡の位置を人差し指で整える。


「俺とゴンザはフィンサーとシーヤさんの魔力管理をしよう。ゴンザ、いい歳だからもう泳げるだろう?」

「無理だな。筋肉が重くて沈む」

「ははっ。じゃあ海の藻屑にならないよう気を付けないとね。フィンサー、シーヤさん。水魔法と風魔法の準備は大丈夫かな?」

「大丈夫だね」

「いつでもいけるにゃん」

「よし、じゃあ行こう」


 フィンサーとシーヤが一斉に魔法を展開する。水を泡状に形成して全員を取り囲む。その泡の中に空気を大量に圧縮して取り込んでいく。

 魚人族の国へ着けば、肺呼吸の生物でも暮らせるエリアがある。そこまでは地上の空気をもっていかなければいけないのだ。その為には高い密度の空気が必要だ。集めすぎた空気がウォバル達の身体をぎちぎちと締め付ける。

 だが、そこは元上級冒険者。全員が何でもないような顔をして空気に圧縮される。小指の先に人間が一人乗るくらいのプレッシャーがかかっているはずだ。質の高い身体強化ストレングスにより、彼らはそれをほぼゼロにしている。


「着水」


 ウォバルが言うと、全員が板橋からどんどん水に飛び込んでいく。

 そのまま海の底へ、泡のベールに包まれ水魔法でコントロールしながら沈んでいく。


 ベテラン冒険者たちの、魚人たちとの交渉が始まる。

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