第205話 vsメントゥムドラゴン
「
旅館スワロウテイルの居間で、そう俺は答えた。
何故居間なのか。理由は単純で、他のメンバーが俺とベルさんが1対1で会うことを拒否したからだ。過保護すぎない? 本当の10歳児じゃないんだけど。
ちなみに、今日の持ち回りの俺監視役はファナである。隣でニコニコしているが、妙な嗜虐心が絶妙に混ざっている笑顔だ。アガペーからは程遠い存在だな、ほんと。
「はい、今回はこの魔物を討伐して頂きたいと思いまして」
ベルさんがそわそわしながら言う。
ベルさんがもってきたということは、こちらに利があり、かつ国益にもなるクエストなのだろう。
ここ2週間は自分たちで手分けしてクエストをひたすらこなしてきた。金銭的には一財産築いてしまっているので、お金は問題ない。
だが、クエストの質ばかりは仕様がない。俺たちは異邦人。どのクエストの実入りがいいのか、どの魔物の素材が良いのか、どの魔物が魔力の保有量が多いのかまでは正確には測れないのだ。
現地の情報屋に連日尋ねてお金を大量に落とすものだから、最近は目が合うだけで向こうから情報を話しに来てくれるようになった。おかげでA級やB級クエストは逃さずに挑戦出来るようになってはいる。
お金がこの世の全てとは言わないが、
「どんな魔物ですか?」
「甲虫型の
「竜が?
竜は種族の力でごり押ししてくるのが普通だ。人間なんて、そもそも敵とも思っていないはず。その竜が、対人特化するとは思えない。
「あくまでも、亜竜ですので」
「なるほど」
ということは、ワイバーンと同じようなものか。先日戦った
「足が速く、攻撃のほとんどは顎による噛みつきと
「騎士団は確か、カブトムシ族やクワガタ族などの甲虫が多いんでしたっけ?」
「はい、そうです」
それは確かに、面倒な相手だろう。甲虫型の虫人族は足が遅い人が多い。リュカヌさんもそうだったし、ジゥーク騎士団長も合戦では使い魔を足に使っていた。自分たちよりも足が速くて、自慢の硬い体をかみ砕ける亜竜。正面から戦いたいとは思わないよなぁ。
「他の冒険者は?」
「この竜に関しては、そもそも率先してやりたがる冒険者が少ないのです。この国では、どのパーティーも甲虫型の虫人族が必ずいますので」
「そっか、自分のパーティーメンバーにもしものことがあるかもしれない。それなら確かに避けるよなぁ」
「はい。もちろん、定期的に高い報酬でレイド攻略はかけています。間違ってもこの国近郊で増殖してはならない種ですので」
「数は、どのくらいいますか?」
「家族単位で動きます。ですので、群れ一つで10体前後かと」
「観測されている群れの数は?」
「都近郊で観測されているだけで、3
「観測されているだけでそれってことは、5はいるかな」
「はい、そうかと思います」
「討伐ランクは?」
「単体でB、群れでAの下位です」
「俺たちのパーティーに率先して斡旋していただけたのですか?」
「はい。フィル様たちが断られる場合は、他のパーティーへ斡旋します」
「いえ、やりましょう」
俺はにこやかに答える。
「そんなにあっさりと決断されていいのですか?」
「えぇ。苦労は若いうちに買ってでもしろと言うでしょう?」
「フィル様は若すぎるとは思いますが」
ベルさんが困り眉を作って言う。
まろ眉がぴこぴこ動く様は、見ていて楽しいものである。アルシノラス村のギルド受付嬢、アキネさんを思い出す。やはり美人が困る様は見ていてこう、ぐっとくるものがある。え、こない? あ、そうなの。残念。
「ファナも、いいよな?」
「えぇ。大丈夫ですわ。聞いた分だけだと、わたくしにとっては相性のいい相手のようですの」
「トウツ達は、どうする?」
「トウツは、今日は自分がやりたいクエストがあると言って、珍しく瑠璃を連れて出ていきましたわ」
「トウツが瑠璃を? 珍しいな」
「ツーマンセル以上で動くという話でしたからね。むっつりは引きこもりですし、瑠璃を連れていくしかありませんの」
「言われてみればそうだな」
フェリ、異国でも引きこもりなんだよなぁ。もう少し社交性をもってほしいけど、彼女からすればきっと余計なお世話なのだろう。
俺は小学校時代の同級生の岸田君を思い出す。ある日突然引きこもりになった岸田君。クラスのみんなで学校に誘おうという地獄の催し物があったことがあり、その先兵としてクラスの数名の男子が彼の家に遊びに行くことになった。その中に俺もいたわけだが、岸田君は家でただゲームをやりこんでいるだけだった。結果として、俺たちは彼の家で門限を破るまで一緒にゲームをしてミイラ取りがミイラになったのである。前世の母親に滅茶苦茶怒られたのを、今でも覚えている。おのれ、許さんぞ岸田。彼はそのまま引きこもっていたが、あっさり難関私立中学にトップの成績で進学したのである。風の噂で高校も名門校へ進学したと聞いた。
フェリも多分、岸田君と同じなのだろう。
時折、他人との関わりが最低限でも生きていける人間というものは存在する。俺はそうなろうとは思わないし多分なれないけども、そういった生き方は素晴らしいかもしれないと、研究に没頭するフェリを見て時たま思うのだ。マギサ師匠もそうだ。あぁいう余生の過ごし方というのは、存外ありかもしれない。この世界でやりたいことが、また一つ出来たような気がしてきたぞ。
「ベルさん、ありがとうございます。早速そのクエスト、受けてみますね」
「はい!お役に立てて嬉しいです!資料はこちらです!」
ばさりと、大顎暴竜の資料をベルさんが机上に置く。
「そうそう、貴女に言っておくことがございましたわ」
「はい?」
フェリが突然口を開き、ベルさんに話しかける。
「フィルは夜の時間帯には貴女の部屋を訪れませんことよ?」
「……心得ております」
「いや、急に用事が出来たら普通に行くぞ?」
「来て下さるのですか!?」
「フィルは話がややこしくなるから黙ってくださいな」
「えぇ……」
何でだよ。夜中にちょっと話すだけじゃないか。
「さて、では準備をしましょう、フィル。亜竜とはいえ、竜は竜。ポーションの予備をフェリから貰ってから出発しますわよ」
「へーへー」
「渋い顔をしてるねぇ、瑠璃ちゃん。僕とのクエストは不満かい?」
『…………』
森の中をかき分けながら、トウツは憮然とした顔の瑠璃に話しかける。時々トウツが独り言のように話すが、瑠璃は無視を貫いている。
イヌ科の生き物は表情豊かだが、瑠璃のそれは群を抜いている。率先して不服な感情を吐露しているのは、「自分はお前を認めていないが、フィオが傍に置いているから仕様がなく付き合ってやる」と伝えるためである。
このクエストに関してもそうだ。
トウツが「フィオを守るための手段が手に入る」と抜かしたから付いてきたのである。そうでなければ、絶対に付いてこないと瑠璃は固く心に決めている。
トウツはするすると森の湿地帯を進んでいく。ここは湿度が高い。否、高すぎる地帯である。豊富な水分と、その土壌により育てられた果樹の群生地だ。コーマイの食糧事情を根底から支えている地帯である。冒険者たちの中でも、採取クエストを受けた者たちは多くここに潜入している。
今回は、その冒険者たちも立ち入らないような奥地へとトウツたちは進んでいる。エルフの森深層もそうだが、森というものは奥へ行けば行くほど魔素も濃くなり、魔物も強力になる。コーマイの湿地帯も例外ではない。
芳醇な果実を実らせる樹木の周囲には植物型魔物が跋扈し、果実につられた人間、動物、魔物を無差別に食べてしまう。
また、住んでいる魔物も特殊だ。果樹から実をもらう代わりに、果樹を防衛する進化を遂げている。
今回、トウツが討伐したいのはそれらの魔物である。
「お、着いた着いた」
トウツが
「流石、瑠璃ちゃん。気づいたね。僕らは既に、狙われている」
剛速球で黒い球体が飛んできた。
トウツは目にもとまらぬ速さで抜刀し、それを切り飛ばす。
瑠璃は気づいた。彼女が普段抜刀しているときよりも、明らかに武器への付与魔法につぎ込んだ魔力が多いことを。
切り落とされたものが、巨大樹の根元にぼとりと落ち、転がる。それは直径30センチほどのダンゴムシの様な魔物だった。体を覆う甲羅は頑強だ。
瑠璃はその死骸を前足で転がす。
アーマーベアの亜種程の固さではないが、硬くてとても軽い。これは確かに、フィオを守るために一助となってくれるだろう。その確信を得た。
「
瑠璃は自身の目を遠距離に特化したものに置き換える。そして見えた。
植物型魔物の蔦が砲丸団子虫を絡めとり、パチンコの様に引き絞り、発射している。着弾しそうになると、トウツが高速で腕を振り、撃ち落とす。
「あの蔦の姿をした魔物。
『…………』
瑠璃はとっさに「欲しい」と思うが、この兎に屈したように思えたので沈黙を守る。
「この攻撃は、警告だね。彼らもお馬鹿じゃあない。僕らがこれ以上侵入したら、自分たちがただでは済まないことを知っている。だから、交渉しているのさ。『お前らも無傷でこの森を出たいだろう? こっちを迂回したら無傷で帰してやるぜ』ってね。で、どうする? 瑠璃ちゃん」
瑠璃はトウツの言葉に一切返さず、静かに森の奥へ歩を進めた。
「ふふーん。瑠璃ちゃんは気難しいけど、フィオのためには一生懸命だから可愛いなぁ。それは僕も一緒だからさ、ここは手を組もうぜぇ?」
「……わん」
返事が来たことにトウツが一瞬驚く。
が、すぐに柔和な笑みを浮かべて瑠璃の後を追う。
「待ってよ~、瑠璃ちゃん。もっとのんびり行こうぜ~。お相手は足がない魔物だから待ってくれるって~」
瑠璃とトウツの、
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