第206話 vsメントゥムドラゴン2
「見つけまして?」
「見つけた」
巨大樹の森の中を突き進み、俺たちは標的を見つけた。
この魔力の密度は間違いなく竜種だ。とはいえ亜竜なので、こないだ討伐した
「何となく方角は分かりますが。西南西の方ですわね。でも正確な距離が分かりませんわ」
「約70メートルかな」
「そこまで正確に分かりますの? 直接見えているということですの?」
「いや、巨大樹に隠れて見えないけど」
「物を通過して見えているということですわね。フィオはおかしい点が多多ありますけど、その眼は頭抜けておかしいですわ」
「そうかな?」
「そうですわ」
俺は気を取り直して歩き始める。
「直接視認できる位置まで行こう」
「了解ですわ」
「そういえば」
「何ですの?」
ファナがきょとんとした顔で俺を見る。素の表情だと、ただの美人なお姉さんなんだよなぁ。露出狂でシックスパックだけど。
「その肌色面積の多い服、森の中で大丈夫なのか?」
「あら、心配してくれますの?」
「いや、ただの興味」
「残念」
ファナが可愛らしく舌を出す。
こいつとトウツに関してはあまり飴を与えてはいけない。すぐ調子に乗るからな。調子に乗った女性は本当に面倒くさい。俺はそれを前世の姉から嫌というほど学んでいる。あいつら1褒めたら10調子に乗るからな。
「足がむき出しなわけだけど、虫とか大丈夫なのか?」
「神にお守りいただいてますわ」
「そんなスピリチュアルオートガードなんてあるわけないだろ」
「近いことなら出来ますわよ」
ファナが空中のやぶ蚊に手を伸ばす。
彼女の手のひらにやぶ蚊が触れた瞬間、小さな火花が散ってやぶ蚊が消し飛んだ。
「自動防御魔法?」
「あら、見た瞬間わかるのですね」
「特定の条件が起きれば魔法がオートガードしてくれるのか」
「そうですわ。その代わり、燃費の悪い魔法ですけど。予め魔法を使っているから、発動した魔法を維持するために少しずつ魔力を食われますの」
「構築した魔法の維持のためか」
「そうですわ」
「便利なだけじゃないのか。というか、何でそんな魔法が生まれたんだろう」
「女性が悪漢から身を守るためですわね」
「え」
「寝ている間に強姦されたら避けようがありませんわ。だから、教会のシスターは寝る前にこの自動魔法を組んで床に入るのですわ。フィオみたいに魔力を使い切って爆睡するノーガード睡眠法は、わたくしの中での常識ではあり得ませんの」
「そう言われてみると、俺って阿呆なことしてんな」
「全くですわ。わたくしがどれだけ苦い思いをして据え膳を我慢していると思いますの?」
「お前が悪漢の方かよ!」
身内が悪漢とか。嫌すぎる。いや、こいつの場合は女性だから悪漢とは言わないか。でも何て言えばいいんだろう。 人面獣心?
そもそも寝ているファナにアンブッシュ出来る男なんて、早々いないだろうに。
「やっぱ貞操を守るのって、シスターにとってはとても重要なんだな」
「わたくし達にとって処女性の喪失は神への裏切りですわ。フィオ、この世界での婚約の証は何?」
「ネックレスだろ?」
「わたくしたちが胸にサークルアンドクロスをいつも下げているのは、異性ではなく神様と婚約していると宣言しているからですわ」
「なるほどなぁ」
サークルアンドクロスは、神との婚約ネックレスだったのか。でも見ようによると、勝手に夫や妻面してるやつらが世界中にいるということだよな? そこのところ、俺をこの世界に輸入してくださった神様はどう思ってるんだろう。軽い集団ストーカーに追いかけられている気分なのだろうか。神様って大変だな。俺だったらストレスでマッハだよ。
ちなみにサークルはこの星のことを示す。その中にあるクロスは神様のこと。足元の神様なんて呼ばれているけども、あんたとてつもないハーレム築いていたんだな。
感心こそするが、じゃあ俺も信仰するかと言えば、しようとは思わないんだよなぁ。でもこの世界での俺という存在は、かなり神様からの恩恵を受けている存在ともいえる。そう考えると、信仰しなければいけないのかな、という気持ちにもなってくる。
今度祈る時は、略式じゃなくて本式でやろうかな。
「この旅が終わってさ」
「何ですの?」
「ルビーとまた会って、エルフの森に帰って、やること全部やったらさ、のんびり教会で働くのもありかもしれないなぁ」
「まぁ、まぁまぁまぁ!フィオもやっと気づきましたのね!神の寵愛に!」
げ、しまった。
「流石はわたくしが認めた殿方。神の御心の御傍こそが人生の終着点だとよくわかっていますわ」
「いや、認めた殿方って言うけどさ、お前アルにも手を出そうとしてただろ。俺覚えてるんだからな?」
許さんぞ。俺の愛するルームメイトに手を出そうとしたことを。
「あの男の子は前菜みたいなものですわ。メインディッシュはフィオですの」
「何それ怖い」
でもアルと同じ皿に盛られるなら嬉しいかもしんない。
竜の気配が近くなった。
「……そろそろ声を抑えようか」
「もちろんですわ。風下に立っているから、臭いは気づかれていませんの」
「オーケー」
やつは聴力だけは低いらしい。何故ならば、頭部を用いた戦いを好むので、三半規管が鋭敏すぎると困るからだ。俺とファナがのんびりとお喋りしていたのはそのためだ。
大顎暴竜は岩場で日向ぼっこをしていた。何とも幸せそうである。
だが俺は欲深い人間だ。彼らには申し訳ないが、実績のために素材になってもらおう。
「少ない群れですわね」
「そうだな。8体。でも、子どもの竜が5体いるから単純な数ほど苦戦はしないと思う」
「大人の竜は、あれが
「それと……あれは老竜か」
「手強いですわね」
「やっぱそう思う?」
「あれだけは亜竜と思わない方がいいと思いますわ」
「俺もそう思う。で、どうする?」
「フィオ、あの老竜と戦いたそうですわね」
「もちろん」
ファナが頭の上で肘を引き寄せながらストレッチをする。
「番はわたくしが相手しますわ。老竜を」
「いいのか?」
「そんなに目を爛々とさせている人間を無視できませんの」
「え、俺そんな顔してる?」
「いい感じに戦闘狂になっていますわよ」
「え、やめてよ。俺、お前やトウツとは違う人種だし」
「腹が立ったから、帰ったら説教ですの」
「えぇ……」
理不尽すぎない?
「
「いや、正面からいこう」
「最近それ、好きですわね」
「流石に、地力に自信がついてきたからな」
「フィオ」
少し張り詰めたファナの声に、振り返る。
「油断大敵ですわよ。貴方は強くなっている。でも、十全ではありませんわ」
「あぁ、わかってるよ」
そう言うと、ファナは小さく頷いて移動を開始した。
俺はのんびりと巨大樹の陰から姿を現し、竜達の前へ出る。
彼らはのんびりした表情でこちらを見る。まだ俺を敵として認識していない。このある種の愚鈍さも、竜らしい。
ワニのように長いが、厚みのある顎。爬虫類然とした眼が、正面ではなく側面についているのが、何とも異様な雰囲気を醸し出している。鱗は鈍い鋼鉄のようでいて、岩のようにごつごつしている。顎の進化に特化しているからか、手足は短く、地面に張り付いているようだ。が、とても太い。短距離走特化といったところか。
「やぁ、初めまして。俺の糧になってほしい」
小さな声で自己紹介をし、そこに挑発魔法の
やつらは一気に目の色を変え、臨戦態勢に入った。
老竜は既に口内に
それを見て、俺の心は浮き立つ。
初めてワイバーンと戦ったあの日、敵として認めてもらうのに命を賭けた。
ここにいる彼らは挨拶しただけで俺を敵として認めてくれている。それの何と光栄なことか!甘美なことか!
「よし、死合おうや」
俺は足に魔力を込めた。
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