第207話 vsメントゥムドラゴン3
地面を楕円にえぐり、エネルギーの塊が俺に襲い掛かってくる。サイドアップでかわしたと思ったら、目の前に竜の顎が迫っていた。一瞬その光景がスローモーションに見える。大口の中に巨大な糸切り歯が見える。体の割に舌は細長いが、俺の胴体よりは確実に太い。
「うお!?」
スウェーしてかわすと、目の前を岩のような竜の鱗が剛速球で通過した。
巨大樹の向こう側からドズンという重低音が聞こえ、十数メートル向こう側でメキメキと倒木する様子が見える。
「あのサイズと重量で弾丸みたいに飛び込んでくるのかよ……」
短いけど太い足だなぁとは思っていたが、あの太さはやはり筋肉なのだ。日常生活するには不便すぎる体の作りだろう。だが、こと戦闘に関してはこの上なく完成された体である。予備知識は蓄えてきたはずだが、実際目にすると図鑑以上のインパクトだ。
異世界ってやっぱりすごい。高速ジャイロ回転するでっかいトカゲがいるんだもん。
「ギャガガ!」
他の竜たちが遅れて後ろ脚の太ももに力をためる。追撃するつもりなのだろう。
やはり老竜の反応が特別に早かっただけか。
「
メギャ、と一匹の竜が飛び散り肉塊に変わった。
ファナが上空から十字架ごと落ちてきたのだ。大人の竜二体は反応出来ていたが、子竜を守ることは出来なかったらしい。
彼らは一気に怒り心頭し、ヘイトを俺からファナに切り替える。
「こちらは任せてくださいまし」
「頼む!」
そう言った瞬間、森の奥から
俺は横にかわす。次に顎が来るかと身構えるが老竜は突っ込んでこず、俺の数メートル近くに接近するのみだった。
「体格差を生かしてくるつもりか!」
予想通り、老竜は高速スピンをして尻尾で弾いてくる。
弾丸タックルでやつは俺を仕留められなかった。あれがやつのメインウェポンであることは事前調査で知っているが、すぐにそれを捨ててきた。俺の身体が小さく、タックルする的になり得ないと初撃で判断したのだろう。
伊達に長生きしていないようだ。
地面に張り付きながらの噛みつき。体をひねりながらかわし、顎の先にソバットを放つ。わずかにやつの首が傾ぐが、すぐにロケットスタートで頭突きをしてくる。それを跳び箱のように跳んでかわし、空中から
瑠璃はいないから、地中からの攻撃は難しい。
敵は地竜の一種だ。翼はない。
俺は空中に風魔法で飛び、逃れる。
すると竜は
が、小出しにするということは威力も減っているはず!
タラスクの盾を取り出し、空中を旋回しながら連弾をかわし、盾ではじく。
問題なく戦えている。戦えているが、やつの吐息の消費魔力よりも、こちらの飛行魔法の方が消耗は激しい。瑠璃に協力してもらって空を飛んでいたのも魔力温存のためだったが、ここには瑠璃がいない。
「タイマンで対竜はちょっと調子に乗りすぎたかな? ……いや」
それは5歳の時に通ったはずだ。ワイバーンを自力で倒したあの日から、俺はドラゴンスレイヤーなんだ。目の前の老竜は間違いなくA級相当だろう。だから何だ。5歳の時に通った道に、今更臆する必要なんて、何もない!
「力比べしようや、老竜!対アル用に更に改良して付与魔法を乗せたドリルだ!食らいな!」
亜空間ローブの中からドリルの切っ先が飛び出す。先端がチュイイインと音を立てて高速回転する。そのドリルのハンドルを持ち、風魔法と火魔法でジェット推進する。目の前の空気抵抗を魔法で取り除き、一気にトップスピードに乗る。
「ガア!」
やつにもプライドがあるのだろう。太ももの筋肉が一瞬球体に見えるほど膨張したかと思うと、俺の方へ飛び込んできた!
「突き刺されぇええ!」
手元のハンドルに重い衝撃がくる。ドリルはひしゃげていない!形をちゃんと保っている!
俺の目の前には、竜の眼が両側から見つめていた。老竜の鼻先にドリルが突き刺さり、ハンドルをもつ俺の目の前にやつの顔が見えているのだ。
「どうだ、改良ドリルは!地竜でも貫けたぞ!ははっ!」
10歳の少年対策にドリルを改良して竜に突き刺すという意味のわからないことをしているが、それは置いておく。異世界はファンタジーすぎる。常識は捨てるべきだ。10歳の少年が竜以上に脅威になっていいじゃないか。
「ギ!」
老竜がそのまま縦回転して尻尾を振り下ろしてきた!
「この!」
それをタラスクの盾で受け止めるが、衝撃が強すぎてドリルごと地面にたたきつけられる。
地面に転がりながら着地し、俺は魔力を練る。
やつはそれを見ながら着地し、すぐさまドリルを吐息で破壊しにかかる。それを止めようと、俺は足に魔力を込めて接近しようとするが、やつがカウンターのタックルを狙ってきた。
ドリルを破壊しようとしたのは
「知ってた」
俺はツイスト回転してタラスクの盾でやつの頬を殴りながらいなす。
「お前が賢い竜なんて、最初のやり取りでわかってたっつーの!
攻撃をかわされて岩盤に突っ込んだ老竜に、追い打ちの火魔法を打ち込む。
「ゴアア!」
その火の塊を飲み込みながら、やつが地を這いこっちへ接近する。口の中を焼かれながら攻撃に転じる!? なんて執念だ!
火を振り払いながら噛みつき攻撃をしてくる。後退してかわすと、やつの眉間の下にドリルの穴が見えた。
「ここ、痛いだろ?
炎の塊を傷口に叩き込む。
「ガアアア!」
傷口を焼かれながら、老竜は額の上に俺を乗せて森の中を暴れまわる。巨大樹をタックルでへし折りながら、剛速球で走り続ける。
今こいつから降りるのは危険だ!こいつの狙いは既に勝利じゃなくなっている。おそらく他の若い竜から俺を遠ざけるか、心中するのが目的だ!さっきから俺に焼かれている額に魔力を込めていない!防御を捨てているんだ!その代わり、太ももと口の中に魔力が充満している!俺が少しでも離れたら、タックルか
これが亜竜の執念。竜種の特性を持ちながらも、単体で生きるほど強くないため、群れで生きることを決めた自己犠牲の精神。
「悪いけど、君とは心中できないんだ。俺にも、まだ一緒に生きていた人たちがいるからさ。紅斬丸」
ローブの中から抜刀。横一文字。
手元に硬質な反動があったが、確信がもてる手ごたえだ。目の前を見ると、老竜の眉間に綺麗な横一本線が引かれている。その線は両目にも届いていた。
「ギ!」
老竜が顔を振り回して俺を落とそうとするが、紅斬丸を傷口に突き立てて踏ん張る。
「トウツ程綺麗じゃないけど、地竜も斬ることが出来た。俺もちゃんと進歩しているな。悲鳴も出さないか。本当、お前タフだな」
ギン!っと、老竜の眼が目の前で開いた。
その眼力に思わず体がのけ反る。
眼球には綺麗な刀傷がある。それを意にも留めず、やつは目を見開いたのだ。眼球の切り傷から、涙のように血があふれる。
自分の足元から魔力が収束するのを感じる。
周囲の景色が更に加速して過ぎていく。老竜が4本の足をめいっぱいに動かしているのだ。まるで命を懸けているかのように。いや、かのようにではない。本当に残っている魔力をつぎ込んで加速している!?
「マジかよおいおい!」
慌てて刀をローブに引っ込め、竜の額に張り付く。
木枝を激しく弾き飛ばしながら、老竜が加速する。
背中に巨大樹の幹がある。衝突する!
俺は
暴竜は止まらない。そのまま加速し続け、巨大樹をなぎ倒し、穿ち、へし折り進んでいく。
胸元で魔力が煌めいた。
「お前の口、もうズタズタなのにどうやって吐息するつもりだよ!」
答えはすぐに出た。
俺の腹の下にある穴。ドリルで穿たれた穴だ。その穴から、魔力のエネルギーがあふれ出し、暴発した。
反射的に上着を武器強化、自分自身を身体強化し身を固める。
腹に
吐息の熱線が俺の身体を離れ、巨大樹に
朦朧とした意識の中で地面に
やつは既に意識を手放していた。白目を剥き、血の涙を流しながら顎の角度を上空へと昇らせていく。俺の背後にある巨大樹を下から垂直に、真っ二つに熱線が切り裂いていく。
目の前に巨大な顎が迫っていた。
狂気に満ちた瞳は俺を捉えておらず虚空を眺めているかのようだ。
そうだよな。それはお前の必勝パターンだよな。
すごいよお前は。意識を失ってもなお、本能に従ってその定石が打てるんだ。
「
ローブからドリルが飛び出した。
それが大口を開けた老竜の顎を縦に引き裂く。竜は俺をドリルごと飲み込んで、数十メートル森の中を転がった。
竜の口の中で、平衡感覚がおかしくなる。意識を手放した竜は突貫することと、俺を丸のみすることしか考えていなかったのだろう。ドリルごと俺を飲み込んだ後は自身の加速に逆らえず、転がるのみだ。一心不乱にドリルのハンドルを持つ。
音を立てて竜が止まった。
口の隙間から出ると、どうやら巨大樹の幹に衝突して止まったようだ。
「げほっ!がほっ!げえぇ!」
嘔吐した。それが朝食の消化しかけのエッグトーストなのか、自分の血液なのかも分からない。ただ一つ分かるのは、俺の腹の中はぐちゃぐちゃになっているということ。ちらりと下腹部を見ると、白いものが突き出ているのが見える。
うげぇ。もしかしてこれ、俺の肋骨?
「がはっ。
回復魔法を使える魔力はまだ残っている
運のいいことに、敵は竜種の定石である持久戦を選ばなかった。やつが賢く、俺を若い竜から引き離そうとしたことで短期決戦になったことが、魔力の温存という幸いな結果を生んだ。
朦朧となりそうな意識の中、自分を叱咤して回復に専念する。空中の魔素を綺麗に読み取る余裕なんてない。とにかく白い魔素を自分の魔力で絡み取っては、「修復」という奇跡を発現させていく。
魔力の使い方が汚い。何もなっていない。マギサ師匠に見られたら怒られる。ほら、また無駄な魔力を浪費した。集中しろ。集中しないと死ぬんだぞ。ああ、糞。自前の魔力じゃ足りない。
亜空間ローブからポーションを取り出そうとするが、手が震えて小瓶が手から滑り落ちる。地面を転がる小瓶に手を伸ばそうとするが、腰が崩れてぐしゃりと地面に倒れ伏す。
あぁ、そうか。今の俺のお腹は、上半身も支えられないほど酷い状態なんだな。
視界が赤く染まっていく。
何だこれ。赤い絨毯か? でも絨毯って勝手に広がっていくものだっけ?
あぁ、何だ。これは俺の血か。
それだけじゃない。空中も真っ赤だ。あぁ、これは魔素か。ルビーが慌てているんだな。
やばい。今度は目の前が赤から白になってきたぞ。これはまずい。よくない。何しようとしてたんだっけ? 何かに手を伸ばしていたような。あぁ、そうだ。ポーション。ポーションを取らないと。あぁ、魔法で止血していたのにそれも出来なくなったのか。
ポーション。ぽーしょん。ぽーショん。どこにあるの?
指を伸ばして何度も空を掴もうとしていたら、その指を何かが包んだ。
あぁ、温かい。何だこれ。ずっと触っていたいなぁ。
「わたくしが知らない所で、勝手に死なないで下さいませ」
すごく綺麗な声がする。
ひんやりとした羽毛と、太陽の光に包まれたかのように体が軽くなる。周囲に光が満ちる。これは奇跡だ。とても綺麗で、静謐で、雄弁な奇跡。
気持ちいいなぁ。出来れば、ずっとこうしていたい。
「……ファナか?」
「そうですわ」
彼女の声は震えている。
初めてだ。彼女がこんなに動揺している声は。
「お前さ」
「喋らないで。腹が千切れていますわ」
「いいから聞いてくれよ」
「黙りなさい」
「お前ってさ、本当に聖女だったんだな」
そう言うと満足したので、俺は意識を手放した。
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