第264話 世界樹行こうぜ!世界樹!8

「フィルが……私の兄?」


 クレアは愕然とした表情を浮かべた。

 テーブルを間に置いて、対面には両親が座っている。カイムは厳かに。レイアは緩やかな表情を浮かべている。


「そんな。でも、私とフィルは同い年よ?」

「双子なのだ。クレア」

「双子!? そんな!」


 両親の顔を見て、目で訴える。

 正気か、と。

 だが、父も母も澄んだ目つきでクレアを見返してくる。

 正気だ。2人とも、気を確かにして今の情報を自分に与えたのだと確信する。確か、フィルの誕生日は自分と数日違いだった。妙に近いとは思ってたが。両親の言うことが本当であれば、彼が言っていた誕生日は嘘ということになる。


 エルフという種族において、双子は禁忌の存在であるはずだ。生体的な核だけでなく、魔核を作らなければ子どもができない構造により、双子は意図しなければ生まれないはずだ。そして自分たちが双子ということは、どちらか片方はレイアに托卵されている悪魔である可能性が高い。


「私は……悪魔だったの?」

「それは違うよ、クレア」

 カイムがすぐさま言葉を挟む。


「恐らく、意図せず生まれたのはフィオ・・・の方だ」

「……それが、フィルの本当の名前?」

「そうだ」

 カイムが静かにうなずく。


「あの子は生まれたときから不思議な子だった。生後間もなく、私の腹に火魔法を放ったのだからな」

「フィルが!? パパに!?」

 クレアが目を丸くする。


「それだけじゃない。クレアが、まだ5歳にならないくらいの時かな。フィオとは一度、一緒に戦っている」

「いつ?」

「例の、森のワイバーンが暴れた日だよ。流れの小人族の冒険者が一緒に戦ってくれた。あの件も、今となっては魔王の攻撃の一つだったのだな。そして、その小人族というのはもちろん、フィオのことだ」

「5歳の時点でワイバーンと? エルフでは絶対しないわ」

「あぁ、そうだ。狩人としての教育を施すエルフですら、その歳でワイバーンと戦わせるなんてことはしない」

「……フィルは、エルフ達を守ろうとしてくれたの?」

「そうだろうな。5歳の思考ではない」

「それと同時に、悪魔の思考でもないわね」

 レイアも言葉をつむぐ。


「悪魔は契約に縛られるけど、逆に言えば契約さえなければとても利己的な種族よ。あの子がもしそうだとすれば、あの時私達を助けるために戦うことなんてしないし、ましてや今、普通に学園に通えているわけないもの」

「…………」


 それもそうだ。本当に悪魔という種族による托卵であれば、フィルはとっくの昔に処分されている。ルアーク長老が彼を泳がせているのは、悪魔ではない何かだという確信があるからだろう。では、悪魔ではない何かとは?


 レイアの言葉に、クレアが考え込む。

 学友の少年が兄だった。そしてその兄について新しくわかることがあった。だが、追加された情報が疑問に満ちており、逆に彼への理解が遠のいたように感じる。


「悪魔でないとしたら、フィルは何なの?」

「……授かりもの、としか言いようがない。私もレイアも、双子を生む手続きはしていない」


 カイムの返答に、更にクレアは混乱した。


「この情報を知っているのは、王族ではエイブリー・エクセレイ姫殿下のみだ。恐らく、王と先代の王には話しているかとは思うが。他にはシュレ学園長とフィンサー先生だ。決して他言は無用だよ、クレア」

「わかったわ、パパ」


 クレアは神妙にうなずいた。







「また、蚊帳の外なのね。あたし」

「仕様がありません。いくらエクセレイの王族とはいえ、巫女の機密に触れることは難しいです」

 イリスの独り言のような言葉に、メイラが返す。


 2人は今、別室でエルフの家族が話し終わるのを待っている。

 そんなこと言われても困る、とイリスは心中で思う。

 やっとクレアの力になれると思えば、これである。今自分に出来ることは、強くなること。王族である自分にしか調べられないことを調べること。このくらいである。

 やることはある。

 それでも、目標が具体性を帯びてこないので、五里霧中を歩いてるような心持なのである。クレアが直接自分に助けを求めてくれた分、しばらく前よりは気持ちが楽ではあるが。


「……何か、エクセレイとエルフの力関係って、違和感があるわね」

「どういうことですか?」

「先住民のエルフに対して、エクセレイは言えることが多すぎる気がするわ。巫女の公表をしたというのに、エルフ達から表立って大きな非難はこないし。逆に怖いくらいよ。クレアやその両親はいい人達だけど、偏屈な人が多いと行くわ。そのエルフ達が、この土地に流れ着いたあたしたちの先祖を受け入れた過程も、けっこう歴史の教科書でははぐらかされているわよね」

「……そうでしょうか」


 メイラは返答に困る。

 彼女は腕をかわれて近衛騎士に抜擢されたのだ。品のある所作は騎士に入る時に矯正されたが、相変わらず学はあまりないのだ。


「わからないわ。あたしは、何をすればいいのかわからない。もっと、世の中がシンプルだったら良かった」

「私も、そう思います」

「あら、メイラもそうなの?」

「はい。正直、故郷の森で狩人をしていれば十分幸せだったな、と。ただ、今の騎士としての生業ももちろん、やりがいを感じていますよ」

「そう」


 イリスは紅茶のカップに入ったスプーンを、人差し指でくるくると回す。


「フィルのやつ、何しているのかしら」

 イリスはぼんやりと紅茶の水面を眺めてつぶやいた。







「お前がいくら速いトカゲでもなぁ!こっちも速いエルフなんだよ!」

『わが友!言ってることが意味わからんぞ!』

「俺もそう思う!」


 叫んだ瞬間、サラマンダーから赤い魔力が噴出する。体中の竜鱗りゅうりんの隙間からバーナーのように火が噴出され、一気に加速する。


「全身ジェット推進かよ!」


 全力で跳躍した瞬間、背中のすぐ近くを赤い巨体が高速で通り過ぎる。遅れてきた爆風が背中をあおり、吹っ飛ばされる。


「動きは直線!読みやすいから何とかなる!」

『当たったら即死じゃがの』

「それは言わない約束だよ、瑠璃」


 身体強化ストレングスで体を強化する。硬度ではなく、瞬発力をメインに強化。そしてなまずを参考にした気配察知を用いる。サラマンダーの身体から発せられる微弱な電磁波を俺の肌が鋭敏に察知する。

 見える。動きが手に取るように見えるぞ!


 ……あれ。大きな電磁波の出どころがもう一つあるんだけど。


「ガアア!」


 ズドン、と岩盤を破壊して乱入者が登場した。

 ワイバーンだ。


「ワイバーン!? 何で洞窟に!?」


 巨大な翼をもつワイバーンが洞窟にいるのはおかしい。しかもここは溶岩窟だ。火に親しいワイバーンとはいえ、ここにいる理由にはならない。

 しかも、どうやらこいつは俺達の顔見知りらしい。腹に巨大なえぐれた傷跡。俺が超合金螺旋突貫フルメタルドリルライナーで貫通した箇所だ。


「よ、よう。お久ぶり」

「ガアア!」

「ですよね!」


 ワイバーンがこちらへ突っ込んでくる。

 が、横から赤い影が突撃してワイバーンを吹っ飛ばす。派手に音を立てて、岩や石が洞窟の天井から落ちてくる。


「勘弁してくれ。音が反響して他の魔物が反応するじゃないか」

『わが友』

「わかってる。喧嘩してる間にずらかろう」


 そう思ってたら、今度はサラマンダーがこちらへ突っ込んできた。


「うおあ!?」


 慌ててかわすと、轟音をたててサラマンダーが洞窟の壁に頭から突っ込み、壁に穴を増やす。


「ガアア!」


 俺達と壁にはまったサラマンダーがいる方へ、ワイバーンが火球を連弾で放つ。


「勘弁してくれ!」


 慌ててかわしつつ、距離をとる。火球はサラマンダーではなく、こちらを追いかけてくる。

 どう見ても狙いはこっちである。


「もしかしなくても、あいつ俺達を追いかけてきたの!?」

『そのようじゃの』

「馬鹿じゃん!」

『カー!』

「何言ってるかわかんないけど、ナハトまた俺のこと馬鹿にした!?」


 俺達はぎゃあぎゃあ叫びながら退路に殺到した。


 エルフの森深層。俺達はまだ、ここでは被捕食者なのだ。

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