第265話 世界樹行こうぜ!世界樹!9

 エルフが守らなければならないのは巫女ではない。


 正確に言えば、巫女はもちろん重要だ。

 それよりも、巫女が見る託宣夢の方こそ大事なのである。今代の巫女が亡くなろうが、次代の巫女が神により選定され、産声をあげる。

 エイブリーやクレアが巫女としての身分を明かす暴挙に出たのは、それがあるからだ。エイブリーにとってはフィオ・ストレガというストック・・・・があるからこそ、決断したということもある。

 つまりは、巫女そのものには換えが効くのである。

 この巫女というシステムを確実に破壊するには、エルフという種族を根絶やしにする必要がある。魔王はそのための手をいくつか打ったが、結果としてはエルフを更にひきこもりの種族に引き立てただけであった。これ以上同胞が魔女の帽子ウィッチハットにならないよう、森の奥へ、奥へと、彼らは歩みを勧めた。そしてルアークを始めとした各村の長老の警戒心を引き出してしまうことになる。


 ならば、クレアの護衛にこだわる必要はないかもしれない。

 そんなことはない。新しい巫女が物心つくのにしばらくの年月を要する。大人びるのが早いクレアですら、初めての託宣夢は5歳だったのだ。

 クレアは替えが利くように見えて、利かない。

 魔王という目に見える脅威がある以上、巫女という役職に空白の期間を作るわけにはいかないのだ。

 だからこそ、民衆の中にはエイブリーの決断を暴挙と考える者も多くいる。


 その託宣夢を守るための仕組みに、エクセレイは建国の時から協力しているのである。どのような形で、とは両親は教えてくれなかった。いつかは教える。だがまだ早い、と。カイムもクレアも非合理的な理由で自分に意地悪することはないので、多分そうなのだろう。

 まだ早い。

 まだ自分は子どもだ。

 まだ自分は未熟なのだ。

 その事実が、クレアを焦らせる。


「巫女伝説、巫女伝説……」


 その焦りは、クレアの足を学園の図書館へ運ばせた。コヨウ村での巫女の記録には目を通してある。では、村の外では?

 どんな小さなヒントでもいい。彼女は蔵書をあさり続けていた。


「……過去、巫女が双子であった記録はない。私たちが初めて」

 クレアは独言る。


 イリスには王宮の書庫の確認を頼んである。もちろん、詳しい情報は教えなかった。友人を体よく使うようで気が引けたが、今はなりふりかまってられないのだ。ただ、学園にはなさそうな情報があるならば教えて欲しい、と頼んだ。

騎士たちには申し訳ないことをした。自分とイリス。護衛を2組に分けなければならなかったからだ。


「あの日、フィルが王宮のバルコニーに来たのは何故?」


 その疑問がクレアに、ある可能性を示唆している。

 もしかしたら、フィルも夢を見ていたのかもしれない。そうだとすれば、辻褄が合うのだ。未来がいくらか変動するとすれば、必ず巫女が起点になるはずなのである。幼少の頃、夢の内容が変わった。自分は何もしていないのにも関わらず、である。自分が死ぬはずだった未来が変わった。誰かが動いたのだ。託宣夢を書き換えるために。

 それがフィルだとすれば、納得がいく。


 自分の代わりに亡くなることになるのが、彼だったからだ。

 もっとも、それに良心の呵責が重なり耐えられなくなり、自分もまた未来を書き換えたのだが。

 あの日、自分が書き換えた未来は、自分以外は知るよしもないはずだった。

 だが、彼は血相を変えてあの場に現れた。まるで何か大きなことが変わったことを確信するかのように。

 そして彼はまた武者修行に消えた。自分たち学園の友達を放って。

ふらっと消えるのは、彼が自由人だからだと思っていた。でも、そうではないのかもしれない。彼は、自分と同じものに縛られているのかもしれない。ともすれば、自由に見える彼は、誰よりも不自由なのかもしれない。

 その予想が、クレアのページをめくる指を急がせる。


「これにも、何も書いてなかった」


 パタン、と本を閉じる。


「おやおや、お困りですか?」

「……あなたは。どうしてここに?」


 クレアは眉をひそめた。

 話しかけた人物は、シニカルに笑った。







「これはまた、大変な後始末になるわね」


 ヒル・ハイレンは、眉間に指先を当てて小さくうなった。

 目の前には、青薄刀せいはくとうを振り下ろした姿勢で固まるアル。表情も歪んだ形で見事に固まっている。金糸のような色素の薄い眉を、綺麗なハの字にしている。「やってしまった」という表情である。

 その前方には、青々と生い茂った温室の植物。


「これ、どうしましょう?」

 挙動不審な表情で、アルが温室を指差す。


「取り敢えずは、剪定するしかないわね」

 ヒルがため息をつきながら言う。


 すぐ横では、ロスが腹を抱えて笑っている。


 今日はアルの回復魔法実践の日だったのだ。

 結果は見ての通りである。オゾス・ダシマとの戦いでのアルの攻撃で、温室の天井は半分ほど吹っ飛んでいる。その吹き抜けから、樹木やハーブが突き抜けるまで成長している。生い茂るハーブの中には、本来人間の腰程度の高さまでしか成長しないはずのものもある。

 ついさっきまで枯れかけていた植物達である。管理者の不在かつ、危険なため立ち入り禁止にしていたのだ。その結果、全ての植物がダメになりかけていたのだ。


 その枯れかけが、アルの癒しの斬撃にて青天井まで成長したのである。

 ここからとれる回復ハーブが無くなることは、養護教諭であるヒル・ハイレンにとっては痛手だった。

 この良質なハーブは、あまり替えがきかないのだ。改めて、ゼータ・ダシマ教諭の抜けた穴の大きさに気づく。こんなにぽっかりと空いているというのに、穴を埋める人材が中々見つからない。

 だが、学園は生傷の絶えない実習が多い。

 行商人たちも、慌ててタルゴ・ヘンドリック亡き状態で商業ルートを確保しようとしている。

 回復ハーブを安定して供給する方法が必要だったのだ。


 そして思いつく。

 アルケリオ・クラージュの出鱈目な魔力であれば、この不毛となりかけた温室も復活するのではないかと。回復ハーブを再び学内で補給できるのではないかと。

 結果は復活以上のものとなったわけだが。


 魔力を消費しすぎたのだろう。アルが片膝をつく。


「おっとと、大丈夫か?」

「うん。ありがとう、ロス」

 後ろから支えるロスに、アルが笑いかける。


「相変わらず意味わかんない威力してんな」

「実践……には使えませんよね? ヒル先生」

「そうね。擦り傷に腕が生えるような回復魔法をぶっ放してたら、敵も味方もドン引きするわね。いや、心理的駆け引きとしてはありなのかしら」

「いや、なしだと思うよ、先生」

 ロスが苦笑いして答える。


「何にせよ、コントロールが大事ね。回復魔法はまだまだだけど、戦闘に関してはそこそこ進んでいるのでしょう?」

「はい!ロットン先生が教えるの上手なんです!」

「シャティ先生の元パーティーメンバーね。だったら、貴方の師匠としては申し分ないのかも」

 ヒルが顎に軽く手を置いて考える。


「アル。温室のハーブを摘み取ったら、またやるわよ。今度はハーブが温室の天井を突き抜けないくらいには調整なさい」

「が、頑張ってみます」

「先生先生」

「先生は一回よ」

「はい、先生。これ、ハーブ余ってるみたいだからレギア自治区に持って行っていい? 種族大移動したばっかだからさ、疲労がたまってる人多いと思うんだよね」

「えぇ、持っていきなさいな。というか、このハーブ使い物になるのかしら。私が検査してからにしなさいな」

「イエス、マム!」


 ロスは元気よく返事をした。







「はぁ、はぁ、はぁ、やっと倒したぞ」


 俺の真下には、ジガンテファイアゴーレムが横たわっている。

 何とか核を破壊して討伐したのだ。魔力が凄まじい勢いで体に流れ込むことがわかる。不死鳥の熱によって作られた土壌で育ったゴーレムだ。そこらへんのゴーレムよりも、存在としての力が段違いに高い。

 情けない話、ゴーレムの攻撃の範囲外から水魔法で遠距離攻撃をひたすら仕掛けるという地味なハメ技を使った。自身の持つ高温に耐える材質で体を構築していたこいつは、逆に低温への耐性はなかったのだ。


『しばらくはゴーレムの生息域を狩場にするか』

『わしもそれがいいと思うの。魔力が追いつけば、戦える相手も増えるじゃろうて』

『カー』

『そのカーは、馬鹿にしてないカーだな』


 そういえば、ナハトが喋れるのなら、猫のジェンドも話せるのか?

 突然、疑問が頭の中にポップした。


『なぁ、ナハト。ジェンドも話せるのか?』

『我片足の徒。彼奴きゃつはタンデムテイル。鳥猫ちょうびょうなれど犬猿』

『……瑠璃』

『ビジネスライクな関係だから必要以上に仲良くない。あまり話さないと言うておる』

『あぁ、そう』


 そーなの。へぇ。


 ドシン、と音が鳴り響く。一体の巨大な魔物の気配が消えた。何かが何かを殺したのだ。


『近場で、またワイバーンが暴れているのか』


 もう片方の魔力の気配には覚えがある。あの、腹に傷のあるワイバーンだ。

 結局あの後、ワイバーンとサラマンダーの戦いは羽がある方に軍杯が上がった。俺たちは2体の巨大なトカゲが争う様を尻目に逃げおおせた。奴はこちらを睨みながらサラマンダーの喉を食いちぎっていた。

 その時のやつの目が語っていた。

 次こうなるのはお前だと。


『追いつかれる前に、一体でも多くゴーレムを倒しておこう』

『あいわかった』

『カー!』


 そのカーは、ただの返事のカーだな。


 俺たちは、溶岩窟の更に奥へと歩みを進めた。

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