第14話 魔女との訓練
「ジェンドが鳴いたら始めだよ。クソガキ。」
「わかってるよ。ばばあ師匠。」
俺は今、ばばあ師匠と魔法の訓練をしている。この人のやることは、基礎をひたすら狂っているくらいにさせ、後は実践あるのみである。
だから3歳になってすぐに魔物巣くう森に叩きこむようなこともされた。
対魔物の訓練は森の魔物だけが相手ではない。
使い魔のナハトとジェンドと模擬戦も行っていた。ナハトは空から、ジェンドは地を這いながら高速で光線魔法を放ってくるバトルスタイルだ。この二匹のおかげで、俺の対魔法の反射速度は異常なほどに鍛え上げられた。
森のゴブリンメイジと初めて相対した時、魔法の発動が遅すぎて逆にびっくりしたくらいだ。
今日はばばあ師匠が直接相手してくれるとのことだ。俺の成長を確認したら、ナハトとジェンドが師匠にゴーサインを送る。翌日相手してくれるという、いつもの流れだ。今回は1か月ぶりに相手してくれる。
脇ではルビーが『ふぁいおー。』と応援してくれている。
「にゃー。」
ジェンドの気が抜けた鳴き声で俺たちが動き出す。
俺は一度に4つの魔法を展開する。得意の火魔法を二つ。生活魔法で使い慣れている風魔法と水魔法を一つずつ。
魔法使い同士の戦いは、魔素の陣取り合戦だ。空中に滞留する魔素を読み取り、火魔法を使いたければ赤の魔素に自分の魔力を流し込み、数珠のように連鎖させていく。
もちろん、それらの魔素を使う順番は早い者勝ちだ。つまり、魔素の演算が早いものが先に魔法を打つことが出来る。
多人数の戦いでは、一度に大きな魔法や多数の魔法を展開する魔力量の高いものが重用されるが、一対一はとにかく演算の早さがものをいう。
敵のばばあ師匠は一度に8つの魔法を展開した。俺は驚かない。この人は魔力を捻り上げれば二けた以上の魔法を発動できる魔女だ。ただ、理解できないことがあった。魔素を上手くたどれていない魔法が2つあったのだ。あの婆さんに限って魔素を読み違うなんてあり得ないはず。
俺は4つの魔法でばばあ師匠の魔法を相殺する。ちなみにばばあ師匠が本気で魔力を込めればそもそも相殺なんて出来ない。あくまでも魔法の構成速度という、俺の土俵で勝負してくれている。これは優しさというよりも俺に負けの言い訳を許さずマウントを取りたいという意地悪である。
残った2つの魔法をサイドステップでかわす。
————え、2つ!?
見ると、出来損ないの魔法二つが遅れて俺の前に飛び込んでくる。
「がっ。」
全力で上半身を捻って、リンボーダンスのようにかわす。
慌てて、地面に転げてすぐに魔素を読み取り魔法を構築する。
「遅いよ。」
既に師匠は9つの魔法を構築している。
どれが早い魔法でどれが遅い魔法なんだ!?
俺は慌てて得意の火魔法で身近に来た魔法をはじく。
遅れてくる魔法も振り払おうと、魔素を読——。
——めない!?
そこでようやく俺は気づく。遅れてくる魔法は時間差攻撃をするためじゃない。俺が読み取るのが得意な魔素を食いつぶすために波状攻撃をしてきたのだ。つまり、俺は陣取りゲームに完璧に負けたわけである。
その後、ひたすら体術で師匠の魔法をしばらくかわし続けたが、限界がきて結局俺の体に土魔法が着弾したところで今日の勝負は終わってしまった。
「ふん。野生児みたいな動きをするね。クソガキ。」
「ナハトとジェンドのおかげだよ。」
「ちょっと獣との交戦経験が多すぎだね、お前は。街に出たら獣人に間違われそうだ。」
「間違われるのは良くないことなんですか?」
「公には獣人は差別されていないさ。」
「公に、ですか。」
つまりは公でないところでは差別されているということだ。
「それよりも師匠。さっきの魔法は——。」
「見て盗みな。お前にはできるはずだよ。」
それを言われたら、これ以上教えて下さいとはいえない。この人は才能にあぐらをかくことを極端に嫌う。俺の才能ならば教えられずとも出来る、と確信しているのだ。であれば、これ以上教えを乞うというのは師匠の目を疑うということである。
「わかったよ。」
「覚えておきな。今のお前の負け方は魔法使いの決闘の中でも屈辱的な負け方だよ。貴族相手にやったら首が飛ぶね。」
このばばあ。わざわざそんな勝ち方したのか。
「そんな目で見るなクソガキ。お前が私に対等に喧嘩売るなんざ20年早いよ。」
「20年。意外と短いなばばあ。」
俺には25歳になった自分がこの魔女を圧倒する姿が想像できない。
「事実だからね。お前は天才だよ。この言葉は陳腐過ぎて使いたくないんだけどね。でも実際お前はそうだから仕様がない。」
「……天才。」
俺は顔をしかめる。
「なんだい。不満なのかい。」
「いや、なんでもないよ。」
前世では言われたことなんて一度もなかったから、むず痒い感じがしただけだ。
「屈辱的な負け方って、空中の魔素の陣取りに負けることですか。」
「陣取りか。いい表現だね、クソガキ。そうさね。魔素の掌握を完璧にされるというのは、魔素の読み取りに大きな力量差があるということさね。つまり、お前は不勉強だ、出直してこい糞野郎と言われてるのと同義さね。」
「なるほど。」
それは確かに、プライドの高い人間には耐えがたいものだろう。
「他には屈辱的な負け方って、どんなのだ?」
「最短距離の魔法で仕留められた時だね。」
ああ、それはなんとなくわかる。空中の魔素を読んで最短距離を使ってくるということは、「お前とは腹の探り合いなんて必要ない。」と相手に言っているのと同じだ。
一瞬で決着がつくぶん、さっきの俺の負け方よりもましだろうが。
「わかった。なるべく使わないようにするよ。」
「なんだい。貴族と決闘する人生設計でもしてたのかい?」
「そんな面倒なこと、しないよ。」
「かかか。」
ばばあ師匠が笑う。
「今日はここまでだよ。後は家に戻って魔導書でも読んでな。」
「はい。ありがとうございました。」
俺は腰を直角に曲げて礼をする。
「師匠。」
俺は真面目な話をする時の呼び方で、枯れた魔女を止める。
「なんだい?」
師匠が振り返る。
「そろそろ、ワイバーンの討伐に出てもいいでしょうか?」
「ふん。そういえば産卵期だったね。」
師匠が顎をしゃくる。
「お前さん、それは準備ができての提言かね?ただの生き急ぎでは許可は出来ないよ。」
「勝算はあります。行かせてください。」
「火の妖精のためかい。」
「それもありますが、俺のためです。」
魔物を倒せば魔力量が上がる。その生き物がもつ魔力の一部を取り込むことができるからだ。魔力量が上がれば、7歳を過ぎてもルビーとコミュニケーションがとれる。
だが、理由はそれだけではないのだ。
俺は強くならないといけない。いつか妹を守ることができるように。エルフの掟なんてどうでもよくなるくらい強くなって、あの長老に納得してもらえるように。そして、本当の意味でカイムに息子だと認めてもらう。レイアに母親としての幸せをつかんでもらう。
「————念のため、ナハトをつける。」
「ありがとうございます!」
俺はもう一度頭を下げた。
師匠が家の扉を閉じるまで、頭を下げ続けた。
————一週間後。
俺は腰のナイフを確認する。刃こぼれはない。ドリルホーネットの毒針も数本もつ。バトルウルフの毛皮を着て、エルフとしての臭いをごまかす。この日のために、この毛皮には認識齟齬の魔法も付与している。ワイバーンの目と鼻くらいはごまかせるだろう。巷では付与魔法つきの装備は高値で売れるらしい。しかしこれは付与魔法装備なんてちゃんとしたものではない。俺が定期的に魔法をかけなおさなければ効力が落ちるパチモンだ。
でも、これでいい。俺にはこれで十分。毎晩の魔力切れにも丁度いいし。
アーマーベアの頭部の骨を頭にかぶる。オークの肋骨を削ったメイルも胴と太ももに着る。ワイバーンに噛みつかれる場合、やられたら危険な箇所を確実に守るためだ。
俺が高魔力であれば、バフをかければ済む話だろう。だが、俺はまだ5歳。魔力に限界がある。同じ結果が得られるのであれば、どんな不格好な装備でもいい。 俺は身に付ける。魔力切れで魔物に食われるなんて死に方はごめんだ。
両頬をぱちんと叩いて、俺は鏡を見る。
透き通ったように白い肌。尖った耳。レイアとクレアと同じ、エメラルドの瞳。カイムと同じ黒い髪。
自分の顔を見るたびに、今世での家族を連想する。
彼らの一員になる。ひとまずは、それが今の俺の目標。前世を含めて、初めて激しく俺を突き動かしてくれる動機。
「よし。待ってろよ、空飛ぶトカゲ野郎。」
僕の今世での、最大のチャレンジが始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます