第15話 vsワイバーン
ワイバーンは龍ではなく、亜龍である。
生態が龍と鳥型魔物の中間みたいなもので、はっきりと龍とはカテゴライズされていない。
それでも龍は龍。こいつを一体でも倒せれば、どこの国でも確実に貴族から重用されるらしい。冒険者としても箔が付くとのことだそうだ。
たいていの冒険者はこいつを倒した後は、貴族お抱えの騎士に転職する。
それはそうだ。安全で好待遇を選ぶのは当然だろう。
だが、まれに冒険者を続行する変わり者がいるらしい。彼らは英雄とも呼ばれ敬意を集めることもあれば、スリルジャンキーと陰口を叩かれることもあるらしい。
何はともあれワイバーンである。
本物の龍は群れない。個としての力が絶対的であるがゆえに、親から離れれば番いを見つけない限り彼らは単体で活動する。
それに反してワイバーンは群れで活動する。これが亜龍たるゆえんである。龍種の中では非力であるがゆえに、群れで行動することを選んだ種。
この事実で勘違いし、ワイバーンに挑んで死んだ冒険者たちは数多くいる。
とんでもない。
彼らが群れるのは、自分たちよりも大きな龍種を多数で襲い掛かれば勝てるという合理的な理由からである。
龍種の中には人語を介し、人並みかそれ以上の知恵がある個体もあるらしい。が、種族として狡猾で頭が柔らかいのはワイバーンだろう。
俺は彼らの群れ全員と戦えるとは思っていない。
無尽蔵の魔力量があればどうにかなるかもしれないけど。あったとしても試す気はないけども。
安全、第一。
俺は今、ワイバーンの群れから3キロほど離れた地点で待ち伏せをしている。バトルウルフの毛皮で体を隠し、ひたすら単独行動をするワイバーンを待つ。
一対一ならば勝てるはずだ。俺は息と魔力を殺してその時を待っていた。
『ねえ。暇!』
暇を持て余したルビーが耳元でささやく。
『終わったらいくらでも話し相手するよ。』
『今じゃないと嫌!今のフィオなら僕と喋りながら周囲を警戒するなんて余裕でしょ?』
『念には念を入れたいんだよ。命がかかっているしね。』
神語を話すのも念のうちの一つである。
『じゃあ、この狩に関することならどう?』
『いいね。おさらいのつもりで話し相手になるよ。』
『やったね!』
ルビーが大輪の花を顔いっぱいに咲かせる。
『ワイバーンをどうするつもりなの。今のフィオは飛べないし、魔力量も確実に向こうが多いよ?』
『いつか俺が飛べるみたいな物言いだな……。』
『そういう魔法、あるよ。』
『マジで?』
『マジで。おばあちゃんちの本棚にもその本、あったよ。』
『ばばあ師匠も本当、色んな魔術書もってるよなぁ。基礎編の本を勧められたから、そればかり読んでいたよ。』
『基礎は土台だよ!貧弱な土台の上に応用を積み上げるやつは二流以下さね!』
ルビーがしゃがれた声で言う。
「ぶふっ。」
ルビーの物まねに思わず声が出る。
『まぁ、実際基礎を積み上げるだけでこの森の魔物はほとんど倒せた。ばばあ師匠の言うことは間違ってないんだろうな。』
俺は基礎的な魔法だけで森の魔物はほとんどの種類を狩りつくした。自分の世界にある技術になぞらえて、少しアレンジしたものもあるが。
俺はこれを異界アレンジ魔法と呼んでいる。
ここは異世界だが、俺はもうここの住人だ。であれば、元いた世界の方を異界と呼ぶのが道義であろう。
ちなみに、倒したことがない魔物はそもそも遭遇が難しいものや森の主、ワイバーンくらいのものだ。
ばばあ師匠の言葉を借りると、魔法の基礎とはピラミッドのようなものだと思う。
上の段になれば面積は減る。頂上に近づけば近づくほどその面積は減っていく。
つまり、土台より広く積み上げることはできないのだ。
これは俺が元の世界で勉強や運動をしていたときと同じ感覚。
まぁ、ピラミッドと違って魔法の基礎は後付けできるところが救いはあるといえるだろう。
————熱い魔素を肌に感じた。
『フィオ。』
『気づいてるよ。ルビーは過保護だ。』
『過保護にならないと、フィオはいつか死んでしまいそうで、怖いよ。』
毎晩気絶する君を寝かしつける僕の身にもなってほしい、とルビーは続けた。
『ありがとう。』
俺は隣にいるルビーの頭をなでる。触れられないけども。
遠くから咆哮が聞こえる。空気が振動する。
ワイバーンだ。それもかなり大きい個体だろう。
遠目に見てもシルエットの大きさがわかる。両翼の横幅は10メートル超といったところだろうか。
あれで竜種の中では小型扱いなのだから、竜がいかに規格外の種族なのかわかるというものだ。
空中を旋回しながら、こちらの方へ向かってくる。
予想通りだ。
ここらはアーマーベアの穴倉が多く分布する地帯だ。
多くの食料を摂取しなければいけないワイバーンの子どものために、出来るだけ巨大な生き物を彼らは狩っている。
例年、ここらの森でも大型のアーマーベアを狩る姿を何度か俺は目撃している。
それを俺が、横取りして狩る。
巣穴で待つ幼龍には悪いが、野生はそういう世界である。
アーマーベアは大きいもので体長が4メートルほどにもなる。純粋な重量では、体の規格が鳥に近いワイバーンの方が軽い場合もある。
が、そこは龍種の特殊なところ。彼らは翼だけでなく魔法も駆使して飛ぶ。魔力量がえげつないくらい高い、龍種特有の飛び方。
しかし、自身の体躯が大きくなければアーマーベアの死体を運んで飛ぶことなど当然できない。このエリアには少なくとも10メートル超のワイバーンが来てくれることを期待しての潜伏だった。
大きければ倒すのは難しいかもしれないが、俺の今回の作戦では大きい方がこちらに有利なのだ。重い体重、体の大きさからくる的の大きさ。この二つが重要である。
ワイバーンが近づいてくる。アーマーベアと戦うために魔力を温存しているのだろうか。少ない魔力で滑空しながら飛んでくる。
加速や上昇さえしなければ、ワイバーンは少ない魔力で空を飛ぶことができる。これも彼らが生き残るために身に着けた知恵。魔力が桁違いに多いが、それは
ゆえに、体を痩身に進化させて少ない魔力で飛べるようにしたのだ。亜龍と言われてはいるが、俺からしたら彼らは立派な龍だ。
ちなみに、普通の龍は腹部がワイバーンよりも膨らんでおり、全体的にいかつい体つきをしている。体が重いなら魔力をたくさん消費して飛べばいいじゃないという、理不尽な種族だ。
ワイバーンは狙うアーマーベアを決めたようだ。
巣穴から少し離れたところで孤立している個体。川で魚型の魔物を手で器用に水の外へはじき出している。
滑空から低空飛行に移行するために、ワイバーンがどんどん高度を落とす。
俺はワイバーンの視界に入らないよう、巨大樹の影の下を移りながら狙われているアーマーベアのところへ駆け始める。
『
声を出さずに魔法を行使する。
こういった時、たいていの魔法使いは脚力のみ強化するらしいが、俺は全身を強化する。少し多めに脚力に魔力をふりはするが。走るのは全身運動だ。全身を満遍なく強化すべし。
これは数少ない自分でアレンジした魔法の使い方。世界は広いから誰かしらは使っていると思うけども。
ワイバーンの戦い方の必勝パターンは、空という他の種族にないアドバンテージを最大限に生かすこと。
つまり、アウトレンジからの
ナハトやジェンドも
しかし、育児期のワイバーンはそのメインウェポンを使わずに狩を行う。
子どもに与える肉を炭にするわけにはいかないからだ。
育児期の彼らはサブウェポンである牙や爪で引き裂くなどして殺す。
ワイバーンの死亡時期が一番多いのは幼龍期だが、二番目に多いのはこのリスクを背負って他の魔物と戦わなければならない育児期といえるだろう。
ワイバーンがほぼ垂直降下で足からアーマーベアへと加速する。二体の魔物が接触する直前、風切り音でアーマーベアが頭上の敵に気づく。が、時すでに遅い。ワイバーンが足で首を掴み、そのまま地面にアーマーベアの頭部を川底に突き刺す。川に巨大な水柱が上がった。
俺は川のすぐそばの木陰から様子をうかがう。
ワイバーンはアーマーベアの絶命を確認したらしく、その死体を両手のかぎ爪とワニとも鳥ともつかない巨大な顎でつかみあげていた。
そのまま巣へと持ち帰るのだ。
ワイバーンが飛び立つのを俺は静かに見守る。
あっという間に10メートルほどの高さに飛び上がった。魔力でちょっとした重力操作をしているのだろうか。普通の翼が生えた動物では到底できない動き。今度真似して練習してみよう。
こいつに勝つには、俺に最大のヘイトを向けさせなければならない。そのためには――。
——ワイバーンの高度が20メートルほどになった。
『
俺が放った魔法がワイバーンの手元に着弾する。
大したダメージにはならないだろう。
だが、手元の獲物を手放すには十分なはずだ。
アーマーベアの死体が森へと落ちていく。
空中で羽ばたきながら、長い首をもたげてワイバーンがゆっくりとこちらを見る。
目のまぶたが一瞬、裏返ったように見えた。瞬膜でまばたきしたのだ。爬虫類特有の小さい黒目にオレンジ色の眼球が、俺を怨敵として認めたのか睨みつけてくる。
「はは。爬虫類って案外表情あるのな。」
『うわわ!来るよ!? 来るよフィオ!』
「こいよ羽蜥蜴野郎。俺が撃ち落としてやんよ。」
俺は威勢よく言葉に挑発魔法の
ワイバーンとの戦いが始まった。
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