第16話 vsワイバーン2

 ワイバーンは確実に俺を敵として認識しただろう。だが、降下して俺を攻撃する様子が全くない。俺の上空を円形に巡回するのみだ。


「ヘイトが足りないのか? でも鬨之声ウォークライには反応していたはず。」


 俺は攻撃魔法を作り出す。

火球ファイアーボール。』


 一度に三発の火球ファイアボールを作り出し、ワイバーンへ投げつける。

師匠の真似をして時間差で発射。普通の速度の火球と遅い火球を同時に発射する。

 ワイバーンが翼に魔力を込める。

 おそらく強化魔法ではじき返すつもりだろう。

 野郎、吐息ブレスを使うまでもないということか。

 だが、こちらにはもう一つ工夫をつけた。三発目の火球を風魔法で加速させている。

 目前に来た2つの火球を突然3つ目の火球が追い越し、翼で迎撃する前にワイバーンの胴体へ着弾する。


 ワイバーンが混乱する。2発目と3発目の火球も着弾した。

 一瞬、ワイバーンは空中でよろけるが、ほぼノーダメージに見えた。当然だ。

亜龍とはいえ、龍は龍。巨大な魔力を内包するために、その鱗は強靭な強度を誇る。

 国に贈呈すれば上級騎士たちの鎧に加工される。冒険者たちの装備に龍の鱗が使われているならば、それは一流の証だ。

 俺の手加減した火球ファイアボールなんかで傷つけられるなんて思っていない。大事なのは、あいつが俺に攻撃をしかけること。

 俺にワイバーンを倒せるだけの魔力がないわけではない。至近距離で全魔力をつぎ込めば可能性はある。

 だが、倒した後のことも考えて行動しなければならない。森から師匠の結界がある家へ、帰る余力を残さなければならない。

 ナハトが護衛についてくれてはいるが、最初からそれを頼りにする戦略なんて愚の骨頂である。

 俺はいつかこの森を出る。マギサ師匠の庇護下にずっといるつもりは、ない。


 ワイバーンは俺の攻撃に驚き、苛立ちはするが、すぐに攻撃に転じるわけではなかった。また旋回を開始し、俺をじっと睨みつけている。


「何を考えているんだ?」


 爬虫類は表情が読みづらいから、あいつが何を狙っているのか全くわからない。

 今の俺の攻撃で、俺にワイバーンを倒せるだけの火力がないことはアピールできたはずだ。であれば、あいつはすぐに接近攻撃に移ると考えてたのだが。


 ワイバーンが首をふる。何を見ているんだ?


 すると突然、ワイバーンが火炎吐息ファイアブレスで巨大樹を焼き尽くし始めた。


「何考えてやがる……?」


 どう考えても魔力の無駄だ。いくら龍種が魔力の塊とはいえ、意図が読めない。


『フィオ、怒んないの?』

「何でだ?」

『いや、そうだったごめん。君は異界の転生者。しかも人間だったからね。エルフは普通、森を傷つけられたら怒る生き物だから。』

「そういうことか!ルビー!」

『はい!』

「君は天才だ!」

『でしょ~。』

 えへへと、ルビーが頬を両手で押さえながら笑う。


 そうだよ。何で俺は考えてなかったんだ。

 俺の今の容姿を考える。バトルウルフの毛皮とアーマーベアの頭蓋骨という、およそエルフらしくない装備をしている。

 だが、耳は隠れていない。尖った、細長い耳。

 俺が対ワイバーンで戦うならば、向こうも当然エルフと戦うことを想定しているはずだ。


 ワイバーンが、ゆらりと首をもたげて俺を見る。爬虫類然とした目が三日月の形を作り出した。


「爬虫類が笑うと気持ち悪いな。」


 確信したのだ。

 エルフは群れで狩りをする種族。そしてエルフは生粋の狩人。普通は目の前にいる熊の骸骨のエルフ以外に、弓の射手が潜伏しているはず。

 だが、こいつは何故かソロで自分に戦いを挑んでいるのだと。大樹を燃やし尽くしたのに、誰も飛び出してこなかった。あぶりだされなかった。それが確信の、根拠。


「そうだよ!来いよ!俺は一人だぞ!」

 もう一度、俺は鬨之声ウォークライで挑発する。


 ワイバーンが口から火を放った。


 意趣返しのつもりだろうか。俺があいつにダメージを与えた火球ファイアーボールを連続で放ってくる。俺はそれをサイドステップやバックステップでかわす。すると、ワイバーンが低空飛行を始めた。


「よし!」

 俺は作戦通り、カウンター魔法を構築しようとする。


 だが、ワイバーンはアーマーベアを殺した時みたいにかぎ爪で攻撃してこなかった。俺の上空5メートルほどを滑空しながら火炎吐息ファイアブレスで攻撃してきた。


「うおお!?」


 俺は慌てて準備していた魔法をキャンセルして土壁サンドウォールを形成する。土が焦げる臭いがした。一拍遅れて熱風が奔り、砂塵が舞う。


「通り過ぎるだけでこれかよ!?」


 土壁の魔法がなければ熱風で俺みたいな子どもは吹っ飛ばされていただろう。

土壁の影から飛び出す。

見ると、火炎吐息ファイアブレスにより、地面に火の線の跡がついている。何かタイムスリップする昔の映画で見たぞおい!


「俺、何であれと戦おうなんて思ったんだろう。」


 冷静に考えてみると馬鹿なんじゃないかな。


『本当だよ!』

 隣でルビーが叫ぶ。


 ワイバーンがもう一度、距離を置く。

 連撃で火球を放ってくる。

 俺は地を這うようにして火球をかわし続ける。

 エルフ以外の何かと勘違いされては敵わない。俺は森を守るふりをして、樹木から離れて岩場に移動する。


『視界が開けたところにきちゃっていいの!?』

「仕様がない!大事なのは土魔法が使えるかどうかなんだ!それさえ出来る場所ならどこだっていい!」

 俺は叫びながら走る。


 魔力を節約する余裕はない。ワイバーンは俺のように時間差の火球を放つことは出来ないが、一発一発の火球は巨大で恐ろしく早い。俺の火球は頭くらいの大きさなのに、相手の火球は俺の体を全部飲み込むくらいある。


「こんなんずるい!あんなチートな生物がいてたまるか!」

 俺は叫びながら走る。


「大体なんであいつは遠距離攻撃ばかりしてくるんだ!近距離攻撃しろよ!玉ついてんのか!こっちに決定打がないのはわかってるじゃないか!」


 爬虫類の雌雄判別なんてできないから雄かはわかんないけどさ!


『フィオ、小さいから幼龍の餌にもならないんじゃないの!?』

「その理屈はおかしい!俺はエルフだ!野菜たくさん食ってる!ビタミン豊富だ!肉食獣には高級食材のはず!」

『その理屈もおかしいよ!?』

「俺の出身世界ではテレビ番組でやってたんだよ!」

 そう、アニマル〇ラネットでね!


『テレビって何!? それよりも最初に時間差の火球ファイアーボール使ったのがまずかったのかも!それなりの魔法の使い手と察したんじゃないの!?』

 ルビーが横を飛びながら叫ぶ。


「え、そこまで考えられるの!? あの羽蜥蜴!」

『文明と言葉がないくらいで、知能は普通に高いよ!』

「何だそのチート生物!」


 転生って普通、こっちがチートじゃないの!?


『大体、普通の火球でよかったのに何で時間差のやつ撃ったのさ!』

「いや、師匠がやってたのかっこよかったし!俺も覚えたばかりで使いたかったし!」

『馬鹿なんじゃないの!?』

 うあー!とルビーが叫ぶ。


「こうなったら、ままよ!」


 俺は足がもつれたふりをして、ワイバーンの火球を正面から受ける。

 隣からルビーが絶叫する声が聞こえる。と同時に、その叫び声がすぐに遠くになる。俺が火球の威力に吹っ飛ばされたのだ。

 地面を転げながら、目だけでワイバーンを仰ぎ見る。やつは旋回をやめ、上空で静止したようだ。


 俺はその場でよろけるふりをしながら、立ち上がる。


『突然なにしてんのさ!』

 ルビーが飛んで近づきながら叫ぶ。


『あいつをおびき寄せるにはこれしかない。』

 気取られないように神語に切り替える。


 もちろん、身体強化ストレングスを全力で張った。インパクトの瞬間だけ発動していたから、相手には気づかれていないはず。

 気づかれているならば、ほぼこの状態は詰んでいる。逃げて次トライするしかない。

 俺は焼け焦げたバトルウルフの毛皮を脱ぎ捨てる。


 ワイバーンは俺の様子をしばらく観察すると、上空に上昇し始めた。そして降下しながら加速し始める。


『釣れた♪』

 俺の気分が高揚し始める。


 ワイバーンが重力を味方にして加速し始める。


 まだだ。まだ引き付けろ。

 ワイバーンが頭上30メートルほどに近づく。


 まだだ、まだ!

 ワイバーンが先ほどアーマーベアを殺したように頭でなく足のかぎ爪を下にする体勢に移る。


 今だ!

螺旋土槍サンドドリルライナー!」

 土魔法により一瞬で周囲の岩を変形させ、硬化魔法をバフする。そしてらせん状にそのドリル型の槍が高速回転をした。

 俺にワイバーンを倒せる火力をひねり出すのは難しい。ならば相手の加速が生み出すを利用するのみ!自分の速度と体重で貫かれて死ね!


「ガアア!」


 ワイバーンの体が僅かに傾く。

 俺のすぐ横をワイバーンの巨体がすれ違う。

 強烈な衝撃が、目の前の土槍を通じて体を震わせる。時間差で突風、そして砂塵。


「かわされた!?」


 あの一瞬で俺の目論見を看破したのか!? いや、それとも龍種としての勘か!?

 否、完全にかわし切れてはいないようだった。

 俺の螺旋土槍はワイバーンの片翼を貫いていた。

 地面を派手に転がりながらワイバーンは斜めにきりもみ回転しながら吹っ飛んでいく。小さな木々を数本倒し、30メートルほど先に地面で体を削りながら止まった。


 すぐにワイバーンは立ち上がり、臨戦態勢を整える。

 翼と一体となった細い腕で地面を突き刺しながら歩き、こっちを警戒している。明らかに片腕の歩き方がおかしい。


「へいへい蜥蜴さんよ。自慢の翼はどうしたよ? もしかして飛べなくなった系ですか?」


 俺は言葉で煽りはするが、魔力に余裕はないので鬨之声ウォークライはしない。さっきのカウンタードリルで決めるつもりだったのだ。


「グルルルル。」

 ワイバーンは取り合わず、歩きながら距離を詰める。


「勢いよく突っ込んだらカウンター食らうと学びやがったか。ということは。」


 ワイバーンが火球を放つ。


「っ身体強化ストレングス!」

 身体を加速させ、かわす。


 その先に高速で這いずり距離を詰めたワイバーンが翼で打ってくる。

 俺はそれをかがんでかわす。


「やっぱり肉弾戦かよ!」


 マジかよ!龍と肉弾戦なんて想定していないぞ!


 翼をかわすと、そのままワイバーンがスピンして尻尾を振るう。

 俺はジャンプしてかわす。

 今度は空中にいる俺を顎で食いちぎろうとしてくる。

 風魔法で体を動かし後方にスウェーしてかわす。


「お前だけ手数にリーチあるのずるくない!?」

『フィオ!次が来る!』


 距離をとるとすぐに火球が飛んできた。しかも6発同時に。


「くそくそくそ!」


 地面をローリングしてかわす。身体強化ストレングス追風操作ウィンドアクセラレータでなんとかかわす。かわし続ける。


 想定外だが、俺はワイバーンと地上戦で戦えている。戦えているが、勝てる戦いではない。

 互角ではだめなのだ。

 互角な戦いをしているうちは魔力量が絶対的に高い龍種の独壇場だ。

 どこかで一発逆転をしなければならない。


 俺は身体強化ストレングスを用いた体術を使い、体を動かす。

考える時間が欲しい。とにかく時間を稼がなければならない。

 であれば、身体強化ストレングス追風操作ウィンドアクセラレータ2つの魔法を使っちゃ駄目だ。魔力が底をついてしまう。

距離をとると火球が飛んでくる。火球をショートレンジで使われれば高速で移動しなければならない。追風操作ウィンドアクセラレータを使わざるを得なくなる。

 懐に入るのだ。懐に入って、インファイトに持ち込め。


 ワイバーンの拳がくる。俺は獣のようなサイドステップでかわす。脇のすぐそばを龍のかぎ爪が通過する。顎がくる。身体を捻りながら、ワイバーンの頬を撫でる様にいなす。上から尻尾が兜割のように降ってくる。側転でかわす。

 ワイバーンは怪我している方の翼で打ってきた。

 片翼しか警戒してなかった俺は弾き飛ばされる。


「しまっ!?」


 距離を取ってしまった。


 目の前には7発もの火球。

 自分に着弾する一発だけを水爆弾ウォーターボムで相殺する。

また無駄な魔力を使わされた。

相手は怪我を確認するやいなや、自分の片翼を使い捨てにしてきた。捨て身の一撃。

 なんてことはない。俺よりもあいつの方が俺を敵として認めていたのだ。

 何がワイバーンは立派な龍だ。相手を過大評価して対策した気になっていたが、蓋を開けてみれば絶対的強者であるあいつの方がよっぽど俺に脅威を感じ、敬意を払ってくれている。

 これが生き残るということ。これが殺し合い。これが自然淘汰。


「すまなかった。羽蜥蜴君。」


 俺は腰を曲げて礼をする。

 ワイバーンが口を開く。火炎吐息ファイアブレスだ。


「敬意を込めて、君を殺すよ。」


 ワイバーンが炎の息を吐き出す。


 ————が、それはすぐに霧散した。


「魔力の消費が激しくて温存していたけど、君相手に魔力を温存するなんて失礼だった。————ここからは全力だ。」


 俺がしたことは簡単。マギサ師匠にやられた魔素の陣取り合戦。

 先ほどまでの戦いでわかった。

 やはりワイバーンは火魔法しか使えない種族だ。

 だから俺は、赤い魔素の陣取りにさえ勝てばいい。空気中にある赤い魔素を使った魔力の道。その全てに俺は蜘蛛の巣のように自分の魔力を練りこみ、妨害する。


身体強化ストレングス。」


 一瞬で10数メートルの距離を詰める。


「今度はお前の速さや体重なんて利用しない。俺の魔力でお前を貫く。」


 俺の周りで土や岩が隆起する。


 ワイバーンは慌てて踵を返して逃げようとする。

「逃がさねえよ!螺旋土槍サンドドリルライナー!」


 土と岩のドリルがワイバーンの腹を突き破る。今度は、ただドリルを設置するだけではない。火魔法と風魔法でロケット推進させ、突貫させる。


「ギャガガガガ!」

 ワイバーンが仰向けに倒れる。


 身体に大きな穴が穿たれたのだ。ワイバーンの魔力が生命維持に大きく割かれる。結果、体表の魔力が弱まる。


「まだだ!水刃ウォーターカッター!」


 ワイバーンの胴体に飛び乗り、長い首を水の刃で切り落とす。


 ワイバーンの体から転げ落ちた俺は、思わずその場に尻もちをついた。すぐ横にワイバーンの頭がゴトンと音を立てて落ちる。


「勝った…………ぎりぎりだった。」


 俺の勝ちだ。ワイバーンとの戦いが、やっと終わった。


「勝った!俺はやったんだああああああああああああああああ!」

 勝鬨を上げる。


 体中打撲だらけだが、それらの痛覚の一切が麻痺する。それほどの興奮。脳内からアドレナリンがほとばしるのがわかる。


「あ、やべ。」


 目の前が真っ暗になる。これは毎晩自分でやっているから、よくわかる感覚だ。

 魔力切れ。

 だが今はまずい。ここはベッドの上でなく森の奥なのだ。すぐ近くでルビーが慌てて声をかけているのが何となく聞こえる。


「ナハト……師匠に救援要請……。」


 俺の意識は、そこで途絶えた。

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