第215話 動き出す虫身中の虫2

「そういえば、敵のレポートによると魔女の帽子ウィッチハットの実験って、最初は虫型の魔物を使ったんだよな?」


 俺は後ろにいるフェリにそう問うた。


「えぇ、そうね。そう考えると、ここにゾンビ工場があるのも納得だわ。コーマイはエクセレイに比べると国防が徹底されているとは思えないもの」

 フェリは思案気な顔をして答える。


 この国は虫型の魔物の宝庫である。実験は普通、簡単なものの確認から、徐々に複雑なものへシフトしていくことが普通だ。昆虫は身体こそ頑強だが、脳は小さいものが多い。だから脳をいじって自在に操ることは簡単だ。ゾンビの実験をするには最高の土壌だろう。エイブリー姫が俺をここへ出し渋るわけだ。敵がいる場所に巫女を放つのだから。

 最終的には、「座して死を待つよりも」という俺の意見を通してくれたわけだが。


 俺たちはコーマイ国境の方へ向かっている。レギアの傍の国境は砂漠地帯に片足を突っ込んでいるような環境なので、草原もまばらだ。

 この世界の気候って、どうなっているんだろうな。コーマイのような大草原と湿地帯を抱えたすぐ隣が砂漠のレギア。その下には水の都であるエクセレイ。

 謎である。でも、マジカルウェザーなんだろう、多分。いつぞやウォバルさん達とバードウォッチングしたフェニックスなんて、単体で周囲の環境を変えていたし。ああいう、気候に影響を与える魔法的な何かがこの世界には多いのだろう。俺だって、シャティさんの魔法を学んだので気候だってその気になれば変えられる。速攻魔力切れするだろうけども。


「あら、コーマイは中々出来る武人が多いですわ。エクセレイ以下とは思えませんが」

「魔法的な国防という意味よ」

「確かに、そうですわね」

「マギサおばあちゃんがいるからねぇ、エクセレイは。国境や都周りの国防はあの人が整理してるから、他の国よりはよっぽど難しいと思うねぇ」

「そう、それよ」

「それってなぁに~?」


 フェリの言葉に、トウツが尋ねる。


「エクセレイの検死官達に、出来る限り話を聞いてみたの。あの国境のゾンビ工場跡地に残ったゾンビ達の身元をね」

「へぇ、どうでしたの?」

「行方不明者は近年の者も多かったけど、一番長い者で20年前だったわ」

「20年?」

「えぇ、マギサ・ストレガが森に籠ってすぐよ」

「……へぇ」

「それはまた、きな臭いですわね。まるでかの大魔法使い、マギサ・ストレガが一線を退くのを待っていたかのような」


 確かにそうだ。敵にとって魔女の帽子ウィッチハットは、秘密裏にことを進めたいはず。それも出来るだけ長期に。長ければ長いほど、兵力を増やすことができるのだ。

 エイブリー姫が「魔王はマギサ・ストレガを恐れている」と主張したのも、あながち彼女の思い込みではないのかもしれない。


「中には行方不明だった奴隷も多かったみたいね」

「僕からも入れておく情報があるよ。ここ十数年は、奴隷の取引価値が徐々に高騰しているって」

 トウツが言う。


「それって、どこ情報だ?」

「スワガー奴隷商会」

 俺の問いにトウツが答える。


 うへぇ。よりによって俺がフェリの奴隷契約を結んだところじゃないか。

 あれ? というか、何でトウツがそこへ行く用事があるんだ? もしかして、俺を奴隷に落とすために先に交渉していたのかな。いや、まぁ確かに、情報が集まりそうな場所ではあるけども。

 というか改めて考えると、こいつ俺を奴隷に落とそうとしてたんだよな。俺がダークエルフに堕ちないように配慮してくれているけども、そういうこと以外は要求してきそうではあるな。引き続き、瑠璃と一緒に警戒すべきだろうか。

 う~む。


「何か、フィオが僕を犯罪者を見るような目で見てくるんだけど」

「ような、ではなくて、そうよ」

「実際そうじゃありませんの」

「ファナちゃんに言われたくないなぁ」


 俺は地味に感動している。いつもはここでトウツとファナが派手に喧嘩するのだが、流石に敵が敵なので抑えてくれている。いつもこのくらい平和な会話が出来ればいいのに。暴力、ダメ、ゼッタイ。


「近づいてきたね」

 垂れた耳がピンと張って、トウツが言う。


『わずかに腐臭もするのう。この臭いは覚えておるわい』

「マジ? 感知体制を引き上げるか」


 トウツと瑠璃がいる時は、俺が斥侯スカウトに回らなくていいから助かる。魔力量にもっと余裕があれば参加できるけども。あと4年もすれば成人だ。そのころにはA級でも中位に入るくらいの魔力量になっているはず。コーマイでの魔物の討伐数によっては、トウツやファナのようにA級トップにも入れるはずだ。


 視界がわずかに開けてくる。切り立った崖が数を減らし、荒廃した黄土色の平地が見えてきた。

 トウツが無言で手のひらを水平に下へ向ける。「伏せろ」の合図だ。

 俺たちは静かに岩陰に潜伏し、様子をうかがう。


 そこは巨大な蟻塚のような場所だった。コーマイによくある、土壁を用いた住居だ。


「中に人はいるかい? フィオ」

「……地上入口付近に少なくとも4名」

「どんなやつら?」

「……魔力のパターンがノイタに近い」

「僕が調べた通り、魔人族だねぇ」

 トウツが舌をぺろりとちらつかせる。


「侵入できる穴が多い。どこがゾンビ工場に行きつくか分からないな」

「風魔法で中を感知するのは?」

「逆感知されるのがオチだろうな」

「私に任せて」

 フェリが気配を消した。


 驚いた。隣ではトウツも目を見開いている。


「それ、僕の国の隠密魔法じゃん。どうしたのさ」

「貴方達がクエストをしている間、私も引きこもってポーション作りや研究だけしていたわけではないわ」

「あら、わたくし達のため? ありがとうございますわ」

「いえ、貴方達は含まれていないわ。フィオのためよ」

「え、照れる」

「照れないで」


 俺の反応にフェリが驚き、顔を赤らめる。そういう反応されると、こっちも返す反応に困るんだよなぁ。可愛いからいいけども。


「トウツ、フェリの護衛についてくれないか?」

「りょ~か~い」


 トウツの存在感が瞬く間に消え、フェリと共に幽鬼のように巨大蟻塚へ近づいていく。


「どうするつもりかしら」

「まぁ、見ておこうぜ」


 俺とファナは岩場に腰かけて休憩する。


 巨大蟻塚への接近に成功した二人は、あっさりと敵の感知魔法を無力化した。フェリが罠解除に集中できるのは、トウツという護衛役がいるからだろう。あの二人は役割が綺麗に別れていて、対照的だ。強靭な前衛と斥侯。縁の下の力持ちである金魔法に後衛専門。だからこそ、お互い利になる協力が出来る。馬が合いさえすれば最高のコンビなんだけどなぁ。2人とも絶対認めようとはしないだろうけども。


 フェリは何やら、亜空間グローブから土を取り出した。俺と一緒に採取した土だ。コーマイによくある黄土色の土。それを巨大蟻塚に擦り付ける。魔力視の魔眼マギ・ヴァデーレでよく見ると、擦り付けられた土が蟻塚と同化して飲み込まれていくではないか。


「なるほど。感知魔法が入った土を敵地の一部に組み込むのか。金魔法のスペシャリストのフェリにしか出来ないことだな」

「フィオにも出来ませんの?」

「出来ないよ。目で見て、構造がわかるものをいじるのが金魔法だ。フェリは目に見えない建物内の物を金魔法でいじっている。土の材質を完璧に理解しているんだろうな。錬金することが生活の一部になっている、フェリしか出来ないよ」


 彼女があまりクエストに参加しなかったのはこういうことか。裏方に徹しようとしてくれている。

 う~ん、これだけのことをパーティーにしてくれているんだから、何かまたお礼しないといけないよなぁ。こないだ一緒にやった土採取クエストで喜んでいたけど、あれだけじゃあ足りない気がする。


 フェリとトウツはその場に固まったまま動かない。


「時間がかかりますのね」

「一握の土だけを侵入させてるからな。逆探知されないギリギリの魔力で操作しているんだろう。ということは、一度に探知できるのはこのくらいだろう」

 俺は手のひらで直径50センチ程度の円を作る。


 おそらく、自身の感知魔法がかかった土と接触した人物を大まかに特定するものだ。建物の面積や体積を考えると、作業量は膨大だ。


「それはまた、気の遠くなるような探知方法ですわね」

「えらく慎重だな。何でだろう」

『それはお主のためじゃろうて』

「え、俺?」

『フィオが傷つかない最良を考えたら、あれだったんじゃろう。飽き性な兎が我慢して傍にいるのがその証拠じゃのう』

「え、そうなの?」

『そうに決まっておろう』

「瑠璃が何を言っているか分かりませんが、何となく理解できますわ」

「このパーティー、俺以外がテレパシー適性高すぎる」

「フィオが低すぎるのですわ」


 ファナが、かちゃかちゃとティーセットを亜空間ヴェールから取り出す。


「何してるんだ?」

「コーヒーでも飲みませんこと? あれ、数時間はかかりますわ」

「フェリ達が作業してるのに?」

「だからこそ、ですわ。わたくしたちはもらった時間で体を万全にする。彼女たちが万全な準備をする。わたくし達は戦闘で返す。フェリが帰ってきたら、コーヒーは貴方が淹れてあげなさいな」

「今日はやけにフェリに優しいな」


 いつもはむっつり呼ばわりをしているというのに。


「あのむっつり、研究する魔法の全てを貴方の為という一点に絞っていますもの。妬けますわ。あれこそアガペーですわ。腹が立つけど、多少は報われるべきでしょう」

「フェリが? 俺のために?」

「えぇ。でも、事情が事情ですから理解は出来ますわ」

「事情?」

「フィオは知らなくていいことですわ」

「はぁ。まぁ、とりあえずコーヒーくらいはいくらでも淹れるよ」

「そうしてあげなさいな」


 ファナが浮かべた笑顔は、慈愛に満ちていた。

 そのまま宗教画にも出来そうな、光の粒子がこぼれそうな綺麗な笑顔。


 いつもその顔をして、普通の修道服を着ていれば、聖女という広告塔として機能してテラ教は安泰だろうになぁ。

 それを言ったらまた、面倒な宗教観の話をしてきそうだから言わないけども。


 瑠璃の毛づくろいをしてコーヒーをすすりながら、俺たちは待った。

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