第216話 動き出す虫身中の虫3

「敵の数は28よ。おそらく、魔人族と普人族。ただ、地面に接地している人間の数だから、実態は少し増えると思うわ」


 偵察に行ったフェリとトウツが帰ってきた。

 すごい。ほとんど魔力を浪費していない。少量の土を用いたのは、敵に逆探知されないようにするためだけでなく、魔力の温存の為でもあったのか。この技術は、後でフェリに教えてもらおう。


「思ったより少ないな」

「あら、あくまでも推定人数ですわ。それに、魔女の帽子ウィッチハットも戦力に数えられているのでしょう。恐らく、エクセレイのゾンビ工場にいた吸血鬼のように、ゾンビを統括する存在がいますわ。他は研究職が多いのでしょう」

「3分の2は戦闘員と考えていいと思うねぇ」

 ファナとトウツがそれぞれ予想を述べる。


「吸血鬼、いると思うか?」

「いる、と考えた方がいいわ。棺の中に寝ている場合は、探知できないもの」

「だよなぁ」


 はっきりと魔王サイドにいると断じることが出来るのは、魔人族と吸血鬼の一族だ。かつて魔王に組した魔人族はともかく、プライドが高いはずの吸血鬼の一族が何者かの下につくことは本来あり得ない。そこの理由も、出来れば探りたいところだ。


「選択をシンプルにしよう。襲撃するか、エクセレイに判断を仰ぐか」

「襲撃する場合は、上手くいけば魔女の帽子ウィッチハットがこれ以上製造されないメリットがあるね。デメリットは僕らの安全」

「私は反対。危険よ」

 すぐさまフェリが反対する。


「ただ、エクセレイに指示を仰ぐ場合は、時間がかかりますの。拠点がここ以外にもある場合は、迅速に潰さないといけませんわ」

 ファナが好戦的な意見を出す。


 ファナの言う通りだ。こちらが待つ間に敵は動き続けている。エクセレイに情報を送る場合、自分たちで動く必要がある。伝達係にコーマイの人間を使うわけにはいかない。この国で全幅の信頼を寄せられる人物はいない。それはベルさんやパスさんですら、そうだ。

 そして俺たちが国を離れる時、コーマイの住民はどう思うだろうか。「何故離れた?」という疑問がわくだろう。それは、この国に潜伏する敵だって、そうだ。


「……襲撃しよう」

「フィオ、でも」

「大丈夫だ。あくまでも、安全優先でいこう」

「……わかった」

「だいじょ~ぶだよ、フェリちゃん。僕らが守るからねぇ。それに、ファナちゃんも汚名返上に躍起になっているみたいだし?」


 トウツが流し見る先には、入念にストレッチするファナの姿があった。


「当り前ですわ。大顎暴竜メントゥムドラゴンの時は、フィオを完璧に守れませんでしたもの。今日は確実にミッションを完遂いたしますの」

「そのミッション、俺のお守りミッションとか言わないよな?」

「そうですわ」

「そうだねぇ」

「そうよ」

『そうじゃのう』

「ばーか!ばーか!強くなってやるもんね!お守りされないくらいにはっ!」


 目にもの見せてやるからな!あと四年後くらいに!


「さて、じゃあ潜入するとしようか。吸血鬼がいると仮定するなら、日中の今がチャンス。向こうはこちらに気づかれていることに、気づいていないからねぇ」

 トウツが幽鬼のように気配を消す。


 俺たちは彼女に合わせて存在感を消し、移動を開始した。




 巨大蟻塚の建築物には、多くの入り口がある。普人族の感覚からすれば高い位置にあるものは通気口や窓に見えるが、あれも立派な入り口である。この国には、羽が生えている人間も、壁をよじ登れる人間も多い。まさに、種族に合わせた建築様式である。

 内部に階段はない。段差がなくとも上下移動が出来る種族用に作られているからだ。

 そんな不便な場所に魔人族がわざわざいるとは、コーマイの住民には予想がつかないだろう。とはいっても彼らにも蝙蝠のような翼はある。虫人族ホモエントマほどではないが、この住居にも適した特性がある。

 一番下の、地上の入り口には4人の魔人族。

 彼らが探知魔法をフェリに潰されていることに気づいている様子はない。本当、フェリの働きはプロフェッショナルである。

 俺たちは蟻塚住居の脇を迂回しつつ接近する。


 すっと、魔人族の目の前にファナが出た。


「ごきげんようですわ」


 魔人族の男達が慌てて拳を構える。


「何者だ!?」

「あら、すぐに攻撃しないんですのね。お優しいこと」


 魔人族の後ろには既にトウツが回り込んでいた。抜刀した刀を首元に撫で付け、切り落とす。その刀の軌道をそのまま弧を描くように滑らせて隣の男の頭も飛ばす。


「なっ!?」


 驚いた男の足元に、俺はすぐさま肉薄した。やはりトウツは速い。やつらがファナに気を取られた瞬間に、一緒に飛び出したんだけどなぁ。


「瞬接・斬」


 こちらを驚愕した目つきで見ながら、男の顔が地面にずれ落ちる。

 隣では、瑠璃が既にもう一人の門番をアーマーベアの刃で引き裂いていた。


「臭いを消すわね。地面に圧着させるわ」

「圧着?」


 フェリが魔人族の死体に触れたかと思うと、肉塊となった彼らが地面に埋まり始めた。硬質なはずの土が、まるで流体のように蠢きながら人の死体を飲み込むさまは、まるで地面が意思をもった生き物のように見える。流れて血だまりになりかけた血も、ずるずると地面に染み込んでいく。


「防臭効果のある土を金魔法で練りこみながら地面と一体化させたわ。地面を掘り起こしでもしない限り、気づかれないはず。気づくとしたら、私と同等かそれ以上の金魔法使いね」

「わ~お、えぐいね。ハポン国に来たら即、御庭番にスカウトされるよ、その技術」

「貴方と同職なんて、死んでも嫌」

 トウツの軽口にフェリが返す。


「えげつない隠ぺい魔法ですの。こういったものを探知するのは斥侯スカウトの仕事ですわ。でも、この魔法は斥侯を割り振られることがない金魔法使いにしか気づかれない。役割分担の虚を突いた魔法ですの。お願いだから、体系化はやめてくださいまし」

「もちろんよ。こんな魔法、広げるつもりはないわ」

「どうやってそんな魔法、作ったんだ?」

「半分は独学。半分は父親よ」

「すごい親父さんなんだな」

「母が死んだ瞬間、私と家族でいることを諦めた男よ。すごくとも、何ともないわ」

「……えっと、すまん」

「いいのよ。昔の話」


 フェリが膝についた土を丁寧に払い、すっと立つ。


「行きましょう。残りは24人よ」


 フェリの言葉に応じ、俺たちはまた動き出した。






「何? レギア国境沿いの魔女の帽子ウィッチハットの工場が潰された、ですって?」


 そう言ったのは、吸血鬼の少女だった。

 否、少女ではないだろう。彼女達の種族は長命種だ。見た目からは年齢に想像がつかない。緑色のミディアムの髪が内側に巻いており、顔は幼さを残しているものの、美しい造形をしている。肌は吸血鬼らしく、青白い。不健康に見えるが、異性を誘い込むような色香がある。

 年若い女性が着るようなドレスも相まって、大人なのか子どもなのか、ちぐはぐな印象のある吸血鬼だ。


「はっ。管轄していたチカイェカ卿の消息も不明です。蟻塚ごと爆破され、跡形も残っておりません」

「爆破……エクセレイの工場と同じね。ということは、例の無彩色に来たる紅モノクロームアポイントレッドとかいうパーティーね」

「本国に滞在しているとの報告もございますし、そうかと」

「ワイン」

「はっ」


 命令された吸血鬼の男が、傅いてワインを彼女のグラスに注ぐ。

 はたから見れば父親と娘のような年齢差に見えるが、この少女の方が年上であり、上司である。


「私の管轄を荒らしやがって。これだとレイミア姉さまに怒られるじゃないの。ちゃんと証明しなきゃ。私一人で統括出来るって。レイミアお姉さまの姉妹で一番優秀なのは、このピューリ・ヴィリコラカスだと証明しなきゃ」


 少女、否、魔王軍の吸血鬼一族幹部・ピューリ・ヴィリコラカスは爪を噛む。歯が鋭いからか、指先が切れて血が滲むが、吸血鬼の再生能力ですぐに爪先が復元される。


「市井に放っている間者から、報告は上がっているの?」

「はっ。それがですね、兎人の女に間者の尽くが切り伏せられていまして。直接の監視が難しいとの見解です」

「ハポン国の諜報機関の女か。何であんなやつが敵側にいるのよ。海の向こうでのんびりしていればいいものを」

「将軍家の息子が留学しているらしく、それの関係者かと」

「あの国は日和見主義のはずよ。ここまではっきりとエクセレイに肩入れすると思う?」

「申し訳ありません、私には推測がつきませぬ」

「馬鹿、死ね」


 本当に殺した。

 ピューリ・ヴィリコラカスはそのたおやかで力仕事が出来そうにない細腕で、従者の男を吹っ飛ばしたのだ。

 べちゃりと、カーペットに血がぶちまけられる。


 だが、男の頭がすぐに再生を始める。まるで逆再生のビデオのように、男の首に骨と肉が盛り上がり、顔を形成していく。


「ピューリお嬢様、お戯れを」

「あら、ごめんなさい。潰しやすい頭があったから、つい」

「カーペットの掃除が大変であります」

「許して頂戴」

「もちろんでございます」


 頭を潰されたというのに、男は柔和な笑顔を浮かべる。

 これが吸血鬼である。眷属にされた元人間は、親には絶対服従である。半永久的な命を分け与えられるのだ。多少ぞんざいに扱われようが、親に文句は言えない。完璧な縦社会の種族である。

 だからこそ、ピューリ・ヴィリコラカスという女も、自分の親であるレイミア・ヴィリコラカスを崇拝している。自分を人ならざる存在に昇華してくれた存在なのだ。崇拝して当然だと、ピューリは考えている。

 そしてその歪みに本人は気づいていない。

 かつては自分もそうだったはずの普人族を見下し、自分という存在を書き換えた存在を崇拝する。徹底的に歪な縦社会コミュニティ。

 プライドは高いが、そのコミュニティに魔王という存在が割り込むことが出来たのは、その歪みが原因と言えるだろう。


「ワインに貴方の血が入ったじゃないの。同族の血は不味いのよ。勘弁して頂戴」

「申し訳ありません、ピューリ様」

「で、連中の情報は少しでもあるのかしら」

「は。エクセレイの方から似顔絵を入手出来ました。正確に模写出来ていると評判のようです。こちらでは仮面を全く外さないようですな」

「見せて頂戴。あと、今日のご飯」

「はっ」


 ピューリは面倒そうに羊皮紙を広げる。そこには4人の人物の似顔絵が描かれていた。兎人、白い普人族の女、暗色の普人族の女、そして小人族の少年。


「随分と整った顔の連中だこと。この絵師とやらは、美化して描いたのではないの?」

「いえ、そのままそっくりだとの情報が入っています」

「ふぅん。吸血鬼でもないのに美形だなんて、生意気」

 胡乱な目で彼女は絵を眺める。


「助けて下さい!死にたくない!死にたくない!」


 晩御飯が、叫びながら現れた。魔人族の男たちに引きずられて現れた食事は、生きた普人族の女性だった。


「あら。今日のご飯は生きがいいのね。私、踊り食いは好きよ。やっぱり生命力は強い方が、のど越しがいいもの」

「いやぁあ!」


 女性は地面を這いつくばりながら逃げようとするが、魔人族に取り押さえられる。

 ピューリは屈んでその女性の表情を見る。


「初めまして。そして左様なら。今から貴女の血を頂くわ。根こそぎ、ごっそりとね」

「嫌です。お願いです。殺さないで!何でも!何でもするから!」

「駄目ね。理由は貴女が人間だからよ。人間なんて、品がないわ。全く、私らの食料でなければ存在してほしくないくらいよ」


 人間の血がなければ存命できない種族であるというのに、人間にそこにいてほしくない。

 傲慢。あまりにも傲慢な種族。

 だが、その傲慢さこそが吸血鬼という種族を強靭な生物に育て上げたとも言えるだろう。ピューリは元人間であり、吸血鬼としての血は特別濃い方ではない。

 だが、吸血鬼としての「らしさ」をよく継承している。

 魔王の側近であるレイミア・ヴィリコラカスが彼女を同族にしたのは、普人族の時から彼女が覗かせていた、この嗜虐性と傲慢さゆえである。


「ねぇ、人間。これ見て。この人たち、知ってる?」

 ピューリが地面に這いつくばる女性に、例のパーティーの似顔絵を見せる。


「知らない!知りませんそんな人たち!」

「そ。じゃあ次の話ね。私たち吸血鬼って、小食派と暴食派に分かれているのよ。小食派の連中は、人間は資源だから食い尽くさずに仲良くしようって連中ね。中には、気に入った血の味をする人間の一生を面倒見る変わり種もいるわ。対して暴食派は、人間という資源なんて吐いて捨てるほどいるから、どんどん間引きしようという考え。そりゃそうよね。貴女達、ゴキブリみたいに数が多くてしぶといもの。で、ここからが質問」


 ピューリは緑色の瞳を見開いて女性を覗き込む。


「私って小食派、暴食派、ど~っちだ?」


 女性の顔が恐怖で歪む。彼女はこの質問の答えを察している。そして恐らく、自分にすぐ訪れる運命も。

 だが、現実を直視できない。命がかかっているというストレスが、彼女の認知を歪ませて、一縷の望みにすがった回答をさせる。


「……小食派?」

「ぶっぶ~、ざ~んね~ん」

「いやぁあ!死にたくない!死にたくない!ぢ!」


 喉元にピューリが齧り付く。気管と声帯が圧迫され、女性の悲鳴が潰される。髪を振り乱し、目をかっと見開いて、口元が歪む。ミシミシと首の骨がかみ砕かれる音が屋敷の部屋に響く。

 餌の表情を見るために、ピューリは少し首元から顔を離す。


「んふふ、やっぱり恐怖はいいスパイスね。私、人間の時はとてもつまらなかったわ。でも、吸血鬼になって良かった。だって、食材の顔がこうして見れるもの。何て言うんでしたっけ、こういうの。生産者の顔が見える、でしたっけ」

「ピューリ様、それはこの食事の親のことでございましょう」

「あはは!それもそうね」


 ピューリはもう一度、物言わなくなった女性の首元に齧り付き、その血液を飲み込んでいく。若く、張りがあったはずの肌がどんどん萎んでいき、枯れていく。数十分後、そこには老婆のように枯れ果てた女性の死体があった。


「片づけて頂戴」

「はっ」

 魔人族たちが女性の死体を運んでいく。


「不味かったわ。彼女、処女じゃなかった。シェフに言っておいて。もう少しまともな食材選びをしろと」

「ピューリ様。ここは虫人族ホモエントマの国ですゆえ、普人族は高級品でございます。虫人族の血の味が無理とピューリ様が言うので、努力して輸入したのですよ。シェフの事情も考えて頂ければと思います」

「わかっているわよ、そんなこと」

「ピューリ様、お召し物が」


 彼女の服には女性の血がこびりついていた。


「ふん。人間の衛生観念がまだ残っているわね、貴方」


 ピューリが魔法を使うと、服についた血が次々と宙に浮きだし、玉を作る。


「血を操るのは私たちの専売特許。他の種族は不老不死と勘違いしているでしょうけど、私達が不老なのは血がいつも若いから。怪我してもすぐ修復するのは血の修復能力が段違いに高いから。いい加減、血を汚れだと思う固定観念を捨てなさいな」

「はっ。申し訳ありません」

「全く。魔王とかいう男のために、若い吸血鬼を増産しすぎね。私たちは数が少ないからこそ、高貴であるはずなのに。あ、でもまぁ、あの魔王とかいう男が暴食派を推進しているのは好感がもてるわね」

「ピューリ様、魔王様への陰口はそのくらいにしていただかれないと」

「分かってるわよ。ちっ。レイミア様が心酔してさえいなければ、あんな男に指図なんてされないのに」


 ピューリはもう一度椅子に座り、似顔絵を見る。


「聖女は危険ね」

「おっしゃる通りでございます」


 吸血鬼にとって目下一番の懸念はこの聖女、ファナ・ジレットの存在である。相性は吸血鬼にとって最悪だ。エクセレイの工場がやられたのも、勇者ルークよりも彼女の手柄によるところが多いだろう。


「意味が分からないのは、この小人族ね」

「フィル・ストレガでありますか」

「そう、そうよ。こいつ。ストレガの弟子という触れ込みは確かに脅威だわ。魔王のやつも、ストレガにだけは警戒していた。でも、10歳のガキよ? 何でハポンの諜報員や聖女がこんなガキをリーダーに置いているの? それが分からないわ。目下の目標は、こいつが何者が測ることね」

「そうでありますな」

「ん?」

「どうされました?」


 ピューリの緑色の瞳が、一つの似顔絵を注視した。

 それは、暗色の肌をした、髪色が白い女性である。


「この女、どこかで見たことがあるような?」


 ピューリはしばらくその絵を眺めて考え込んだが、ついぞ思い当たることがなかった。

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