第217話 縦に長い角、横に広い触覚
「なるほど、それは確かに危険だな」
ジゥーク・ケーファーさんがそう言い、頷いた。頭部にある立派なカブトムシの角も揺れ動くので、ついついそこへ目がいってしまう。何だあの視線吸引力。トウツの胸に匹敵するか、それ以上だぞ。触りたい。やっぱり固いのかな。
「ギルドの研究員も寄越そう。その菌類によるゾンビというのは、幾らか死体は残っているかね?」
「はい。言っていただければ、ギルドの検死に回します」
「助かる」
次に口を開いたのはカプリ・ロングホーンギルドマスターだ。
縦に長い角をもつジゥークさん。横に広いドリルのような触覚をもつカプリさん。この2人が並んで座っていると、視線が縦に横に動いてしまい、せわしなくなってしまう。
いいよね、昆虫の部位って。かっこいい……。かっけぇ。
「フィル、集中して」
「はい」
フェリの言葉に威勢のいい返事をしてしまう。
「驚くのは、関与しているのが魔人族と、吸血鬼の一族、かな? これは何とも、驚くべき取り合わせだな」
ジゥークさんが唸る。
国境沿いのゾンビ工場は問題なく処理することが出来た。フェリのサポートが万全であり、何よりもファナのモチベーションが高かった。一度戦ったことのある敵ということもあり、フェリが心配するような事態にはならなかった。
俺たちは、国境沿いのゾンビ工場の報告を王管轄の騎士であるジゥークさんと、ギルド代表であるカプリさんにすることにした。
理由は単純。「見つけたのに報告しない」方が不自然だからだ。敵にはなるべく長い間、こちらが魔王の存在に気づいていることを知られたくない。
そして、異変にこちらが気づいていることには警戒してほしい。敵の動きが慎重になる方が、時間が出来る。
その間に、俺は強くなる。
そして多分、大切なルームメイトの成長は、俺以上に大きいものになるだろう。
この場には俺たちとジゥークさん、カプリさんだけだ。帯同してきたベルさんやジゥークさんとカプリさんの部下は扉の外で待機させてある。
「ジゥークの言う通りだ。魔人族はまだいい。あの種族は根無し草が多いからな。非合法な職に就いているのもやむなしという事情がある。だが、吸血鬼? ゾンビの生産など、彼らのポリシーからはかなり離れるはずだが?」
カプリさんの言う通りである。吸血鬼はプライドが高い。ゆえに、自分たちの力のみで覇権をとれると考えている種族だ。実際、太陽と光魔法という弱点さえなければ、いつでも覇権をとれる種族である。
その種族がゾンビという余分な戦力の製造に勤しんでいる。カプリさんが信じられないのも無理はない。
「何にせよ、調査の結果待ちだな。済まない、君たちのことを疑っているわけではないのだが」
ジゥークさんの黒曜石のような瞳がこちらを見る。
「いえ、仕事でしょうから。一応、報告は以上になりますが」
「ああ、報告ありがとう。ここから先は私らの仕事だ」
「フィル君、恐らくはそろそろ王城から招待があるはずだ。これだけの功績を我が国へもたらしてくれた。王女様も君たちを呼びたがるはずだ」
「はい!ありがとうございます!」
よし。やっとこの時が来た。
もう少しで、この国へ来て半年になる。結構早い方ではないのだろうか?
「私は一度、王城へ戻ろう。王女や騎士隊にこのことを報告せねば」
「ジゥークさん、ありがとうございました。この国で色んな計らいもして頂いたみたいで」
扉へ向かったジゥークさんが立ち止まり、こちらを見る。
「構わぬ。ベルはきっちり仕事をしているか?」
「えぇ、それはもう」
「よくできた娘だ。普人族の先祖返りでなければ、政界でも重宝されたものを。見目で立場が変わるというのは、悔しいものがあるな」
「ジゥークさんは、成果主義なんですね」
「……今言ったことは忘れてくれ」
「何か言いましたか?」
ぱちりと、俺とジゥークさんの目が合う。複眼だけど、今絶対合った自信がある。
「やはり、いい
「稀に言われます」
「よく、ではないのだな」
ジゥークさんは威勢よく笑いながら退室した。
「さて、ここから先はギルドでの話をしようかね」
俺たちも退室しようとしたら、カプリさんが口を開いた。口というよりも、顎を開いたという方が正しいだろうか。
「ギルドの話、とは?」
「私はギルドマスター、君らは冒険者。だとすれば、話すことは一つ。クエストの話だよ。探しているんだろう? オリハルコン」
「聞きましょう」
俺は即座に椅子に戻る。
他の面子も流石に目の色を変えて座り始める。
オリハルコンだ。多くの冒険者が憧れる素材。これを手に入れることが出来れば、一生安泰して暮らすことができる。どころか数世代先も養うことが出来る。もっとも、俺たちは入手したところで安泰の生活を送るわけにはいかないが。
「ふふ。冒険者のそういう、目の色を変える瞬間が私は好きでね。人を取りまとめるのが得意だから半ば無理やりやらされているギルドマスターだが、こういう時は天職なのではと勘違いしてしまうよ」
「いえ、普通に天職では?」
「フィル君。君は歳の割には人を持ち上げるのが上手いね」
カプリさんの声色が少し弾む。
本音なんだけどなぁ。
「ベルも部屋に戻そう。いつまでも扉の前で待たせるわけにはいかないからね」
「あ、俺が呼びます」
そう言って、俺はすぐに扉へ向かう。
扉を開き、頭だけを廊下に出す。
そこにはソワソワして待っているベルさんがいた。ずっとこの調子で待っていてくれたのだろうか。もう少し崩れた姿勢で待っていてもいいのに。そのいじらしい姿を見ると、呼ばずにしばらく眺めてみようかとも思えてくる。
俺はしばらく彼女の横顔を楽しむことにする。最初はびっくりしたけど、球体関節のような肢体が美しい。芸術品の櫛のような触覚が綺麗だ。眼も宝石のよう。何よりも羽毛のようなふわふわした体毛だ。絶対触り心地がいいんだろうなぁ。一度でいいからわしゃわしゃして触りたい。
あ、ダメだ。
部屋の中からトウツ達のプレッシャーがきてる。
「ベルさん」
「は、はい!」
慌ててベルさんがこちらを見る。
「クエストの話なので、入室して頂いて結構ですよ?」
「は、はい!分かりました!」
ぎくしゃくしながらベルさんが入室する。この生真面目な感じ、ジゥークさんが気にかけるのもわかる気がするなぁ。
「さて、全員席に着いたところで、クエストの説明をしようか」
「鉱物採取クエストですかね?」
「いや、討伐クエストだ」
「討伐?」
「狙いは鉱物ですのに?」
パーティーメンバーがそれぞれ、疑問を口にする。
「そうだとも。この魔物は特殊でね。鉱物を齧り、体内で調合する魔物だ。特殊な粘液と消化器官をもつため、特定の貴重な鉱物を食しては体内で混合させる。その結果作られる体内堆積物がオリハルコンだ。未だにどういった体内構造しているかも謎なのだよ」
「へぇ~、面白いねぇ。で、何て名前の魔物なんだい?」
「
「「「「もどき?」」」」
え、モドキって何?
「竜ではないということですの?」
「そうなるな。擬態している。ちなみに竜並みに強い。擬態しているから図体だけ大きい張りぼてだろうと勘違いして戦いを挑む魔物や冒険者を食い物にする化け物だ」
「何ですかそれ」
生態として意味が分からなすぎる。竜の振りをするということは、強者に狙われたくないということのはずなのに、肝心の本人も強者である。色んな意味で「モドキ」である。
「討伐ランクは、どのくらいですか?」
「推定、Aの中位だな。巨大な個体だと上位だ」
「今までの討伐クエストでトップの難易度ですわね」
ファナが唸る。
「どうしてまた、そんな高難度なんです?」
「色々と理由はある。一つは竜でないのに
「え」
「空も飛べる」
「どういうことですか?」
「竜の真似をしたのだろうな」
「真似するって、魔力はどうしてるんですか? あんな飛び方、魔力の塊の竜じゃないと無理ですよ?」
「だから特殊なのだよ。魔力が限界突破するまで他の魔物を食い荒らして、大きくなる。空を飛ぶようになった個体がオリハルコンを作れるだけの消化器官をもっているということだな。飛べない個体とは全く違うと考えていい」
「え、どういうことですか?」
「毒も吐ける。幼体は海洋にいる毒持ちの魔物を食べて成長しているからな。恐らく、その毒を調合してオリハルコンを加工できる消化器官を完成させているのだろうと推測されている」
「え、どういうことですか?」
「ちなみに
「え、どういうことですか?」
え、どういうことですか?
それ、竜より強いじゃん。何で竜の振りしてるの? 真似する必要ないじゃん。
「だから、勧めたくなかったのだよ。少なくとも今のコーマイでは、これを倒せる冒険者はいない。レイド討伐をかけてもいいが、犠牲になる人数を考えたら大損にしかならん。この翼が生えたウミウシ型の魔物は、コーマイの上空を悠然にたゆたっては、気まぐれに街を襲う。半分、災害みたいなものだよ。だからA級上位なのだ。S級とは討伐を諦めて逃げろ、それはただの災害だという意味だ。それに片足突っ込んでいる存在だな」
「そんな化け物が何故、コーマイの上空に?」
「コーマイには広大な湿地帯がある。湿度が高く、大量の雨雲がいつもある。ということは空中に水があるということだ。元々水生の魔物だから、水が必要なんだろう」
「え、どういうことですか?」
水生と言っても、雨雲って淡水だよな? ウミウシ型の魔物って海水で生きてるよな? どういう進化の仕方してるんだ? 意味が分からない。分からないけど、ここはファンタジーの世界だから、マジカル的な何かで何とかなっているのだろう。多分。
「わざわざ水がたくさんある海から離れて、空に行ったと?」
フェリが言う。
普段静かなフェリが口を挟むということは、好奇心に負けたのだろう。
「雲の中は外敵が少ないからな」
「え、そのために竜より強くなるまで進化するってこと?」
え、どういうことですか? 本末転倒じゃない?
「私も自分で言っていて意味が分からないが、そういう進化を遂げている魔物が実際にいるのだ。仕様がない」
「それはまぁ、仕様がないですね」
え、仕様がないで済ましていい問題なのか?
「何よりも一番の問題は、やつは基本雲の中にいるということだ。君らの中に、雲よりも高い所へ飛べる魔法を使える者はいるか?」
そのカプリさんの言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせた。
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魔物のモデルは近況ノートに置いておきます。
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