第218話 vsブルードラゴンモドキ
「この、
「え!?」
俺たちが古ぼけたクエストの用紙を提出すると、ミツバチ族の受付のお姉さんは慌てふためいた。
「マジかよ!異国の英雄が漬物クエストに手を付けやがった!」
「え、あれって鑑賞用に貼られてたクエストじゃねぇの!?」
「災害と同じじゃねぇか。やっぱA級冒険者って頭のネジぶっ飛んでないと出来ねぇのな」
周囲の冒険者たちもざわめく。
「漬物クエストって?」
「誰も手を出そうとしなくて長い間置かれてたクエストのことだねぇ。そういうクエストは実入りが悪いか、難易度が高すぎるかのどちらかだね。これは完全に後者」
トウツが言う。
「へぇ。すいません、ちなみにこれはどのくらい漬けられていたんですか?」
「えっと、お待ちください!」
ミツバチ族のお姉さんがごぞごぞと確認作業をする。
「え~……あった!ありました。約30年ですね」
「30年……」
ということは、その間誰も挑戦しなかったのか。道理で周囲が驚くわけだ。
「あの、
おずおずと受付のお姉さんがこちらを伺ってくる。
彼女が下手に出るのは、ここで実力を疑われることに腹を立てる冒険者が一定数いるからである。
俺たちはその限りではないが、仕様がない。マニュアル対応も大切なのだろう。
「大丈夫です。ギルドマスターには話がついていますし、命の危険があれば逃げるので。心配して頂きありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、「いえ、そんな!」とミツバチ族のお姉さんが4本の腕をわたわたとさせる。何だか最近、複眼の女性も可愛く思えてきたぞ。
「心配しなくていい。私が許可を出した。サインも私が出す」
カプリさんが事務所の裏から出てくる。
「ギルドマスター!は、はい!では、事務手続きを終わらせますね!あの、生きて帰ってきてくださいね。フィルさん達の活躍は、この国にとって今やなくてはならないものなんです!」
「そうなんですか?」
「えぇ、それはもう!」
彼女のこの言葉は、多分職務を越えた発言なのだろう。それが何とも、嬉しくなってしまう。
「えぇ、任せて下さい」
そう言って、俺はパーティーメンバーと共に外へ繰り出した。
「よし、瑠璃君!頼むぞ~!」
「……わん」
瑠璃の返事に元気がないのは、自分の背中に俺以外の人間が乗るから、だそうだ。
俺を特別扱いしてくれるのは嬉しいが、少しずつ他の人間とも上手く交流してほしい。
「瑠璃。嫌なのはわかるけど、上空までだから。頼むよ、お前だけが頼りなんだ」
『わが友がそこまで言うなら、仕方があるまい』
しぶしぶといった感じで瑠璃がうなずく。
ムカデ族のムナガ・ノーシカ・センチピードさんは空を飛べないため今回は欠番だ。同様に、カマキリ族のファング・ホイシュレッケさんも、長時間の飛行が苦手な種族のため欠番。
そして、騎士団からジゥーク・ケーファーさん。
彼の参加は驚いた。まさか、国お抱えの騎士をクエストに送ってくれるとは思わなかったのだ。カプリギルドマスターも、「ずいぶんと思いきった人事だなぁ」と言っていた。
確かに、
が、それは数年に一度のことである。国民も、稀にくる台風や地震のようなものと受け入れているのだ。だから、この魔物を国が討伐するといっても、「え、そうなの? 無謀なことするなぁ」くらいにしか国民は思っていないのだ。
実際、俺たちがギルドでこのクエストを受注した後、都では噂になったそうだが、「死なずに帰ってきてくださいねぇ」と言われることが大半だった。ほとんどの人々が、俺たちの腕試しくらいにしか思っていない。
だが、そこに近衛騎士団長が加わることで評価が一変した。「まさか本当に倒すつもりなのか?」と考える人々が出始めたのだ。
ギルドや酒場で賭け大会が始まった。まずは誰が胴元するかで揉めて、そこらじゅうで喧嘩が勃発した。最終的にはファングさんが胴元の座を勝ち取ったらしい。何やってんだあの人。ムナガさんが脇についているから破産者を出すようなレートにはしないと思うけども。
オッズはほぼ1対9だ。俺たちの負けに9割が賭けたらしい。これがこの国での
面白い。
それを倒せた時の、コーマイの人々の度肝を抜かれた顔をぜひとも見たいものだ。ほとんど複眼だから表情がよくわからないのが悔やまれるけど。
ジゥークさんが一人だけ参加したのは、「もしもの時一人で逃げることができる」からだ。王としても、直属の騎士がやらなくていいクエストで亡くなるのは困るのだろう。確実に生き残れる手駒だけ貸してくれた、ということらしい。ジゥークさんの実力がどれだけ信頼されているかわかるというものだ。
パスさん達とは、この半年で多くのクエストを一緒にしてきたので、連携が出来る。いたずらに人数を増やしても連携がとれない、ということでジゥークさんのみの参加ということだ。
一番大事なのは、みんな生きて帰ることだからね。仕様がない。
『変態・
瑠璃の身体が膨張した。ミシミシと音を立てて、すべすべした黒い犬の毛並みが消え失せて、甲虫とも竜の鱗ともつかない表皮が現れる。まるで羽化した蝉の身体が固まっていく様を倍速再生で見ているかのような変化。
俺と同じくらいの高さだった瑠璃が、あっという間に見上げるほどの高さになる。
「かっけぇー!」
『もっと褒めるがよい、わが友』
瑠璃がふんす、と上機嫌になる。
顔のどの辺がふんすとなったかはわからんけども。
「うへぇ、やっぱフィルの使い魔は意味わかんねぇな」
出発を見届けに来たファングさんが、うめく。
手を焼いた強敵の姿をしているのだ。そんな表情にもなるだろう。
ふと、ジゥークさんとリュカヌさんの視線が合う。
「セルヴォランの倅か。君さえよければ……」
「良いのです」
「良い、とは?」
「私にはもう、騎士団以外に居場所があるので」
「……そうか。中々面白い、良きリーダーだな」
「介護が大変です。飽きはしませんが」
「ふふ」
そう言うと、二人はすっと離れていく。
騎士団長と、没落して騎士の身分から離れた者。
外野の俺たちは話に入るべきではないだろう。
「よし、じゃあみんな、瑠璃に乗ろう」
「私は自前の使い魔がそろそろ来る」
ジゥークさんが言う。
「国境で乗っていた、虫みたいな馬ですか? でもあれ、翅ありましたっけ?」
「それとは別だよ。最近は亜種の魔物が多くてな。その中で、騎士団総出で捕まえた使い魔だよ。そら、来た」
ソニックブームが吹き荒れた。4枚の翅を高速で羽ばたかせながら、その使い魔はジゥークさんの頭上にホバリングして静止する。
巨大な棘だらけの、蜻蛉のような魔物だ。色はどす黒く、複眼の下には強靭な顎がある。
「うわ、かっこいい……」
『わが友!わしの方がかっこいい!』
「あ、うんごめん。瑠璃の方がかっこいいよな!」
わしゃわしゃと硬質な瑠璃の身体を撫でる。
「この子は何ていう魔物ですか?」
「こいつを見てこの子なんて言うのは、君が初めてだなフィル君」
ジゥークさんが苦笑する。
「
「なるほど…………このクエストが終わったら乗っていいですか?」
『わが友!?』
いや、だってそんな……。こんなかっこいいの乗りたいやん。
「ふふ。首尾よくクエストが終われば、乗せてやろう。だがこいつは気性が荒いぞ?」
「望むところです」
ジゥークさんが
俺たちも瑠璃の背中に全員が乗り込む。
ファナが瑠璃に魔力を供給し始める。彼女は光魔法の使い手だ。他者への強化魔法、つまりはバッファーとしてもスペシャリストなのだ。殴り
彼女が魔力供給役に徹するのは単純だ。瑠璃の魔力量が心許ないので、彼女の魔力にて補助する。竜種は身体の構造と潤沢な魔力で飛ぶ生物。それを再現するには、誰かが瑠璃へ魔力を供給する必要がある。
今回はそれをファナにしてもらう。
他の面子は上空まで魔力を温存して戦うという戦法だ。
「ふふ!では行こう!輝かしきクエストへ!」
「リーダー。多分、音頭を取るのはリーダー以外がいいと思う」
パスさんに向かってリュカヌさんがぼそっと呟くと、瑠璃が翅を広げて羽ばたきだした。
横ではジゥークさんが乗った
「
コーマイ最大のクエストが、始まった。
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