第219話 vsブルードラゴンモドキ2
「そろそろ、やつの生息地だ」
ジゥークさんがそう呟くと、巨大な山脈が見えてきた。
コーマイの湿地帯を支えるのは、巨大な雨雲を作る山脈だ。そこが上昇気流を大量に作り出し、湿地帯に絶え間なく雨を降らせる。
それにしても生息「地」ね。空の上だから生息「域」が正しいのではないのだろうかと、くだらないことを頭の中で考える。
「というよりも、すぐに分かりますね」
「これは
「ここまで隠す気がない敵もいませんの」
俺、トウツ、ファナがそれぞれ感想をもらす。
それほどまでに、山脈の上にある雲の中の生物の存在感は圧倒的だった。何だ、あの魔力の塊。本当に竜種とは違う生き物なのか?
「ビッグゲームハントだ。ついこないだフィルと一緒に
パスさんが武者震いする。
雲の隙間から青と白の腹が見えた。あまりにも広大、巨大。存在感を隠す必要がないわけだ。あんなもの、そもそも挑む人間も魔物もいないだろう。
本当、何で竜のふりしているんだあれ。
「でけぇ」
「あれ、何メートルくらいあるんですかね?」
「少なくとも、瑠璃のタラスクモードよりも大きいねぇ」
パスさんのつぶやきに、俺とトウツが返す。
あんなもの、空飛ぶウミウシじゃない。鯨だ、あんなもん。鯨よりも大きいけども。
「挑むか?」
ジゥークさんが確認する。
「もちろんです」
「ここでやらなければ、輝いていないだろう?」
各パーティーのリーダーとして、俺とパスさんが応える。
「ふふ、頼もしいことだ。接近するか」
瑠璃と
「確認しよう。
「オーケー!」
「了解です」
「では、フィル君。本当にいけそうかね?」
「任せて下さい」
俺の周囲の魔力が帯電した。
思い出すのは、瑠璃がまだアスピドケロンと呼ばれていた時のシャティ先生の魔法。
長かった。初めて見たとき、あの綺麗で、壮大で、雄大な魔法を出来るようになりたいと願った。先生と魔法学園で再会して、教えてもらったこの魔法。空飛ぶウミウシ君には、どのくらい食らうだろうか。
『その魔法、嫌いなんじゃがのう』
「済まないな、瑠璃。お前にとってはトラウマだもんな」
俺は真下で羽ばたく瑠璃の背中を撫でる。
タラスクの甲羅で身を固めた瑠璃の身体をごっそりもっていった魔法だ。今回参加しているメンバーで、おそらくは一番破壊力がある魔法。これが効かなければ、即撤退だ。
見えた。
ウミウシ。それは海に漂うナメクジとも呼ばれている。
だが、目の前に現れた、否、目の前に広がる魔物はナメクジとは似ても似つかないほど美しかった。青と白のシャープなフォルム。まん丸な頭。なだらかに後ろへ伸びる尻尾。側面に6枚の羽が広がっている。それぞれの羽が人間の指のように細く広がっている。ゆらり、ゆらりとその6枚の羽を揺り動かしながら、優雅に雲の間を泳いでいる。
「ここは相手のテリトリー。だけど、こっちにとっても圧倒的に優位な環境だ。何故なら……」
「大量の水と不純物の摩擦によって、膨大な電気を作ることが出来る。こっちにとっても有利な状況なんだよ、モドキ君」
地上だとこうはいかない。魔力を上空の雲まで、細く長く伸ばさなければならない。そしてはるか遠くにある魔法を操作しなければならない。シャティ先生が
ここでは違う。手の届くところに雲がある。武器の発射装置が目の前にあるのだ。このメリットが無ければ、挑戦も難しいクエストだったかもしれない。
「
雲を帯電させ、そのコントロールを完全に手中に収める。
容易だ。コーマイに来て半年。とにかくこの魔法をコントロールする訓練を積み重ねてきた。十分、実践で通用するはずだ。通用しなければ、ただ逃げるのみ。
「
「まだ、敵とすら認識してないんだな」
フェリの言葉に返答する。
この傲慢さ。そして危機感のなさ。まるで竜種だ。元々は海の中にいた小さな魔物。行きつくところまで行くと、ここまで尊大にふるまうことが出来るのか。
「だけど、それがこちらにとってはチャンス。今回は相手が相手だ、堂々と
「不意打ちって堂々とするものでもないけどね~」
隣でのほほんとトウツが言う。
「モドキ君、その調子だ。そう、そう。そ~だ。そこの雲の真下へこいこい」
「こっちのみーずは、あ~まいぞ」
「どっちかと言うと、ピリリと辛いけどな」
横で歌いだすトウツに突っ込む。
「貴方達二人の、その緊張感を抜く癖は何とかしなさいな」
「別にいいだろ。今からいくらでも緊張できるんだ。今のうちに緩くなっておこうぜ。お?」
「一撃で終わってくれれば御の字。食らえ!
落雷が巨体を貫いた。
否、インパクトの瞬間、
事前に目の周りにくる光を反射させる魔法を使っていたので、完璧に観測できたはずだ。あの野郎、ショートレンジの雷をギリギリかわしたっていうのか?
いや、だがそれが普通か。普段雨雲に隠れて過ごしているのだ。雷対策が出来ていないわけがないのだ。
それに、結果は上々のようだ。6枚羽のうち一枚が、綺麗にえぐれて弾け飛んでいる。奴は残りの5枚の羽で安定して飛んでいる。トンボ等の虫は4枚の翅のうち一枚までは無くなっても問題なく飛べるそうだ。奴は6枚。当然、まだ飛べるだろう。
「羽を一枚落としました!雷撃効果あり!繰り返します!雷撃効果あり!」
俺は大声で叫ぶ。
雲の下では、体を傾いだ
「間抜けそうな顔をしやがって。こっちはお前の魔力に当てられそうなのによ」
思わず呟く。
「フィル君の声が聞こえたか!ヘイト管理だ!」
ジゥークさんが叫ぶ。
軍属だけあって声が太く、この上空でもよく響く。
「よぉおーし!いくぞリュカ!一番槍だ!」
「あれに特攻するなんて正気じゃない」
「その!回答は!輝いてっ!ない!」
ドン、とパスさんがリュカさんを瑠璃の背中から突き落とす。落とした後は自分も背中から威勢よくダイブして仰向けに「ふーははは!」と笑いながら落ちていった。何だあのテンション。羨ましい。
その一拍遅れて、ラウさんが無言で腕を組み、踵から垂直に降下する。何だあの空中ダイブ。かっこいい。
瑠璃の下で3人が翅を開き、猛然とやつの方へ突貫していく。
すぐ脇で、
それを眺めつつも、二発目の雷撃のために魔力を練る。
これは焼き増しだ。初めて瑠璃と戦った時の、焼き増しのような戦い。違うのは役割。あの時の俺は弱くて、経験もなくて、ウォバルさんやロットンさん、トウツがクエストの全てを遂行してくれた。
今日は違う。あの日、シャティさんに割り当てられた重要な役割が、今の俺にはある。完遂する。確実に。だって雲がこんなにも近くにあるから。手の届くところにあるから。あの日のシャティさんよりも、今の俺の方が、撃てる!
ポーションを亜空間ローブから取り出し、ぐいっと傾けた。
「さて、二発目いくぞ、モドキく……ん?」
とぐろを巻いたウミウシの口がぬるりと開いた。それは口というよりも穴だ。綺麗な円形の穴が頭のようなところの中央に粘液をてらつかせながらぽっかり開いた。とてつもない速度でエネルギーが収束していく。その魔力の渦には青いキラキラした粒が混ざっていた。オリハルコンの粒子だ!
「まずい!オリハルコン
「わかってますのよ!」
『あいわかった!』
ファナが瑠璃に魔力を注ぎ、瑠璃が上体を上空へと引き上げる。
「吐息を逸らすわ。
フェリが放った爆撃が、
が、奴は微動だにしない。
「頭をずらす事すら出来ないの!?」
青い閃光が雲の下から瞬いた。
「ふん!ですの!」
『ぬおおおっ!』
足元の瑠璃の巨体が傾き、斜め上方向へ加速する。
青い閃光が瑠璃の昆虫のような足をかする。爆風だけで俺たちは瑠璃ごと空中で錐揉み回転する。
上空では吐息が雲に突き刺さり、円形にくり抜いたかと思えば全方向に弾け飛んだ。弾けた雲が水の弾丸となり、俺たちを襲う。
「いててて!」
「フィル、魔力練るのにしゅ〜ちゅ〜」
トウツが俺を胸元に抱えたまま瑠璃に張り付く。
ああ!胸が!胸が顔面に!
でも魔力練るのに集中しなきゃ!
「あ!駄兎ずるいですわよ!」
「あのナメクジ!私の爆発を、芸術を!許さないわ。絶対次の爆破で羽をもいでやるわ!」
ファナとフェリが瑠璃の角に掴まりながらわめく。
「お前ら何でこの状況でそんな余裕なの!?」
「余裕なんて、ないっですわっよ!」
ファナが瑠璃の頭に手を置き、魔力を流し込む。
その力を利用して瑠璃がホバリング。体勢を整える。
「リュカぁあ!ゴー!ゴー!」
「
リュカヌさんの巨大な角と角の間が発光し、熱線が飛び出す。一直線にウミウシに到達し、ぢゅぢゅぢゅと表皮が弾ける音がする。
「オオオオオン」
上空なのに、海中のような残響音がした。
「おお!? リュカ!効いてるぞ!」
「いや、表面の粘液を焼いただけだ。上手くいけば干からびるかもしれないが、この手段なら丸3日はかかりそうだ」
「何だと!? リュカ!効いてないな!?」
「だから、そう言っている」
ゴアッとエネルギーが瞬いた。またオリハルコン
「うおおっと〜!」
パスさんがリュカヌさんの角を掴んで超高速で雲の合間を飛ぶ。
それを青い熱線が追いかけるが、悪戯に雲を切り裂くばかりでパスさんを捕捉できていない。
パスさんが速すぎるのか? それとも奴の捕捉が適当なのか?
「
ズドン、と鈍い音が鳴り響いた。
ラウさんがやつの顔の側面を殴りつけたのだ。
やつの首がわずかにずれて
やっぱあの人、近接の破壊力だけは随一だ。
ただし、逃げるのが遅すぎて慌ててパスさんが回収しに行っている。ヒットアンドアウェイは出来ないのか……。本当、ピーキーな人だ。
『あの竜もどき、昔のわしと同じでちぐはぐじゃの』
瑠璃が吐息で消しとんだ虫の節足を再生させながら言う。
「どういう事!?」
下ではジゥークさんが、パスさんたちから目をそらすために、角でウミウシの側面を斬り付けているが、大きな傷にはならないようだ。
『ハンミョウの男を捕まえ切れないのは、捕食者としての目が完成されていないからじゃ。あんな節穴みたいな目では、捉えるのは難しかろう。逆に海の魔物としての側線はある』
「側線って何!?」
『魚にはみんな備わっている機能じゃ。我が友が使う感知魔法に近いのう。水が圧す力に即座に反応してかわすことができる。イワシの群れは仲間同士でぶつからないじゃろう? あれは仲間が圧した水をかわしているのじゃよ』
「水圧の代わりに風圧に反応してるのか!雷魔法が直撃しなかったのはそれか!」
雷は速い。それこそ、光の速さだ。それでも表皮に当たる瞬間は空気が揺れ動く。やつはそれに反応したのだ。
完全に油断しているところを狙ったのに、これである。
今まで挑んだ者がいないため、情報を整理しながら倒さなければならない。実力以上に難しい。傾向と対策が不確かなのだ。
「……試したいことがある。魔力の無駄になるかもしれないけど、検証だ。これ次第ではクエストもやり直しになるかも。瑠璃、吐息からかわすために加速できるか?」
『あいわかった』
俺たちと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます