第220話 vsブルードラゴンモドキ3

「魔力が溜まった。実験をするぞ。瑠璃、接近」

『あいわかった』

 瑠璃が一気に急降下する。


「二発目だ。魔力は大量には注ぎ込まない。6枚の羽のうち、尾翼。つまり小さい羽を最低限の力で打ち抜く。落雷突貫サンダーボルト!」


 雷鳴が轟く。

 すると、寸でのところでウミウシは尾翼をねじって回避してみせた。あの巨体を瞬時に高速にて操作する。とんでもない芸当だ。


「かわされた」

『そのようじゃの』

「素直に食らってくれたのは、油断していた最初だけか」

『どうするのじゃ?』

「考える時間が欲しい。一時退却すべきだ!」


 俺が叫ぶと、すぐにフェリが信号魔法を空高く上げる。上空に赤い光が昇り、全員に退却を知らせる。



「む、退却か!判断が早いな!?」

「順当ですリーダー。あの雷しか決定打になり得ない。それをかわされた」

「仕様がない。行こう!」

 パスとリュカヌはすぐさま踵を返した。


「ふふ。若いのに損切りが早いな。よほど死線をくぐり抜けてきたとみえる」

 ジゥークが文化蜻蛉テラネウラを旋回させる。



「オオオオオン!」

 偽青龍海牛ブルードラゴンモドキが咆哮をあげた。


 奴の体が縮小し、球体のようになる。すると、一気に体積が膨張して紫の霧を体表から噴射した。

 紫の霧はあっという間に周囲の雲へ伝染し、白い綿雲を薄紫に塗り替えていく。


「範囲魔法!? いや、毒か!」

「麻痺毒だ!こっちの速度を削る気だ!」

 パスさんが叫びながら報告する。


 パスさんやジゥークさんが慌てて毒消しのポーションを取り出し、あおる。海産物の毒を使ってくるのは予習済みだ。


「こっちの足を潰しにきたということは、逃す気はないということか!」

「毒除去の補助魔法をかけますの!毒が散布されている範囲が広すぎる!ポーションではじり貧ですの!」

「お前の負担が増えるだろうが!」

「角将軍とハンミョウがやられたら、ヘイト管理が崩壊してどのみち終わりですの!」

「わかった!フェリ!みんなを呼び戻す!」

「待って。今集合したらまとめてやられる」

「え!?」


 青い収束が見える。


吐息ブレスか!」


 視界の隅でジゥークさんとパスさん達が慌てて退避している。


「瑠璃!面舵いっぱいですの!」

「ギチチ!」

 瑠璃が虫竜の声帯で応じる。


 雲の中に突っ込み、ウミウシと距離をとる。余裕はないので、毒入りの雲だろうが突っ込むしかない。奴は風圧で位置を把握している。雲をクッションにしてこちらの動きを少しでも隠す。俺たちはファナの魔力温存のために、ポーションの小瓶を口にくわえたまま息を止める。

 紫色の景色の中をひたすら降下する。とにかく距離をかせぐ。重力を味方にして逃げるのだ。

 すぐに霧が晴れて太陽の光が突き刺さる。そして暴風。オリハルコン吐息ブレスが雲を吹き飛ばしたのだ。


「瑠璃の挙動でわたくしがここにいると気づいたようですわね」

「攻撃の要である俺と、支援の要であるファナを排除しようとしているのか」

『どちらもわしの上に乗っているからのう。わしが死んでもアウトじゃ』

「それは天地がひっくり返ってもさせねぇよ。フェリ!」

「何かしら」

「仕掛けてるんだろ? 退路確保用の爆破、頼む」

「ストックしていた気体燃料のほとんどをつぎ込んだのだけど、背に腹は代えられないわね」

「よし。パスさん達が追い付いてきたらそのルートへ!」

「わかりましたわ!」

『あいわかった!』


 ファナが瑠璃に補助魔法バフをかけて加速する。

 流石というか、パスさん達とジゥークさんが追い付いてくる。

 そのすぐ後ろを偽青龍海ブルードラゴンモドキが追いすがる。空中なのに、まるで海中遊泳のように優雅に、人の手指のようなひれを動かして飛んでくる。というよりも、あれはひれなのだろうか。

 動きが優雅なのに速い。魔法で加速しているのだ。


「あの巨体で追いつくのおかしくない!?」

「伊達に30年討伐されてないねぇ~。嫌がらせしとこうか。飛翔・斬」


 トウツが風魔法にのせて斬撃を飛ばす。

 斬撃が的確にやつの退化した眼に突き刺さる。


「オオオオン!」


「一応効いてる!?」

「退化していても、目は目だねぇ」


 内臓系は攻撃が効くのか。あれでもちゃんと生き物だということに安心する。生き物ということは生きている。生きているということは、殺すことも可能ということだ。


「もう少しでポイントにつくわ。セルヴォラン達を回収して」

「了解!パスさん!」

「何だ!?」

「乗って!」

「りょ~かい!」


 叫びながら、パスさんがリュカヌさんの角を両手で掴んで飛んでくる。何だあれ。まるでパラグライダーだ。ラウさんはパスさんの足に片手で掴まっている。あの人だけ謎に余裕があるなおい!

 そのすぐ後ろからジゥークさんが追い付く。

 パスさんとリュカヌさんが瑠璃に捕まる。ジゥークさんは使い魔の文化蜻蛉テラネウラごと瑠璃の足につかまる。


「来たわね。発破」


 偽青龍海牛ブルードラゴンモドキが雲を通り抜けようとしたとき、その雲が爆発してはじけ飛んだ。雲の白と、偽青龍海牛ブルードラゴンモドキの体色の青と、爆発の赤が入り混じって出来の悪い抽象画のような色の主張がぶつかりあう。

空中の水分が一瞬で蒸発して、喉を通る空気が焼けるように熱くなる。


「えげつねぇ」

「液体と気体の爆発物を全部あそこの雲に混ぜていたわ。雲って最高ね。液体も気体も混ぜられるもの。今日の爆発は、私の人生で一番かもしれないわ。はぁあ……最高」

「わかった。わかったから、俺を抱きしめて震えるのやめて」


 このお姉さん怖いよぉ、ふぇえ。


「フェリファン殿。自慢の一撃だったようだが、生憎まずいようだ」


 ジゥークさんが呟いた瞬間、くすぶっていた黒煙がはじけ飛んだ。その弾けた黒煙の中心から青い閃光が一直線にこちらへ来る。


吐息ブレスだ!」

『まかせおろう!』


 瑠璃が4枚翅をまとめて駆動させ、宙をポップアップする。

 ギリギリ真下をオリハルコン吐息ブレスが通過する。


「瑠璃、ナイスゥ!」

『当り前じゃ!』

「敵の損傷は!?」

 フェリが俺を抱きしめながらやつを見やる。


 そろそろ離れてほしいんだけど!


 黒煙を青い巨体が飛び出し、また悠然と空を泳ぎ始めた。所々表皮が破損しているが、大きな損傷は見当たらない。欠損しているのは、俺が最初に雷撃で落とした羽一枚のみである。


「あの表皮……」

「青色が深くなってる?」

「いや、違う。体内のオリハルコンを表面に出したんだ……」


 俺のつぶやきに、周囲の人間があ然とする。


「あの薄く青く透明に光ってる表面、全部オリハルコンのコーティングだというのか?」

「まずい。攻撃が通らない。死ぬ」

「でも、逃がしてくれる気はなさそうですの」

 ファナが歯を食いしばる。


「やつもここで私らを逃がせば面倒なことになると判断したのだろうな」

 ジゥークさんが言う。


「どうする? フィル。逃げに徹するか、迎え撃つか」

「……瑠璃、ファナ。逃げられそうか?」

「無理ですの。速度は同等。相手が魔力に糸目をつけなければ、向こうの方がおそらく速い。フェリの置き罠も効かないようでは、こちらの魔力切れが先にきてゲームオーバーですの」

「同意だ。この面子であれば、3方向。いや、4方向へばらばらに逃げられる。一組に犠牲になってもらい。他は逃げる。普通の冒険者であれば、この手をうつ。どうする? エクセレイの英雄よ」

 ジゥークさんが俺を見る。


「……それだけは、それだけは絶対選びません。全員生きて帰ります。いや、返します。俺が返す」

「……何か手はあるのかね?」

「みなさんは、あれと持久戦する覚悟、あります?」


 俺の表情は、恐らく強張っているはずだ。

 それでも、その場にいる全員が力強くうなずく。

 ははっ、何だそれ。みんな肝が据わりすぎだろ。提案している俺が一番震えている。馬鹿みたいじゃないか。


「やりましょう。消耗戦です。最後に笑うのは、俺達です」


 俺はまとっている帯電した魔力を引っ込めた。

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