第221話 vsブルードラゴンモドキ4

「瑠璃!ファナ!全力で加速!やつをぶっちぎれ!」


 俺は大声で指示を飛ばす。


「それをしたら私が魔力切れで詰みますわ!その内追い付かれて、魔法なしで飛ぶ瑠璃ごと吐息ブレスの餌食になるのがオチですの!」

「距離さえ稼げば対抗策はある!」

「……本当ですのね?」

「ああ、本当だ。……いや、あんま自信ない」

「はっはっは!代案をもつものがいないから仕様がない!というか時間がない!賭けようではないか!」


 パスさんが後押ししてくれる。

 まるで後光がさしているかのようだ。

 いや、物理的にさしてるわ。オリハルコン吐息ブレスという名の後光がさしてる。


「談合している暇はない!私も協力する!」

 ジゥークさんが瑠璃に魔力を流し込む。


『ぬおお!』

 瑠璃が加速する。


 流石一国の騎士団長だ。補助バフもかけられる。おそらく、専門分野の魔法ではないはずだ。それでも質が高い。


 魔力の消費を度外視した加速。瑠璃が必死に4枚の翅を羽ばたかせて急ぐ。少しずつ、やつとの距離が稼がれていき、いくつかの雲で姿が見えなくなる。

 だが、追いすがっている。

 巨大な魔力の塊が、一直線にこちらへ向かっている。


「あそこだ!あの大きい雲に隠れろ!」

『意味はあるのかの!?』

「ある!早く!」


 瑠璃が巨大な雲に突っ込み、身を隠す。


音界遮断サウンドボーダーインセプト


 雲の周りの空気の層を遮断する。

 これで、空気は揺れることはない。側線という器官により、風圧で敵の位置を測っているのが本当ならば、風の動きがない以上、こちらに気づかないはずだ。

 理論上、は。

 他の探知方法が向こうにあれば、ほぼ詰みに近い。ジゥークさんが肩代わりしてくれたみたいだが、俺たちを運ぶ箱舟である瑠璃の魔力タンクはじりじりと減り始めている。


「なるほど、そ~いうこと」

 トウツが横でうなずく。


「念のため、気配を消してください」

「オーケー」

「了解した」


 その場にいる全員が、魔力の痕跡を消す。息も殺し、身じろぎもしない。


 雲のすぐ横を偽青龍海牛ブルードラゴンモドキが遊泳する。雲をスクリーンバックのようにして、巨大な5枚の翼をもつ魚影が過ぎていく。

 完全には離れない。

 やつはこの付近に俺たちがまだいると思っているようだ。まるで気泡で餌を追い立てる鯨のように、ぐるぐると同じ場所を回る。


「音は遮断しているので、話し言葉は大丈夫です」

「それを先に言ってくれ!息もずっと止めてたぞ!」

「リーダー、声が大きい」

 パスさんをリュカヌさんがたしなめる。


「珍しい魔法だな。それもストレガの技の一つか?」

「師匠は使い手が少ないだけで体系化はされてるはずって言ってました」

「あまり流布されてほしくない魔法だな……」

 ジゥークさんが角を傾げる。


「取り敢えずは、休む時間が出来ました」

「でかした!」

 ガシガシとパスさんが4本の腕で俺を雑になでる。


 子ども扱いしないでほしいんだけど。


「状況を整理します。やつは風圧でこちらの位置を把握しています」

「雷をかわしたのはそれか」

「はい。不意打ちの初撃だけ食らってくれましたが、今後ボーナスタイムはないと思っていいでしょう」

「それでは、もう無理ではないか?」

 ジゥークさんが言う。


「僕もそう思うねぇ。フィルの魔法ありきのクエストだったから。それが通じないなら、前提が崩れる」

「取り敢えず、わたくしは寝ますわ。戦うにせよ逃げるにせよ、魔力を温存しないと」

「わかった」

「某も休ませてもらう」

「ラウさんの打撃も効いてたので、助かります」

「流石にオリハルコンは叩き割れぬがな」


 そう言うと、ファナとラウさんが瑠璃の背中で静かな寝息を立てる。


『わしも休ませてもらう』

「瑠璃もか? 飛びながら休めるの?」

『簡単じゃ』


 瑠璃の身体が平べったくなり、まるでグライダーのようになる。背中から肉の塊が浮き出し、空中に遊泳する。爆弾魚ボマーフィッシュだ。なるほど、ガスで浮くのか。気球のようなものと思えばいいのか。


「何でもありだな、おたくの使い魔」

「俺も驚いてます」

「マスターが使い魔の性能を把握できてないのか!? 面白いな!」

 パスさんがケタケタ笑う。


 仕様がないじゃないか。俺が覚える早さより、瑠璃の進化の方が早いんだよ。


「ね~、フェリちゃんはどうするの~? うちの頭脳労働担当じゃん。フェリちゃん? フェリちゃ~ん、お~い」

 トウツが呼ぶ。


 だが、フェリは無反応だ。

 ぶつぶつと呟きながら羊皮紙にひたすら魔法陣を書いていく。字が汚い。普段、教科書に載ってそうな綺麗な字を書くフェリが、ミミズがのたうち回ったような字を書く。この状態の彼女を俺は知っている。頭の回転に筆が追い付いていない時だ。


「トウツ、フェリは今は……」

「わかってる。これは触れちゃいけないやつだねぇ」


 フェリなりにこの状況を打開する方法を考えているのだろう。手数は多ければ多い方がいい。

 だが、フェリが考えているからといって、俺が考えるのをやめることは良くない。


「話を戻そうか。フィル君は、撤退はしないのかね?」

「出来ると思いますか?」

「……難しいだろうな。偽青龍海牛ブルードラゴンモドキは我々を完全に敵だと認識した。今のうちに叩いておきたいと思っているはずだ。諦めてここを離れてくれるとは思えない。君の遮音魔法も、ずっと続くわけではないのだろう?」

「はい。燃費はいい魔法なんですけどね」


 とはいえ、雷魔法のために出来るだけ魔力は温存したい。


「何か手段があれば、戦うのもありということだ。君にはあるのだろう? 何か手が」

「はい」

「さっき言ってた、持久戦の話か?」

 パスさんが言う。


「そうです。こっちより向こうの方が魔力が多い。しかも吐息ブレスを食らえばこちらは即死亡。対して向こうはオリハルコンの鎧。でも、持久戦をするとしたら敵も失うものがあるんです」

「どういうことだ?」

「簡単です。オリハルコンの残量が減っているんです」

「……吐息ブレスか!」

「そうです」


 やつは体内に加工し、蓄積したオリハルコンを吐息にのせて発射している。

 大事な資源だ。それでは何故吐き出すのか? 簡単だ。竜並みの戦闘力に惑わされていたが、偽青龍海牛ブルードラゴンモドキはあくまでも竜の真似事をしているだけ。

 元は小さなウミウシの魔物なのだ。種族特権である竜種の吐息ブレスを完全にトレース出来ていない。オリハルコンの粒子を混ぜて飛ばすことで威力をかさ増しして、ごまかしているのだ。


「俺の眼は特別性です。魔力の流れが見える。そして観測しました。やつは吐息ブレスを撃つ瞬間、体表のオリハルコンを体内に移動させていました」

「持久戦になり吐息ブレスを連発させれば、外装が剝がれていくのか」

「はい。まさに諸刃の剣ですね。普通の冒険者では、そもそも持久戦に持ち込めないので今までは問題なかったのでしょう。でも、この面子なら、あるいは出来ると俺は思っています」

「それはまぁ、いたく俺たちを信頼するじゃないか。輝いてる」

 パスさんが言う。


「実際、可能だと思います。コーマイでも随一の速度を誇るパスさん。ジゥークさんが乗る文化蜻蛉テラネウラも速い。今のところ、誰も吐息ブレスの直撃を受けていない」

「じゃあ何か。外装が薄くなるまでひたすら吐息ブレスをかわせばいいということだな!?」

 パスさんが威勢よく言う。


「そうなります。オリハルコンの採取量が減るのは痛いですが、命の方が大事です。背に腹は変えられません」

「フィル君の言う通りだな。王女の意向としても、あれがコーマイの上空からいなくなるだけで国益につながる。定期的にくる災害がなくなるわけだからな。オリハルコンはコーマイにとってはおまけに過ぎない」

 ジゥークさんが雲に映る魚影を見ながら言う。


「ご理解いただきありがとうございます。今はうまく雲の中に隠れることが出来ましたが、次はないでしょう。奴は一度見失ったらまずいことを学習したはずです。こっちが逃げに徹したら、今度は魔力で自身を強化して追いかけてくるはずです」

「休むのは今が最後か〜。交代して休憩しようか」

 トウツが提案する。


「そうしよう。少なくとも、ファナと瑠璃が完全に復調してから挑む」

「最初は私が監視役をしよう。まだ、魔力はそこまで消費していない」

 ジゥークさんが名乗り出てくれる。


「ありがとうございます。フェリはどうする?」

「今いいところだから、後で休むわ」

「わかった」


 俺はフェリの後ろに回り込んで、彼女がひたすら書き殴る魔法式や魔法陣を覗き見る。肩越しに見えるそれは、いつも彼女が構築している金魔法に見える。

 だが、いつもとは違うものが混ざっていた。


「俺の雷魔法が少しブレンドされてる?」

「ショックね。今立ち上げたばかりなのに、初見のフィルに理解されるなんて」

「そりゃこっちのセリフだ。フェリは、確か雷魔法は片手間で勉強してただろう? 俺と違って」

「違う分野もかじってみるものね。いいヒントになったわ。あれの外装を剥がす術は思いつかなかったわ。でも、苦しめることは出来そうよ」

「そりゃ楽しみだ」

「期待していて」


 俺はフェリの横で寝そべる。

 何故か横にトウツが来るが、今は相手する余裕もないのでそのまま目を瞑る。


 頭上を巨大な魚影が横切る。真ん中右翼は変わらず千切れたままだ。

 再生能力はないようだ。ほっとする。


「あれを倒したら、オリハルコンのつるぎが作れる。アル、喜ぶかなぁ」

「水商売の女に入れ込む冒険者の顔してるよ、フィル」

「いやまさか、そんなわけないだろう。ははは」


 俺はぎこちない笑みをトウツに返した。

 でも、アルがそういう店で働いていたら、余裕で貢ぐかもしれない。いや、アルが大人の女の子と仮定して、だよ?


 そんなアルのためにも、あの空飛ぶウミウシ君には大人しく討伐されて欲しいものである。

 絶対大人しくはしてくれないだろうなぁ……。





「体は休まりましたか?」


 全員が目覚めて、一息つくと俺はおずおずと述べる。

 今更だけど、俺が中心でいいのだろうか。


「問題ないねぇ」

「いつでも飛べるぞ!」

 トウツとパスさんがすぐ応える。


 少し離れたところに座ったラウさんが静かにサムズアップする。渋い。


「ファナ、瑠璃、どうだ?」

「十全ですわ。いつでもいけますの」

『問題ないのう』

「よし」


 俺は全員の表情を見る。ここにいるのは、誰も彼もがA級以上。戦いのスペシャリストだ。前世のままの俺であれば、どう間違っても指揮できるような人達ではない。

 でも、やるんだ。

 これが出来なければ、獅子族の男と戦う資格すら得られないだろう。


「オリハルコン吐息ブレスを無駄打ちさせます。遮音魔法を解き次第、すぐに散開。ヘイトを散らして吐息の目測を鈍らせます。同じ方向に逃げず、自身がかわせる一定の距離を保ってください」

「なるほど。体力勝負というわけだ」

「錯乱係として、パスさんとリュカヌさんがペアで動いてください。リュカヌさんが砲台。パスさんがアシです」

「ラウは?」

「ラウさんは他に仕事があるので、瑠璃の上で待機です。瑠璃が標的になった場合、守っていただけますか?」

「承知した」

 ラウさんがうなずく。


「あと、トウツも待機」

「え、僕も待機?」

 トウツが自分を指差す。


「そうだ。トウツも風魔法でその気になれば飛べるのはわかってるけど、ラウさんの拳とトウツの刀が必要なんだ」

「ふ〜ん、いいけど」

「私も、文化蜻蛉テラネウラに乗ってヘイト管理役か」

「その通りです」

「私は別働でいいかしら? 瑠璃の上から、やってみたい魔法があるの。フィルの手伝いもいるわ。その時に連絡する」

「ああ。フェリは自由に動いてくれ」

「ヘイト管理は3方向か。パス組、私、そして使い魔の瑠璃君。少し不安だな」

 ジゥークさんが意見する。


「大丈夫です。俺も瑠璃から離れてヘイト管理をします」

「おいおいフィル。君はやつにいかづちを落とす大事な仕事があるんだろう? 大丈夫かい?」

 パスさんが心配する。


「風魔法であれば、消費は少ないので大丈夫です」


 ビシュン、と俺の亜空間ローブから骨組みが飛び出す。アーマーベアの合金で作った羽の骨組みだ。それにワイバーンの皮を張っている。

 俺はその場で羽ばたいて見せる。気分は翼竜だ。


「一生懸命羽ばたくフィル、かわええ」

「宗教画にしたいですわ」

「そこ、うるさい」


 一部の面倒な女性陣を叱咤する。


「帆を使って滑空しながら飛ぶので、十分です。吐息ブレスが来たときだけ魔力を消費してかわします」

「なるほどな。つまり4方向でかく乱する、と。素直に吐息を連発してくれるだろうか」

「そこまで頭がいいとは思えません。知能が高い魔物であれば、とっくの昔に見つかって今頃交戦していると思います」

「……それもそうか」

 ジゥークさんが思案する。


「で、ある程度オリハルコンを吐き出させたら、最後はどうするんだ?」

 パスさんが口を開く。


「それは、ですね」






「く、ふ、はは!面白いなフィル!あくまでも正面からか!」

「すいません。結局これしか思いつかなかったんです!」

「いい!いい!最高に輝いている!俺はやるぞ!ジゥークの旦那はどうだ!?」

 パスさんが馴れ馴れしくジゥークさんに絡む。


「試す価値はあるな。失敗したら全滅するやもしれぬが。だが、個人的には好きな作戦だな」

 ジゥークさんの黒曜石のような目が、少し輝いたように見えた。


「では、いきましょう。あの空飛ぶウミウシを地に戻してやりましょう」


 偽青龍海牛ブルードラゴンモドキとの戦いが、再び動き出す。

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