第214話 動き出す虫身中の虫
「待てやオラァ!」
そう俺は叫びながら魔物を追いかけた。
追いかけている魔物は
この世界では、火魔法の推進力で加速していると解説されている。俺はこの魔物を実地観察しながら「違う」と判断した。
小型で魔力が少ないから、常時飛ぶことは出来ない。
だが、瞬間的にリニアモーターと同じことをしているということだろう。
身体から火花が飛び散っているのは余った力が空中に放電してはじけているからだ。
後ろでは涼しい顔でトウツが追いかけてくる。手には既に狩った兎を二羽ぶら下げている。その少し後ろから、アラクネの下半身を使って追いかける瑠璃。上半身? 目の毒だからNGとなりました。
「この!」
すんでのところで兎が加速して、俺の手を逃れる。
草食動物の目はほぼ360度見渡すことができる。それにより接敵を確実に肉眼で感知。それに電磁力を用いた超高速移動と瞬発力。捕まえられそうになると、すぐさま加速して逃げられる。
敵の魔力は少ない。持久戦をもちかければ、普通に捕まえられるだろう。
だが、それでは意味がない。この速度に追いついた上で捕まえられなければ意味がない。
シャティ先生から教えられた雷魔法を実戦レベルに引き上げるためだ。これを活用できれば、俺も純粋な速さでこの磁石兎を捕まえることができるはずなのだ。
全身のシナプスの電気信号をプログラミングする。手や足の回転数を4倍に増やす。速すぎる手足の動きに体が自壊しないように、
「
視界に映る木々が異様なスピードで後ろに取り残される。十数メートル離れていた兎が一瞬で目の前に現れる。無我夢中で手を兎に伸ばすと、強化された腕があっさり兎の金属質な体を破壊してしまった。
「うげぇ!」
兎の返り血を浴びて、吐き気をもよおした。
「あはは〜、フィル。顔にぶっかけされてるじゃん。白じゃなくて赤い液体だけど」
「殺生してるのに下ネタで茶化すんじゃねぇ!お前もこっちの兎みたいにしてやろうか!」
電気の力を借りて加速するが、トウツが「きゃー」と言いながらあっさりとかわす。何なんだこいつ、本当に。俺、めちゃくちゃ速くなったはずなんだけど!?
「輝かしきぃ〜、キャッチ!」
ズザザーっと、鋼鉄火花兎を小脇に捕まえたパスさんが、隣に現れた。ついでに兎を木の根本にタッチダウンしている。何だその余裕。
パス・ガイドポスト。
「全く。私も足は速いけど、あんたらみたいな超短距離走となると付いていけないね」
ムナガさんも、瑠璃と一緒に少し遅れて現れた。
ムナガ・ノーシカ・センチピードさん。ムカデ族で、彼女もまた足が速い。
「付き合っていただいて、すいません」
「いいのよ。実入りのいいクエストだからね。単純に捕まえられないからA級。こんなクエストがあるなんてね」
「でも余裕をもって捕まえられるのがトウツとパスさんくらい。しかも、臆病で接敵すら難しい。生息域も磁場の強い鉱山のみ。これだけ希少性の高いクエストだから、A級になるのもわかると思います」
「間違いないね」
「金魔法使いが高値で買う素材もあるし、受けてみて正解でしたね。ベルさんに感謝だ」
「騎士様達やギルマスからおろされたクエストを私ら共有してくれて、ありがとうよ」
「? そりゃあ、ムナガさんもパスさんも足速いですし、当然呼びますよ?」
「嫌味がないねぇ、あんた」
ギシギシ笑いながら、ムナガさんが俺の頭を撫でる。
「子ども扱いしないでください」
「まだまだ10歳だろう?」
「そうだけどっ!」
そうなんだけど、違うの!
「ピピー、いちゃいちゃしません。イエスショタ、ノータッチ。フィルがオネショタの波動を放つのは僕とだけだぜ〜?」
残像のようにトウツが現れ、言う。
「よくわかんないけど、あんたからは犯罪臭がするよ。私と一緒にいた方がマシだと思うね」
「わん」
「おや、瑠璃もそう思うかい?」
トウツ、ノータッチとか言うけど、お前俺に対して犯罪ど真ん中みたいなことしてるからな? いっぺん猛省しろ?
ベルさんといい、虫人族はいい人が多いなぁと、ほっこりした気持ちになる。こないだの
大顎暴竜? パーティー全員で、やっとのこと残りの2つの群れを狩り尽くしたところだ。結局、俺が戦った老竜ほどのドラゴンはいなかった。
「フィル!例の加速する魔法とやらは成功したのか!?」
パスさんが崖を垂直に横走りしながら現れ、言う。
どういう原理で走ってるの? それ。
「出来たけど、調整が難しい感じです」
雷魔法はシャティ先生が体系化しなかった。つまりはトップシークレットだ。だから、パスさん達には新魔法とぼやかして教えている。
「そっか、残念だな!今日中に調整できるといいな!」
「完成してはいるので、競争してみます? どっちが兎をたくさん捕まえられるか」
「いいアイデアだ!輝いてるな!」
その日、結局俺が捕まえられた
「敵の拠点を発見した」
ある日トウツがそう言い放った。コーマイに来て5ヶ月ほど経った頃の話である。
全員がクエストを終えて、連結ツインキングベッドの上でごろごろしていた時の話である。部屋の中央にキングサイズのベッドが2つある異様な家具配置にも、目が慣れてきたものだ。
「拠点? 敵って、もしかして魔王?」
起き上がってフェリが言う。
「そ。エクセレイ国境の村と同じだったね。間違いなく
「滅却ですの」
開口一番、ファナが言う。
「ゾンビなんて存在、神への冒涜ですの。肉体の中に魂が入って機能する。神様はそう、我々を創造したのですわ。それを魂抜きで肉体のみで動かすなんて、罰当たりですわ。天誅ですの。主犯は誰ですの? また吸血鬼ですの? 太陽焼きの刑ですの?」
マシンガンのように怨敵を語るファナに、俺と瑠璃はベッドの上で赤べこの置物のようにウンウンと頷く。
「主犯は魔人族だね」
トウツの言葉に、ドキッとする。
思い浮かべたのは天真爛漫な魔人族の娘、ノイタだ。彼女の同族が、魔王に組している。
「なるほど、特徴の少ない種族ですのね。古代魔王に組していたせいか、人体を破壊することに特化した魔法が得意な種族ですわ。ギルティですの。滅しますわ」
「だそうだよ? リーダー」
トウツが俺を流し見る。
「……まずは威力偵察をしよう」
「意図は?」
フェリが言う。
「前回、似たクエストでは3パーティー合同だった。しかも勇者パーティーが混ざっていた」
「偽物だけどね」
「プロパガンダですわ」
「損な役割を押し付けられた優男だったわね。良い人だったけど」
「言ってやるなよ……」
ルークさん可哀想だろうが!国にいいように使われてる分、俺たちが優しくすべきだと思うんですけどっ!
「今回は俺たちだけだ。助力を乞えない。ギルドに仲のいい人たちはいる。特に
「でも、仲がいいと信頼が出来るは、違うね」
「ここはあくまでも外国ですわ」
「本当に信頼出来る味方はいないと思った方がいい」
「俺も、そう思う」
だからこそ、この国では必ずツーマンセル以上で動くことにしているのだ。俺は何故か放っておくとすぐ死ぬスペランカーのような扱いを受けていたので、エクセレイでもそうだったが。
トウツやファナのような強者でも、この国では単独行動は避けるようにしている。
「だから、まずは敵の実力を測る。俺の眼とトウツなら問題ないはず」
「僕らの戦力で殲滅できるならそうする」
「それが出来ないならば、エクセレイ本国に助力を乞うしかありませんわね」
「そういうこと」
「じゃ、それでいこう!」
トウツがう〜ん、と伸びをする。彼女が伸びをすると胸が強調されるので、思わずそちらに視線がいくのだが、巨大な十字架が遮蔽物となって現れる。
「ファナ」
「あら、戦闘前だから武器の手入れは必要でしてよ? それとも何かを見るのに邪魔だったかしら?」
「イエ、ナンデモアリマセン」
いや、違うんですよ。ここで視線がそこへいくのは男として仕様がないというか、本能なんです。許して。許さない? はい、すいません。
「それにしても、
この国のゾンビが敵だ。ということは、
多くの虫人と、この国では関わってきた。その人々と似通った姿のゾンビを滅しなければならない。
「気が進まないけど、誰かがやらないといけない。その誰かは、今は俺達なんだろうな」
前世の俺は、こういう時動かない男だったはずなんだけどな。大人になれたということなのだろうか。それとも、人として変わったということなのだろうか。
分からない。
分からないけど、今の俺はこの世界の人々と共にあるのだ。
返さなければ。この世界の人たちから、今までもらってきたものを。
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