第350話 魔軍交戦47 上空戦線
「忠義を見せて。今すぐその剣を、私達ではなく魔王へ向けなさい」
イリスが命令した。
「……今です。逃げましょう」
「それは出来んね」
フィンサーの提言を、シュレが一蹴する。
「敵が動かないのは、イリス殿下のおかげたいね。殿下がいなくなれば、こいつはまた殺戮を始める。つまり、この場にイリス殿下が留まることが前提にないと、私らは撤退できん。それは絶対に『なし』たいね。生徒を置き去りにする教師は、首たい」
シュレが首を搔っ切るジェスチャーをする。
「……わかっている。だが、保たない可能性の方が高い」
「そげんこつ、わかっとる」
教師陣が、険しい顔をして見守る。
「アル君。静かに。ゆっくりと、ポーションで回復を」
「はい」
3人は足音を立てずに、イリスを守る陣形に移動する。この場を支配しているのは、彼女だ。攻撃も防御も、彼女が要だ。最優先の保護対象としても。
国の意向としては、イリスは間違いなく残したい王族の血筋のはず。シュレの拳に力が宿る。
「さぁ、中央へ行って。魔王はそこよ。貴女の、本当の敵」
語り掛けるように、イリスが呟く。
鎧騎士が
指に力が籠っている。
苦悶しているのだ。死霊としての在り方。魔王からの命令。そして生前の忠義。
「貴女は誇り高い
イリスが手を広げる。
「私は生きてる。貴女は守り切ったの。成功したのよ? エクセレイは、建国された。今は繁栄しているの。貴女の忠義のおかげよ」
鎧騎士の握力が更に強まる。膝をつき、両手で頭を抱える。ミシミシと音を立てて、兜が握りつぶされそうになる。
鎧騎士は板挟みになっている。それが鎧の崩壊という事象として現れている。膝の
「姫様、そのまま説得を。やつは恐らく、自壊します」
フィンサーが耳打ちする。
イリスは黙ってうなずく。
だが、目に迷いがある。
それにいち早く気付いたのはアルケリオだった。
「イリス。あの人を助けられないかな」
「何を言うとるとね!?」
アルケリオの提言に、シュレが小声で反論する。
「あれは危険とよ!? このまま自滅するなら、その方がよか!」
「私もそう思います。アルケリオ君、君の慈悲は素晴らしい。でも、考えて下さい。我々の後ろにやつを通せば、無辜の民がたくさんいます」
「——アルの言うことは尤もだわ」
「姫様!?」
「イリス姫!?」
イリスの言葉に、二人が驚く。
「初代王の伝承、王宮の書物庫でたくさん読んだわ。彼女のこの国への献身は本物よ。それに彼女はただの、初代王の騎士ではないわ」
「……どういうことね?」
「多分、初代王の伴侶のうち一人よ」
「な!」
シュレが顔を歪める。
「愛する人のために戦って、死んで、その終わりがこれ? もしそれが私だったら、耐えられない」
イリスが自身の身体を抱きすくめる。
自分はフィオ・ストレガに選ばれなかった。それでも、想うことは自由だ。今の自分は、それで奮い立っている。
目の前の彼女はどうだ。その思いごと潰されそうになっている。
傲慢だ。
この国は、彼女を始めとした古の騎士達の忠義という礎の上に成り立っている。屍の上に立たせてもらっているのだ。その終末が、忠義を抱いて死ね?
とんでもない。
もしかしたら、目の前で鎧がひしゃげて潰れそうになっている女騎士の血が、自分にも通っているのかもしれないのだ。
その罪悪感を抱えて生きていけるほど、イリスは非情にはなれない。
「私は、お姉様と同じ判断はしない。私は私のやり方でこの国を導く」
「やめんね!」
「やめて下さい!姫様!その慈悲は貴女を殺す!」
「イリス。覚悟ができたよ。あの人がこの後僕を殺しても、僕は君を責めない」
「有難う、アル」
イリスが更に一歩進む。
「優しいだけじゃ、何も救えないのは分かっているのよ。だから、お姉様はいつも正しい。いつだって、正しかった」
イリスが死霊高位騎士の目の前に立つ。
後ろでは、シュレとフィンサーがいつでも飛び出せるように身構えている。アルケリオは、凪のように佇んで彼女の決断を待つ。
「妥協してあげるわ。私は無力。死霊の呪いにも、魔王の命令にも、適うなんて思っていない。————シュッツァー」
鎧騎士が弾かれるように、イリスを見上げた。
それは彼女の名前だった。生前の、名前。初代王、エールストーン・エクセレイが
「これまでの働き、大儀であった。休みなさい。貴女はもう、戦わなくていい」
死霊高位騎士の自壊が止まった。
大気の震えが収まる。
後ろの三人が、次に起こることに備えて武器を構える。
よろよろと、死霊高位騎士が立ち上がる。先ほどの滑らかな動きが嘘かの様に、関節をギシギシと鳴らせて老人のように。
重心がおぼつかない足取りで、歩き始める。西の防壁の方へ。
彼女を纏っている呪いに、もはや殺気は宿っていなかった。
「成程。妥協点を作ってあげたんですね。魔王の命令と忠義。その板挟みに合っているのならば、その間をとればいい」
フィンサーが胸を撫でおろして呟く。
「一か八か、だったけどね。シュレ先生」
「なんたいね。いや、何でございましょう?」
「もう。敬語はいいですよ、先生」
イリスが破顔する。
この学長は、自分が入学した時からずっと敬語が苦手だ。その相変わらずさに、笑いがこらえきれない。
「私の通知表、どうなります?」
「内心評価、満点たいね」
その場の四人が笑った。
「
「
「
「
「む」
空中で爆発が起きた。
魔王が生成した土柱は、市街地から数百メートルも伸びてマギサ・ストレガを襲った。が、その土柱が爆弾に変えられて暴発する。丁寧にも、風魔法で爆風は魔王の方へ全て飛んでいく。
飛んできた瓦礫を魔王が火魔法で蹴散らす。
魔素の奪い合いは互角だった。
火と土は魔王。水と金はマギサ。
何度も魔法のやり取りをする内に、お互いの得意とする属性を把握し、それを捨てて自身の
風の魔素の奪い合いは熾烈を極めていた。
足場のない空で、風の魔素を奪われることは命を落とすことと同義である。火魔法を強化できる。土魔法を加速できる。更に、敵の魔法を向かい風で迎撃できる。他の魔素は奪われても、互いにこの色の魔素だけは死守する動きを進めている。
結果として、互いに風の魔素は自身に近いものしか奪取できないでいた。
「今の魔法、キリファが使っているやつか。驚いた。あやつは秘密主義だったはずだがな」
マギサの眉間がぴくりと動く。
彼女の勘が、そのキリファという人物がフェリファンの縁者であることを察する。が、わざわざそれを口に出すことはしない。
「ふん。秘密は漏れるものさね」
「そうだな。いや、違うな。貴様、どこでその魔法を知った?」
「つまらない愚痴をするために戦っているわけじゃないさね。
魔王のすぐ横を雷撃がかすめた。雷魔法は水と火の混合魔法だ。マギサは金の魔素を放棄して雷の形成にリソースを割いた。
それを逃す魔王ではない。
「
下層に残っていた土柱から岩が飛び、マギサの近くで暴発する。
「派手にやるじゃないのさ」
「貴様に出来ることが、我に出来ぬわけがないだろう」
「だが、お前さんがしたいことは出来ていないだろう?」
マギサが挑発する。
彼女が言っていることは心理を突いている。
魔王の奥の手の魔法。
時間停止。
それがこの戦いで出来ていないのだ。
固有魔法が体系化されないのは、ひとえに「知られないことの恩恵」がとてつもなく大きい。
魔法は空気中の
発現する魔法を構築するための魔素を演算しきった方の勝利だ。では、その演算公式が公開されていないものは?
誰も対策出来ないのだ。
だからこその固有魔法。だからこその門外不出。この世界で貴族を貴族たらしめているのは、先代が生んだ魔法を次代が守り続けていることにある。
シャティ・オスカのように、一代で秘密を明かそうとすることの方が珍しいのだ。名誉の代わりに、その唯一性を犠牲することになるからだ。
水魔法をまとめて体系化し、国のインフラを整えたマギサは異常である。
彼女にとって学び終わったものには、価値がないとも言える。
「貴様、どこで我の魔法を知った?」
「知った? 違うねぇ。開発したのさ!」
マギサが手を広げる。
「先の
「貴様がエルフの森で隠居していた理由は」
「隠居じゃないさね!」
魔王エイダンの言葉をマギサが遮る。
「魔法使いに隠居や引退なんてものはないよ!死ぬまでが研究!自分の死すら学び!教材!お前は最高の教材だったよ、魔王!森に引きこもってお前さんの魔法を解明するひと時はどんなに幸せだったか!馬鹿弟子に少し邪魔されたが、間に合ったよ!」
「
「世界征服なんてものを真面目に語る輩に言われたくないねぇ」
「お前さんの魔法はわかっている。で」
魔王が下を見た。
それを見て、マギサがほくそ笑む。
敵が自身の狙いに気づいたのだ。
「お前さんは、私の魔法を知っているのかえ?」
都に流れる川の水全てが、一斉に空中へ浮き上がった。
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