第349話 魔軍交戦46 北部戦線

「フィンサー!」

「わかってる」


 シュレがバックステップを踏むと、フィンサーが手斧を投擲した。

 死霊高位騎士リビングパラディンが腰をねじ切れるように逸らせてかわす。アルケリオが下に潜り込み、かちあげるように剣を振る。鎧騎士は腰を曲げたまま横にホバーするように動いてかわす。

 人型だというのに、人の関節を無視した動き。生前の騎士としての正道な動きも相まって予測がつかない。


 撤退は依然として膠着していた。フィンサーが参戦したものの、後衛がザナから変わっただけである。シュレとの連携に慣れている彼が入ったことで、戦況の維持はぎりぎり適うようになった。

 だが、状況は変わらない。3人のうち誰かが魔力切れを起こせば、すぐに終わる。


「駆け付けるならもっと人連れてこんかい!あほ旦那!」

「間に合っただけでも、伴侶を褒めてくれてもいいと思うけどね。うわっ」


 フィンサーの眼前を呪剣がかする。モノクルの眼鏡がはじけ飛んだ。


「退魔付与魔法エンチャントの眼鏡が。お気に入りだったのになぁ」

「心配せんでも今度のボーナスで買えばよか!」

「給料上げて下さいよ、学長」

「急に部下モードになんなさいな!」

 悲鳴を上げながらシュレが鎧騎士に特攻する。


 後ろから手斧を投げて注意を逸らそうとするが、剣圧で吹き飛ばされる。胴体ががら空きになるが、シュレの正拳突きは空をかすめる。

 バックステップ。


「足運びがうちと同じ!? 学習ラーニングしおったか!」

全て飲み込む蒼オリハルコンフリュウ


 ノーモーションでアルケリオが斬撃を放った。

 挙動の早さに、鎧騎士の反応が遅れる。脇下をかすめて、鎧が削れた。


「よしっ!」

「駄目みたいですね」


 シュレがガッツポーズを握りかけた瞬間、鎧騎士が彼女とアルケリオに向かって呪いの斬撃を放った。


「うおわ!」

「くっ!」


 2人が屈んで、すんでのところでかわす。


「残心を忘れないで下さい、学長」

「いつも通りシュレと呼ばんかい阿呆!」

 叫びながら、シュレが下がる。


「胴体が削れたはずなのに」

 アルケリオが呆然と呟く。


「鎧はあくまでも器たいね。中身の死霊を浄化しきらない限り、滅することはできん。ただ、いい仕事たいアル君。あれでは腰を支点にして剣を振るえん」

「そうでもないみたいですね」


 シュレの言葉に、フィンサーがすぐさま返す。

 3人が見ると、鎧騎士が素振りをしながら身体のバランスを測っている。数回振って、重心の位置が定まることが見て取れた。適応したのだ。脇下の鎧がない身体に。


「アル君、今の斬撃をもっと速くできんね?」

「難しいです。多分、次同じことをしても見切られる気がします」


 2人の会話を聞きながら、フィンサーが後方をちらりと見る。既にザナの背中は数百メートル先にあった。3人が戦っている間に、彼は逃げることが出来たのだ。


「ここでとことん戦うしかないですね」

「本気で言っとるんか?」

 フィンサーの提言に、シュレが返す。


「この怨霊をこれ以上学ばせてはいけません。場合によっては魔王以上の大敵になり得る。不死鳥の寵愛を受けた魔物。成長しきる前に叩くべきです」


 フィンサーの言うことは尤もである。

 だが。


 シュレは横目でアルケリオを見る。


「大丈夫です。シュレ先生」

 アルケリオが、鎧騎士から目を離さずに言う。


「大丈夫じゃなかとよ。何も大丈夫じゃなか」


 教育者として最悪な状況を作ってしまった。ここにいる三人が生き残る可能性は、限りなく低い。巻き込んだのは自分だ。大多数の人間の命を守るために、学び舎の生徒を死地へ連れてきてしまった。

 学長失格だ。

 シュレはフィンサーに目配せをする。フィンサーが頷く。


この子だけでも逃がす。

アイコンタクトだけで、二人の意思が確定した。


「間に合った!」


 が、誤算が起きる。


「イリス姫!?」

「何でここにおると!?」


 2人は動揺した。

 守るべき生徒が2人に増えてしまったのだ。それも王族だ。


「ここが、がいるべき戦場だからよ」


 イリスがアルケリオの隣に立つ。

 おっかなびっくりといった風に、アルケリオが彼女の横顔を見た。


「何びっくりしてんのよ。男の子って皆そうよね。フィオ・・・も、ロスもそう。女の子は、守られるだけの存在じゃないのよ」


 イリスが杖を構える。

 シュレが慌てて構えなおした。今の瞬間、自身もフィンサーもアルケリオにも、隙が生まれたはずだ。

 だが、その隙を鎧騎士は狙ってこなかった。

 そんなはずはない。この死霊は、わずかでも間隙があれば機械的に叩いてきたはずだ。

 敵が襲ってこない理由はすぐに判明した。


 この場で最も動揺したのは、シュレでもフィンサーでもアルケリオでもなかった。

 彼女・・だったのだ。


「聴こえているんでしょう? 古の騎士。貴女にまだ忠義が残っているなら、私の声に応えて」

 イリスが一歩踏み出す。


「何をしとるとね!下がんなさい!」


 声を上げるシュレの肩を、フィンサーが掴む。

 見ると、死霊高位騎士が一歩下がった。

 下がったのだ!

 撤退したザナを含め、誰もできなかったことを、イリスは現れただけでやってのけた。

 彼女がまた一歩踏み出す。

 鎧騎士が一歩後退する。


「さぁ、見せて。貴女の忠義を」


 イリス・ストレガ・エクセレイの交渉が始まった。

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