第226話 三人寄らば

「そういうわけだ。お前ら3人でワイバーンを討伐しろ」


 ルーグがしかめっ面でそう言った。


「そういうわけって、どういうわけですか!? 親方!」

 ロスが食いつく。


「そういうわけはそういうわけだよボケ」

「酷い!?」


 ルーグのあんまりな言いように、ロスが閉口する。

 それを見て、ルーグがため息をつく。あらゆる意味が含まれたため息だ。それなりに高く見積もっていたアルケリオ・クラージュが、その評価を軽々と超えてきたこと。予想以上に子ども達の成長がめざましく、仕事ぶりが評価されたことでお守りの仕事が終わりそうにはないこと。付き人の騎士の女と反りが合わないこと。そもそも子どもが嫌いであること。ノイタがうざい。などなどである。


「俺はお前らを過小評価していた。だから要求を引き上げただけだ。ロプスタン、イリス、クレア。お前らだけでワイバーンを倒せ」


 3人は無言でうなずく。

 ここ数ヶ月の付き合いで分かったのだ。この叩き上げの男に泣き言は通じない。自分たちは子どもだ。だからこそ、周囲の大人は本当の意味で厳しくなかった。厳しく接する時も、必ず逃げ道を作ってくれていたように思う。

 だが、ルーグは違う。

 この男は、泣き言をいう間に死ぬ世界で、泥をすすって生きてきた。貴族とだけ付き合っていたら、交わることのなかった人種。

 その経験を容赦なく教え込んでくる。逃げ道を作らずに、理詰めにドラスティックに叩き込んでくる。

 クレアはカイムが厳しい父親だと思っていた。それは違った。誇り高いエルフだろうが、目に入れても痛くない愛娘である。カイムもまた、自分に手心を加えていたのだと知った。


「でもアースドラゴンじゃないんですか? 親方」

「阿呆。お前ら4人にロッソとノイタ足して倒す予定だったんだよ、そいつは。お前ら3人ではアースドラゴンは無理だ。無謀と挑戦は別物だ」

「オーケー親方ぁ!」

 ロスが元気よく応える。


「群れからはぐれたワイバーンは俺とそこの女で見繕う。準備しておけ」

「はい」

「分かったわ」

「オーケー親方!」

 子ども達は三者三様で返事をする。


「師匠、流石に3人でワイバーンは厳しいんじゃないですか?」

「ノイタは!? ノイタはすることないのか!? 暇!暇なのだ!」

「待ちなさい。私にはメイラという名前があるのですが」


 ルーグは保護者組の3人を無視して進む。歩む先には長い金の髪色をした少年だ。少し色素が薄いので、髪が太陽に照らされて薄透明に輝いている。ルームメイトの少年に合わせて長くしたその髪を、ゆるく後ろに伸ばしている。


「おい、アルケリオ」

「は、はい!何ですか!?」

 あわあわとアルが返事をする。


 ルーグは拍子抜けしてしまう。

 アースドラゴンを倒した時の鬼気迫るプレッシャー。自然体での立ち姿は神秘的で掴みどころがない。

 だが、口を開くと年相応どころか、自信なさげな頼りない少年になるのだ。

 他の3人は、何となく人物像が掴めている。こどもは嫌いだが、ある程度のコミュニケーションも取れる。ロプスタンは好奇心と反骨心。イリスは誇りと葛藤。クレアは重圧と渇望。

 アルケリオだけである。いまだに「これが正解」と思える会話ができないのは。


「お前、一体何なんだ?」

「えっと……クラージュ家の長子です!クラージュ領は、えっと、西の田舎の領で、お父さんが頑張って運営してます。あ、領民の人はみんな優しいです。時々野菜をくれるんですよ?」

「そういうことを聞いてるんじゃねぇ」

「はい……」

 アルがしゅんと落ち込む。


 ルーグは舌打ちする。これなら弟子のロッソやロプスタンの方が数倍やりやすい。


「何故、そんなに魔力が高い。何故、そんなに強い。クラージュ家ってのは、お前みたいな化け物ばかりなのか?」

「えっと、アースドラゴンを倒せるのは僕だけだと思います……」

「だろうな」


 だからこそ、人材発掘マニアと呼ばれるエイブリー第二王女の目についたのだろう。


「え、でも」

「何だ?」

「フィルは僕が特別だと言ってました。俺よりもよっぽどアルの方が特別だと」

「アホ言え。この国でストレガより特別な人間がいてたまるか」


 口ではそう言うものの、心の底から否定は出来ない。ルーグはもはや、常識というものを疑うことを諦め、ないものとして扱い始めていた。




「で、アルなしでどうやるよ?」

 ロスが口火を切った。


「私の氷魔法で凍結出来ると思う。でも、魔力を練る余裕がないから、ロスとクレアに頑張ってもらう必要があるわ」

「私は陽動、ヘイト管理。ロスはタンクね」

 イリスとクレアが答える。


「初撃は誰がする?」

「私がいくわ」

 ロスの問いに、クレアが答えた。


「この中で魔法の攻撃が一番通るのはイリスよ。だから、イリスにヘイトが向くのは一番警戒しないと。居場所を知られないくらいが丁度いい」

「私、そんな楽な役割でいいのかしら。ちゃんと戦いたいわ」

「おいおい。イリスがきちんと魔法当てないと、俺たちの苦労が水の泡だぜ? 頼むよ」

「分かったわ」

 イリスは整った唇を引き結ぶ。


 強力な魔物は多対一で倒さなければならない。正々堂々をモットーにしているイリスからすれば、安全な位置から一方的に攻撃出来るのは卑怯と感じてしまうのだ。

 だが、自身のその感覚が独りよがりであることも、十分に分かっている。魔物と戦うときに、必要ない自己主張をすることは死につながる。そのことは、ここ数ヶ月の特訓や学園での実地研修で骨身に染みているのだ。


「というか、クレアはいいのか? この中で一番体が頑丈なのは俺だぜ? 竜化も出来るし。標的になるのは大変じゃないか?」

「逆よ。貴方に攻撃が集中しすぎないようにするために私が先んじていくの。ただでさえタンクは身を晒す時間が長いんだから。ワイバーンの注意を広範囲に散らすためには、この中で一番速い私が適任」

「なるほど」

 ロスがうなずく。


 クレアは本心を隠して立案している。

 クレアが言っていることは冒険者のセオリー通りではあるが、彼女は自分単体の力がどこまでワイバーンに通じるか、確認したいのだ。そこを上手に隠して要求を通した。

 何故か。

 全ては小人族の少年よりも強くなるためだ。


 ルーグが「あいつは竜をソロで倒せるだろう」と言ったとき、一番対抗心を燃やしていたのはアルではなく、クレアだった。

 彼女は証明しなければならない。守る側は、あの少年ではなく自分なのだと。


 ルーグがクレアに対して抱いた印象が重責と渇望とは、まさしく正鵠を射ていたのだ。


「よし、じゃあ配置につこうぜ」

「メイラ、手出しは無用よ」

「ですが……」

「お願い」

「……っは」

 メイラは表情に不安を貼り付けて敬礼した。


 黒猫のジェンドは、その様子を欠伸しながら見ていた。




「で、ノイタは何をすればいいのだ?」

 ノイタはぶすくれた表情でそう言った。


 ルーグは無視して草木をかき分けて進む。


「師匠、本当に3人に戦わせるんですか? 10歳ですよ?」

「フィルもアルケリオも10歳だ」

「あの2人は例外でしょうに」

 ロッソは困り顔をして、言う。


 ロッソには想像もつかないことだ。自分が10歳の頃といえば、まだ奴隷の頃である。命の保障はなかったが、修羅場はくぐっていない。ルーグに師事もしてなければ、学園にも通っていない頃である。

 あの子どもたちは自分の幼少期とは比べ物にならない経験をしている。


「言っておくが、お前もまだひよっこだからな。身長だけは一丁前に俺を追い越しやがって」

「師匠のおかげで栄養状態がいいんですよ」

「ふん、死ね」


 この「死ね」は照れ隠しの「死ね」だな、と勝手に解釈してロッソはほくそ笑む。


「お喋りはそのくらいにしてくれ。いる」

 メイラが屈みながら、首をわずかにかしげて前方を見るよう促す。


 ルーグが屈むと、すぐにロッソとノイタも追従した。いつもは口うるさいノイタが素直に従っているのは、木陰の向こうにワイバーンがいるからである。ノイタは頭が悪そうな言動こそするものの、冒険者としてのIQは高い。ルーグが我慢して面倒を見ているのはそこにある。

 本当に頭が悪いやつの面倒を見るほど、彼は暇ではないのだ。


 もっとも、今は亡き元パーティーメンバー達は、その頭が悪い連中だったのだが。


「で、ノイタは何をすればいいのだ?」

「簡単だ。俺の前に立て」

「?」


 ノイタが素直にルーグの前に立つ。


「ガキ共がいる地点はわかるよな?」

「わかるのだ。南西の方角のこんくらい先」

 ノイタが手をびょーんと広げる。


 その表現では全く伝わらないのだが、ルーグはノイタの立体感覚や距離感覚が優秀であることを知っているので、深くは突っ込まない。というか、ノイタのこういう表現に突っ込んでいたらきりがないのだ。ルーグは面倒を嫌う男である。


「オーケー、それがわかるなら上々だ。行け」


 げし、とルーグがノイタの背中を前蹴りした。


「うおあ!?」

 ノイタが斜面を転がり落ちていく。


 下で着地したノイタが「何をするのだアホー!」と叫ぶ。

 叫んだ後に気づいた。彼女の真横にワイバーンがいるということに。


「……初めましてなのだ」

「ガアアアア!」

「うおぉ!」


 ノイタが両手に魔法を生成する。魔人族固有の、触れたものを破壊する魔法。


「馬鹿が!傷一つつけるな!そいつはガキ共の練習相手だ!」

「うぇ!?」


 ノイタが慌てて魔法をキャンセルし、ワイバーンの尻尾をかわす。


「ルーグ、本気で言ってるのだ!? 倒すより難しいのだ!」

「いいから、やれ」

 ルーグが親指を下に向ける。


「うおおおお!覚えてろなのだアホー!」


 ノイタが叫びながら走り、ワイバーンが追いかけ始める。


「師匠酷すぎません!?」

「あいつが死にかけたらお前がフォローしろアホ弟子」

「言われなくても!」


 ロッソが火柱滑走小道バーニングレーンで火花を散らしながら走って追いかけた。


「ったく。あの小娘がワイバーン程度に殺されるわけないだろうが」

 そう呟きながら弟子の焦る姿を眺める。


 ルーグは自分で言いながら、単体B級のワイバーンを「程度」と表現した自分に驚く。


「俺もかなり毒されてきてんな」

 ルーグはガシガシと赤錆びた色の髪をかいた。




 数分後イリスたちが見た光景は、顔から色んな液体を垂らしながら絶叫して自分たちの方へ走るノイタと、それを食べようと大口を開くワイバーンの姿だった。

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