第227話 3人寄らば2

「どけどけどくのだー!」


 叫びながらノイタがダイブした。

 彼女が過ぎ去った空間を、ワイバーンの鉤爪がかすめる。


「さ、散会!」

「お、おう!」

「分かったわ!」

 慌ててイリスが叫んで指示し、ロスとクレアが動く。


風刃ウィンドカッター!」

 クレアがすぐさま風魔法を作り、ワイバーンの長い首を斬りつける。


 バツンと音がしたが、攻撃は強靭な鱗に阻まれたようだ。身体強化ストレングス。亜種とはいえ、竜種の恵まれた魔力に支えられた防壁である。即席の風魔法では鱗を剥がすことすら叶わないだろう。


「ガアア!」

「く!追風操作ウィンドアクセラレータ!」


 ワイバーンの顎から放たれた火球を、ホバー移動してかわす。


「足元がお留守だぜ。竜化」

 メキメキと音を立ててロスの身体が変化する。


 鱗が肌一面に逆立ち、瓦のように整っていく。瞬膜が裏返り、人の虹彩が爬虫類のそれになる。尾骨から尻尾がぞろりと飛び出し、地面を叩く。地面が少し凹み、砂利が飛び散る。


「ガア!?」


 突然自分に似た姿になったロスにワイバーンが驚く。


「ようブラザー!遠いご先祖が親戚らしい、な!」


 身体強化で加速して、ワイバーンの太い足にパンチを繰り出す。少しのけぞるが、すぐにスピンして尻尾で殴打してくる。


「こんの!」


 頑強な鱗を持つロスは、かわさずにそれを受け止める。

 だが、体重や魔力が足りないので完全には受け止めきれない。一瞬静止させることができたが、弾き飛ばされる。

 地面を転がりながらすぐに体勢を整える。横に風魔法で移動し、クレアが現れる。


「何で正面から食らってるのよ!」

「いや、出来ると思って」

「アルじゃないのよ!? フィルといい、何で出来そうにないことを嬉々としてやるの!?」

「えっと、ごめん」

「もう!」

 クレアが頬を膨らませて加速する。


 ワイバーンはそれを火球で狙い撃ちするが、目測が追いつかない。


 いける。そう、クレアは確信する。撹乱役として、亜竜相手に自分は戦えている。魔力を練る隙さえ作ることが出来れば、ワイバーンの外皮を傷つける攻撃もできるはずだと自身を叱咤する。

 追いつくのだ。フィルに、アルに!


 クレアはさらに加速する。

 が、同じだけワイバーンもまた加速した。


「え!?」

 クレアの目が驚愕に染まる。


 ワイバーンは特別なことはしていない。普段の狩を実行しただけだ。野生の魔物にも、火球をかわす奴はいた。それに火球を当てるにはどうするか。同じ方向へ自分も走りながら火球を放てばいいのだ。敵を点と仮定して、それが移動する点ならば、自分が同じ動きをすればそれはただの静止した点になるのだ。

 だから、火球も当てられる。

 ワイバーンが口を開いた。


「よいしょー!」


 その口をロスがアッパーカットする。

 ガキンと音を立ててワイバーンの顎が強制的に閉められる。口の中で火球が暴発する。


「ガアア!」

 ワイバーンが怒り、ヘイトをロスに向ける。


「ロス!」

「個人戦の決闘じゃねーんだぞ!」

 ロスの言葉に、クレアが口元を引き結ぶ。


「分かってる!」

 クレアはもう一度、風魔法で加速した。




「やーいやーいばーか!」

 クレアとロスに翻弄されるワイバーンをノイタが揶揄する。


「お前なんてロッソと一緒に戦えば一瞬でけちょんけちょんなのだ!分かったら大人しく討伐されろバーカ!うわっ!?」


 何となく馬鹿にされたことが分かったのだろう。ワイバーンが隙間を縫って火球をノイタに放った。慌ててかわすノイタ。


「何やってんのさ……」

 ロッソが呆れて横につく。


「あの爬虫類、ノイタを馬鹿にしたのだ!」

「いや、馬鹿にしたのはノイタでしょ」

「でもあいつがっ!」

「ねぇ、僕らもう16歳だよ? いい加減こういうやり取りやめたいんだけど」

 ロッソがため息をついた。


「な~」

 黒猫のジェンドがロッソの足元にすり寄った。


「あぁ、こらジェンド。何でついて来たんだよもう。危ないんだぞ?」


 ロッソが脇に手を通して抱き上げると、胴がびよーんと伸びる。

 イリスに懐いている不思議な猫だ。フィルがいつもジェンドと呼んでいるから、学園のみんなもそう呼ぶようになった。

 2人はジェンドをわしゃわしゃと撫でる。撫でつつも、ロス達の危機にすぐ駆けつける準備は出来ている。ルーグの元で2年間冒険者をしているのだ。彼らは歳の割には、かなり卓越した冒険者なのである。

 もっとも、ルーグが厳しいため2人はこれが当たり前だと思っているのだが。




極度凍結エクストリームフリーズ!」


 クレアとロスに口を取られていたワイバーンに、イリスの氷魔法が直撃した。火魔法を温度操作の魔法と解釈して水魔法と組み合わせた魔法。一部の使い手しかおらず、体系化されていない魔法だ。

 フィルが何となく使い始めたのを見て、イリスはこれを自身のオリジナルまでに練り上げている。よわい10でオリジナル魔法を作り上げることは国内でも例を見ないことだが、フィルやアルを超えることを目標にしている彼女にとっては些末なことであった。


 ワイバーンが足元から凍結していく。

 慌てて氷魔法の範囲から逃げ出そうとするが、クレアが風魔法で押し返し、ロスが体術にて足元を崩す。逃げ場がなくなったワイバーンはそのまま氷漬けになっていく。


「ガアア!」

 ワイバーンが自身の体に火炎放射し、溶かしにかかる。


「それ、ストップ!」


 ロスがまたもアッパーカットでワイバーンの顎を強制的に閉める。

 氷解が追いつかなくなったワイバーンの体はどんどん霜が降りて来て、氷の彫像になってしまった。

 完全に静止する。3人は自分たちの魔力が底上げされる感覚を得る。


 勝ったのだ。


「やったー!勝ったぞ!」

「えぇ、えぇ!勝ったわ!」

「ピトーに言ったら驚くぞ!」

「パ……父さんと母さんに言ったら喜ぶわ!」

 ロスとクレアがワイバーンの隣で喜び合う。


「大丈夫!? あたしの魔法、効いてた!? 遠いから分かりづらかったんだけど!」

 茂みの奥からイリスが駆け寄ってくる。


「ばっちりだ!すごいなイリスは、こんなでかい魔物を一撃で倒す魔法なんて、今のところ俺にはないぞ!」

「うん、驚異的ね」

 ロスとクレアがイリスを褒めちぎる。


 イリスは満面の笑みを浮かべてクレアと手を繋ぎ、2人でぴょんぴょんとジャンプする。


「えっと……」

 アルが茂みの奥から現れた。


「アルもこっち来いよ!」

「でも、僕はこの討伐は参加してないし……」

「そっちはアースドラゴン倒しただろ!?」


 ロスがアルの手を取り、4人で喜びを分かち合う。

 アルはちらりと、この場にフィルがいればいいのにと思う。あの優しいルームメイトは、きっと自分たちを褒めちぎってくれるだろう。少し、恋しくなる。


「フィルに自慢できるな!」

「えぇ、そうね」

「あたし、氷魔法見せないと!フィルよりもたくさん研究したんだから!」

 ワイバーンの氷像の横で小人族の少年の話を嬉々として行う。


「ガキ共、まずいことになった。引き上げるぞ」

「え、どうして?」

「何でですか親方!」

「まだワイバーンの解体をしていないわ!フィルみたいなローブを作りたいのに!」


 突然現れたルーグに、それぞれが文句をいう。


「そこの男の言う通りです、イリス様」

「メイラも!?」


 メイラの後ろから、ロッソやノイタも現れる。全員が険しい顔をしている。ノイタだけはいつも通り、ぼやっとした顔をしているが。

 ルーグが近づき、メイラに耳打ちする。


殿しんがりは?」

「私が行きます」

「手前はチビ王女の護衛があるだろうが」

「貴方達の連携に私は合わせられません。私が残るのが合理的です」

 メイラがロッソとノイタを見て、言う。


「ちっ。わーったよ」

「夫に」

「何だ?」

「私の夫に伝えてください。愛していると」

「任せておけ。行くぞ!」


 ルーグが都の方角へ顎をしゃくる。


「どういうことですか!?」

「やばいやつがこっちへ来る。逃げるぞ」

「メイラは!?」

 イリスが問う。


「あいつは近衛騎士だ。心配はいらねぇ」


 ルーグの言葉を聞き、イリスは心配そうに後ろを振り返りながら走り出す。


 嘘である。この肌がひりつくような魔力の波動。どう考えても、単体でA級中位以上はある。アースドラゴンなんて目じゃない。

 いくら近衛騎士とはいえ、1人で何とかなる相手ではないだろう。


 メイラはおそらく死ぬ。


 そう確信しつつも、ルーグは子ども達を先導する。何故ならば、あの女の使命は後ろを走る桜色の髪の少女を守ることなのだ。あの女にとっては自分の命ではなく職務遂行が最優先事項なのだ。

 自分達の命のために、泥をすすり誇りも見聞もかなぐり捨てて来たルーグには理解できない行動原理だ。


「くそったれが」

 悪態をつきながら走る。




「さて、一体何が来るかと思えば、貴方なのね」

 メイラはぼそりと小さく呟く。


 茂みの奥から現れたのは、怨念の塊だった。

 どす黒く醜悪な執念、現世への執着、憎悪を体中にみなぎらせ、古びた鎧を軋ませて歩み寄ってくる。

 死霊高位騎士リビングパラディン

 都を騒がせている、冒険者狩りの魔物。魔法英雄師団ファクティムファルセから逃げおおせながらも、被害が無くなることなく途切れることのない人間の怨敵。

 頼みの英雄パーティーは都の外へクエストに出張らっている。最近は強くにらみを利かせていたので大人しかったが、また都周辺まで戻っていたのだ。

 あくまでも死霊レイス。死んだ場所への執着は激しいのだ。


「本当、困るわね。魔法英雄師団ファクティムファルセの留守を完全に狙って現れた。でも……」

 メイラは双剣を逆手に構える。


 故郷で彼女を最強の狩人と言わしめた剣術。それでこの巨大な敵を打ち払う。この先にいる、自身が忠誠を誓った女性、その愛する妹分を守るために。


「ここを通すわけにはいかないのよ!私の誇りにかけて!」


 メイラは身体能力ストレングスをかけて敵の懐へ飛び込んだ。

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