第228話 リビングパラディンは疾走する

 黒い影がトリッキーに踏み込んできた。


 頭も、肩も、膝も、つま先も、てんでバラバラな向きをしているのに一直線にメイラに肉薄する。それはまるで意思をもったマリオネットだ。


「くっ!」


 袈裟斬りに襲い来る黒剣を片手剣でなでてそらす。一撃が重い。手元がびりびりと振動する。

 メイラは今日ほど近衛騎士の地獄のような訓練に感謝したことはない。普段からあの訓練をこなしていなければ、この初撃で体が2つに分かれていただろう。

 獣のように腰を低くして距離をとる。さり気なく、イリス達が逃げたとは少しずれた方へ逃げる。


「残ったのが私でよかった。ルーグのパーティーは全員近接格闘だから、相性が悪い」


 歯噛みしながら走る。

 ルーグとロッソはガントレット。ノイタは破壊魔法のために徒手空拳で戦う。

 対して、死霊高位騎士リビングパラディン呪術武器カースドアイテムを使うと騎士の中で情報共有されている。触れれば呪いが襲い来る。そして、呪術武器は持ち主にデメリットがあるはずだが、やつは死霊レイスだ。呪い、恨み、執着。それらのマイナスを自身の力へ変えてしまう特性をもつ魔物である。

 あのチートのような武器のデメリットをメリットに変える怪物。ルーグが即座に逃げへ転じたのは間違いなく正解だ。


 アルケリオは強い。

 だが、この死霊の敵足り得ない。この死霊は生前の剣技を思い出しつつあるとレポートにあった。であれば、10歳程度の少年の隙をつき、剣を胴へ差し込むくらいわけもないだろう。


 剣技に精通する自分が残って正解だった。

 後は自分が生き残りさえすれば満点なのだが。


 ズパン、と真横の大木が吹っ飛び、黒い切っ先が頬の近くを通過する。横転しながら敵影を見る。次はもろ手狩り!


「やっぱり逃がしてはくれないのねっ!」


 足元を刈り取りに来た敵をかわし、双剣で連撃を加える。

 双剣の方が手数の多いはずなのに、黒い長剣であっさりとさばいてくる。恐ろしい剣技だ。生前は一体何者だったのだろうか。

 メイラは歯を食いしばりながら連撃する。この攻撃が途切れれば、自分の首が飛ぶ可能性もある。

 いくつかのやり取りで気づいた。

 否、気づいてしまった。

 この死霊高位騎士リビングパラディンは自分よりも強い。おそらく自分の剣技を学習ラーニングされてしまえば、すぐに圧倒されるだろう。

 ならば、一分一秒でもイリスの元へこれが行くのを引き延ばす!


「呪いを食らってでも、手足の一本はもっていくぞ」

 メイラは構えを変えた。


 近衛騎士特有の甲冑組手の構え。ヘルムを亜空間ポケットから取り出し、頭にかぶる。視野が狭くなる代わりに、頭を確実に守る。フルメイルのフィジカルを利用した戦術。フルコンタクトの戦い方は、斬られれば終わりの呪術武器もち相手には不利な選択だ。

 それでも彼女はこの戦い方を選んだ。肉を切らせて骨を断つ。一太刀だけでも浴びせて、イリス第三王女の安全マージンを少しでも確保する。

 そこに自分の安全は加味しない。


「ガ…………ギギ……」

「何だ?」


 死霊高位騎士リビングパラディンが身体をわずかに痙攣させる。メイラは困惑する。常に怨念をプレッシャーに換え放っていたはずが、今は穏やかになっている。


「ガ……ヒ……」

「何かを言おうとしている?」

 眉根をひそめる。


 だが今のうちだ。メイラは手元の双剣を握る力を強める。


「ヒサシイナ……ソノカマエハ」


「喋った!?」


 メイラが驚いた瞬間、死霊高位騎士リビングパラディンに黒いオーラが戻った。足元を爆発させながら一瞬で距離をゼロにする。


「このっ!」


 慌てて反応が遅れたが、何とか黒剣を弾く。いや、弾いたら身体が吹っ飛ばされた。それほどの剣圧。魔力を根のように地面へおろして立っていたのに、まるで意味がなかった。

 地面をえぐりながら後退し、構えなおす。


 だが、それに死霊高位騎士リビングパラディンは付き合わなかった。

 明後日の方向へ全力疾走し始める。


「そっちはイリス様の!待て!」


 慌てて追うが、速い。森で狩人をしていたメイラでも追い付けないほどの速度。


「何だあいつは!生前は騎士ではなかったのか!? 足運びが狩人のそれだ!」


 木の根のかわし方。枝葉の弾き方。妨害物のない進路を選択する判断の早さ。どう考えても森暮らしが長い人間のそれだ。メイラにはわかる。この騎士の生前は貴族ではない。自分と同じたたき上げであると。


「ならば!」


 メイラはフルメイルに魔力を流し込む。鎧のつなぎ目がはじけ飛ぶ。エイブリー姫に頼み込んで作った特別製だ。元狩人としての自分の長所を生かすために、着脱を素早くするための機構。都一番の鍛冶師のシュミット作の瞬間着脱鎧。

 ラフな格好になり体が軽くなった彼女は、軽やかな足さばきでやつに追いすがる。まるでネコ科動物のような動きだ。


「ガア!」

 死霊高位騎士リビングパラディンが呪いを全方向へ吐き出した。


 横に側転して呪いをかわす。


「報告にあった呪いの擦り付けか!知っていればかわせる!なっ」


 体勢を整えたメイラが見たのは、自分を置き去りにして更に加速する死霊高位騎士リビングパラディンだった。呪い攻撃は罠。やつは完全に自分を無視して前の連中を追っている!


「くそっ!」

 悪態を付きながら太ももを叱咤して走る。


「駄目だ!駄目だ駄目だ駄目だ!お前は!お前だけはイリス様のところへは行かせん!」


 急ぐ……が、くすんだ赤い髪色が見える。ルーグだ。

 子どもたちを連れているから逃げるのが遅れたのだ!


「けっこう時間稼ぎできたじゃねぇか。爆散上腕バーンラリアット


 すれ違いざまに、ルーグが燃え上がる上腕で死霊高位騎士リビングパラディンをなぎ倒した。

 やつは地面をバウンドして転がり続ける。静止してすぐにゆらりと立ち上がる。


「ルーグ!」

「驚いた。俺程度の攻撃でも通るんだな」

「今の魔法は?」

 メイラが横につき、言う。


「お前んとこの騎士の戦い方真似した魔法だ。甲冑を利用した技だな。腕が一本しかないから鍛えやすかったよ。昔は2本鍛えないといけなかったからな。今は半分だけでいい。こっちの方が効率的だな」

 ルーグが軽口を言う。


「ロッソ。ガキ共を連れて逃げろ」

「でも!」

「命令だ。行け」

「……分かりました!みんな!」


「ガア!」

 死霊高位騎士リビングパラディンが加速した。


 ルーグとメイラを素通りする。

 黒い剣を前方に突き出す。

 狙いは、アルだ!


「やめっ」

「くそっ」


 大人二人が焦るが、すぐに驚愕することになる。

 アルが黒剣を掴んだのだ!


「痛くないのか!?」

「腕に魔力込めればなんとか」

 驚愕するロスに、アルが返答する。


 アルの細腕がミシミシと筋肉で盛り上がる。フィルと共に鍛えたその肉体は、もはや10歳の域を超えている。浄化魔法は使えない。単純に膨大な光属性の魔力を腕に注ぎ込むことで剣先の呪いを封じ込めている。


「アルに何してるの!」


 すぐ横のクレアが水刃ウォーターカッターでヘルムを攻撃するが、わずかに頭が傾ぐだけである。

 バチンと剣を跳ね上げて、死霊高位騎士がアルと距離をとる。


「この!」

「何なのよ!」


 ロスが竜化、イリスが氷魔法を練り始める。

 それをロッソが抱え上げる。


「ロッソ兄ちゃん!?」

「どうしてよ!?」

「逃げる!ノイタ、クレアとアルを!」

「え、何で逃げるのだ? あいつ殺してあげた方がいいのだ」

「いいから!」

「ちぇ~」


 ノイタがアルとクレアの手を引く。


 が、それに死霊高位騎士が追いすがる。


「アルケリオ様を狙っている!?」

「恨みはあるだろうからなぁ!」

 慌ててメイラとルーグが追う。


 死霊高位騎士は前持っていた剣をアルにへし折られている。感じているのだ。脅威を。今後自分が魔物として活動するには、確実に取り除かなければならない障害物。成長しきる前に潰す。魔王に組み込まれたプログラムが、あの少年を早く殺せと叫ぶ。


極度凍結エクストリームフリーズ!」

 イリスがロッソの小脇に抱えられながら魔法を放つ。


 当たるはずがない。ルーグはそう思った。魔法の挙動が遅かったからだ。

 だが、死霊高位騎士リビングパラディンに直撃する。


「え!?」

 当てたイリス本人が驚く。


 体を凍らせながら、やつがその場にたたずむ。

 ロッソとノイタは、やつから目を逸らさずにじりじりと後退する。ルーグとメイラが両側から挟むように距離を縮める。


「…………ヨ」

「何か喋ってる……?」

「イリス様!耳をかしてはなりません!」

 メイラが叫ぶ。


「……ヨ……オウヨ、オンミニケガハナイカ?」

 死霊高位騎士リビングパラディンがイリスに手を伸ばしながら、喋った。


 その場にいる全員が絶句する。

 生前の記憶が残っているのか。それとも魔物の罠か。

 信じるべきではない。すぐにメイラと共にこいつを潰すべきだ。ルーグはそう考える。アルが拳を構える。それを見て援護の準備をするクレア。


「仕えていた王と勘違いしている?」

 メイラがいぶかしむ。


 イリスは考えていた。

 今日は冒険者としてここに来ていたが、今は違う。王族としての立場でこの死霊を見る。この国において死霊騎士リビングメイルが生まれた意味。それは国防だ。膨大な魔物がいる場所に建国したからこそ、国民が魔法を極めなければならなかった。その過程で、国を作る間は多くの騎士が市民を守るために命を落とした。

 目の前の怨霊もまた、その一人なのだ。

 イリスは決断する。

 王族として、この死霊に応えるべきだと。


 ロッソの手をたたき、下に降ろしてくれと合図する。


「忠誠、大義であった。見ての通り、私は無傷だ」

 社交界での言い回しでイリスは言う。


 死霊高位騎士リビングパラディンの肩がわずかに跳ねた。

 ゆっくりと膝をつき、騎士の忠誠のポーズをとる。

 体中から呪詛を吐き出しながら美しい所作で忠誠のポーズをとる様は、まるで悪魔崇拝の儀式のようだ。


 立ち上がると、踵を返し死霊高位騎士は走り出した。

 都とは逆方向へぐんぐんと離れていく。


「一体何だったんだ……」


 ロッソが息を吐いて座り込んだのは、やつが見えなくなってしばらく経ってのことだった。

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