第364話 魔軍交戦61 融合2

『やぁ、久しぶりだね。フィオ』

「ルビー!」


 気づいた時には走っていた。

 走って、飛びついて、赤い妖精を抱きしめる。胸元がほのかに暖かくて心地よい。


「ルビー!ルビー!会いたかった!やっと会えた!」

『待ってた!僕もずっと、ずっとそばで待ってたよ!」


 くるくるとその場で二人で回り続ける。

 ルビーが胸元から飛び出して頬擦りしてくる。シルクのような柔らかい触感が頬に押しつけられる。ルビーが何度も俺の頬にキスを落とす。何とも可愛いやつである。クレアに並んで世界一可愛い。二人だけど世界一。こんな可愛い存在が二つある時点で一つになんて絞れない。世界は残酷である。

 それにしてもスキンシップが人間に近づいている気がする。俺のそばにずっといて学んだのだろうか。


「ちょっと待った!」

『待たない!』

「いやそこは待とうよ!? 何でさわれるの!?」

「そんな瑣末なことどうでもいいでしょ!僕にもチューして!」

「わかった!いや待って!」


 ルビーのおでこにチューした後に我にかえる。


「どう考えてもおかしいじゃん!? 妖精のルビーに触れるとかおかしいでしょ!? 俺が霊体だから!?」

『もっとチューせれ!』

「はいはいはい!」


 ルビーの体中にキスを落とす。

 これはもう勢いである。疑問を喜びの感情が押し出し、まともにコミュニケーションできていない気がする。

 しばらく俺は、ルビーと抱き合ったり踊ったりいちゃいちゃしたりして過ごした。びっくりするわ。茜ともこんなにスキンシップとったことないぞ。


『結論からいいます』

「お、おう」


 二人でひとしきり騒いだ後、膝を突き合わせて座談する。


『フィオはまだ生きている』

「嘘ぉ」


 ルビーの言葉に驚く。


『生きてるったら生きてるの!』

「はいはいはい信じます信じます。可愛い可愛い」


 久々に動くルビーを見ると、心が浮足立つ。一挙手一投足が可愛い。日本の萌えアニメデフォルメキャラを海外のカートゥーンのようにくるくる動かしたような愛くるしさを感じる。

 つまり世界一可愛い。

 もうまぢつらい。結婚しよ。


「え、どういう原理で?」

『フィオは元々、この世界にはいなかったはず・・の人間なんだ』

「ふんふん」

『だから、魂と肉体の繋がれ方が特異なんだよね』

「規格が違うってことか」

『そうともいうけど、厳密には違うかなぁ』

「そうなの?」

『規格が違うのは、設計が違うということでしょう? でもそれって、形だけ違うということなんだ。規格が違っても、それを製造している店が同じなら再現性がある。フィオの場合は、別の店が全く違う発想で、違う材料原料で作ったものといった感じかなぁ』

「なるほど」

『わかってないね?』

「そうとも言う」


 勘弁してくれ。勉強は苦手なんだ。考えることは好きだけども。


『何にせよ、その設計の違いが僕のつけ入る隙になった。これって、すごいことなんだよ? 神様が作った設計図に、僕みたいな木っ端妖精が横からでたらめな線を引けるんだ』


 俺は髭をたくわえた柔和な老人を想像する。そのおじいさん神様が机の上で作業していて、横を通りがかった幼児のルビーがクレヨンで滅茶苦茶な線を書き込む。怒ろうに怒れないおじ神様。ニコニコ笑顔のルビー。

 可愛い。

 許せる。

 神様も許すんじゃないの?

 知らんけど。


「俺の死を帳消しにしたってこと?」

『それは出来ないよ。それが出来たら、僕は今頃神様の仲間入りだね!』

「マジ? ルビーが神様かぁ」


 もしルビーが神様で世界を造ったとしたら。何その素敵世界。推せる。もっかい異世界転生して移住したい。


『僕がしたのは、誤魔化しや目くらましの類だよ』

「誤魔化す?」


 神様を?

 それって十分やばいことなのでは?


『フィオは魂のみこっちの世界へ転生してきた。器がなかった。だから、レイアの中で無理やり新しい肉体という器を作り出した。さて、問題です。この肉体、どこから来たの?』

「あ」


 そりゃそうだ。

 俺は、魂は生き残ってこちらの世界へ来たのかもしれない。

 だが、確実にあの日肉体は死んだのだ。トラックに轢かれて。

 ところが、こちらへ転生したらおあつらえ向きに新しい「フィオ」という肉体の器が準備されていた。


「この、フィオという肉体に元々入るはずの魂があった?」

『違うよ。その肉体は、フィオの魂を迎え入れるために、突貫工事で作られたものだ』

「突貫工事?」


 え。この身体、そんなファストフードみたいなノリで作られたの?


『でも、そんな例外を受け入れる超常的な力があった。クレアに』

「託宣夢の巫女の力」

『正解』


 そういうことか。

 巫女はその時代に一人のみのはず。それが、俺が生まれることによって二人になった。巫女は2人生まれたのではない。元々一つだった力を分割したに過ぎないのだ。

 俺という人間は、巫女という特別に設計された力によって作られたのだ。


『フィオとクレアの託宣夢の精度が低いのは、そのせいだよ』


 元々一つだった力を分割しちゃったからね、とルビーが続ける。


「なるほどなぁ。あ」

『どうしたの?』

「でもさ、俺はいったん肉体が完璧に損壊したわけだろう? どうやって生きているのさ」

『巫女の力はもう、フィオにはない。全部クレアに返っちゃった』

「ますます何で生きてるのかわかんねぇ」

『あたらしい代用品に挿げ替えたのさ』

「巫女の力の代用品なんて、そうほいほいとあるわけないだろ」

『あるよ』

「どこに?」


 ルビーがニコニコして笑う。

 俺はつられて笑いそうになるが、何故か笑えない。

 ルビーは妖精だ。考え方が俺達人間とは根本的に違う。俺を助けるために、人間のモラルでは考えつかないことをやってのけてそうな、恐ろしさがある。ルビーは可愛い。だが、同時に埋まることのない価値観への溝がある。

 何か見落としている。

 何か。

 俺を助けるために、ルビーがやりそうなことは——。


「まさか、代用品って、お前か? ルビー」

正解せーかい

「駄目だ!」


 俺の声量に、ルビーが空中でホップする。


「そんなこと駄目だ!」

『どうして?』

「駄目なものは駄目だ!どうするつもりだ!? 俺を修繕するために自分を使うつもりだろう!? いくら妖精みたいな上位種族だって、ただで済むわけがない!」

『例えば、どんな?』


 ルビーが心底楽しそうに聞いてくる。

 こっちは心底苦しいというのに。


「お前の身体が、保てなくなる。とか」

『まぁ、そうなるだろうねぇ』

「そんなことってあるかよ!」


 ないだろう!

 それはないだろう!

 一体、俺は何のために戦っていたんだ。どうあがいても、大事な誰かが指からこぼれていく。嫌だ。何でこんな——何で転生なんかしたんだ。


「こんなことなら、異世界こんなところくるんじゃなかった」

『何でそんなこと言うの?』

「何でって」

『僕の幸せを、フィオに決めつけないでほしいな』


 大きく丸い、赤い瞳が俺を見据える。


『僕はフィオに会えて楽しかった。眺めるしかなかった君達・・に触れることが出来るようになった。感性が変わった。世界が変わった』


 俺は矢継ぎ早に放たれる言葉の的になることしか出来ない。


『そして、変えたのは君だよ。フィオ。だから、僕が君の一部になることなんて、光栄に決まっているんだ』

「俺に君以上の価値なんてないよ。ルビー」

『君の中ではね。僕の中では、そうなんだよ』

「そうなのかな」

『そうだよ』


 ルビーが一息つく。

 俺は重苦しい空気を口から吐き出す。


『それにね、フィオ。僕たち妖精には、死なんて概念はないんだよ』

「元あった場所に還る」

『そう。たまたま今の僕は一部で、全部に戻るだけなんだ。嬉しいことだよ、これは。僕の全部の中の一部に、新しくフィオをお招きするのさ。寝所に意中の男性を招くはしたない女性のような心持さ。つまりは、最高の気分だ』

「…………いいのか?」

『いいも何も、フィオが断っても実行するとも』


 手汗が止まらない。膝がすくむ。俺は今から、一番必要な時に傍にいてくれた親友をあの世へ突き落すのだ。

 やっと再会できたばかりなのに。

 この世界は、俺の思い通りに動いてくれないのだ。

 無力感に胸が覆いつくされる。

 いや、無力とは違う。

 これは、無常感か。


「———よろしく、頼む」

『任せて』


 ルビーが赤く発光する。赤く、赤く、もっと赤く。

 薄くオレンジがかった白い空間が、真紅に染められていく。網膜の血管を太陽にかざしているかのように、視界が赤で染まる。

 温かい。

 ルビーの心が俺の魂を優しく包み込んでいるのがわかる。


『ウキウキするね。僕はフィオの一部で全部だ』

「俺が持っているものなんて、全部お前にあげるよ。ルビー」

『言ったね。言質はとったよ。妖精は一度覚えたことは忘れないんだ』


 ルビーが笑った。

 その笑顔が俺の胸の中に陥没していく。

 ずるずると顔が肋骨の中に納まっていくのがわかる。肩、胴体、両腕、羽、そして足が完全に俺の中に同化していく。


『これから末永くよろしくね。フィオ』

「あぁ。ずっと一緒だよ。ルビー」


 俺達は笑った。


 視界が、開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る