第365話 魔軍交戦62 獅子奮迅

「……腹に穴空けて、心の臓を握りつぶしたはずなんだけどな」


 立ち上がった俺を見て、ライコネンがつぶやく。

 獰猛なネコ科の顔が、僅かに引き攣っている。この男を不気味がらせることができた。この時点で、いくらか胸がすく思いがするものである。


「生憎、落とした命を拾うのには慣れてるんだ」

「ふーん。俺は落としたことなんざないけどな」

「そうだろうな。最強野郎」


 横目で戦況を見る。

 クレアの姿は見えない。無事、待避ができたようだ。

 トウツはボロボロになって伏せている。俺が倒れた後、全てを出し切ったのだろう。少し離れたところにカイムとレイアが横たわっている。魔力の反応が微弱だ。直ぐに治癒しなければならない。

 遠目に、騎士の治療班たちがこちらをうかがっているのがわかる。

 ライコネンが怖いだろうに、3人の命を諦めないでいてくれている。


「起きるのが、遅すぎましてよ」


 唯一、立っている人物がいた。

 ファナだ。

 黒十字を構えて、トウツ達の前に立ちはだかっている。服は裂け、露出の多い肌は打撲と切り傷で赤紫に染められている。


「済まない、ファナ。生き返るのは初めてじゃないんだけど、慣れていないんだ」

「やはり、神に愛されていますのね。相変わらずわたくしの殿方にふさわしいですこと」


 あれ。意外と余裕だぞこいつ。


「お前、治癒役ヒーラーでも退魔師エクソシストでも前衛でもなく、タンクの方が性に合ってるんじゃない?」

「嫌ですわ。異教徒を自身で滅してこそ聖女ですの」


 それ、聖女とは言わないと思うんだけどなぁ。


「で。今更、お前が出張ってきて何だ?」


 痺れを切らしたのか、ライコネンが話しかけてくる。


「もう一度、勝負しよう」

「やなこった。気骨は認めるがよ、弱いやつと戦う暇はない」

「満足すると思うぜ?」


 肌が、チリチリと焼けるように揮発するような感覚がした。

 周囲の赤い魔素が俊敏に反応し、俺の魔力によって動力が与えられていく。


「……へぇ」


 ライコネンの表情が喜色に染まる。

 俺が出す闘気にご満悦のようだ。


「いいねいいね。螺旋する槍で突っ込んできた時はテンション上がったけどよ。今はそれ以上だぜ。最高だよお前。よく生き返ってきてくれた!」


 獅子の王が両腕を広げる。岩のような筋肉が膨張し、魔力をまとい始める。


「この魔法な、時間制限があるんだよ」

「何だそりゃ。欠陥品かよ」

「その代わり、お気に召すと思うぜ?」

「ふぅん。どのくらい保つ?」

「30秒、かな」

「じゃあ、30秒以内にお前を倒せば俺の勝ちってことだな」


 釣れた!


 最低条件は引き出すことができた。

 俺はルビーの妖精としての力を使えることによって、魔素マナとの親和性がより高い存在に自身を押し上げることができた。

 ただし、この力には条件がある。

 使いすぎるとルビーの種族特性に引き寄せられてしまうのだ。

 つまりは、現世に干渉できなくなる。ルビーのように会話ができない。物体に触れることもできない。世の中の流れを、傍目から眺めるだけの存在になってしまうのだ。妖精は魔素を正しく流すという種族の役割がある。

 だが、種族として中途半端な俺はその仕事すらできないだろう。

 つまりは、「ただそこにいるだけ」の存在になるのだ。


 想像するだけでもぞっとする。

 なんの存在意義も、存在証明もできずにただそこにいるだけの存在になるのだ。

 唯一の救いといえば、瑠璃が会話相手になるくらいか。


 そうならないための上限が、30秒だ。

 それを越えると、俺は妖精のようでいてそうではない何かになってしまう。どうなってしまうのかは、ルビーもわからないようだ。

 それもそうだ。前例のないことなのだから。


 ライコネンが戦いを愛する男で良かった。

 この強さの男が逃げに徹したら。あるいは今の俺でも倒すことは困難だ。30秒で倒せるかも怪しいのに。

 本当に、この世界はチートで溢れている。

 俺が二回死んで得ることができた才能ギフトですら、追いつくことが困難な人間がいるのだ。

 度し難い。


「ライコネン」

「何だ。小人もどき。いや、フィオ・ストレガ」


 獅子の王が俺の名を呼ぶ。


「正直な話、お前がクレアを狙いさえしなければ。敵でさえなければ。けっこう仲良くなれそうな気がするんだよね」

「同感だな。強いやつは好きだぜ? 正直、あと数年待ってからお前とは戦いたいくらいだ」

「そうか。運が悪かったというやつだな」

「お前のな」

「いや、あんたのだよ」


 ライコネンは宣戦布告を楽しそうに受け取る。

 強者プレデターめ。後ろから刺してやるよ。

 全身から、赤い魔素が魔力により饒舌に吹き上がった。







無彩色に来る紅モノクロームアポイントレッド


 ぼそりと、ルーグは呟いた。

 フィオとライコネンが対峙している近くで、彼はその戦況を眺めていた。


「ありゃぁ、俺が入れる隙がねぇな。化け物どもめ」

「師匠!師匠!」

「聞いてるのか!? ばーかばーか!」

「近づいても魔力を紡ぐことすらできんな。何だあのライオンの化け物。周囲の魔素をまとめて食らってやがる。あんな燃費の悪い魔力の使い方で、丸一日戦い続けてるのかよ。規格外すぎる」

「しーしょー!」

「聞く耳もつのだあーほ!腕なくても耳はあるのだ!?」

「五月蠅ぇな。ボケども。あと、師匠呼びはやめろ。お前らは破門したはずだろうが」

「俺の師匠は、ルーグさんだけですよ」

「ノイタはお前を師匠と思ったことなんかないのだ」


 破門の元凶ノイタが飄々と言うので、ルーグは義手ガントレットでこめかみを抑える。


「あれ」

「あぁ?」


 ノイタがライコネンを指さし、ルーグがうなるように返答する。


幸せ・・にすべき人類なのだ?」

「幸せになるべきだが、やめとけ。先に幸せになるのはお前だ」

「なるほどなのだ!」

「ノイタ。止まって」

「ぐべっ!」


 颯爽と走りだそうとしたノイタが、ロッソの命令で地面に張り付く。

 奴隷契約によって行動が制限されたのだ。


「何故なのだぁ」

「死ににいくやつがあるか!」


 恨めしそうに見上げてくるノイタを、ロッソが𠮟責する。死ぬことが幸せ。ノイタはそこに自分すら当てはめている。自分が幸せになるしぬことすら厭わない。もちろん、自分がそうなる前に多くの人間を幸せにできればそれでよいという考えである。


「何だロッソ。まだ性格の矯正は済んでねぇのか」

「一朝一夕では限界があります、ね」


 ルーグの問いに、ロッソが渋面を作る。


 地面に張り付いたノイタとロッソが言い争っているのを尻目、ルーグはもう一度フィオの様子を見る。


「来る紅って、お前のことかよ。糞が」


 彼は憮然として呟いた。

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