第162話 ティータイムしましょうティータイム

「ルーク・ルークソーンは白よ。」


 ぷくりとした桜色の唇を動かして、エイブリー姫が言った。


「対魔王の協力者ということですか、エイブリー姫。」

「イヴ姫。」

「あ、はい。イヴ姫。」


 人差し指を立てて「めっ。」と言うイヴ姫に、俺は訂正する。


 俺は王宮に来ていた。足元には瑠璃が大人しく眠っている。

 ロッソやノイタと共にクエストを終えたのち、エイブリー姫から通達がきたのだ。曰く、次の闇ギルド討伐についての注意事項を教えておきたいとのこと。

 国が手を焼いている闇ギルドだ。彼女も何かしらの形で注意喚起をしておきたいのだろう。そして俺を呼んだということは、それは十中八九魔王に関することなのだろう。


「ルークはね、歴としたこの国の出身者よ。というよりも、オラシュタット魔法学園を首席で卒業しているわね。幼少から十代後半までは学園の目があるところで育ち、そこから先はギルドと王宮の目が届くところで活動しているわ。問題なしと言えるでしょうね。魔王のことも、説明してあるわ。」

「なるほど。」

「同じく、同年に学園を次席で卒業したキサラ・ヒタールも白ね。」

「同い年なんですね。」

「幼馴染らしいわよ。付き合ってもいるわね。アイドルとして売り出しているところもあるから、結婚は当分先ね。民衆の先導をお願いした側としては、申し訳なくはあるけども。」

「冒険者がアイドル、ですか。」

「あら。人気商売の側面があることなんて、貴方も当然把握しているでしょう?」

「それはまぁ、そうですけども。」


 パルレさんがトレイから紅茶をテーブルに出す。

 フェリと共に初めてここを訪ねた時、一緒になってマネキンにさせられたメイドさんである。あの時は目を輝かせて俺をひん剥いていたが、今はおしとやかに紅茶を注いでいる。


「ヴェロス・サハムも白ね。彼は大昔から社会的な地位があったから。」

「あの、老人の回復役ヒーラーの方ですね。」

「ええ、マギサおばあ様がいなければ、宮廷魔導士をしていたであろう人よ。」

「……なるほど。」


 それはまた、大物である。


「マギサおばあ様の研究も、政策も、黒子役になって支えて下さった御仁よ。彼がいるから、ルークを中心とした魔法英雄団ファクティムファルセを作れたと言っても過言ではないわね。」

「師匠とつながりがある人なんですね。」

「興味、出たかしら。」

「ええ、とても。」


 イヴ姫が「ふふっ。」と柔らかく微笑む。


「アルク・アルコも白ね。彼女も学園を首席で卒業。」

「花形集団なんですね。」

「ええ。ただ、華々しい人間のみで構築されたチームは弱点が共通するから、市井出身の人間も魔法英雄団にスカウトしたの。それが射手アーチャーのソム・フレッチャーとボウ・ボーゲン。そして、盾役タンクのゴン・バーン。」

「——彼らがグレーということですね。」

「そういうこと。」


 イヴ姫が紅茶を口に含む。

 それを確認して、俺も紅茶を口に含んだ。


 ソム・フレッチャーさんとボウ・ボーゲンさんは射手と斥侯スカウトを兼任している。これらの職は地方出身であることが多い。射手も斥侯も、森育ちでこそ身につくスキルだからだ。逆に都は学園があるから、魔法を使った剣士や魔法使いが多い。

 手練れの冒険者には、差別主義者が少ない。

 それはこういった地方出身者を揶揄すれば、優れた射手や斥侯をパーティーに招くことが出来なくなるからである。それは獣人も然りである。

 であるからして、実力者だから人間性がいいとは必ずしも結びつかない。そういった即物的な事情があるから、下手に他人へ唾を吐けないのだ。


「今回のクエストには、ルークとキサラ、そしてソムが参加するわ。仮に魔王関連の何かが見つかったら。」

「ソムさんではなく、ルークさんやキサラさんに話せ、と。」

「そういうこと。」


 俺はちらりと、パルレさんを見る。


「彼女も白よ。私と幼少からずっと一緒なの。——裏切れば死ぬ契約魔法も結んでくれたわ。」

「それは……。」


 俺は思わずパルレさんを見る。

 静かに笑みを浮かべ、小さくエクセレイ式のお辞儀をするパルレさん。


「ねぇ、フィル君。」

「はい、何でしょう。」

「貴方、どうにかしてダークエルフの呪い、解くことは出来そう?」

「……歴史も根も深い呪いなので、俺個人の力では難しそうですね。というかおそらくこれ、呪いではない何かです。」

「それが聞けただけでも値千金よ。貴方の魔力視の魔眼マギ・ヴァデーレがそうと言うならば、十中八九そうなのね。」

「ちょっと信頼が高すぎやしませんか。」

「そんな便利な眼、誰も持っていないもの。色んな鑑定魔法や魔道具はあるけど、現状、貴方の眼に敵うものはないわ。少なくとも、私の近くにはね。」

「はぁ、そうですか。というよりも、何でダークエルフの呪いの解呪なんて考えているんですか?」

「簡単なことよ。フィル君、イリスと婚約しない?」

「ぶふっ!」

 思わず紅茶を吹き出してしまった。


 飛沫した紅茶がテーブルに飛び散る前に、パルレさんが水魔法でキャッチする。そのまま玉状になった紅茶の粒が、飲み残し用のカップへ吸い込まれていく。

 この対応の早さ、俺が噴き出すのを前提にしていたな。


「どうして俺がイリスと婚約するなんて話になるんです?」

「呪いが解ければ、フィル君は自由に異種族と結婚できるじゃないの。」

「いや、そういうことを言っているんじゃないんです。」

「フィル君は、私がどんな人間か知っているわよね?」

 桜色の瞳が俺を見つめる。


 そうだ。

 この人は魔法ジャンキーであると同時に人材発掘のエキスパートなのだ。

異世界出身であり、不世出の大魔法使いマギサ・ストレガの弟子、エルフの巫女。そんなレアステータスのオンパレードな俺を、みすみす逃すわけがない。

 国益のためならば、人材を縛り付ける理由をいくらでも掘り出してくる。今回はその一手として、婚約を持ち出したのだろう。

 何故この考えに至らなかったのか。トウツをヘッドハンティングしてきたときに気づくべきだった。

 フェリやファナも勧誘しないだろうな、このお姫様。


「俺を王家に縛ろうたって、そうはいかないですよ。第一、俺には子どもがつくれません。」

「あら、それに関しては問題ないわ。」

 イヴ姫が小さな瓶をテーブルの上にコトリと置く。


「何ですか、これ。」

「精力剤。」

「ぶふ……もう紅茶は吹きませんよ?」

 サッと身構えて水魔法の魔力を練ったパルレさんに言う。


「精通もしていないのに、こんなの効くわけないじゃないですか。」

 俺はピンク色の液体が入った小さな瓶を振り動かす。


「あら、それは効くわよ。不能になった老人貴族が使うやつだもの。精力を強化するのではなく、ない精力を作るポーションだもの。」

「うへぇ。」


 こんな形でファンタジーを感じたくなかった。嫌すぎる。


「普通の5歳児であれば、身体の変化に耐えきれないでしょうけど、フィル君なら大丈夫でしょう?」

「それはまぁ、そうですけども。」

「ちなみに、ヘンドリック商会の漏洩リークで、ファナ・ジレットとトウツ・イナバの購入履歴が確認されているわ。」

「あいつら何やってんの!?」


 目の前にいる女性が王族ということも忘れ、思わず声を荒げる。


「A級冒険者は稼ぎがいいのね。こんなものまで買えるもの。」

「こんなものが王家にあるのもどうかと思いますけどね。」

「あら、王家だからこそ必要なのよ? 跡継ぎは大事でしょう?」

「いや、それはまぁそうですけども。」


 やはり元いた世界での常識が抜けきっていないというか、血を絶やさないために精力剤に頼るという発想がいまいち理解できない。

 いや、でも不妊治療をする人たちと同じ感覚と解釈すれば、あながち変でもない、のか?


「……勝手にこんなこと言って、イリスが可哀そうですよ。」


 イヴ姫が見たことのない顔になった。驚き呆けた表情と、わずかな侮蔑が奇妙にブレンドされた表情。よく見ると、イヴ姫の肩越しのパルレさんも似た表情をしている。イヴ姫が振り返り、何やらパルレさんとアイコンタクトしている。

 目の前で蚊帳の外にされてコミュニケーションとられるの、そわそわするからやめてほしいなぁ。


「わかりましたわ。とってもよく、わかりました。」

「そういうことです。」

「フィル君が何を『そう』と言ってるかはわかりませんが、絶対違うとだけ言っておきます。」

「そうなんですか?」

「そうなんです。」

「はぁ。」

「もしそうなったら、イリスは私が説得するので、そういった可能性もあるということは考えておいて下さいね。」

「絶対ないと思いますけど。」

「世の中に絶対はないのよ、フィル君。」

 ずずい、とイヴ姫が寄る。


 それはそうだけども。


「ただ、ダークエルフの呪いの解呪は個人的に興味があるんですよね。実際、自分の身体をけっこういじってみても、呪いとしての黒い魔素の配列パターンは検出できなかったんですよね。」

「あら、何故調べていたのかしら。」

「妹のことです。」

「あぁ、クレアちゃんとアルケリオ君ね。」

「知っていたんですね。」

「イリスがいつも『もどかしい!』と叫んでいたわ。」


 クレアと一番近い距離にいるのはイリスだ。それは叫びたい気持ちになるのもわかる気がするというものだ。

 アルは恋愛感情に無頓着すぎるし、クレアは奥手に過ぎる。それに二人ともまだ子どもなのだ。俺としては数年かけて見守っていたいと思ったが、イリスの立場からするともどかしいのだろう。


「イリスのやつ、面倒見がいいですもんね。」

「えぇ、あの子は気が回るから余計に心配事を抱え込むのよ。もう少し割り切るというものを覚えてほしいのだけれども。」

「あれはあれで、いい性格だと思いますよ。俺もイリスのそういうところに救われていることは結構ありますし。」

「あら、では婚約の話は。」

「前向きに検討します。」

「その言葉、そのままイリスに伝えるわね。」

「嘘です。何言ってるんですか。まだ子どもですよ? こういう話はやめましょう。」

「あら、イリスにはすでに『こういう話』がたくさん舞い込んでいるわよ?」

「…………。」


 忘れそうになるが、彼女たちは王族なのだ。自由恋愛など、もってのほかなのだろう。そしてこの従妹姉妹は、自身の苦労を人には見せたがらない。

 想像する。年の離れた男性の横に、妻として無表情に座っているイリスの姿を。


「……イリスが、本当に嫌な相手と結婚するくらいなら、前向きに検討しますよ。」

「それは社交辞令ではなく?」

「そう捉えてもらっても構いません。」

「——聞かなかったことにするわ。こういうことは安請け合いするものじゃないわ。妥協で婚約されるほど、イリスは弱い子でも安い子でもないわ。」

「……すいません。」

「いいわ。貴方のそういう優しいところが、私も好きよ。」

「俺も、イヴ姫のそういう率直なところが好きですよ。」

「あら、どうしましょう。イリスより先に両想いになってしまったわ。」

「困ったなぁ。」

「うふふ。」

「ははは。」




 え、両想いってどういうこと?

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