第45話 初めてのクエスト14

「フィルたん、魔力は残りどのくらい?」

「節約しながら戦っているので、まだしばらくは。尽きる前にポーションを飲むので、その時に合図します。」


「お~け~い。」

 トウツさんが刀を素振りする。


 目の前には三又のワイバーンの頭と多数のクラーケンの足。


「ギイイアアアアアアア!?」

 ワイバーンの頭たちが苦悶の声を上げた。


「な、何!?」

「やっこさんの体の向こう側から風切り音が聞こえた。ライオちゃんがやったみたいだねぇ。」

「ということは!」

 バジリスクの両目を潰したのか!


『フィオー!生きてる!?』

 向こう側からルビーが飛んでくる。


『生きてる!戦況は!?』

『バジリスクの眼が潰れたから、おじさんたちが頭を潰しにかかってる!時間の問題っぽい!長剣のお兄さんの所はクラーケンの足が尽きてきたみたい!』

『よし!いける!』


「トウツさん!クラーケンの足を減らしましょう!」

「考えがあるんだねぇ。合点!」


 神速。

 トウツさんが一瞬で水際まで行き、クラーケンの足を切り飛ばす。


「逃げないといいんですけど!」

 俺も水刃ウォーターカッターで足を攻撃する。


「逃げたらまたシャティちゃんの電撃を食らう!この湖に潜んでいる時点でやっこさんに退路はないよ!」

 トウツさんがまた足を切り飛ばす。


 風切り音が聞こえた。


「うっおお!?」

 俺は咄嗟に強化した体をゴム毬みたいに弾ませてかわす。


 見ると、槍が地面に刺さっている。


「何だこの槍。どこから飛んできた?」


 前方からまた風切り音が聞こえてきた。


「うおお!?」

 側転しながらかわす。


「フィルたん、首!首!」

 トウツさんがクラーケンの足と格闘しながら指示する。


 見ると、ワイバーンの首から槍、矢、剣などが生えてきている。


「今まで倒してきた冒険者の武器か……。」

 吸収するのは魔物だけじゃないのか、本当に化け物じゃないか。


 ワイバーンの首から大量の武器が射出される。

 俺はバックステップでかわす。そして距離をとる。

 エルフの耳で音を拾い、かわすことができた。

 ということは、こいつの投擲攻撃は音速を超えないということだ。距離を置くほどかわしやすくなる。その上、足元のトウツさんは自身の巨体で投擲攻撃はできない。俺はトウツさんから離れて敵の注意を分散させるべきだ。


 ブーメラン武器が横から飛んできて、慌ててバク宙でかわす。

 こいつ、直線の投擲武器が効かないとふんでアレンジしてきやがった!


 かわしながら考える。おそらくこいつにとって冒険者たちの武器はメインウェポンじゃないはずだ。俺以外の4人相手にクラーケンの足を消費しすぎて焦っているのだろう。


 トウツさんがワイバーンの首を一本切断する。


 西側で爆発音がする。同時に、アスピドケロンの悲鳴。見ると、ロットンさんがタラスクの甲羅を一枚叩き割っていた。


「あれ、単体で割れるものなのか……。」

 俺はぼう然とする。


『フィオ!』

『ルビー!』


 かわしながら飛んできたルビーを迎える。


『戦い方を変えたっぽい!おじさんたちと長剣のお兄さんは甲羅で持久戦を仕掛けてる!その代わりに攻撃戦力をこっちに寄せてる!』

『ということは……。』


 まずは一番弱い俺狙いか!


 そう考えが行きついた瞬間アスピドケロンの横腹に大量の砲門が現れた。と同時に、大量の岩が放出されて襲ってくる。


「うっお!?」

 俺は身体強化ストレングスを駆使してかわし続ける。


「やっぱ完全に俺狙いかよ!」


 西側からまだ岩盤が叩き割れる音がした。ウォバルさんとゴンザさんが斧で叩き割ったようだった。


「というかあの砲門なに!?」

砲撃食魔植物シェルデモンプラントだよ!砲撃して魔物を殺し、糧にしている植物型の魔物!」

 トウツさんが早口で返事をする。


「そんなのも吸収してるのかよ!なんでもありか!」

「僕も正直予想外!しばらくは自力で対処して!クラーケンの足を放置した方が、君が危険!」

 珍しくトウツさんが余裕のない表情をして言う。


「任せてください!」


 かわし方の要領はつかめてきた。俺は身体強化の範囲を足と腰回りのみに集中し、ステップワークのみでかわしていく。

 相手の砲撃に槍と矢、ブーメランが混ざり始める。


「物量作戦は卑怯すぎない!?」


 横合いからくるブーメランが対処できないので、俺は風魔法で軌道をそらす。魔力の減りがどんどん加速する。

 落ち着け。追い詰められているのは相手の方だ。元よりこれは持久戦。相手はメインウェポンのバジリスクをすでに落としている。横目で見ると、ワイバーンの首が5つほど生えてゴンザさんと戦っている。

 対してこっちは将棋でいう歩であるはずの俺すら落とせていない。この場合、俺がすべきことはシンプル。生き残ることだ。俺がこの場に長くいるだけで、それはイコール相手へのプレッシャーになってくるはずだ。


 かわして足元に刺さった槍が爆散した。


「んな!?」


 爆発に巻き込まれて俺は転がる。

 すぐに立ち上がるが、左足が焼けただれ、力が入らない。


「魔槍だったのか!糞!!」

 俺は自分を叱咤しながら回復ポーションをとろうと亜空間リュックに手を伸ばす。


「敵前で悠長なことしない!」

 気づいたら目の前にトウツさんが走りこんでいた。


 そしてその背後に飛んでくる矢の雨。


 俺はトウツさんに絡み取られて地面をローリングする。


「僕に捕まって!」


 俺は無我夢中でトウツさんに抱き着く。

 身体がねじ切れる感覚がした。おそらく、それだけトウツさんが高速で動いているのだろう。

 十数秒だろうか、トウツさんが俺を地面に転がした。


「ごめんなさい!俺!」

 俺は顔を慌てて上げる。


「死合いに予想外はつきもの!それよりもミロワのところ!」

 語尾を伸ばしもせずにトウツさんが言う。


「はい!」

 俺は焼けただれた足に無理矢理身体強化をかけて走り出す。


 そうだ。俺がミスしたことは変わらないんだ。

 今の俺に求められていることは早く回復して戦線に戻ること。

 一端の戦力でいようと思ったことが馬鹿だったのだ。

 俺は俺に出来ること以上のことは出来ないんだ。

 何のためのミロワさんの休憩ポイントだ。この事態を防ぐためだろうが。


 走るフィオを眺めた後、トウツは静かにアスピドケロンの方を振り向いた。


「こっちに移動してたんすねぇ。」


 トウツが見ると、そこにはウォバルが立っていた。


「バジリスクを倒したら、元々こちらに加勢するつもりだったのさ。」

 ウォバルが返す。


「過保護っすね。」

「君もね。」

 ウォバルがトウツの背中を指さす。


 トウツの背中には矢が一本突き刺さっていた。

 トウツは雑に矢を背から抜き取る。


「フィル君を庇わなければ食らう攻撃でもなかろうに。というよりも、身体強化ではじくことができたのでは?」


「この怪我を口実に、フィルたんに言うことを一つ聞いてもらうつもりです。黙ってもらえませんか~?」

 ふわふわとトウツが返答する。


「仕様がないね。フィル君も授業料ということで納得するだろう。」

「流石イケおじさん。助かるっす。」

「君、固い職業出身って言ってなかったかい? 敬語が雑過ぎるよ。」

「よく言われるっす。」

 いやぁ、とトウツが照れる。


「まぁいいか。フィル君が戻るまで、即席タッグを頼むよ。」

「あいさ~。」


 ウォバルとトウツが振り返ると、ワイバーンの首が8又に分かれていた。


「僕の国の伝承にこんな化け物いたな~。そういや。」

「君の国は修羅の国なのかな?」

「その件、すでにフィルたんとしたっす。」

「そうか。」


 B級ソロ冒険者と、元A級の戦いが、始まる。




 ある程度アスピドケロンから距離はとった。

 俺はポーションを焼けただれた左足に振りかける。瞬く間に傷は回復したが、明らかに血と肉が足りていない。これがポーションの一つの限界であり、ミロワさんみたいな回復役ヒーラーが必要とされるゆえんである。

足りない血肉を増やすことはできない。回復はするが、絶対値は変わらないということだ。

 回復役は自身の魔力を血肉へと変換して他者を回復させることができる。他の魔法とは一線を画した属性魔法なのだ。

 ゆえに、複数の属性魔法をもつ魔法使いのほとんどが体得を真っ先に諦める魔法でもある。明らかに体系が違い過ぎて、他の魔法の知識が応用できないのだ。

 俺が光魔法に踏み出せていない、最大の原因の一つ。


 俺の手持ちのポーションではこの回復量が限界。

完全に復調するにはミロワさんの手助けが必須になる。

ただ、それはシャティさんの貴重な魔力タンクを借りることにもなる。

 俺はこの時点で足手まといだ。

それを自覚しなければならない。


『フィオ、大丈夫?』

『超平気。怪我よりもむしろ、自分の弱さの方が悔しいよ。』

『大丈夫。フィオは強くなってる。』

『ありがとうよ、相棒。』

『任せてよ、相棒。』


 俺はルビーと微笑み合って、森を全力で駆けた。

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