第44話 初めてのクエスト13

紫電波状電波スパイダーネットエレキショック。」


 シャティさんが詠唱すると、上空に雲が形成された。やはり水の摩擦か。ということは水魔法だ。同時に大気中の静電エネルギーを風魔法で操作している。正確に言えば、空気中の微細なゴミをコントロールしている。これで雷が移動するルートを絞っているのか。

 広い範囲を二属性の魔法でコントロールする。俺の今の魔力操作能力じゃ逆立ちしても出来ないし、そもそも魔力の絶対量を考えると挑戦することすら出来ない芸当。


「これがA級パーティーの魔法使い。」

 俺は目を奪われた。


「嫉妬した?」

 横でトウツさんが呟く。


 いつの間にか距離が近い。怖い。


「いや。ワクワクしました。俺も極めればあれが出来るんですね。」

「んふふ〜。やっぱフィルたん僕とパーティー組もうよ。」

「…………考えておきます。」

「およ?」


 俺の返答が予想外だったのだろう。トウツさんが怪訝な顔をした瞬間、雷が湖に落ちた。


 湖に落ちた電気の塊は、まるで蜘蛛の巣のように湖を広がった。

 湖面のそこら中で発破音が響き渡る。衝撃で湖が波打つ。流木などが一瞬で燃え、周囲が焦げ臭くなる。

 圧巻の光景だった。ワイバーンであればまとめて十数体撃ち落とせただろう。


「トウツさん、あれ、かわせますか? ちなみに俺は無理です。」


「来るのが分かってるなら簡単に。油断してたら厳しいだろうね〜。」

 トウツさんがのほほんと答える。


 数刻、時間が経っただろうか。湖面が盛り上がり始め、津波が起こり始めた。同時に地震でも起きたかのように地鳴りが鳴り響く


「お〜。やっこさんが来たね〜。聞いてはいたけども、サイズがえげつないなぁ。僕は小さいのが好きなのに。」


「おおおおおおおおおおんんんんんんん!」

 咆哮が木霊し、残響した。


 声量が大きすぎて、思わず風魔法で俺とトウツさんの周囲を真空状態にし、音圧をシャットアウトする。


「フィルたんは紳士だね〜。」

「余計なお世話でしたか!?」

 俺は方向感覚を取り戻せていないので、大声で聞き返す。


「いんや〜。そういうのポイント高いよ〜。ますます手籠めにしたくなる。」

「ここまできてふざけないでください!」

「どうせ死合うんだ。楽しまないと。恐怖と友達になるんだよ、フィルたん。」

 トウツさんの足元近くまで津波が押し寄せてきた。


「さっすがウォバルのおじさん。津波の範囲も大方予想どおりだね。」

 トウツさんが見上げる。


 トウツさんの視線を追って、俺も見上げる。

 見た瞬間思い出したのは、前世で嫌々全校応援について行った時に見たサッカースタジアムだ。

 ただし、外壁は白いコンクリートではなく、ゴツゴツした岩のようだった。不規則に見えて、ある程度の高さになると綺麗な楕円形をしているのがわかる。

 タラスクの甲羅だ。

 さっきまで見えていた湖畔の反対岸が真っ黒な巨壁に阻まれて見えなくなる。

 甲羅に遅れて、西側とこちら側に巨大な何かが跳ね上がった。同時に巨大な水柱が跳び上がる。湖畔に水の塊が叩きつけられ、轟音が鳴り響く。

 俺たちの所にも、スコールが降ったかのように水が叩きつけられた。


「ずぶ濡れになっちゃたね〜、フィルたん。裸になって温め合うかい?」

「その余裕、俺も欲しいです。」


 跳ね上がって出てきた何かを確認すると、それは赤い頭だった。節くれだった太い木枝の様な角。爬虫類然とした金色の瞳。瞬膜がぱちりと動き、目に入った水を弾く。赤い鱗は所々剥がれており、鱗の下のピンク色にテラテラと光った地肌を見せている。所々腐食しているのだろうか、黄土色や茶色に変色している箇所もある。それらは、それが生きた頭ではなく死んでいることを物語っている。

 ワイバーンの頭だ。


「ということは、西側の二人がバジリスクか!」

「運がいいね〜。予定どおり、僕らは蜥蜴の頭と勝負だよ。」

 トウツさんが刀の唾をカチンと鳴らす。


『ルビー!ウォバルさん達の方を見てきて!』

『フィオは!?』

 ルビーが俺を心配そうに見つめる。


『トウツさんがいるから大丈夫。それよりもバジリスクが怖い。あっちを見てくれ。頼む。』

『う〜。わかった!死なないでね!』

『当たり前だ。』


 ルビーが飛んでいく方を見ると、空中に一本の線が横切った。


「おおおおおおおんんんんん!!?」

 アスピドケロンが叫び声を上げる。


「ライオさんの魔法だ!」


 ウォバルさん達のいる方角から発光魔法が上がった。色は青。ということは作戦成功だ!


「バジリスクの片目を潰したね〜。流石ライオちゃん。」

 トウツさんが抜刀した。


「フィルたん、特攻するよ。シャティちゃんはともかく、ライオちゃんの位置はおそらくバレている。全力で撹乱する!」

「はい!」


 俺が返事するや否や、トウツさんの姿が掻き消える。


「はっや!身体強化ストレングスの予備動作すらわからなかった!」

 俺は慌てて身体強化をかけて走り出す。


 南で爆発音が聞こえた。

 見ると、ロットンさんがタラスクの甲羅に長剣を叩きつけていた。


「何で剣なのに爆発するんだよ!?」

 俺は走りながら突っ込む。


 火魔法と長剣を融合させたファイトスタイルとは聞いていたが、普段のロットンさんのもつ雰囲気とは真逆の激しい光景を繰り広げている。


 西側からも轟音が聞こえた。ゴンザさんとウォバルさんが斧でクラーケンの足を切り飛ばしている。

 切断された足が地面に落ちてドムンッと重量感のある音が響く。吹っ飛んだ足が樹木にぶつかり幹がへし折れる。

 二人はバジリスクの眼対策にフードを目深に被ってそれらの芸当をしている。誰も彼もが軽く人間を卒業している。


「くっそ!俺は戦闘に参加すら出来てないぞ!」


 ようやく到着した頃には、トウツさんも数本クラーケンの足を切断した後だった。


「速すぎです!トウツさん俺の護衛ですよね!?」

「いや〜、ごめんごめん。フィルたんを確実に守るには、参加される前に倒せばいいかなって。」

「俺も参加させて下さい、よ!」


 俺は水刃ウォーターカッターでクラーケンの足を切断する。


「ガアアアア!」

 ワイバーンの頭が悲鳴をあげ、俺の方を睨む。


「そうだよ!こっちを見ろ!」

 鬨之声ウォークライで挑発し、俺は全力で後退する。


「向こうみずに見えて、冷静だね〜。」

「俺はみんなみたいに近接技でクラーケンの足なんて切れませんよ!化物ですか貴方達!」


 俺はまだ遠距離・中距離魔法を中心に練習しているから、こういった技はまだ無理だ。


「失礼だな〜。鍛えればフィルたんも出来るよ。」

 トウツさんが上から来た足を斬り上げる。


 ワイバーンの頭はこちらを見てくるだけで、何もしてこない。


「もっている魔力が少ないから、火球ファイアーボールは撃てないのか!」


 ということは、あれはただのモニターか!えらい豪華なモニターだなおい!俺が倒したどのワイバーンよりも大きいし!


水槍ウォーターランス。」

 俺は周囲にふんだんにある水を利用して水の槍を作る。


 そしてここからアレンジをかける。火魔法の応用だ。火魔法とはつまり、物を燃やすだけではない。加熱する魔法だ。であれば、逆も出来るはずだ。熱を取り除く、すなわち冷却だ。


加熱加速ヒートアクセル、力の向きを逆に、冷却加速コーリングアクセル。」

 俺の目の前で浮遊する水の槍が、氷の槍に豹変する。


「……へえ。」

 トウツさんがステップを刻みながらクラーケン足の連打をかわしている。


 あの人、何でこっち見ながらクラーケンに対応出来るんだ。


「形成、氷槍アイスランス駆動氷槍ジェットアイスランス。」

 俺の眼前にあった氷の槍が射出され、ワイバーンの頭に突き刺さる。


「ガアアアア!」

 ワイバーンの頭が苦悶の声をあげる。


 悲鳴をあげたと思ったら、ワイバーンの頭がポロリと湖に落ちた。湖面に水柱が上がる。


「え、頭が落ちるほどの威力はないはずだぞ!?」

「おそらく本体が痛みに耐えかねて頭をパージしたんだね〜。元は自分の体じゃないから外すことも自由なのか。改めてすごい魔物だね〜。」

 トウツさんが呑気に分析する。


「でもあっちのバジリスクの頭はパージしてませんよ!?」

「それは、どうゆーことなんだろうね。」

 足を横一文字に切り飛ばしながら、トウツさんが答える。


 すると、ボゴッとくぐもった音が頭上から聞こえた。

 俺とトウツさんは上を見る。

 タラスクの甲羅の間の岩の様な肉が盛り上がっていく。盛り上がった肉が赤く変色していく。肉の突起が楕円に形成されていく。鱗が生え、角が生え、牙が生えた。肉の塊に目玉がボゴンと飛び出し、ギョロギョロと忙しなく回転する。定位置についたのか、目玉の周りにまぶたが形成されていく。肉の塊はどんどん硬質化していき、最後にはワイバーンの頭が出来上がっていた。


 思わず俺とトウツさんは後退する。


「俺、吐きそうなんですけど。」

 水魔法で牽制しながら話す。


「奇遇だね〜。僕もエログロは得意な方なんだけど、あれは苦手かな〜。」

「つまりこういうことですか。バジリスクの頭はストックがないけど、ワイバーンはあると。」

「そういうことだろうね〜。あんな質量どうやっているのかと思ってたけど、かなり物理的に折り畳んでたんだね〜。」

「バジリスクの部位は代えが効かないとわかっただけでもましか。」

「それもそうね〜。」

 気を取り直してトウツさんが再び斬りかかる。


 予想どおり持久戦になりそうだ。


「ギイアアアアア!」

 生まれたてのワイバーンの頭部が奇声をあげる。


 声帯が腐りかけているのか、叫び声に妙な風切り音が混じる。


「あの頭部のスペア数次第では、俺の戦い方も変わってくるんですけど。」


 魔力量が心許ない。


「近接戦闘に切り替えるかい? どの道シャティちゃんとライオちゃん待ちなんだし。」

「そうします。」

 俺はカイルからもらったナイフを懐から取り出した。


「いい業物だ。鍛治師は誰だい?」

「知りません!!」


 俺はクラーケンの足に斬りかかる。

 やはり魔力の使い方に課題がある。

 トウツさんは、ほとんど抜刀の技術でクラーケンの足を刻んでいる。

 だから武器強化に多くの魔力を割いていないのだ。


「そうかい。ぜひとも知っておきたかったね〜。」


 対して俺は、体の方にも武器の方にも強化魔法で魔力を割いている。

 俺の方が魔力量が少ないのに節約出来ていない。

 経験がないからといえば言い訳にはなるが、それは生死をわけた戦場では通用しない。

 弱い者には等しく死を。不備のある者には落とし穴を。

 それが、この森が俺に教えてくれたことだ。


「こんの!」


 クラーケンの足を袈裟斬りにする。

 完璧に切断出来ていない。

 俺の筋力も魔力も技術も何も足りていない。その上、切り傷はトウツさんに比べものにならないくらい粗い。


「ほいほ〜い。」

 トウツさんは脱力したかの様に、簡単に足を斬り刻む。


 彼女と俺の差は広い。海峡のようだ。


「ガアアア!」


 ワイバーンの頭が咆哮し、トウツさんに噛みつこうとする。


「おっとっと。」

 彼女は横からきた顎を体を捻りながらかわし、あっさりと頭の上に仁王立ちした。


「ボーナスチャンスかな?」


 トウツさんはワイバーンの角を横一文字に切断する。顎を切断する。牙を切断する。鱗に向かって刀を突き立て、数十もの穴を穿ち、最後には首を両断した。

 俺の隣にトウツさんが飛び降りてきて無音で着地する。


 西側からバジリスクの咆哮が聞こえる。かなり痛かったのだろう。


 ボコボコボコッと、切断された首の断面から肉が隆起する。それが三又にわかれ、それぞれが形を形成した。


「斬ると増える……そんな生き物、ハポンにもいたなぁ。」

「この森もたいがいですけど、トウツさんの国も魔境ですね。」


 俺とトウツさんの前に、首が三又に分かれたワイバーンが出現した。

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