第43話 初めてのクエスト12

「ここら辺だな。トウツ、一旦停止。」

 ゴンザさんが後ろから声をかける。


「りょ~か~い。」

 トウツさんが間の抜けた返事をする。


 全員が屈んで作戦会議を始める。


「俺とウォバルが威力偵察で交戦したのがこの先の湖だ。やつの図体は大きい。よっぽどのことがなければ移動していないはずだ。」

「いなければ、ここのすぐ近くに大きな湖が4つある。おそらくそこだろうね。」

 ゴンザさんとウォバルさんがそれぞれ言う。


『静かすぎる。』

 隣でルビーが言う。


 ルビーの言う通りだ。恐ろしいほど魔物が少ない。水辺の近くは多かれ少なかれ魔物の姿を見るはずだ。

だが、ここには生き物の息吹を全く感じなかった。ただ植物と植物系の魔物が静物としているのみである。


「これはやべえな。」

「ああ、この雰囲気は知っている。」

「私たちがA級に上がったきっかけのクエスト。ドラゴン。」

 導き手の小屋ヴァイゼンハッセの人たちがそれぞれ感想をもらす。


「危険な魔物がいるから、力のない魔物が寄り付かなくなる現象。ビッグゲームハントによくあることだね。」

「ウォバルさん。ビッグゲームハントって何ですか?」

 俺が聞く。


「文字通り大物取りのことだよ。こういうのは大抵、他の魔物は巻き込まれないために距離を置くことが多い。だからこそ、私たち冒険者は目の前の大物だけに集中できるという利点もあるけどね。」

「ウォバルの言う通りだ。冒険者の戦闘は一対多数を想定されている。それはこの現象がセットでついて回ることが多いからだな。」

 だからこそゴブリンやコボルトみたいな群れに足元をすくわれるやつも多い、とゴンザさんが付け足す。


「ただ、この雰囲気は少しばかり勝手が違うね。」

 ロットンさんの隣でミロワさんもふんふんと頷いている。


「ああ、そうだな。静かなだけだ。プレッシャーが全くねぇ。」

「プレッシャーとは?」

 俺がライオさんに問う。


「俺たちはフィルほど魔力が見えるわけじゃねぇ。だが、経験則でやばい魔物はわかるんだ。ただ、今回のやつは異質だな。周りの魔物が明らかに警戒しているのに、恐怖感もなければ威圧感もない。」


 言われてから俺は周囲の魔素をまじまじと見つめる。

 確かにそうだ。ワイバーンと戦っていた時は、周囲の魔素が赤らんで見えていた。ワイバーンがもつ魔力に当てられていたからだ。

だが、今回はそれがない。全くの無色。


「魔力は普通の中型犬系の魔物程度だったか。本当に本体は弱いことの証明になるけど、不気味だね。」

 ロットンさんが呟く。


「その通りだ。魔力があるやつは大きい一撃が来るときは予備動作が分かりやすいんだがな。こいつは本当にフィジカルのみでごり押ししてくるから攻撃が読みづらいんだよ。魔力を探知せずに戦うのはものすごい違和感があったぜ。」

 ゴンザさんが付け加える。


「フィル君はどう思う?」

 ロットンさんが俺を見る。


「————臆病?」

 俺は思いついたことを口に出す。


「臆病か、どうしてそう思ったんだい?」

 ウォバルさんが俺を見る。


「まず、本来力がないはずのキメラが強い魔物が集まるこの森にいることに違和感があります。次に、石化の眼をもつバジリスクやタラスクの甲羅など、攻撃よりも防御に特化した魔物を取り込んでいるのも気になりました。」


「ふむ。続けて。」

 ウォバルさんが先を促す。


「移動をしていないことも気になります。魔物はもっと原始的に繁殖するものだと俺は学んでいます。このアスピドケロン、つまりキメラは十分に力を蓄えているはずです。なのに、伴侶を探して繁殖行為に移る気配がありません。ギルドの調査だと、本当に3年もの間動いていないんですよね?」


「ああ、間違いない。あんなでかいやつの動き、すぐにわかるはずだ。」

 俺の疑問に対して、ゴンザさんが答える。


「何よりも違和感があったのは、あれだけ伝説級の魔物を継ぎ接ぎしているのにも関わらず、顔がワイバーンであることです。俺が思うにたぶん、このアスピドケロンにとって、表に出している部位の魔物の選出基準は恐怖なんじゃないでしょうか?」


「恐怖。」

 後ろでシャティさんが呟く。


「なるほど、筋は通ってるな。」

 ゴンザさんが髭をなぞる。


「もしかしたら、その推測はどこかで役に立つかもね。やつは近い。探そう。」


 一団は静かに動き始めた。俺は必死になってトウツさんの足運びを真似しながら後ろをついていった。




「おそらくここだな。」

 ゴンザさんが3つ目に差し掛かった湖で指をさした。


「どうしてわかるの?」

 シャティさんが問う。


「この湖だけ水位が高い。あいつが潜っている証拠だ。」

 ゴンザさんが水を手にすくう。


「そういうわけだね。作戦通りいこう。まずはシャティさんがあぶりだす。その次はライオ君がバジリスクの眼を潰す。やつは蛇の熱感知器官をもっているはずだ。その範囲外から攻撃するように。」


「わかった。」

「おうよ。」


「ライオ君は初撃をミスしたらもう一度潜伏して機会をうかがう。成功したらもう片方の眼を潰せるよう、移動する。シャティさんは魔力の回復に努めるためにミロワさんがいる回復スポットまで後退したのち、魔力を練って甲羅破壊の魔法を構築。そして我々は——。」


 ウォバルさんがロットンさん、ゴンザさん、トウツさん、そして俺を見る。


「後衛に注意がいかないようにするために足止めを行う。ただし、命の危険があれば即退避。残ったものは陣形を組みなおす。一応、私とゴンザの二人で食い止めることが出来ることだけは確認している。バジリスクの両目ありで、だ。ミロワさんの指示以外での撤退条件は、前衛が3人以下になること。シャティさんの魔力切れ。ライオ君の離脱。この三つだ。オーケー?」


「オーケー!」

「御意。」

「わかった。」

「よっしゃまかせろ。」

「腕がなるね。」

「よろしくお願いします。」

 一番後ろでミロワさんがこくこくと顎を縦に振っている。


「よし、では散会。シャティさんがあぶり出し次第、作戦開始。」


 一斉に一段が散りだす。シャティさん、ミロワさん、ライオさんが湖から離れて後方へ向かう。ウォバルさんとゴンザさんは西側へ。ロットンさんは南から太陽を背にしてアスピドケロンに切りかかる予定だ。俺とトウツさんは――。


「東側か~。湖から出た時どこが来るかなぁ? バジリスクは嫌だなぁ。」

「俺も正直、バジリスクは恐ろしいですね。目を合わせるなと言われても。」

「それを踏まえて、こっちがバジリスクの場合は即撤退、ゴンザちゃんとウォバルおじさんとスイッチでしょ~?」

「そうとは言っても怖いものは怖いんです。」

「フィルたんは相手が臆病と言いつつも、自分も臆病だねぇ。」

 トウツさんが欠伸をする。


「俺はトウツさんみたいに落ち着けませんよ。それに、臆病な方がこの職業は生き残れるんでしょう?」

「そのと~り。誰から教えてもらったの?」

「ウォバルさんです。」

「あのおじさん、やっぱり整ってるねぇ。」

 トウツさんが、赤目で西側を見やる。


 人の誉め言葉に整ってるなんて表現をする人、初めて見た。


「おや、もう魔力を練り上げたっぽいね~。流石A級。」


 見ると、小高い丘の方からシャティさんの魔力が見て取れた。魔素が白と黄色と金色に輝いて、糸や鋭利な刃物の様に放射線状に広がっていく。


「綺麗。」

「フィルたんの横顔の方が綺麗さ。」

「純粋なレビューに下種なレビュー重ねないでください。」

 大体お面で見えてないだろうが。


「う~ん。フィルたんは絶対美ショタだと思うけどなぁ。」


 絶対この人の前で顔をさらしてなるものか。


「ああ!綺麗な魔法だったのに、構築見れなかったじゃないですか!」

「そんなに怒らないでよ。シャティちゃんならフィルたんが頼めば見せてくれるでしょ。ちなみに僕は頼まれたらなんでも見せるよ?」

「シャティさんの魔法が発動しますね。準備しましょう。」

「いけず~。」


 トウツさんが刀を構えた。

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