第42話 初めてのクエスト11

 ゴブリンたちはほぼ一瞬と言ってもいい短時間で処理された。


 特攻したトウツさんが右足を踏み込みながら抜刀。手前の3匹を横一文字に切り抜いた。続く左足の踏み込みで刀を返し、さらに2匹のゴブリンの頭を跳ね飛ばした。

 その両脇をウォバルさんとロットンさんが駆け抜け、残りのゴブリンを剣と斧の錆にしてしまった。


「何というか、後衛は暇ですね。」

「それこそが役割分担というものだよ、フィル君。」

 俺のつぶやきにウォバルさんが答える。


「そうだよ。大物を倒す時はどうしても火力がいるからね。魔法使いはパーティーに必須さ。アスピドケロン戦では活躍してもらうよ。」

 ロットンさんも答える。


 そんなこと言われても、今回俺が火力面で役に立つことは難しいと思う。


「逆に私たちは燃費が悪い。場合によっては魔力を消費せずに戦える剣士たちは心強い。」

 シャティさんが付け加える。


「俺も信頼できるパーティーに出会いたいです。」

 俺は自分の素直な感想を漏らす。


「おや。君はストレガ氏みたいに魔法の研究をすると思っていたのだが、違うのかい?」

 とウォバルさん。


「もし冒険者の道に進むならうちに声かけてくれよ。シャティがすでにいるけど、君なら大歓迎さ。」

 とロットンさん。


「ちっちっち。もう既にバディはいるだろ~。むしろ夜のバディも僕が務めてみせるから他の皆さんはご安心を~。」


 変態が何か言ってる。


「俺も信頼できるパーティーに出会いたいです。」

「何でもう一回言ったの?」

 トウツさんが寂しそうな顔をする。


 可愛いけど、その手には乗らんぞ。


 何事もなかったかのように、一団はトウツさんを先頭にまた動き始める。

 ゴブリン程度の素材は回収する必要もないということか。

確かに儲けは少ないが、ゴブリンは害悪そのものと言われる魔物で、討伐した証拠さえ提示すればそれなりに報酬は貰えるのだ。ちょっとした路銀程度にはなる。

 まぁでも、この場にいる人たちはゴブリンの素材を回収する時間を他の魔物の討伐にあてた方がはるかに稼げる人たちだ。

 これが普通なのだろう。

 俺も将来性を期待されているようだが、まだまだ実力に大きな隔たりを感じる。


「この先はドリルホーネットの生息域だね。そしてアーマーベアの穴熊も近くにある。それを過ぎれば水辺だ。水生の魔物も多くなるだろうし、水を求める魔物も増える。」

 ウォバルさんが言う。


「ドリルホーネットとアーマーベアの共生関係は面倒ですね。」

「アーマーベアはドリルホーネットに追い付けない。ドリルホーネットはアーマーベアを傷つけられない。だから手を組んで生き残る。合理的。」

 ロットンさんとシャティさんが返事をする。


「ドリルホーネットと接敵した場合は前衛組で露払いをする。討伐のメイン戦力は弓兵のライオ君だ。いいね?」

「あいさー!」

 ウォバルさんの指示にライオさんが威勢よく返事する。


 一団はどんどん行進していく。歩幅が短い俺は時々遅れてしまい、慌ててついていく。


「抱っこしようか?」

 真後ろを歩くシャティさんが提案してくる。


「歩幅が合わないだけで、追い付けないわけではないので大丈夫です。」

「ペースを落とすよう、変態兎に言おうか?」


 気持ちはあり難いけど、何だその呼び名。


「俺は皆の足を引っ張りにきたんじゃないです。戦力として来ているんです。絶対に言わないでください。」

 俺は少し語気を強めて言う。


「そう。」

 少し嬉しそうな顔をして、シャティさんが引き下がってくれた。優しい人だ。


 重々承知しているのだ。

 おそらく、ゴンザさんは俺を不可欠な戦力として連れてきているわけではない。

前衛はウォバルさんとゴンザさん、ロットンさんで十分なのだ。

 そこにトウツさんは入ることはあっても、俺が入る必要はなかっただろう。

 ゴンザさんは俺に経験を積ませようとしている。ウォバルさんが俺を見る目は何度も元の世界で見たことがある。教育者の目。どんな成長が待っているのか、どんな経験に出会うのか、それを期待している目だ。


『それでも俺は、魔法使いとして認めてもらう。そして、カイムの息子としても。レイアの息子としても。クレアの兄としても。』

 俺は仲睦まじい両親と、双子の妹を思い出す。


『僕も忘れたらだめだよ。』

 隣でルビーがほほ笑む。


『もちろんさ。』


「来たね。ドリルホーネットの生息域だ。出来るだけ静かに行動し、接敵せずに過ぎるのがベスト。ただ、連中は複眼持ちな上に哨戒役がいる。ほぼ見つかる前提で動くよ。」

「らじゃ。」

「オーケー。」

「了解。」

「おっけ~。」

 ウォバルさんの号令に各々が返答する。


 一団の足音が無になる。

 ほぼ完全に気配も消えているように感じた。

 森暮らしを五年経て、俺もハンターらしく気配を殺すことは上手になっているとは思っていたが、全然自然に溶け込むことが出来ていないと痛感させられる。草を踏みしめる自分の足音がかすかに響く。他の面子からは衣擦れの音一つもない。俺は自分が発する僅かな音が恥ずかしくて仕方がなかった。

 特にトウツさんは群を抜いて気配を感じなかった。自然に溶け込むことを超えて、もはや幽鬼か霞のようだった。目の前に彼女の背中は確実にあるのに、もしかしたらいないのかもしれない。そう錯覚させるほどに完璧な気配遮断。

 彼女は俺とバディを組もうと言ってくれた。

ただのリップサービスだとは思うけども。

でも、これを学ぶことが出来るのならば、俺は彼女とバディを組むべきかもしれない。


「駄目だねぇ。哨戒のドリルホーネットに見つかった。運が悪かったね。あいつらにしては珍しく高い高度で見回りしていたようだ。」

 トウツさんが呟く。


「俺のせいですか。」

「いんやぁ。フィルたんのせいじゃぁないねぇ。あれは音じゃなくて色で気づいたっぽい。仮にフィルたんがいなくても気づかれてたよ。」

「トウツ君。気づいたのは、あそこにいる哨戒役だけかい?」


 見ると、上空100メートル以上のところにドリルホーネットがホバリングしていた。ちなみに俺が気づいたのは他の皆の目線を追ったからだ。


「僕の目と耳はそう言ってるねぇ。ただ、まだ敵認定はしていないみたい。でもこのまま進めば生息域に入る。確実に自衛のために仲間に信号を送ったのち、攻撃してくるね。」

「わかった。ライオ君。」

「任せろ。」

 ウォバルさんの短い指示にライオさんが応じる。


 ライオさんが矢の尻を握る。いつの間にか弓を構えていたのか。

 手に魔力がにじみ出てくる。静かでいて、正しい力で律せられた魔力。そして規則正しく整列した魔力が矢じりの周囲を螺旋状に旋回し始め、加速する。加速しすぎて逆に回転がゆっくりに見え始める。


「魔力の束が、綺麗。」

 思わず声が出る。


「フィルは人の魔力が直接見えるんだったか。最高の誉め言葉だ。ありがとうよ。」

 ライオさんが口元を吊り上げる。


 と同時に、瞳孔が大きくなっていく。


推進風射ウィンドプロモーション


 気づいたときには矢がドリルホーネットの頭に穴を穿っていた。

 遅れて風切り音が聞こえる。


「いつ見ても気持ちがいい魔法だ。」

 ロットンさんが呟く。


「それほどでも、ある。」

 ライオさんがニカッと笑った。


「ライオ君のおかげで哨戒役を一体潰した。次の哨戒役が来るまでに出来るだけ進む。進行速度を上げる。おそらく先のワイバーンの一件があったから警戒心が高くなっているのだろう。」

「あ~。高度が高かったのはそれね。」

 トウツさんが音を鳴らさずに、手をポンと叩く。


「すまねぇ。もう少しクエストを遅らせるべきだった。」

 ゴンザさんが謝る。


「いえ、このクエストの打診がもう少し遅かったら僕らは引き受けなかったかもしれない。ゴンザさんの提案のタイミングは問題なかったと思います。」

「ありがとうよ。」

 ロットンさんのフォローにゴンザさんがうなる。


「じゃあ行くよ~。フィルたん置いてかれるなよ~?」

「もちろんです。」

 俺は今一度、自分に発破をかけた。

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