第41話 初めてのクエスト10

「言っておくけど、ストレガ氏の迷宮魔法攻略も忘れないで。」


 森に入って開口一番そう言ったのは、シャティさんだった。

 その場にいた面子が目を丸くして彼女を見る。


「そういやそれが発端だったな!忘れてたわ!」

「なんじゃすまんな!ギルドの無茶ぶりに付き合うてもろて!」

 ライオさんとゴンザさんがガハハハッと笑う。


「私にとっては、死活問題。」

 ムッとした顔でシャティさんが呟く。


 俺たちは今、アスピロケドン討伐のために森のふもとに入ったところだ。

俺は荷物持ちポーターという役割で参加しているが、亜空間リュックを持っているので見てくれは荷物持ちではない。お面とローブの得体が知れない幼児である。


 陣形はシャティさんを中心としたものである。魔力を温存しなければいけない彼女を中心に据えた陣形。

兎人族で索敵が一番得意なトウツさんを先頭。

万能な戦い方が出来るウォバルさんとロットンさんが彼女の斜め後ろを歩く。

 俺はトウツさんのすぐ後ろだ。前方から魔物が来た場合、トウツが最初に切りかかって俺が援護する形をとる。

 アスピドケロン討伐の中心メンバーは導き手の小屋ヴァイゼンハッセのメンバーだ。道中は俺やトウツさんが露払いをして体力を温存してもらう。

 シャティさんの後ろには回復役ヒーラーのミロワさん。

その両脇を警護するようにライオさんとゴンザさんが歩いている。


 いつもはギルドの制服を着ているが、今日のゴンザさんは鈍い銀色に光った鎧を着ている。年季がある鎧だ。だが、俺のワイバーンのローブよりも頑丈であることが付与魔法を見てわかった。


「なんでぇフィル坊。俺の装備が気になるのかい?」


 俺が後ろをチラチラと見ていたのが気になったのか、ゴンザさんが話しかける。


「はい。作りも付与魔法も素晴らしいです。誰の作品ですか?」

「嬉しいこと言うねぇ。俺作だよ。」

「え。」

「へえ。いい装備ですね。僕も作者が気になっていたところです。」

 ロットンさんも話に入る。


「フィル坊は俺の種族を忘れちゃいねぇかい?」

「あ。」


 そうだ、ドワーフ。鍛冶を得意とする種族だ。


「そういうこった。」

「それがどうしてギルドマスターに?」

「確かに。ドワーフは冒険者を引退したら鍛冶屋に戻ることが多いと聞くぜ?」

 ロットンさんとライオさんが聞く。


「ロベリアに捕まったんだよ。」

 ゴンザさんが仏頂面で言う。


「ふふっ。くく。」

 ウォバルさんが小さい声で笑う。


 ウォバルさんは案外笑い上戸なのかもしれない。


「私たちの装備も、是非見てもらいたい。」

 シャティさんが言う横でミロワさんがこくこくと頷く。


「腕は僕が保証するよ~。僕の装備も一部はゴンザさん作だからねぇ。」

 トウツさんがのんびりと会話に混ざる。


 目は変わらず前方を警戒している。

ゴンザさんの言う通り、本当に仕事は出来たんだな……。


「お前のハポン式の鎧は本当に面倒だったぞ。面白かったがな。」

「へぇ、どんな鎧なんですか?」

 俺は前世の歴史で勉強した武士の姿を思い出す。


案外、俺は前世の世界に未練があるのかもしれない。


「矢や遠距離魔法を弾くのでも受け止めるのでもない、反らす構造になってるのさ。蛇腹(じゃばら)のように薄い板を糸で束ねてな。鎧がうねうねと動くのよ。動きやすくて軽いうえに守りが固い。その代わり、使い手に高度な体さばきを要求するのよ。面白い発想の武具だと思ったね。使い手に武器が合わせるんじゃなくて、武具に使い手が戦い方を合わせるのさ。」


 ゴンザさんがいつになく饒舌になる。ドワーフの血が騒ぐのだろうか。


「ハポン国は、僕を見ればわかるけど痩身が多いんだ。」


 トウツさんが痩身と言った瞬間、ウォバルさんを除く男性陣の視線が彼女の胸に集中する。


「最低。」

 シャティさんがぼそっと呟く。


 よかった。お面被ってて。


「フィルも、ばれてるから。」


 え、嘘。マジ?

 というか心読まれた?


「フィジカルが基本的に弱い民族なんだよね。骨も細いし。だから直接的にぶつかるような武具は開発され辛いんだよね。」

 トウツさんは気にせず会話を続ける。


「なるほどなぁ。」

 ロットンさんがミロワさんににらみつけられながら応える。


 額に脂汗が浮かんでいる。イケメンは焦っていても画になるなぁ。

 ちなみに俺もルビーににらまれている。何故だ。ホワイ。


「だが、冒険者もその発想で武具を作ってもいいかもしれねぇな。何せ、強い魔物の大半は俺たちよりもでかい。そして一撃が重い。今日倒すアスピドケロンもな。」

 ゴンザさんが言う。


 戦うではなく、倒す。

そうゴンザさんは表現した。豪気な人である。


「前方500メートル先、ゴブリンの群れ。数は十から二十。どうする?」

 斥候スカウトを兼任するトウツさんがウォバルさんに指示を仰ぐ。


「直進する。迂回するよりも消耗する体力は少ないだろう。」

「御意。」

「御意って何だ?固い返事だなぁ。」

 ライオさんが言う。


「昔取った杵柄だねぇ。僕って結構お堅い職業の出なんだよ~?」

「お堅い。」

「嘘だろ。」

「まさか。」

 その場の誰もがトウツさんを信じなかった。


「そもそも、鎖国されてるはずのハポンから何で来たんだ?」

 ライオさんが聞く。


「ライオ。」

 シャティさんが短くたしなめる。


「いいよ~、別に。プライベートなこと聞かれてへーきな人だし、僕。」

 トウツさんがにへら、と笑う。


「僕ってこんなんでしょ~? お堅い職業っていうのは、要は家の職業だったんだよね。僕の国では基本、生まれで仕事が決まるからさぁ。」

「へぇ、面倒な国だなぁ。」

「ライオ。」

 ずけずけものを言うライオさんにシャティさんが突っ込む。


 ただ、ライオさんの聞き方に嫌味が全くないのがすごい。

 俺は元の世界のクラスメイトのよっちゃんを思い出した。けっこう我がままなのに「よっちゃんだし。」の一言で大抵のことは何故か許されてたよっちゃん。今頃父親の会社で何となく鳶職してそうなよっちゃん。


「ん~。良し悪しかなぁ。完全に自由だと自分の人生に迷うことになるわけだし。僕はこれになれと言われて、そっか~と流される人生は割と好きだったよ。」

 のほほんとトウツさんが返す。


 何となくトウツさんが言いたいことはわかる。

 俺は前世では何事にも熱くなれなかった。

 それは何者にもなれる自由があったからだったともいえる。自由度がありすぎて、どれに手を出せばいいのかわからなかったのだ。

 この世界は俺にシンプルな命題を与えてくれた。

 ただ生き残ること。そして家族を手に入れること。

 俺は双子の妹のクレアを思い出す。あの赤ん坊は今、どんな風に育っているのだろうか。


「なるほどね。それがどうしてこの国に?」

 ロットンさんが話す。


「ちょっと色々やらかしてしまいまして。島流しにあいました。」

「ぶっ。」

「お前犯罪者だったのかよ!?」

「え、前科者と一緒に仕事してるのか俺ら!?」

 男性陣が騒ぎ立てる。


 騒ぎながらもロットンさんとウォバルさんは得物を手に持っているし、ライオさんは弓をいつでも射れるようにしている。ゴブリンを警戒しているのだろう。流石A級だ。


「何したんですか……。」

 俺は呆れて質問する。


「いや、えっと、何というか。」

「男児に手を出してしまったとか。」

 シャティさんがぼそっと呟く。


「………………。」

「おい。」

 黙ったトウツさんにゴンザさんが突っ込む。


「ゴブリン接敵。僕が先鋒ですね。ひゃっは~。」

 力の抜けた叫び声をしながらトウツさんはゴブリンに躍りかかっていった。


 特に意味のない暴力がゴブリンを襲う。

 あたり一面にゴブリンだったものが散らばる。


 この人が俺の護衛で、本当に大丈夫だったのだろうか。

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