第46話 初めてのクエスト15
「ぐわー!何で俺のところばっかりワイバーンの頭が多いんじゃい!」
ゴンザは斧を振り回しながら叫ぶ。
大雑把かつ大味。だが、その斧は的確にワイバーンの顎をとらえ、砕いていた。
クラーケンの足はおおかた倒し終えてしまった。おそらくストックが尽きたのだろう。こちらが安全と判断するや、ウォバルはフィルの安全を確認するために疾駆して消えていった。
「二十年来の友人の扱い雑すぎだろあの野郎!」
ワイバーンの頭突きを斧の柄でどつき返しながら叫ぶ。
叫ぶ。振るう。叫ぶ。振るう。
斬るのではなく、砕く。たたき割る。
技術と呼ばれるものが不要であるかのように思わせる剛腕。そしてそれから放たれる斧のスイング。
ゴンザのこのドワーフ特有の荒々しさとウォバルの流麗さこそが、彼らが
吹っ飛ばした頭の断面からワイバーンの首がまた増える。
「どんだけストックがあんだよ!いや、ついこないだストックが増えたのか!糞!」
先の異変を思い出し、ゴンザが毒づく。
「ギャガガガガ!?」
ワイバーンが突如、苦悶の声を上げた。
「何だってんだぁ!?」
ゴンザが見ると、いくつかのワイバーンの眼に矢が刺さっている。
ゴンザが鼻をスンッと指でなぞる。
「この刺激臭。粘膜を痛めつける類の酸性剤か。ライオの野郎、えげつない手を使うなぁ。」
ひるんだワイバーンの首をゴンザはどんどん打ち取っていく。アスピドケロンはクラーケンの足だけでなく、ワイバーンの首のストックも使い果たしかけていた。
「フィル、到着しました。回復お願いします!」
「はい!」
ミロワさんが待つ回復スポットには、すでにシャティさんがいた。
彼女の周りでは、とてつもない魔力のうねりが生まれていた。ミロワさんによる魔力回復がすでに終了し、タラスクの甲羅を破壊するための魔力をまさに今、練っているのだろう。
「俺が回復利用して大丈夫ですか!?」
「大丈夫。シャティちゃん、貴方が怪我したのを見て、次で決めるって、言った。」
たどたどしくミロワさんが話す。
「……ありがとうございます。」
「こっちにきて。」
俺は彼女の前に立つ。
「
すぐさま彼女は手を俺の左足にかざした。
変化はすぐに感じた。足の表皮が一斉に泡立つのを感じた。
マギサ師匠に初めて回復魔法をかけられたときの驚きを思い出す。
足りない血肉が一気に体表から暴れだして盛り上がる。そして、本来の足の形を思いだしたかのように盛り上がった肉が落ち着いていき、俺が見慣れた足へと形成されていく。形が整うと、表皮がきめ細やかに精錬されていく。
「何度されても慣れない魔法ですね。」
「マギサ・ストレガの回復魔法、見てみたいです。」
治療に専念しつつも、彼女は返答する。
ミロワさんの手から放たれた淡く白い光がしぼんで消える。
治療が終わったのだろう。
俺はその場で軽く跳んでみせる。
「大丈夫?」
「いけます。戦線復帰します!」
「待って。」
身体強化をかけようとした矢先、シャティさんから待ったがかかる。
「はい、何でしょう?」
「行く必要はない。これで終わる。」
そうつぶやく彼女の周りには魔素が弾けるように踊っていた。
俺が普段見ることがない魔素の色。雷の色。黄色なのか金色なのかわからない。ただそれは煌びやかに輝いていて、エメラルドの瞳をしたシャティさんを幻想的に彩っていた。
魔法の準備が終わっていたのだ。
「そこで見ていて。」
「……はい。」
A級の魔法を間近で見ることができる。こんなチャンスは早々ない。
特に森に閉じこもっている俺にとっては。師匠の魔法も参考になるのだが、無駄がなさすぎて参考にならないのだ。
幼児に線形代数学を見せたところで意味がないのと同じことである。
彼女の魔法であれば、真似は出来ないにしても、からくりくらいは分かるかもしれない。そう思い、俺は横から彼女の姿を眺めた。
ミロワさんが信号魔法を上空に放つ。黄緑の光が空に舞う。
シャティさんの瞳の色をした信号弾。つまりは甲羅を破壊する合図だ。
「今度は湖全体に火力を広げるなんてことはしない。確実に甲羅を破壊する。」
「貴重な素材だから残してね……。」
横でミロワさんが弱々しく呟く。
あれから素材剥ぎ取る余裕があるのか。
凄まじい面子である。
俺は成人するまでに、本当にこの人たちに追いつけるのだろうか。
「善処する。」
「それいつもの叶わないやつ……。」
ミロワさんがうなだれる。
いつもなのか……。
俺はワイバーンの査定金額が一番
おそらく彼女の魔法が過剰火力なのだろう。
だが、それだけに勝利を確実なものにする魔法。
彼女の周囲にある金色の魔素がビリビリと振動しだす。
————来る。
「
彼女の周りにあった魔力が一気に上空へと駆けていった。一本の金色の直線となったそれは、上空の雲にぶつかった瞬間霧散する。
すると、その雲とタラスクの甲羅から同時に金色の線が生まれる。雲から降りる光の線。甲羅から登る光の線。それが空中でゆっくりと距離を縮めていき、やがて宙の真ん中でつながった。
瞬間。
その光の糸をたどるように雷が甲羅に突き刺さった。
閃光。目の前が真っ白になり、前後不覚になる。
轟音。破裂音。破砕音。爆裂音。タラスクの甲羅、湖面、周囲の土壌、岩盤。あらゆるものが同時に破壊される音。音、音、音。
巨大な音が何も見えない俺を襲った。
「近くの人たち大丈夫なんですか!?」
俺は叫ぶ。
「あんなので死ぬ連中じゃない!」
シャティさんが叫び返す。
少しずつ視界が開けてきた。
視界が開けた分だけ、シャティさんの魔法の威力への理解も深まってきた。
まず湖だ。湖の水位が明らかに減っている。今の一瞬で大量の水が蒸発して消えたということだろう。次に周囲の木々だ。地面に根をおろしたまま、ほとんどの木が幹を炭化させていた。緑色の葉は影も形もない。
そしてアスピドケロンだ。自慢のタラスクの甲羅には巨大な穴が穿たれていた。体積のほぼ四割を失っており、残り少なかったクラーケンの足は蒸発して消え去っている。ワイバーンの頭も胴体に繋がっておくことが出来なかったのだろう。炭化した木々に突っ込んで倒れている。
「えげつない。」
俺は呟く。
『安心して、フィオ。みんな生きてる。』
『あれの近くにいて無事なのか。味方は化物だらけだな。』
『……敵じゃなくて良かったね。』
『本当だよ。』
俺はため息をつく。
「ミロワ、フィル。私寝るわ。」
シャティさんはそう言うとくずおれた。
「うわっとと!」
俺は慌てて支えるが、そのまま彼女に押し倒されてしまう。
「大丈夫?」
シャティさんに押し倒された俺をミロワさんが困り顔でのぞいてくる。
「だいじょばないです。」
ミロワさんはシャティさんを抱え上げると、背中に背負う。
「力、あるんですね。」
俺は思わず失礼なことを言ってしまう。
「後方支援だけど、A級パーティーの回復役ですもの。」
そう言ってミロワさんがほほ笑む。
そうなのだ。大人しそうに見えても彼女はロットンさんたちと共にA級まで上り詰めているのだ。
そして、今シャティさんが唱えた魔法の魔力の出どころのほとんどは彼女の回復役としての実力なのだ。
俺は改めて光魔法の有用性を知った。今回最もアスピドケロンに刺さったのはシャティさんだ。
だが、敵によってはそれがロットンさんになる場合もライオさんになる場合もある。
そしてミロワさんはその全員の魔力タンクたりえるのだ。
相手が一番嫌がる味方の力や継戦能力を引き上げる。A級以上に優秀な回復役が必須と言われるゆえんを俺は痛感した。
「ミロワさん。」
「ん、なんですか?」
彼女は目をぱちくりとさせる。
「村を出る前に、俺に光魔法を教えていただいていいですか?」
彼女は怪訝な顔をする。
「フィル君には、ストレガ氏がいると思うけども……。」
彼女は困惑した顔で俺を見る。私でいいのか?ということなのだろう。
「貴方がいいんです。貴方に教えてほしい。」
俺はぺこりと頭を下げる。
「ふふっ。時間があったらね。」
彼女はほほ笑んだ。
「ありがとうございます。」
「うん。私はシャティちゃん連れて次のポイントに行かないと。敵の標的になる前に。」
「分かりました。」
「君は、どうする?」
彼女が俺を見る。
先ほどのような柔らかい視線ではない。俺を試すような視線。
この人、こんな眼も出来るのか。
「行きます。湖へ。まだ俺に出来ることはあるかもしれません。」
「そう。頑張って。」
そう言った彼女の声は、やはり柔らかかった。
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