第47話 初めてのクエスト16
俺は駆ける。ひたすら駆ける。いつもは丁寧にかわして進む木枝も顔面、胴体、腕、足でたたき割りながら走り抜けた。
物凄い速度で景色が後ろへと流れていく。
予感があった。まだ俺にできることはある。
あのアスピドケロンは異常なほど慎重なやつだ。生き残ることへの執着がこの上なく高い生き物だ。異常なほどのクラーケンの足とワイバーンの頭のストック。俺の不意を突いた魔槍の攻撃。どんな小さな魔物でもアレンジして自分の戦力として取り込む柔軟性。
シャティさんには悪いが、あの落雷で決着がついたとは思わない。ミロワさんがすぐに次のポイントへ急いだのも、セオリー通りだからではない。
彼女はまだ警戒していたのだ。
この戦いにはまだ続きがある。
足手まといで終わるものか。
俺はここに社会見学をしに来たんじゃない。戦力として参加しに来たんだ。
そうじゃなければ何のために師匠の元で魔法を学んできたのか。
ここで戦わなければ、結果を出さなければ、レイアの息子に、カイムの息子に、そしてクレアの兄を名乗る時は遠ざかるのだ。
景色が緑色から黒に切り替わる。シャティさんの魔法に焼かれた結果だ。湖はすぐそこだ!
俺は湖畔に飛び出した。
「わっとと。元気よく飛び出したね。怪我したと聞いたけど、大丈夫だったのかい?」
そう聞いてきたのは、ロットンさんだった。
「あ、はい!大丈夫です。敵の様子は?」
「元から図体は大きいのに存在感は希薄な敵だったからね。どのくらい傷んでいるかはわからないよ。」
横からウォバルさんが話しかける。
隣にはゴンザさんがいる。
「傷んでるかわからない、ということは。」
「ああ、少なくともまだ生きてるな、こりゃ。」
ゴンザさんが俺の言葉を引き継ぐ。
俺の眼前には、半壊して炭化した要塞がまだ不気味にそびえたっている。動きは見えない。
「これが、生きている?」
「恐ろしい耐久力だね。だけど、本体のサイズを考えると当然なのかもしれない。言ってしまえば、この巨体はヤドカリの貝みたいなものだからね。」
ウォバルさんが呟く。
「待て、動きがあるぞ!」
ゴンザさんが叫ぶ。
タラスクの甲羅が破壊され見える地肌が炭化している。そこがバキバキと割れて、新しい肉片が盛り上がり、また何かを形成し始めた。
その場にいる全員がまた武器を構える。
アスピドケロンの表皮に現れた肉片はそのまま球体を作り出し、体から離れる。直径にして三十センチ程度の肉球が空中にふよふよと浮き始める。アスピドケロンの体から次々と離れ、その肉球は数十を超え始めた。
「なんだありゃあ?」
「また変な動きをし始めましたね。」
ゴンザさんとロットンさんが呟く。
「フィル君、念のために身体強化をかけておきなさい。」
「はい。」
俺はウォバルさんの指示に従う。
「フィル君。先入観がない君の考えがほしい。あの肉球を見て思うことは?」
ウォバルさんの眼が俺を見る。
眼を見てわかった。この人は本気で俺の考えを欲している。嬉しいことだ。
そして俺が思い出したのは、やはりワイバーンのことだった。あれだけ大量に吸収していたワイバーンの特性をこいつは使っていない。つまりは浮遊魔法だ。
「あの肉球から魔力を感じません。羽もないみたいだし。何を動力に浮いているのでしょうか。」
「む。」
「確かに。」
そう話しているうちに、ただの球体だった肉球はさらに姿を変えた。ヒレと尻ヒレがつき、蛙のような潰れた楕円の眼が浮かび上がる。
『あれは……フグ?』
神語で俺は呟く。
『なぁにそれ?』
『毒があるけどおいしい魚。』
『魚かぁ。海にはあんまり行かないから見ないなぁ。』
ルビーがのんびり返答する。
「おいあいつ正気かよ!」
「まずい!逃げても間に合わない!防御魔法を!」
ベテラン二人が焦る。
「どういうことですか!?」
ロットンさんが叫ぶ。
「あれが浮いているのはガスだ!
瞬間。アスピドケロンの肉体が急速にしぼみ始める。
残ったワイバーンの頭やクラーケンの足をまとめてパージして捨てる。
残った四割ほどのタラスクの甲羅で体表を覆い、巨大な球体になる。
そしてその球体のほんの少し上空で、わずかな赤い魔素が反応した。
発火魔法だ。
轟音が響いた。目の前に巨大な炎の塊、次に地面から舞い上がった土、最後に大量のどす黒い煙。そして突風。
俺はウォバルさんの指示通り、身体強化で体を固め、周囲を
気づいたらその土壁は爆発の突風で破壊され、風之防壁も風にまとめてさらわれてしまった。
それにも関わらず、俺には大きな傷がない。
何故ならば俺の前には一人、壁になってくれた人がいたからだ。
ロットンさん。
彼は長剣を振り下ろした姿勢で固まっていた。
彼の周りの土はえぐれ、跡形もなく消え去っていた。
だが、彼の背中の後ろだけは依然としてそのままの形を保っていた。当然、後ろにいる俺もだ。
「ロットンさん!?」
俺は叫ぶ。
瞬時に脳裏に浮かび上がったのはミロワさんの顔。
「フィル君、大丈夫かい?」
「大丈夫って、貴方が大丈夫ですか!?」
俺は駆け寄る。
「生半可な鍛え方はしていないさ。ただ、今のでけっこう魔力をもっていかれたね。」
俺は歯噛みする。また足を引っ張ってしまった。
この戦いで敵が使った魔法は今の一回だけだ。
ただの発火魔法。それも指先を灯す程度の小さな魔法だ。
徹底した魔力の節約。
本当に頭にくる敵だ。
見ると、ウォバルさんとゴンザさんが爆心地にいるアスピドケロンにもう攻撃している。
「今のをもう一回されるわけにはいかねぇなぁ!」
「残りの甲羅は少ない。削らせてもらうよ。」
二人は斧を何度もたたきおろし、甲羅を破壊する。時々斧の方が先に折れてしまうが、すぐに亜空間ポケットから新しい斧を取り出し、強化している。
「まずいね。」
ロットンさんが呟く。
見ると、甲羅の隙間からまた球体の肉片が浮かび上がる。
またあれをする気だ。
「一度使った手をすぐにやるのは悪手だね。」
ウォバルさんがその球体の近くにすぐさま移動する。
「ガアアアア!」
アスピドケロンが悲鳴をあげる。声帯が一体どこにあるのか見当もつかない。
「甲羅は固いけど、他は普通だね。」
ウォバルさんとゴンザさんが次々と甲羅を斧で絶ち、剥ぎ取る。
「ロットンさんまずいです!手榴弾魚が増えています。」
「大丈夫だよ。」
「何が大丈夫なんですか!?」
「僕のパーティーは強いからね。」
宙に一線が引かれた。
その線が形成されたばかりの手榴弾魚を貫く。射抜かれた手榴弾魚はその場で爆発する。先ほどと違って単体で爆発しているので規模は小さい。
「ギアアアア!」
アスピドケロンが叫ぶ。
「今のはもしかして。」
「うちの射手の腕はかなりのものだろう?」
「ライオさん!」
手榴弾魚を生み出すためには、どうしてもタラスクの甲羅は邪魔になる。敵は甲羅のないところで手榴弾魚を出さなければならない。そこはつまり弱点なのだ。ライオさんはそのタイミングを狙って手榴弾魚を射抜いたのだ。
生まれた手榴弾魚が次々と射抜かれ、爆発し、アスピドケロン本体を痛めつける。タラスクの甲羅で自分の守りを固めるのが間に合わないのだ。
これでは相手にもう手はない。ただの固くて巨大なサッカーボールだ。
「ギョギョギョギョギョ!」
アスピドケロンがまた姿を変え始める。
「この期に及んでまだあるのか!?」
サッカーボールの底から、大量の根っこが生えだした。まるで巨大な球根だ。
「
ロットンさんが叫ぶ。
アスピドケロンから生えた巨木の根っこが一斉に地面に突き刺さり、地面を潜航する。
俺たちの足元から地鳴りが聞こえ始める。
同時に、甲羅をはがされた個所から砲門がまた生まれる。
砲撃が始まる。
俺とロットンさんは散会し、砲撃をかわしはじめる。
当時に足元から槍のような
「うおお!?」
俺はギリギリで、ロットンさんは難なくかわす。
砲門に意識を割かせてから足元の攻撃!?
こいつ本当に性格悪すぎだろ!
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