第48話 初めてのクエスト17

「う~む。」


 一人の少女。いや、ハポン国出身の人間は若作りに見えるらしい。

一人の女性は悩んでいた。


「どうするかなぁ。奥の手を使えばこの状況は打開できると思うけど~。」


 戦闘中のため、銀色の長髪を今は束ねている。その頭の上で兎耳が垂れ下がっている。

 多くの兎人の耳は上向きに伸びている者が多い。彼女のたれ耳は実は珍しい部類なのだ。赤い瞳は爛々と輝いて戦況を見つめている。


「ただなぁ。打開できるだけで討伐に繋がるか微妙なんだよなぁ。僕って元諜報員だし。もってる技術も魔法も、そもそもが大型魔物を想定してないんだよね~。」


 彼女、トウツは気だるげにタラスクの甲羅を断ち切る。

 足元でアスピドケロンの悲鳴が聞こえる。


「よしよし。難しいことを考えるのはやめよう。しんぷる、いず、べ~すと。僕への依頼はフィルたんの護衛。今うっかりロットンちゃんに投げやっちゃったし、そっちに専念しよ~。」

 トウツは音もなく巨大な球体から跳び下りた。




 ロットンさんと共に砲撃と根っこの攻撃をいなしていると、影が音もなく降りてきた。

 トウツさんだ。


「やほ~。フィルたん生きてる?」

「生きてますよ!何してたんですか!」

「化物の上をお散歩。」

「あんた俺の護衛だよね!?」

「もうフィルたん僕への言葉遣い崩れまくりだねぇ。距離が近づいたみたいで嬉しいよ。」

「俺は嬉しくありません!何で俺から離れてたんですか!」

「うぇへへ~。忘れてた☆」

「忘れてた☆じゃないんじゃ!」

「トウツさんか!助かる!ここを任せていいかい!」

 ロットンさんが叫ぶ。


「かしこま~。」

 トウツさんが砲弾を切断しながら返事する。


 すぐさまロットンさんは跳躍し、巨大な球根の上に飛び乗る。


「風魔法使わずに何でみんなあんな高く跳べるんだよ!」

「フィルたんはまだまだ鍛え方が、いや、鍛えた期間が短すぎるねぇ。」

 隣でトウツが答える。


 そんなことは俺が一番わかっているんだ。もどかしくなる。


 地面の揺れがどんどん激しくなる。足元に巨木魔人ビッグトレントの根が完全に張ったのだろう。

 足元から飛び出す根っこの槍も、どんどん激しさが増す。宙からくる砲弾。足元からくる根の槍。俺とトウツさんはかわし、切り飛ばしながら戦いを維持する。


 巨大な球根にまた変化が現れる。

 タラスクの甲羅が一斉に体内へ引っ込んだのだ。


「うぇ?」

 隣でトウツさんが間の抜けた声を出す。

「おいおいマジかよ!」

 頭上でゴンザさんの叫び声がする。


 嫌な予感しかしない。


 球体から真っ黒な棘が飛び出した。


『今度はウニかよ!』

 俺は思わず突っ込む。


『フィオ!ウニって何!?』

『ごめんルビー!答える余裕がない!』

 俺は根の槍を側転でかわす。


 アスピドケロンの上に乗っている三人は、当たり前のように無傷だった。

 何かもう、俺は心配すらしなくていいんじゃないかと思えてきた。


「あっぶねぇなこの野郎!」

 ゴンザさんの叫び声が聞こえてくる。


 その声の咆哮から長槍のような黒い棘がぼとぼとと落ちてくる。棘を斧でたたき割っているのだろう。


「自慢の甲羅が何度もたたき割られれば、手も変えてくるか。」

 本当に柔軟な敵だ。


「トウツさん、あの棘は何かわかりますか?」

巨大針魔獣ビッギブルヘッジホッグ。背中に針を背負った巨大なネズミ型の魔物だねぇ。」


 ウニじゃないのか……。


 ロットンさんが長剣で棘を根こそぎ伐採して足元を確保している。

 よく見ると、長剣が高熱で赤く変色している。火魔法を接近戦に応用しているとは、こういうことだったのか。超高熱ソード。熱で敵を断ち切り、場合によっては切りつけた相手を爆散させる魔法。魔剣の特性がそれをさらに加速させる。

 恐ろしい使い手である。味方でよかった。


 棘は恐ろしい速度で生え、ウォバルさんたちを貫こうとするが、ことごとくかわされている。初撃が通じなかった以上、三人にはこの攻撃は通じないだろう。


 相手の攻撃手段は無限に見えるだけで有限だ。


 今度は長い棘が一斉に短くなる。


「ただ短くした? いや、何か違う。あいつは変身する時は必ず一瞬体を肉片に戻す。今さっき見た棘は一瞬肉片に戻っていた。」


 ということは。

 俺は風魔法で自分の声を拡張する。


「気を付けてください!その棘、また別の魔物に変わっています!」


 上の方から三人の声が聞こえた。届いたようだ。

 異変を最初に感じたのはウォバルだった。


「棘が小さすぎて全部かわせないな。む、この膝の感覚は。」

 ウォバルはすぐさま気づく。


「ゴンザ!ロットン君!毒袋魚ポイズンプッファーだ!毒消しを!」


 叫ぶやすぐに、ウォバルは解毒用ポーションを懐から取り出す。アスピドケロンの上から跳び下り、空中で摂取する。


「フィル君、助かった。毒に早く対応できたのは君のおかげだ。」

 ウォバルさんが言う。


 俺はそれに何も言えなかった。俺が言わなくても、おそらくこの人は対応できたからだ。

 尻を触られる。

 隣を見ると、トウツさんがいた。


「……何ですか?」

「なんでも~。美ショタの尻はいつでも触りたいからね。」

「何となく、トウツさんがわかってきましたよ。」

「その調子で理解を深めたまへ。」

 トウツさんが鷹揚にかまえる。


 ゴンザさんとロットンさんも跳び下りてくる。


「危ない危ない。実力で勝てないと知るや服毒とはね。恐れ入るよ。」

「まさか森で海産毒食らうとはな。現役でもなかったぜ。」

 ガハハハッと、ゴンザさんが笑う。


「ふむ。ここからどう攻略するかだね。持久戦をすればもう勝ちは見えているが。」


 その場の全員で巨大な球体を見やる。


 アスピドケロンは根っこや砲撃をもうやめている。ただ、不気味にそこに立っているだけだ。巨木魔人の根が台座のようになって黒い棘だらけの球体を支えている。趣味の悪い不格好なトロフィーのようだ。

 体積は最初に比べると3割ほどになっている。半分以上はシャティさんの魔法で消し飛んだ形になるが、残りの1~2割は他の皆が壊したり、やつ自身が消費したりした分である。

 これ以上の消耗は危険。そう判断して砲撃もやめたのだろう。


「このまま終わるとも思えませんが。」

 ロットンさんが呟く。


 すると、変化が起きた。

 地面が揺れる。

 最初は地震かと思ったが、日本育ちの俺はそれが自然なものでないとすぐ気づく。

 揺れの向きがバラバラだ。おそらく奴が地中を根っこで揺り動かしているんだろう。


「お。」

「まだ手があるみたいですね。」

「次はなにかな~。」

 それぞれが臨戦態勢になる。


 瞬間、地面が割れた。あちらこちらに亀裂が入り、足場がどんどんなくなっていく。同時に、土が湿り気を帯び、泥に変わっていく。


 地割れと液状化現象!?

 瞬く間に足場が泥に飲まれていく。


「こいつ、足場を崩してきやがった!」

「地下水の水脈も壊したみたいだね~。」

「毒の狙いは殺すのではなく、私たちを地面に降ろすためか!」

 それぞれが叫ぶ。


「だがこのくらいで僕たちは倒せない!」


 ロットンさんが近くの木を長剣で切り出し、丸太にして飛び乗る。


「ちげえ!こいつに俺たちを倒す気はねぇ!逃げる気だ!」

 ゴンザさんが叫ぶ。


 俺も慌てて丸太を作って飛び乗り、やつを見る。

 アスピドケロンは形を球体から逆三角錐に変化させる。

 液状化して柔らかくした地中に潜り、逃げる気だ!


「ウォバル。どうする?」

 ゴンザさんが言う。


「……撤退かな。もう表皮にタラスクの甲羅を出している。あれを攻略するよりも、やつが地中に潜り切る方が早い。」


 え。


「だな。フィル坊の予想通り、やつは臆病だ。そしてやつは俺たちを脅威と感じた。この辺にはもう寄り付かないだろ。」


 なんで。


「そうですね。地中に埋まってしまいましたが、タラスクの甲羅やクラーケンの足、ワイバーンの頭など高級素材も大量にあります。収支もプラスです。こんなものでしょう。」


 そうじゃないだろ。


「僕もさんせ~。フィルたんが五体満足な時点で、僕の依頼も完遂されたからねぇ。」


 俺はまだ何もしていない!


「待ってください!」


 俺は叫ぶ。


 その場の四人が俺の方を向く。


「俺にやらせてください!まだ出来ることはあります。」


「そうか。やってみてごらん。」


 ウォバルさんが嬉しそうに俺を見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る