第49話 初めてのクエスト18

「で、どうするんだい?」

 ウォバルさんが俺を見る。


 他の三人も興味津々で俺を見ている。


 俺は慌ててアスピドケロンを見る。もう体長の四分の一が地中に埋まっている。説明する時間はない。


「あいつの体内に突貫します。」

「どうやって!?」

 ロットンさんが声を荒げて質問する。


「説明は後でします!時間がない!」

「ちょっとまちぃ。僕は君の護衛だよ~。行くなら僕も連れていって。」


 赤い瞳が俺を見る。彼女にしては珍しく、真剣に俺を見ている。

 正直、危険だから連れていきたくない。

 でも、この戦いで痛感した。俺はまだこの人たちと対等ではない。俺は被保護者なのだ。

 で、あれば。


「よろしくお願いします。とりあえず俺に抱き着いてください。」

「やるやるやるするするする!」


 トウツさんが一瞬で俺の後ろに回り込み、俺を抱きすくめる。

 何だ今の速度。出会って一番早かったぞ。残像すら見えなかった。


「フィルたんが言ったんだからね!公認したんだからね!やっぱダメ~はなしだからね!すーはー!すーはー!」


 我慢だ。俺は保護対象。俺は保護対象。

 男衆三人が俺を可哀そうなものを見る目で見てくる。

 やめろ。俺をそんな目で見るな。可哀そうなのは俺じゃなくて後ろの痴女だ。


 背中の痴女ではなく、周囲の魔素に意識を集中させる。いやでもちょっと柔らかい双丘に意識がもっていかれそう。素晴らしい弾力です。スパシーバ。

 気を取り直そう。

 探すは地中。意識を地面に少しずつおろしていく。やつが巨木魔人ビッグトレントの根を張らせたように、俺も意識の根を土に広げていくのだ。

 ————見つけた。

 俺は元の世界で中学生の時にした釣り堀を思い出し、地中に埋まったそれを引きずりあげた。


 ボゴッと音をたてて、真っ黒な円盤。いや、六角形の板が現れた。他にも二枚、三枚。中には破壊されて形が崩れているものもある。


「およ? タラスクの甲羅?」

 後ろでトウツさんが呟く。


「すごいなフィル君。どうやって取り出したんだい?」

 ロットンさんが言う。


「途中から自分が戦力として活躍できないと思っていたので、せめて剥ぎ取りの手伝いになればと。素材の表面の魔素に紐づけをしておきました。」


「すげえな、おい。」

 ゴンザさんが唸る。


「そうなんですか?」

「そりゃそうよ。魔力が直接見えるお前さんならではの魔法だな。敵が魔法に明るくない限り、永遠に追跡することもできる。えげつねぇ魔法だよそいつは。」


 ゴンザさんに褒められる。素直に嬉しくなってくる。


「でも、一か八かでした。この甲羅は死体とはいえ、まだ保有権がアスピドケロンにあったかもしれないので。もしそうだったら土魔法で引き寄せることはできなかったので。」


 土魔法で操作できるのは土か、それに類するもののみ。今回はタラスクの甲羅に付着した泥を利用した。

 そしてもちろん、土魔法では生物は操れない。アスピドケロンがまだタラスクの甲羅を自分の体の一部として紐づけしていれば、出来なかったことだ。


「だが、保険として手をうったんだろう? それが今、実っているんだ。上等だろうよ。」

 ゴンザさんがニカッと笑う。


「フィル君。それを持ち帰るわけではないのだろう? どうするんだい?」

 ウォバルさんが優し気な顔で聞いてくる。


「——こうします。」


 俺は足元の丸太を水刃ウォーターカッターで輪切りにする。輪切りになった板が二つ出来上がり、その二つを重ねる。その円盤を風魔法で浮かせて俺はトウツさんと共に飛び乗った。周囲には土魔法で浮遊しているタラスクの甲羅。

 まずは足場を固める。俺は亜空間リュックからあるものを取り出す。アーマーベアから取り出した鎧鋼がいこうだ。重戦士の冒険者が好んで使う素材。ただの鎧鋼ではない。俺が日課の魔力切れのために火魔法をひたすらかけ続け、ドロドロになった液体鎧鋼。

 亜空間リュックの中で保存されていたそれは、今でも赤く光り続けて高熱を放っている。それを丸太の円盤にコーティングして氷魔法で冷まし、鋼の足場を作る。


「大丈夫~? 重くて魔力の消費が増えない?」

 トウツさんが俺の頭に顎をぐりぐり押し付け言う。


「魔力はここで使い切ります。あとはどうにでもなれです。」

「そ~いうの、好き。」


 次は武器だ。タラスクの甲羅を貫く武器がいる。

 俺は土魔法で集めたタラスクの甲羅やその破片を一か所に固めて、鋭利なドリルを作り出す。形が崩れないように、液体鎧鋼を流し込んで継ぎ接ぎしていく。思い出すのは図工の授業で学んだ、はんだごて。


「へぇ。」

 ウォバルさんが俺の様子を見ながら笑う。


「いきます。」


 俺はトウツさんとドリルを携えて上昇した。場所はアスピドケロンの真上。ここから俺の最大の一撃を見舞う。

 上昇。上昇。上昇。

 自分の中に残っている魔力を計算しながら、ギリギリのところまで昇っていく。

 円盤の上に乗った状態で、俺はトウツさんと共に空高く舞い上がる。


「うふふ。二人っきりだね。」

 トウツさんが俺の耳に息を吹きかける。


「あんたどこでも平常運転だな!!?」


 一瞬、円盤がぐらつく。

 俺は足元の銀色の円盤に完成したドリルを付ける。巨大なドリルの台座に二人で立っている形になる。


「あ。僕、フィルたんがしたいこと分かったかも。」

「そう、そういうことです。」

「僕、高い所苦手なんだよね。」

「最初に言ってくれません!?」

「いや、フィルたんに密着できて舞い上がっちゃってさ~。二重の意味で。二重の意味で!」

「うるせえ!」


 足元のドリルが回転し始める。円盤を二つ作ったのはそういうことだ。ドリルと接続された円盤が回転し、俺の足元の円盤は回転しない。

 回せ、回せ、回せ、回せ。俺は風魔法でドリルの周囲にある空気抵抗を限りなくゼロにしていく。そして土魔法を全力で駆使してタラスクの甲羅とアーマーベアの鎧で出来たドリルを螺旋させる。


「二属性複合。やるねぇ。」

「いいえ。三属性です。」

「え?」


 ジェット噴射する。火魔法を上空に突き上げる。出来るだけ垂直に。力の漏れがなく。横にずれる力は風魔法で強引に調整する。


「食らえよ!デカブツ!土槍螺旋サンドドリルライナー改め!複合金螺旋突貫フルメタルドリルライナーアアアアア!」


 がくん、と高度が下がっていく。一瞬で落下速度9.8に到達し、それを越えて加速し続ける。風魔法よ、邪魔する空気の層を取り払え!土魔法よ!螺旋を加速し続けろ!火魔法よ!饒舌に火を噴き上げろ!


「はっや。これ甲羅割れなかったらどうするの?」

 耳元でトウツさんが言う。


「そこまで考えてませんでした。」

「え“。」


 目の前にはもうタラスクの甲羅がある。

 俺にはトウツさんやウォバルさんみたいな技術はない。ゴンザさんやロットンさんみたいな火力もない。

 だから考えなければいけない。いくらタラスクの甲羅を素材に使おうが、重力加速度の力を借りて威力を上げようが、所詮は俺の魔法。五歳児の魔法なのだ。火力が足りるわけがない。

 この甲羅はハニカム構造だ。特定の甲羅が衝撃を受けると他の甲羅へ衝撃を逃がす構造。ウォバルさんとトウツさんは技術で砕き、技術で斬った。ゴンザさんは膂力りょりょくで砕いた。ロットンさんは火力でたたき割った。

 じゃあ、俺は?


 俺はこの六角形と戦わない。狙うはその隙間!突貫魔法なんて中途半端にかっこいい名前をつけたが、これは貫く魔法ではない。分け入る魔法だ!

 針の穴を通すように、甲羅と甲羅の間にドリルの先端を突き刺す!


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 後ろでトウツさんが俺を抱きすくめる。力があふれてくる。彼女が俺の体を強化してくれているのだ。

彼女は後方支援職バッファーではない。無理をしてくれている。俺のために。

 バガン!と何かを破砕する音がして、周囲が真っ暗になった。




「彼は意味がわからないなぁ。」

二人がいなくなった空間で、ウォバルが呟く。


「だな。常識的なガキかと思えば、あんなことしやがる。」

 ゴンザがそれに答える。


「いや、あれ大丈夫なんですか!? 甲羅にぶつかった衝撃で死んでません!?」

 ロットンが慌てる。


「いんや。兎耳の嬢ちゃんがいるから問題ねぇだろ。ありゃあ、まだ手の内を隠してやがる。」

「そうなんですか?」

「多分、だけどな。ただ、確信に近い『多分』だ。」

「……彼、あの魔法に三属性使っていましたね。」

「そうだな。兎耳の嬢ちゃんどころじゃねぇ。あいつも隠してやがったな。」

 まぁ、察してたがなとゴンザが笑う。


「火・土・風の融合魔法。しかも水魔法も単体で使っていたね。四属性だ。」

 ウォバルが言う。


「四属性。あの齢で。ストレガ氏の弟子になるわけだ。」

 ロットンが渇いた笑いを浮かべる。


「自分の進む方向にある空気を取り払うことで加速する。あんな魔法があるなんてね。子どもだからこそあんな柔軟な発想が出るもんかね。」

 ゴンザが髭をなぞる。


「何にせよ。リーダーとして通達するよ。ここでクエスト自体は終了とする。フィル君がしてやった場合は達成とギルドに報告。出来なかったら敵は逃亡。安全の確保に成功と報告する。もしもの場合、トウツ君とフィル君の救助ミッションが発生する。各自魔力の温存をしつつ、素材の収集を始めるべし。」


「おうよ。」

「了解しました。」


 ウォバルは上空に信号魔法を放ち、ライオとシャティを抱えて潜伏しているミロワに合図を送った。

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