第50話 初めてのクエスト19

 周囲は真っ暗だった。

 当たり前だ。生き物の体内なのだ。いや、これは体内といえるのだろうか。アスピドケロン、否、キメラが集めに集めた魔物たちの剥製の集合体。


ライト。」

 俺は周囲を光らせる。


 そこは洞窟のようだった。だが、壁が生きているようにも感じる。


「この壁、生きてるのか? 死んでるのか?」

「どちらかと言えば、死んでるだろ~ね。」

 トウツさんが俺の尻をもみながら言う。


「シッ。」

「おっと。」


 俺のローキックを彼女は軽々とかわす。


「糞おおおおお!俺にリーチがあればああああああああああああ!」

「さっきの複合魔法の時以上に迫真の叫び声あげるのやめてほしいな~。」

 のほほんとトウツさんが言う。


「それにリーチが長くても、そんな蚊が止まりそうな蹴りは当たらないよん。」

 にへら、とトウツさんが笑う。


「トウツさん。」

 俺は地面を見ながら言う。


「なぁに。」

「俺に体術教えてください。」

「セクハラを容認してくれればおーけー。」

「あんたのセクハラをやめさせるために習いたいんですけど!? 本末転倒か!」

 俺はがばっと顔をあげる。


「か。」

「か?」

「かわいいいいいいいいいいい!」

 トウツさんがこっちを指さして絶叫する。


 俺はこんなにテンションの高いトウツさんを見るのが初めてなので困惑する。


「え?」

 俺は後ろを振り向く。


「どこ見てんの!天然か!かまととぶってるの!?かぁ↑わぁ↑い↓~い~↑!」


 そこで俺は気づく。気づいてしまう。

 手で顔をさわる。もう一度さわる。何度も、ぺたぺたと。


 ない。

 ない!

 お面がない!


「うわああああ!」


 ない!お面だけじゃなくて頭に巻いてた手ぬぐいもない!頑丈なローブと大事な亜空間リュックは大丈夫だ。でも見られてしまった!顔を!知られてしまった!秘密!俺の秘密!


「へ~。耳長族だったんだぁ。そりゃ顔も隠すよねぇ。わ~、すっごい。子どもの耳長族なんてレアだよぉ。あいつら成人しないと森から出ないからね。生きてて良かったぁ。あの美の化身の種族ってショタはこんなんだったんだぁ。」


 トウツさんは俺の顔をぺたぺたとさわる。


「えい。」

 トウツさんが俺の耳を優しくつねる。


「あん。」

 思わず変な声が出る。


「何その声。誘ってるの~?」

「誘ってないし!というか顔見るな!」

 慌ててローブで顔を隠す。


「一回見られてるから今更隠しても遅いんじゃないの~?」

「五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!」


 俺は照明魔法をやめて辺りを真っ暗にする。


「二人っきりで暗室とは。同意とみてよろしいですね?」

ライトオ!」

 全力で照らす。


「もう!もう!嫌だ!」

「地団太ふむフィルたんもかわええなぁ。」

 トウツさんの顔が液体みたいにとろける。


「うっさい!ほっとけ!キメラ探す!アスピドケロン倒す!」

 俺は彼女を置いてずんずんと洞窟の奥に進む。


「あ~、待ってよ~。もうちょっと耳触らせて~!」

「うっさいばーか!!」


 散々だった。


 閑話休題。


 俺は気持ちを切り替えないといけない。

起こってしまったことは仕様がない。取り返しはつかないのだ。

 であれば、これからのことを考えるほかない。

 などと気持ちを静めようとした矢先に敵が現れた。


 骨人スケルトンだ。


「邪魔ぁ!」

 俺はドロップキックで粉砕する。


「いつになく荒々しいねぇ。」

「あんたのせいだよ!」


 などと会話をしていると、骨人はどんどん数を増やしていく。色んな魔物を解体したからわかる。人型はいない。リザード、コボルト、ゴブリンの骨がほとんどだ。


「骨人は保存が簡単だ。考えてみればキメラのコンセプトに一番合った魔物なのかもな。」

「それもそ~ね。」

 すっと、トウツさんが前に出る。


「戦ってくれるんですか?」

「フィルたん、魔力もうないでしょう?」

「————お願いします。」

「お姉ちゃんに任せなさい。」


 トウツさんは長刀ではなく、短い脇差を手に持った。

 ここは洞窟、のようなところ。長物は扱いづらいということだろう。


 トウツさんは歩きながら敵を刻んでいく。時折壁や床からも攻撃が飛んでくるが、何事もないかのように、彼女はさばく。


 余裕が出てきたので、俺はまた思考する。

 今言えることがあるとすれば、彼女だ。そう、彼女さえどうにかなれば解決するのだ。トウツさんを除けば俺の顔を知っているのは師匠のみ。師匠は俺の事情を、もしかしたら俺以上に知っている人だ。だから問題ない。

 問題は彼女だ。

 彼女が口を割りさえしなければ俺の存在は明るみに出ない。エルフは閉鎖的な種族とはいえ、六次の隔たりという言葉もある。誰がエルフの関係者と繋がっているかもわからないのだ。

 どうすれば彼女に黙っていてもらえるだろうか。交換条件を考える。

 秒で妙なことを要求される発想しかわいてこなかった。


 そもそも俺は彼女相手に対等な交渉が出来るのだろうか。

 俺は彼女の肩を見る。矢が突き刺さった跡。俺をかばった時に刺さったものだ。


 無理だ。俺の良心がそれを許さない。

 顔を見られた件を抜きにしても、今俺は彼女に顔を上げられない立場なのだ。

 それを分かったうえで、あえて彼女は俺にセクハラをして空気を和ませてくれたのかもしれない。


 骨人を切り飛ばす彼女と目が合う。

 彼女は可愛らしくウィンクした。


 いや、考えすぎか。あの人が俺にそんな空気読んだ配慮なんてしてくれるわけがない。

 であれば。であれば、だ。俺が監視するしかない。


「トウツさん。」

「ん~。なぁ~に~?」

「俺とパーティー組みませんか?」

「やるやるやる!するするする!」

 彼女の周囲にいた骨人の上半身と下半身が一瞬で一斉にわかれた。


 おい待て。今のどうやった。

 刀抜いたモーションすら見えなかったぞ。


「そうですか。このクエストが終わったら正式にギルドに申請しましょう。」

「ど~いう風の吹き回し~? あんなに僕の誘いを断ってたのにさ~。」

 トウツさんがニヤニヤしながら言う。


 たれ目が元気いっぱい吊り上がっている。たれ耳も上に元気よく跳ね上がっている。腹が立つ顔だ。

 ちなみに彼女は喋りつつも壁から飛んでくる矢を脇差で斬り落としている。手元の動きが全く見えない。ゲームのバグに見えてくる。


「俺は、弱いです。」

「うん。」

「トウツさんは強いですよね?」

「んー。少なくとも地元の同期の中では、一番だったかなぁ。」


 ハポンは魔法使いが少ない代わりに質が高い。ということは、彼女はやはり優秀なのだろう。


「俺は強くなりたいんです。そのためにも貴方が必要です。」

「プロポーズかな?」

「ぶっ飛ばすぞ。」


 あはは~と、気の抜けた笑いで彼女は返事をする。


「でも、それならすでに国一番の魔法使いが君のお師匠さんでしょう?」

 トウツさんが屈んで俺の顔をのぞき込む。


 俺のことをフィルたんではなく、君と呼んだ。彼女なりに真剣に話を聞いてくれているのだろうか。


「貴方と師匠の強さは別物です。ジャンルが違う。」

「まぁ、あのおばあちゃん後衛っぽいしね。」

「見たことあるんですか?」

「遠目にね。あれは戦場で出くわしたら、秒で逃げの一手だなぁ。」


 やはり師匠はすごいのか。一緒に戦った彼女がこう評するのだ。

 わかってはいたけど、やはりあの人は規格外なのだろう。

 掃除、炊事が出来ないけども。


「……俺の目指す強さは師匠みたいなものじゃないんです。」

「ふうん。」

「あの人は多分、トウツさんの言う通り戦場に出れば活躍したんでしょうね。」

「この国の教科書に載るくらいには、実際活躍してるねぇ。」

「…………。」

「どうしたの?」

「師匠、そんなこと教えてくれなかったんですけど。」

「あちゃ~。」


 あの人本当、自分のこと語らなさすぎだろ!


「話を戻します。ただ、あの人の力は攻撃なんです。」

「攻撃?」

「はい。もちろん、防御や要人警護の心得くらい師匠もあったとは思うんですけども。ただ、俺の目指す強さは特定の誰かを守るためのものと決めているので。」


 俺はクレアを思い出す。

 もう五年も会っていない双子の妹。

 本当に不思議だ。彼女との思い出なんてこれっぽっちもないけど、俺は彼女を守ることが自分の至上命題だと当たり前のように感じている。

 そしてそれが心地よい。


「特定の誰かって、僕?」

「ばーかばーか!」

「最近、フィルたんは僕と話すとき知能が低下してるよね。五歳児だからこれが普通なんだろうけど。」


 話の腰を折らないでほしい。


「兎に角!貴方の剣技は俺が欲しい力に近しいものがあるんです!」


 魔法は必要だ。だが体術も必要だ。

大事な人を守るとき、少しでも早く動く肉体が欲しいのだ。


「お~け~。僕もフィルたんと一緒にいたいからさ、別にい~よ。」

「いいんですか?」

「ん。ハポン国にいない時点で、僕の人生は既に隠居生活みたいなもんだしねぇ。」


 ほんの少し。ほんの少しだけ彼女の笑みに影が見えた気がした。

 そうだ。この人は俺と同じなんだ。在りし日の故郷に、帰れない人間。


「まぁ、仲良くしてあげないでもないですよ?」

「照れ隠し~?」

 彼女が面白がって俺の頬をつつく。


「ばーかばーか!」

 俺は見た目通りのガキのように罵倒する。


「んふふ~。」

 彼女はそれを面白そうに見る。


「……もう一つの理由は、監視ですね。」

「監視?」

 彼女は斬撃を飛ばして前方の骨人たちを蹴散らす。


 え、ちょっと待って今のどうやったの?

 魔力の収束が見えなかったんだけど。


「わけあって俺は顔を隠していたんです。」

「ふんふん。」

「理由は話せないですけど。」

「わかった。追及しないね。」

「ありがとうございます。」

「別に~。これはフィルたんだからの配慮じゃないよ? 冒険者の常識。どうせみんな腹に一物抱えている。お互いに腹のつつき合いはするなってね。」

「冒険者の不文律って、よく出来てるんですね。」

「大雑把だけどね~。」

「確かに。」

 ギルドの様子を思い出し、俺は笑う。


「笑うフィルたん可愛いねぇ。ア「言わせねえよ!」かしたくなる。」

「アナル犯したい。」

「何で言い直した!?」

「で、顔を隠してる話の続きは?」

「えっと、わけあって俺はエルフの人たちに存在がばれたくないんですよね。」

「忌子だから?」

「……気づいてたんですか?」

「耳長族のしきたりは、別にトップシークレットではないよ。僕の国にも、あいつらはいたからねぇ。」


 和風エルフ。気になる。


「それに、耳長族なのにストレガのおばあちゃんに育てられている時点で察するに余りあるよ。」

「それもそうですね。」


 確かに、推測しやすいといえば、しやすいのか。


「まぁ、そういうわけなんです。俺は森のエルフたちに知られたくないんです。生きていることを。」

「それでいいの?」

「よくないです。」


 トウツさんの眼が少し丸くなる。


「俺の目標はそれです。忌子であることがどうでもよくなるくらい、俺という存在の有用性を示してみせます。俺をあの人たちの中に引き入れてもらう。目下の目標はそれです。だから、今の弱いままあの人たちに俺の存命を知られたくないんです。」

「フィルたんは、知ってて言っているの?」

「何がですか?」


 トウツさんが今まで見たことないくらい真剣な表情をしていることに気づく。

知っている?

 何を?

 俺は何か見落としているのか?

 だとすれば何だ?


「いんや~何でもない。それよっかさぁ、次いこ次。」


 トウツさんが俺の背中を押し始める。


「何なんですか。」

「えへへ~。何でもな~い。」


 こんな会話をだらだらと続けながら、俺たちはアスピドケロンの深部へと進んでいった。

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