第51話 初めてのクエスト20

「いよう。」


 ライオはのんびりと歩きながらウォバルたちと合流した。


「やぁ、来たね。」

 リーダーのウォバルが応える。


 ここはアスピドケロンから少し離れた合流ポイントだ。

 ゴンザとロットンは既に食事を始めていた。

 目の前にアスピドケロンがいるため悠長に見えるが、これは冒険者としては合理的な判断である。

 アスピドケロンは持久戦が得意な魔物である。

 いつ戦いが再開されるかもわからない今、食事はとれるときにとっておく。


「やっこさん、止まっちまったね。」

 ライオがアスピドケロンを見上げる。


 地面に突き刺さった円錐状のそれは、スポーツ開催者が足りないセンスでこしらえた競技場前にあるオブジェクトのようである。


「体内に異物が入ったからね。そっちの対応に必死なのだろう。私達が攻撃を仕掛けないのも一つの要因だろう。」

「フィルが空中から加速落下したときは何考えてるのかわかんなくて焦ったね。ただの将来有望なガキじゃなかったな、ありゃあ。」

「あれは私らと同じだろうね。」

「ああ、スリルジャンキーだ。」

 ライオがニカッと笑う。


「それにしても済まないな、大将。俺の矢じゃあ、あのデカブツ相手に出来ることが少なかった。」

「何を言う。最高の働きだったさ。」

戦斧旅団アックスラッセルのリーダーに言われると自信が出るね。ありがとうよ。」

「引退したロートルの誉め言葉さ。さしたる価値はないよ。」

「おいおい。謙虚は過ぎるといやみだぜ?」

「その台詞、現役時代もよく言われたよ。これは私の病気みたいなものだから気にしないでくれ。」

「そうしておく。」

「おーい!突っ立ってねぇで飯食うぞ!」


 少し離れたところからゴンザとロットンが手を振る。


「前衛の連中は体の作りが絶対おかしいわ。あんだけ激しく戦ったあとにあんだけ食えるんだからな。」

 うへえ、とライオは顔をしかめた。


 ゴンザとロットンの前には肉が所狭しと並べて焼かれている。

 ゴンザが亜空間ポケットから取り出した鉄板に、ロットンが保存してもっていたワイバーンの肉をひたすら焼いている。


「言っておくが、私も前衛だけどもね。彼らと一緒にしないでほしいなぁ。」

「はいよ、大将。」

「はよ来い!肉がなくなるぞ!」

「ワイバーンの肉がなくなるって、どんな胃袋してんだよ!」

 ライオが叫び返す。


 男四人が鉄板を囲んでしばらくすると、シャティを背負ったミロワが現れた。

背負われてはいるものの、シャティの意識ははっきりとしている。


「何で野菜が一つも焼かれていないの。私、魔力切れで気分が悪い。」

「えっと、ちょっと待っててね。シャティちゃん!」

 ミロワが慌てて亜空間ポケットから野菜を取り出し、並べていく。


「済まない。僕は野菜は携帯していないんだ。」

「ロットン。貴方は見た目に反して肉食すぎ。」

「そうかい? 男はみんな肉ばかり食ってるものだと思うけど。」

「お前は限度がおかしいんだよ。」

 ライオがため息をつく。


「食べながらでいい。簡単に意見交換をしておこうか。」

「はいよ大将。」

「了解。」

「おうよ。」

 ミロワはこくこくと頷いている。


「あのアスピドケロンだがね、おそらく動かないのは体内で暴れているトウツ君とフィル君が要因だろう。」

「注意がそちらに向いている、と?」

 ロットンが肉を口に運びながら問う。


「そう、まさにそれだよ。ロットン君はアスピドケロンと戦って、どう思った?」


 ロットンは肉を噛みしめながらしばらく考えるそぶりを見せた。


「……あの図体の魔物にしては手数が多かった。けど、手数のわりには動きがかなり読みやすかったですね。」

「その通り。読みやすいんだ。」

「どういうことだよ大将?」

 ライオが問う。


「私とゴンザは海でも魔物と戦ったことがある。おかげで手榴弾魚ボマーフィッシュにも対応できた。戦った相手には小型ではあったものの、クラーケンもいた。」

「マジか。」

「すごいですね。」

「驚愕。」

 導き手の小屋ヴァイゼンハッセのメンバーが驚く。


「アスピドケロンのクラーケンの足を使った攻撃は多彩さに欠けていたよ。明らかにね。一度に多数の足が襲ってきたときは、叩きつけるか突き刺すのほぼ二択だった。ただし、一本の足の操作に集中している時間帯は薙ぎ払う、巻き付く、フェイントを混ぜることもしてきた。」

「操作不完全?」

 シャティが言う。


「その通りだよ。キメラの本体は犬のような魔物。つまり、元々操作する自分の体は四足歩行動物のそれなんだ。クラーケンみたいな体を動かすのは勝手が違ったんだろうね。」

「なるほど。」

「戦いの後半、やつの体はどんどんシンプルな形状に変異していった。終盤なんてただの球体だったからね。余裕がなくなってきたから操作が簡単な戦い方にシフトしたんだろう。」

「やっこさんも馬鹿じゃなかったってことか。」

 ライオが髪をガリガリとかきむしる。


「あれが静止しているのはそういうことだろう。」

「余裕なし。」

「シャティ君の言う通りだ。トウツ君がいるから安心して送り出したが、フィル君は本当にやり遂げてしまうかもしれないね。ここにいるA級みんなが諦めたことをね。」

 ウォバルは心底楽しそうに話す。


「お前もあの坊主のことを、かっているんだな。」

 ゴンザが肉を噛みちぎりながら言う。


「期待しているさ。歳を取るとね、若い可能性が現れるのを見るのが楽しくて仕様がない。ロットン君たち。もちろん君らもそうだよ。」


 ベテラン二人がくつくつと笑う。


「フィルは、三属性の複合魔法に成功していた。学園でも出来る人は教師含めても指で数える程度だった。私も、やる。」

 ふんす、とシャティがやる気を出す。


「私も回復魔法をもっと極めないと。今日の戦い、私の回復魔法がもっと強ければシャティちゃんは三発目を打てた。それで終わってた。」

 珍しく、人前でミロワも話す。


「俺は兎に角火力だな。弓でどうにか火力を底上げする方法を考えないと。フィルの魔法が参考になったな。今度真似してみるか?」

 ライオもうなる。


「僕も長剣の範囲でしか戦えないのは厳しいと感じたよ。考えないとね。」

 ロットンも反省点を出す。


「必要な武具が出来ればギルドの力を使って提供できるぜ? 何なら俺が作ってもいい。」

 ゴンザが言う。


「では、私は練習相手になろうか。」

 ウォバルも乗ってくる。


「いいですね。村を出る前に手合わせ願いたいです。」

「構わないよ。」


 みんなが肉と野菜をつつきながらわいのわいの話している中、ミロワはアスピドケロンを見て呟いた。


「フィル君、今どうしてるかなぁ。」

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