第52話 初めてのクエスト21

「敵がぬるいと思ってたけど、やっぱこういうことだよなぁ。」

「そうだね~。」


 俺とトウツさんが呟く。


 目の前には広い空間。

 そしてその壁にはびっしりと大型魔物の骨が遺跡のように埋め込まれていた。

 おそらくこれが全部動くのだろう。

 ここがダンジョンだとすると、ボス部屋ということなのだろう。

 いや、もしかしたらアスピドケロンは昔ダンジョンを見たことがあって、見よう見まねしているのかもしれない。

 ちなみに、この世界ではダンジョンというものは伝承では存在するが、実際には存在しないらしい。

 あると思ったんだけどなぁ、ダンジョン。どうしてないんだろう、ダンジョン。何故ないジョン。


「ここに僕らを誘導して、残りの戦力を全て投入して潰すって感じかねぇ。」

「だとしたら、これで終わりなので助かります。」

「そうだね~。どうする?」

「行きます。行くに決まってますよ。」

 俺はきつけにポーションを一本あおる。


 残り少なかった魔力が、幾分ましになる。


「ラストスパートだ。頼みますよ、護衛さん。」

「任せてよ、小さな耳長さん。」

『僕もいるからね!』

『もちろんわかってるさ、親友。』


 さぁ、ラストバトルだ。


 俺とトウツさんが空間に足を踏み入れると同時に、壁の骨たちがべきべきと剥がれて自立し始める。

 土くれのような気質に見えていた壁が肉のように、ボコボコと隆起する。肉片が壁から離れ、骨にべちゃあ、とぶつかり同化する。骨を肉片がコーティングしていき、巨大な人形のモンスターが形成されていく。


「いや、骨のまま戦わないのね。ボス部屋最初のお客様は、オークか。いいね、相手してやんよ!」

 俺とトウツさんは威勢よく飛び掛かった。


 威勢のよさは声だけである。

 トウツさんだけがオークの懐に飛び込み、俺はそのまま後ろに控える。

 格好付かないって? 仕様がないじゃないか。俺は後衛なんだ。

 自分の役割を放棄すれば、それこそトウツさんに迷惑をかける。

 人は自分が出来ること以上のことは出来ない。今日の戦いで嫌というほど理解した。


 あっという間にトウツさんはオークの両膝を輪切りにする。

 俺の仕事がない。

 でも、魔力を練ることは止めない。


 地面に伏したオークの周囲の骨たちに、肉片がどんどん集まってくる。


風刃ウィンドカッター。」


 俺は風魔法で骨たちを刻んでいく。

 少しでもトウツさんの負担を減らす。

 魔力が残り少ない。魔力をつぎ込んで風の刃の威力を上げれば骨を切断できるのは容易い。だがそうはいってられない。俺は最低限の魔力をつぎ込み、骨の関節部分を狙い「切断」するのではなく「分解」していく。


「相変わらず魔法の精度がすごいねぇ。」

「このくらいできないと師匠の模擬戦で土俵にすら上がれないんですよ!」

 俺はコボルト型の骨人を三体ばらす。


 トウツさんは強い。

 だが、あくまでも剣士だ。

 一度に多数の敵を倒すことや範囲攻撃は出来ない。

 本来は後衛である俺が、力の弱い骨人を一掃しなければいけない場面のはずだ。敵を減らす速度より、敵が増える速度の方が早い。

 ゴブリン、リザード、コボルト、バトルウルフ、アーマーベアもいる。大型の魔物はオーク、ワイバーン。

 そして、奥の方で壁から巨大な爬虫類型の骨が頭をもたげて現れ始める。


「ドラゴンゾンビかよ!?」


 いつかは戦うとは思っていた。

 骨とはいえ、もうドラゴンと戦うなんて!


「落ち着いて。慌てても敵は減らない。」

「わかってます!」

「瞬接・斬。」

 トウツさんが消えた。


 そう思ったら、ゴドンと物が落ちる音が聞こえた。


 見ると、数十メートル先で壁から出ようとしていたドラゴンゾンビの首を斬り落としていた。


「わぁお。」

 何か空気読んでない感じがするけど、命がけだから仕様がないね。


「フィルたん。」

「ハイなんでしょう。」

 今の技を見て驚いていたため、つい敬語になる。


「僕は斥候スカウトも出来る。耳がいいからね。」

「なるほど。」


 エルフである俺もいい方だが、やはり獣人。向こうの方がスペックがいいのだろう。


「少し時間をもらえれば、本体のキメラを探せると思う。」

「分かりました。時間を稼ぎます。」


 すぐさまトウツさんが地面に這いつくばって、耳を床に押し付けた。

 俺はトウツさんのすぐ横に立って風魔法で敵をけん制する。


「そこまで近くに寄るなら、僕の背中を踏んでい~よ。」

 トウツさんの息が荒い。


「うっさいばーか!!」

 腹が立ったので紅蓮線グレンラインに風魔法で酸素を供給して周囲を焼き尽くす。


「何その魔法。フィルたんの残り魔力じゃ~、そんな火力出ないよね?」

「うっさいばーか!」

 俺は知能を落としつつ戦う。


「はてさて。キメラ君、キメラ君。臆病で怖がりで狡猾な君のことだ。体内の僕らが気になるはずだ。怖いはずだ。帰ってほしいはずだ。どうせ見てるんだろう? 見える範囲にいるんだろう? 骨たちの動きは地上の魔物たちよりも精密だ。近い所にいるはず。逆探知してあげるね~。」

 トウツさんが完全に目を閉じた。


 体に張っていた身体強化ストレングスも解除している。

 彼女を守るのは今、俺しかいない。

 この人は何でこんな不用意に俺を信用するんだ!


「くっそ。魔力確保よりも安全マージン優先だ!」


 俺は視界が狭くなる紅蓮線をやめ、火球ファイアーボールに切り替える。

 ミシミシと音がする。俺たちが入ってきた入り口が閉ざされたのだ。


「もう逃がさないってか!?」


 目の前に来たゴブリンを消し炭にする。

 いや、待て。何かおかしいぞ? 何故俺たちが踏み入れた瞬間に閉めなかったんだ?


「酸素か!」


 俺は火魔法をやめて風刃ウィンドカッターに切り替える。


「くそ!くそ!くそ!どんだけ性格悪いんだよこいつ!」


 俺が火魔法を使うのを確認してから、通気性をシャットダウンしやがった!

 天井から肉球の塊が降ってきた。それは空中で浮遊している。浮遊しているということは!


手榴弾魚ボマーフィッシュ!?」


 俺はトウツさんの前に立ち、風之防壁ウィンドシールドを二層張る。層と層の間を真空状態にして火の通りも阻む。


 発破。

 目の前で爆音がする。


「まずい!煙で視界が!」

 俺は慌てて風魔法で煙を飛ばす。


 飛ばしたころにはゴブリン、コボルト、ミノタウロスの骨人が飛び込んできた。

 ミノタウロス!?

 この瞬間アンブッシュのためだけにとっておいたのか!?


「ふっざけんなぁ!」


 俺は亜空間リュックからタラスクドリルを取り出して蹴散らす。重量があるため魔力を消耗する。


 遠くで爆発音が聞こえた。また手榴弾魚だ。


「何故こっちを狙わない? いや、酸素消費か!」


 俺が火魔法を使わないから自ら使ってきやがった!

 しかも視界の奥ではゴブリンなどの骨人がドラゴンゾンビに吸収されて修復を始めている。

 そうだ。キメラは継ぎ接ぎの魔物!自分の体を混ぜることが出来るのなら、当然他の魔物をミックスすることだって可能!


「させるか!大鎌鼬ヒュージウィンドカッター!」

 修復中のドラゴンゾンビを傷つける。


 距離があり、魔力をもっていかれた。

 威力もトウツさんの抜刀にはるかに及ばない。時間稼ぎはできたが、じり貧だ。俺の残り魔力も酸素も底がつきそうだ。


「フィルたん、見つけた。」

 トウツさんが呟いたのはその時だった。


「待ってた!!」

 俺は叫ぶ。


「もう身体強化かける余裕もないでしょ。来て。」

 トウツさんが膝立ちしながら両手を胸の前に差し出す。


「…………。」

 不覚にも敵前で静止してしまった。


「どしたの? 抱っこして連れて行くよ。かもんかもん。」

「何もしないですか?」

「確約は出来かねぬ。」

「そこは約束しろよ!」

「フィルたんも僕に言う割にはよゆ~あるよね。」

「あんたのせいだよ!うお!?」

 ゴブリンの斧によるスイングをしゃがんでかわす。


「もう!変なところ触るなよ。」

「もちろん。」

「くそ!」


 俺はトウツさんの胸に飛び込む。


「うぇへへ。ショタが自らきおった。」

「怖い!怖い!」

『やめろこの汚い兎!フィオを離せ!』

 隣でルビーも叫ぶ。


 視界の風景が掻き消えた。トウツさんが加速したのだ。


「初速でこんな出るのかよ!」


 スポーツカーかよ!


「いかに無駄な動作がなく動けるかが、ハポン古流術の永遠のテーマ。」

 トウツさんが呟く。


 全ての骨人を素通りしていく。

ドラゴンゾンビ相手に腕試ししたい気持ちは少しあったが、贅沢は言える状況にないし俺の魔力に余裕もない。

 トウツさんは閉ざされた壁を一瞬にしてみじん切りにして突破する。


「ぶはっ!」

 一気に酸素濃度が濃くなったので、空気を吸い込む。


「それはしちゃだめ。」

 トウツさんが俺に口づけをした。


「むー!むー!?」

『あああああああああああああああああ!』

 隣でルビーが絶叫する。


「な!」

 叫ぼうとする俺の口を手でふさがれた。


「毒。」

 トウツさんが短く言う。


「!」

 俺は慌てて亜空間リュックから毒消しポーションを取り出し、あおる。


「空気薄くした部屋突破した瞬間に気体毒とか、どんだけ徹底してんだよ!」

「多分、今のが最後の抵抗だろうね~。」

「ああああ!俺のファーストキスが!」


 前世のはノーカンだけども!


「ご馳走様でした。大変おいしゅうございました。」

「キスしなくても塞げただろ!?」

「…………。」

「おい、こっち見ろ。おい。」

「本体のところに着くよ。」

「おい、無視か。おい。」

「あの部屋だね。門番がいる。」

「門番?」


 音もなく失速してトウツさんは俺を降ろす。

 見ると骨人が二体、肉壁で出来た部屋のような場所を守っている。

 魔物の骨ではない。人間の骨だ。

 それもただの骨人ではない。身体を軽装の鎧で包んでいる。

 俺には分かる。あれは付与魔法エンチャントありの装備だ。どちらも生前は力のある冒険者だったのだろう。右の門番は長剣、左の門番は両手にハーフソード。


「生前はB級上位ってところかなぁ。どうする?」

「一体ずつ相手しましょう。トウツさんは終わったら加勢お願いします。」

「りょ~か~い。」


 おそらく、トウツさんだけで大丈夫な相手だろう。

 だが、俺は強くなりたい。これは絶好の機会だ。


「いくぞ、骨野郎。」


 ボス前攻略、開始。

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