第53話 初めてのクエスト22
俺はクラウチングスタートの姿勢をとる。陸上選手の美しく規律正しい形ではない。
ここにキック用のステップはない。
もっと野生の獣のように、地面に這いつくばるような姿勢。
頭にイメージするのはトウツさんがドラゴンゾンビ相手にした高速移動術。
身体を前傾に倒す。ひたすら脱力して倒す。倒れる瞬間に全身の筋肉を緊張させ、関節に力をためる。ばねのように爆発的な推進力を生み出す。
スタートダッシュはいかに上手く地面を蹴れるかだ。頭の重さを肩に乗せ、腰に乗せ、膝に乗せ、そして足首に乗せる。身体の可動部分が加速して動かせるよう、そこに重点的に魔力をつぎ込む。地面に接地する足の裏は反動係数を跳ね上げるために魔力をつぎ込む。そして目の前の空気の層を風魔法で取っ払う。風は敵じゃない。味方だ。喧嘩するのではなく、和解するのだ。押し分けるのではない。すり抜けるのだ。
今だ!
体の力のベクトルが長剣戦士の
一歩で音もなくロケットスタート、二歩目でわずかに横にぶれた力を修正。
三歩目の地面が凹んだ。
「うおお!?」
俺は足首が壊れないように地面をローリングする。
この野郎!またトラップかよ!
ぬかった!ここはやつの体内だった!
気づいたら俺の上で骨人が長剣を振りかぶっている。
「こなくそ!」
俺は小さな
すぐさま立ち上がると顔の横に長剣がきていた。
「くっ。」
ギリギリでスウェーしてかわす。
離れたら駄目だ!リーチは相手の方が圧倒的に長い!
俺は頭を低くして肩を入れ、上半身の面積を減らしてダッキングする。
相手も俺の的が小さすぎるからか、長剣を上手く振れていない。
早く、早く動け。敵の腰にまとわりつくんだ。長剣の半分程度の距離が開けば首が跳ぶぞ。ひたすらステップワークをきざみ、肉薄し続ける。
カイムのナイフをノーモーションで取り出し、相手の太もも斬りつける。
相手は足を引きながらそのまま回転、長剣を斜めにおろしてくる。
俺はさらに姿勢を低くして刺突。相手は鎧でそれを受ける。身体強化と武器強化を同時にかけ、さらに押し込む。
ベギン!と音がする。
相手がたたらを踏んで後退した。
予想通りだ!キメラは魔力が少ない魔物。
敵は元B級冒険者かもしれないが、生前の魔力を戦闘に用いることが出来ない!
魔力も乗算できるならば、フィジカルは俺が上だ!
壁から矢が飛んでくる。
「危ないと思ったら即、それかよ!」
俺はかわしながら長剣の骨人に肉薄する。
骨人は慌てて剣を振るう。だが、腰の骨を破壊されているからスイングは間に合わない。
「遅い!」
俺は踏み込んだ。
その踏み込み足の床が抜ける。
「それも知ってる!」
俺はそのまま地面に倒れてスピンしながら骨人の足を斬りつける。足の甲の骨が飛び散る。
骨人ががくんと姿勢を崩す。
「うおおおおおおお!」
ナイフでひたすらラッシュをしかける。
相手は長剣を盾代わりにして何とか防いでいる。
「そのままだとじり貧だぞ!おらぁ!」
ナイフを振り下ろす。
長剣で防がれる。至近距離で火球を放つ。防御手段がない骨人は頭を爆砕される。
骨人は長剣を回転させて俺のナイフを弾き、刺突してくる。
「うお!」
こいつ首なしで動くのか!
いや、死んでるから当たり前か!
スウェーしてそのままバックフリップする。視界の端に骨人が上段の構えをしているのが見える。俺はそのまま獣のように足元に突っ込み、骨人の膝を破壊する。
「仕上げだぁ!」
俺は骨人の一番下の肋骨をもつ。
そして腕に身体強化を全力でかけてアッパーする。
「うおおおおおおおお!」
ベキベキベキ!と肋骨が順番に折れる感覚が手のひらに伝わってくる。
骨人は長剣を上に振り上げる。
「もうおせえ!とどめだ!」
俺は全力でナイフをスイングし、脊髄を切断した。
骨人が長剣を頭の上で手放す。その長剣が瞬く間に光輝いた。
発破音。
炎により、一瞬で空気が押しつぶされる感覚がする。
俺はあらかじめ準備していた
「それも知ってる。」
外の槍で同じ手を食らったんだ。二度と食うか!
骨人がくずおれる。長剣も持っていた付与効果を使い切ったのだろうか、どちらからも魔力の気配を感じなくなった。
「よし、勝った。トウツさんは……。」
「や~。終わったかいフィルたん。」
見ると、トウツさんは門番だけでなく大量の骨人もまとめて屠っていた。
骨の山を築き、それに腰かけている。
よく見るとさっきの部屋の骨人たちだ。追ってきていたのか。
「すいません、増援が来ていたんですね。気づきませんでした。」
「よいよい。くるしゅうない。お礼の代わりに今度はフィルたんの方からキスしてよ。」
「ぜっ!たい!いや!」
「悲しいねぇ。」
よよよ、とトウツさんが泣くふりをする。
「もう魔力が残り少ないです。ポーションで回復するにしても、休んで寝ないと本質的な回復には至りません。」
「そ~だね。」
ポーションをあおる僕の隣で、のほほんとトウツさんが構える。
今日俺は彼女の横で何度もポーションを摂取しているわけだが、彼女は一度も飲んでいない。
改めて実力の差を思い知らされる。
そして気づく。他のメンバーも、俺以外に回復を受けているのは大魔法を使用したシャティさんだけなのだ。
歯噛みする。俺は、弱い。
「五歳児が焦りすぎだよ~。」
「え、はい。」
「焦って強くなるなら誰でも焦るからねぇ。強くなるのは修行した分だけ。実践を積んだ分だけ。フィルたんは目の前の経験を大事にしているから大丈夫。強くなるよ?」
トウツさんが流し目で俺を見る。
たれ目が相まってコケティッシュな表情に見える。
「慰めてくれるんですか?」
「まぁね~。性的な意味でも慰めようか?」
「さっき打診したパーティー結成の件、一旦白紙に戻していいですか?」
「うそうそうそ。冗談だって~。」
トウツさんが焦る。
必死すぎだろ。
「さて、回復は終わった~?」
「終わりました。」
「さっさと終わらせて帰ろ~。僕お風呂入りたい。」
「いいですね。」
「お、ハポン以外の人間が風呂の良さを分かるとは。フィルたんいいセンスしてるぜ~。」
「あったかいお湯、気持ちいいですもんね。師匠は分かってくれないけども。」
ストレガ家にある風呂は俺のこだわりで作っているのだ。
師匠は研究する時間を少しでも長くとりたい人だから浄化魔法で済ませることが多い。
俺もそうすればいいのかもしれないが、前世からの習慣というのは中々抜けないものである。
「帰ったら一緒に入るかい?」
「う、いや、やめときます。」
一瞬言いよどむ。
いや、ほら、セクハラは嫌だけどね。
トウツさん普通にプロポーションいいし。
健全な男子としては興味あるわけで。いやでも入ったら最後、何をされるかわからない。その恐怖感が決め手となって俺は断った。惜しいなんて思ってないよ? 本当だよ?
「そう? 僕はいつでも待ってるね?」
トウツさんがニヤニヤする。
こいつには絶対手綱を握らせない。
俺は固く心に誓った。
「話はここまで。キメラとやらを拝みにいきましょう。」
「そうだね~。僕も色んなのを見てきたけど、キメラの本体は初めてだなぁ。ふぃひひ。フィルたんと一緒に初体験。」
「その言い方止めろ。」
そう言って、俺は扉をけ破った。
引導を渡す時間だおらぁ!
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