第149話 そして4人パーティーへ

 エイブリー姫に、すぐ便りを送った。


 要件はファナ・ジレットなる人物の信頼性について、だ。

 答えはオールグリーン。清廉潔白であり、間違いなく信用のおける出生と経歴をしていた。都の掃きだめで生まれた彼女は、すぐに生みの親に遺棄され、教会が運営する孤児院で育つことになる。光魔法の使い手として頭角を現していく中、先代の聖女が死去。聖女の称号を引き継ぐことになる。慈善活動は少ないものの、討伐や悪霊払いなどは歴代の聖女の中でもトップレベルの功績を収めている。


但し書きとして、凶暴性の高さが挙げられていた。異教徒、犯罪者、神への冒涜を行った者、魔物、エトセトラ。それらの全てを滅するためには建物、村、町が半壊しようがお構いなしのバーサーカーらしい。教会の中でも特異で過激な宗教観を持ち、教会が彼女の建造物損壊や器物破損で補償をした回数は実に3桁を超える。それ以上に稼いでいるのだから、彼女は仕事が出来るということについては信頼できるのだろうけど。

というか、信頼できるからこそシュレ学園長先生も紹介したのだろうけども。


「で、フィル。この痴女は誰?」


 そう言ったのは、ショタコンの兎である。


「初めまして。フィル様の童貞を予約しております、聖女のファナ・ジレットでございますわ。」

「どどど!?」

 ファナさんの自己紹介に、フェリが動揺する。


「ファナさん。そのフィル様という呼び方はやめてくれないか? もうパーティーメンバーなんだし。」

「では、フィル。わたくしのことをファナと及びくださいまし。」

「ああ、それと俺の本名はフィオな。」

「それはどういう?」

「後で説明するよ。まずは顔通しをしておこう。」

「待って、フィオ。話に追いつけないなぁ。何でその痴女に本名を教えてるのさ。」

「新しいパーティーメンバーだよ。回復役ヒーラーだ。聞けば、タンクも出来ると言っていたよ。実力は申し分ないだろう?」

「フィオは教会から男の回復役を連れてくるって言ってたよね? 何でまたこんな変態を連れてくるのさ。」

「この兎と意見が一致するのは嫌だけど、同意よ。私たちに一言かけてから決めるべきじゃなかったの?」

「そうは言ってもさ、代えのきかない人材だから仕様がないだろ。」

「どういうこと?」

「聖女なんだよ、彼女。」

「これが?」

「この人が? 噂には変態だとは聞いてたけども……。」


 やっぱり有名人だったのかよ。いや、この恰好で市中をうろつけば有名人にもなるだろう。たとえ聖女でなくともだ。


「というわけで、3人で自己紹介をしあってくれ。」

「は、何で?」

「逃げないでフィオ。」

「フィオ、何かわたくし歓迎されていませんわ。」

「俺はラクタリン枢機卿に貰った本を読むの!そっちで話していてくれ!瑠璃、行こう。」

『あいわかった。』


 後ろにいる3人の女性は、触れるな危険である。混ぜるな危険でもある。魔のトライアングル。死のデルタゾーン。喉元に突き付けられた刃。両手に拳銃を持つ三権分立。

 真ん中に立てば、俺は確実に蜂の巣だ。こういう面倒な状況は逃げるに限る。明日の俺が苦しむ? 知らんな。明日の俺が頑張ってくれるだろう。

 俺は部屋のドアを閉めた。


 ラクタリン枢機卿からもらった本を開く。転生者についての知識を増やしたいならばと、与えられたものだ。とても助かる。こういった本は、流石に学園の図書館棟でも見つからなかったのだ。







「転生者は武官ではなく文民として登用せよ」ヴィーデ・ニアット著


 転生者はこの世界において、一世紀おきほどの間隔で出現している。彼らは世界の動乱の時代に突然現れ、時として人類の味方に。場合によっては敵に回ることもあった。

 彼らの歴史のほとんどは武勇伝である。そも、何故武勇伝だけなのか。それは彼らのほとんどが魔法使いとして優秀な血筋や才能を携えて生まれてくるからである。


 これは、異世界からこちらへ来る際に「世界の根源」、つまりは「神」という存在に一度触れていることによる恩恵という考えが一般的だ。「神」とは何かという定義に関しては、本著では発言を差し控えさせていただく。私は宗教家というものに一定の理解を示すが、彼らはおそらく私に理解を示さないからだ。そう思われている私が「神」を定義するなど、彼らにとっては業腹だろう。


 しかし、転生者を武力として登用するのは長い目で見ればこの世界の損失である。彼らは文民として活用すべきなのだ。

 私は一人の転生者と接触することに成功したことがある。

 彼の話をそのまま本著に記せば、読者諸君は「そんな世界、あるわけがない。」と鼻で笑うだろう。


 ショックを受けるかもしれないが聞いてほしい。異世界は我々の世界よりも発展している。私は彼から多くの発展のヒントを貰った。

 しかし、残念ながら私は一人のしがない作家なのだ。

 世界を変革するほどの力はない。重ねて、その話をここに載せてしまえばこの著書は絶版になるであろうし、熱心な宗教信仰者に焚書されるであろう。


 なので、本著ではヒントだけに留めておこう。これでもギリギリな発言ではあるが。

 異世界はこの世界とは全く別の力を中心に回っている。魔法ではない何かだ。

 我々は魔法に縛られている。だが考えてほしい。魔法以外の力がこの世界を動かす歯車になるとすれば、それは何よりも「平等な平和」の訪れる世界が作れるのではないだろうか。

 もし、本著を読んだ君が転生者に出会ったとき、この話を思い出して接してほしい。そして、世界にとって最も益のある選択をしていただきたい。







 俺は静かに本を閉じる。

 この転生者とやらは、俺と同じ世界の出身なのだろうか。同じ国出身だったのだろうか。不安はあったのだろうか。元の世界に未練は? この世界では幸せに過ごすことが出来たのか?

 だが、湧き出た疑問に答える者はいない。この著書は一世紀以上前のものだ。この著者は普人族だ。著者も、転生者も、この世にはもういない。


「瑠璃、お前は俺が元の世界に帰れるとして、帰りたいと言ったら、笑顔で送り出してくれるか?」

『難しい質問じゃのう。わしはわが友の幸せを願っておる。じゃが、隣にわしがいたいとも思っておるぞ。』

「ありがとう。」


 俺は瑠璃の額に自分の額をこすりつける。


「ルビーは何て言ってる?」

『強制でチェンジリングして阻止すると言っておるの。』

「ははっ。」


 正直なルビーらしい答えだ。妖精らしい傲慢なところが愛おしい。

 気づけば、後ろにトウツたちがいた。


「何? フィオは元の世界に帰りたいの?」

 トウツが言う。


「まさか。俺はあっちで既に死んでいる。戻ったところで、居場所はないよ。」

「そういうことじゃないんだよ。フィオは、こっちとあっち、選ぶとしたらどっち?」

「その質問、意地悪すぎないか?」

「僕は卑怯な兎だからねぇ。」

 トウツが笑う。


 フェリははらはらした様子で俺とトウツを見ている。ファナは扉に背中を預けてこちらを怪訝に見つめている。


「こっちだよ。俺の居場所がもう、こっちだ。今はこのパーティーが俺の家族。そして、クレアの所にも帰る。エルフたちに認められて、堂々とカイムとレイアの息子だと名乗るよ。」

「……ごめんね、フィオ。意地悪な質問して。」

「いいさ。トウツ、フェリ、瑠璃、そしてルビー。」

 俺の呼びかけに、3人が反応する。


 きっと、ルビーも俺を見ている。


「お前たちにとっても、俺が家族だといいな。」

「……もちろんだよ。」

「えぇ、もちろんよ。私たちは、家族。」

『当り前じゃな。ルビーもそう言っておる。』

「ありがとう。そしてファナ。」

「なんですの?」

「出来れば、君もこの輪に入ってほしい。聞いたんだろ? 俺たちの目標。生半可な絆では、きっと戦えないと思うんだ。君にその覚悟はあるか?」

 俺は狂信者を見上げる。


「もちろん、ありますわ。この心は神の御心の元にありますわ。そして、神はきっと魔王の存在を許しませんことよ。」

「ありがとう。」


 その場の空気が、少し緩む。


「それはそうと、この痴女を連れてきたことを僕は許したわけじゃないんだよなぁ。」

「トウツ、お前、今の空気でそれ言う?」


 狂信者の聖女が味方になった。

 俺はこの先、兎と痴女をコントロール出来るのだろうか。文字通り、神のみぞ知るとかいうやつなのだろうか。

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