第148話 教会へ行く無神論者4
ラクタリン枢機卿が魔法で葉巻に火をつけた。その指先は怒りで震えており、火が中々葉巻に通らず更にイライラを募らせる。
「ラクタリン枢機卿。聖職者が葉巻はいかがなものかと思いますわ。」
ファナ・ジレットが優雅に紅茶を口に含みながら言う。
「わしもね、よほどストレスを抱えなければ葉巻など吸わぬよ。これでも頑張って禁欲しているのだよ、シスター・ジレット。そしてこのストレスの原因は君だ。」
ラクタリン枢機卿が呪詛のように煙を吐き出す。
「済まない、フィル・ストレガ君。子どもの前で喫煙など。」
「構いません。それ、害のないやつですよね。臭いでわかります。」
「ほう、わかってくれるか。たまに理解せずに文句を言ってくる輩がいてね。肩身が狭い思いをしているよ。」
「落ち着いてから話しましょう、枢機卿。幸いといえばいいのか分かりませんが、時間はたくさんあるようですし。」
「ああ。どこかの馬鹿のおかげで今日の教会の業務は全て停止だ。」
そのどこかの馬鹿な痴女は、瑠璃が気になるのか触ろうとして、袖に振られて失敗している。
「申し訳ございません、ラクタリン枢機卿。つい理想の殿方を発見してしまい、暴走してしまいましたわ。」
「理想の殿方ねぇ。」
「あの、俺のどこが理想なんですかね?」
俺と枢機卿が疑問符を浮かべる。
「理想以外の何物でもありませんわ!この神聖な
「ラクタリン枢機卿。彼女は少々頭がおかしいのでは?」
初対面の女性に失礼かもしれないが、俺の中では既に彼女はトウツと同じカテゴリに分類されている。
「そう思うかもしれないがね、彼女は一応正気なのだよ。」
「二人とも、わたくしに対して辛辣すぎませんか?」
ファナさんが首を傾げる。
首につられてベールと、ゆるく横に広がった灰色の髪がふわりと揺れる。
「それで、正気というのは?」
「それはだね……。」
「おーい、ですわ。」
痴女を無視して俺たちは会話を続ける。
「彼女は聖女なのだよ。」
「これが聖女? 痴女ではなく?」
俺はおもわずファナさんをみやる。
ウィンクを飛ばす痴女聖女。
「ああ、そうだ。彼女は根源の存在である神と、それにまつわるものへの探知機みたいな存在だと思ってくれれば、それで合っている。君みたいな巫女ほど重要ではないが、彼女もまた代えがきかない人材と言えるだろう。」
思わず身構える。
何故、俺が巫女と知っているんだ? この人は俺の敵か? 味方か?
「そう身構えなくともよい。エイブリー第二王女から話は聞いている。言ってしまえば、私も君の味方といったところだろう。」
「味方……。」
「完全に警戒を解くわけではないのだな。それでよい。そうでなければ、巫女は務まらない。」
「まさか。俺はそこまで出来た人間じゃない。」
「謙遜を。仮に君が見た目通りの年齢でなくとも、十分に評価できる胆力だ。普通の人間であれば、それほどの力を手に入れれば私欲に溺れるものだがね。」
「——どこまで知ってるんです?」
「知っていたわけではない。今、知ったのだよ。」
「……どういうことです?」
要領を得ない。ラクタリン枢機卿は俺が転生者であることを知っている風だが、今知ったと言う。
「ファナ・ジレットの力だよ。彼女はさっき、君を神様に近い存在と称しただろう?」
「……根源を通過した存在。」
「その通り。転生者と呼ばれる存在は、根源、つまりは神の近くを必ず通過してこの世界に生まれ落ちる。当然だな。普通の人間の魂が異界へ移動するものなら、普通は障壁に阻まれて消失するのが自明の理だ。神という根源、そのエネルギーに強化されて初めて異世界に移動出来るというものだ。」
「神様は、どういう意図で俺を選んだんです?」
「選ぶという言葉や事象は、我々人間が勝手に作ったものだ。神はそのような人らしい心など持たない。我々矮小な人間が神の御心を推し量ることなど、おかしいのだよ、転生者殿。」
「…………。」
「だが、全く意味がないというわけではない。本来必要ない魂であるはずの君を神は輸入したのだ。何かしらの意味はあるかもしれない。」
「かもしれない?」
「そうだ。意味づけなど、我々人間が勝手にするもの。君がこの世界に来たことに何かしら意味が欲しいならば、勝手に探すとよいだろう。それもまた、神の御心である。」
「……懺悔室に貴方がいてくれた方が助かったんですけど。」
痴女よりもカウンセリングが出来るのは間違いないだろう。
「済まない、枢機卿は忙しいのだ。ちなみに、聖女も忙しい。そこの馬鹿は勝手に懺悔室に入ったようだな。」
横を見ると、痴女が上気した顔で俺を見つめていた。
いつの間にか距離を詰められていたので、俺は席を移動する。
「要は、ファナさんは超人発見機のような存在なんですよね?」
「そうなるな。」
欲しい。
能力だけ聞けば、彼女はどう考えても俺に必要な人材だ。もしこの世界に俺以外の異世界人がいるならば、高確率で味方にできるはずだ。それを探知できる人材。痴女であるとか、俺の貞操を狙っているだとか、そういったデメリットが些末に見えるほどの大きなメリット。
「それだけの人材を、教会は手放してもいいのですか?」
「構わない。君と行動を共にしたところで、定期的に報告はされる。それに、巫女と違って聖女は代替わりが容易い。」
「容易い、とは?」
「処女を散らすか殉職すれば、代わりの聖女が教会で生まれる。」
わーお。
思った以上に冷徹な判断だった。ラクタリン枢機卿からすれば、彼女はトラブルメーカーなのだ。仮に彼女が処女を散らして代替わりしたところで、もっとまともな人間が聖女に代替わりする可能性が高い。しかも俺と共に冒険者をしている間は距離を置くことができる。教会側からすれば、メリットしかないのだ。
そうなると、疑問が一つ残る。
「ちょっと待ってください。ファナさん、何故俺と……その……ことに及ぼうとしたんです?」
「おぼこい反応が可愛らしいですわ、フィル様。」
「いいから答えろや。」
「えぇ、えぇ、答えますとも。フィル様は神様のおひざ元からこの世界に生まれた人間。つまりは、神様のお気に入りです。」
「そうは思わないけどなぁ。」
「いいえ、そうでございますとも。そしてわたくしは、そんな神様のお気に入りであるフィル様を汚したら、神様がわたくしをお𠮟りなさるのか、気になるのです。そして子をもうけたい。聖女と巫女の子ですよ? しかも転生者の。世界で最も神に愛される子が生まれるに違いありません。」
「え、何。ファナさんは好きな人に意地悪したい人なの?」
「いいえ、これは愛です。純愛です。」
「違うと思うけどなぁ。」
「そういうわけでございます。フィル様は巫女として魔王と戦うのでしょう?」
「……やっぱり、それは知ってるんだな。」
「聖女ですから。」
「違う……絶対痴女だ。」
「わたくしは魔を払うエキスパートですわ。喉から手が出るほど欲しい人材と思いましてよ?」
「……確かに、俺はファナさんが欲しい。」
「決まりですね。条件は一夜ベッドを共にするということで。」
「ふ、ふふふふふ。」
「あら、どうしたのです?」
笑い始めた俺を、ファナさんが不思議そうに見つめる。ラクタリン枢機卿も、瑠璃も訝しげに俺を見る。
「残念ながら、その条件を飲むことはできない。でも、彼女を連れていくことは教会としてはご承知できますね? ラクタリン枢機卿。」
「ああ、もちろんだ。」
「何故? 条件を飲んでいただけないと困りますわ。」
「飲まないんじゃない。飲めないんだよ。」
「どういうことですの?」
「俺、精通してない。」
聖女を
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