第147話 教会へ行く無神論者3

「来るな!こっち来んな!」

「どうして逃げるのです? フィル様。」


 距離を置く俺に近づく痴女シスター。歩き方が独特でホバー移動しているように見えて怖い。ホラーである。


「あんた聖職者だろ!? 何でそんな恰好してんだよ!」

「肌を隠すことは、処女性を神にささげるということです。わたくしはあえて逆のことをすることで、神に問いたい!教えに背くわたくしを愛してくださるのかと!」

「ただの露出狂じゃねぇか!神様言い訳にすんな!」

「いいえ、これこそ愛ですわ!わたくしは神に振り向いてほしいのです!そのためには何だってしますわ!今日は手始めに貴方と姦淫します!フィル・ストレガ様!あぁ、処女を散らしたわたくしを神は愛してくれるかしら!」

「うちの変態兎でもそこは段階踏んでたぞ!?」

「何と、潜在的なライバルがいるのですね!では先に手籠めにしなければ。」

「話聞いてくれ!」

身体強化ストレングス。」


 高速で肉薄してくる痴女。俺は長椅子の上をスライドしながら逃げる。


「何故かわすのです?」

「普通に怖いからだよ!」

「何故。わたくしは貴方を愛してるのに。」

「あんたが愛してるのは神様だろ!」

「何故? 貴方を愛することは神を愛することと同義ですわ。」

「会話しようぜ!?」


 加速する痴女。加速する俺。


『わが友!手助けはいるか!?』

「あの痴女を止めてくれ!」

『あいわかった!』


 瑠璃の首元から倒立するねずみオモナゾベームの触手が飛び出した。うへぇ、その力は見た目がグロいから使ってほしくなかった。だが、背に腹は代えられまい。

 優雅にかわす痴女。

 腹立つくらいに運動神経がいい。よく見ると、スリムな体格をしているが、かなり筋肉質だ。武神官とかいうやつだろう。ちなみに胸は平坦であった。


「魔物ですの? 困りましたわ。魔物は全て滅さなければ。ですが、この教会に入ることができているということは善性のものですのね。滅せなくて残念ですわ。」


 彼女の灰色の光彩が瑠璃を冷酷に見やる。


『フィル!こやつは危険じゃ!』

「言われなくてもわかってるよ!」

「魔物と会話ができていますの? 神語しんごですの!? 嗚呼!嗚呼!ますますぶち犯したくなりますわ!」

「もう俺帰りたい……。」

『わしもじゃ。』

重すぎる愛シュヴェアドゥアー。」


 バガン、と大理石の床が大破した。痴女が頭のベールの中から巨大な黒い十字架を取り出し、床に突き刺したのだ。あのベール、亜空間ポケットか!

 その十字架は鋼鉄で出来ていた。おそらく、かなり高位の魔物も素材に使われている。痴女の身の丈はトウツよりも少し低い。そして十字架はトウツよりもでかい。

 というか、あの十字架どうするんだ?

 そう思っていたら、痴女が十字架の下についた武骨なハンドルを握り、持ち上げた。


「わたくしの愛、受け止めて下さいまし。」

「無理無理無理死ぬ死ぬ死ぬ!」


 跳躍する痴女。

 逃げる俺。

 上空から降ってきた彼女が十字架を振り下ろすのを、ローリングしながらかわす。後ろから爆発音が聞こえる。

 振り向くと、陥没した地面に十字架を突き刺す痴女がそこにはいた。

 こいつ、殴り回復役ヒーラーか!


「何故かわすのです?」

「食らったら死ぬに決まってんだろうが!」

「あら、フィル様の身体強化の質であれば、受け止められると思いますが。」

「それでも無傷とはいかないだろ!? 大体、何で襲うんだよ!」

「早く貴方をさらってことに及ばないと、ラクタリン枢機卿に捕まってしまいますわ。」

「おかしいのがあんただけでよかったよ!」


 おかしいのはこの痴女だけである。ということは、教会自体は普通のはずだ。ということは、枢機卿とやらが来るまで時間稼ぎをすればいい!


『わが友、任せろ!』


 瑠璃がアラクネの糸を礼拝堂の天井に向かって吐き出す。


「わたくしの得物が長いとみて、封じに来ましたか。」


 ハンドルを持ち、十字架を構える痴女。

 この構えは前世で見たことがある。戦争映画でガトリングを構える兵士、もしくは消火活動をする消防士だ。何をするつもりだ?

 十字架の先端に赤い魔素が収束するのが見えた。


「——まさか。」

放射する愛ラジエイトラヴリー。」


 空気が膨張する音が聞こえた。十字架の先端から火炎放射が発射される。

 瞬く間に瑠璃の糸が焼き払われていく。ステンドグラスが熱に負けて解け始める。調度品のような長椅子も炭化して真っ黒に焦げついていく。

 回復役ヒーラーなのに火魔法も体術も出来るのか!?


「さぁ、さぁさぁさぁさぁさぁ!わたくしの愛を受け止めて下さいまし!神のために!世界のために!わたくしと子をなすのです!」

「その手の変態はもう間に合ってるんだよ!」


 風魔法で炎を更に激しく燃え上がらせる。俺と痴女の間の空間が炎で埋められた。

 これで距離は詰められないはずーーと思っていたら、平然と炎の中を歩いてきた。


「……未来から来た殺人ロボットかよ。」


 よく見ると、痴女が来ている服――あの面積が少ない布を服と呼べるかはともかく、服の素材が高位の悪魔であることがわかった。おそらく山羊の悪魔バフォメットだ。布面積が少ないが、魔法的な防御は完璧ということだろう。特に対闇と火対策がガッチガチだ。

 聖職者なのに悪魔の皮を服にするのは、さっき言っていた「神様に振り向いてほしい」とかいうメンヘラな理由なのだろうか。


「さぁ、愛し合いましょう? フィル様。」

「万事休す、か。」


 やむを得まい。

 亜空間リュックから双剣を取り出し、構える。こうなったら、多少の傷は覚悟してくれよ? 先に襲ってきたのはあんたなんだからな。


「何の騒ぎですか、これは!?」


 バアン、とドアがけ破られて人が入ってきた。

 ちなみにそのドアは立て付けがすでに破壊されており、留め金が吹っ飛んで地面に倒れた。


「あら、ラクタリン枢機卿ではありませんか。ご機嫌よう。」


 優雅に一礼する痴女。その短いスカートの裾をつまんで挨拶するのか……。絶妙にパンツが見えそうで見えない。

 それを見て額に青筋を作る枢機卿。ふくよかな男性だ。おそらく普段は理性的な表情をしているであろう顔を、ぐちゃぐちゃに歪ませている。


「き、貴様。またか!ファナ・ジレット!貴様の失態でどれだけの経費がかかったと思っている!わしの礼拝堂をこんなことにしおって!」

「まぁ、ラクタリン枢機卿。わたくしが稼いだ額に比べれば小さなものですわ。」

「金の問題だけではない!明日礼拝にくる信徒をどこに通せばよいのだ!」

「青空の下で祈ればいいのです。祈りの場所に貴賤はありませんわ、ラクタリン枢機卿。」

「そういうことを言っているのではない!」

「ところで、わし・・の礼拝堂ですか。もう教皇に昇進したつもりですの? ラクタリン枢機卿?」

「そ、それは言葉の綾であってじゃな。」

「うふふ、その腹黒いところを隠しきれれば、今頃本当に教皇でしたのに。」


 ぷー、くすくすと痴女――ファナ・ジレットとかいう痴女が笑う。短い灰色の髪が揺れる。

 ラクタリン枢機卿の額の青筋がミシリと形を変えた。漫画だったらプツンという擬音が聞こえてきそうだ。


「破門だ!貴様を破門する!二度と教会の敷居を跨ぐなぁー!」

「だ、そうです。フィル・ストレガ様、わたくしを拾ってくださいな♡」

「お断りします。」


 そう答えた瞬間、礼拝堂の天井が崩壊した。

 俺たちは全速力で建物の外へ避難するはめになってしまった。


 どうしてこうなった。

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