第116話 グラン邸に侵入せよ

「ねぇ、やっぱりやめようよ。」

「何言ってんだアル。リラ先生に幸せになってほしいんだろ?」

「そうだけどさ……。」

「四の五の言わない。来場の許可が降りなかったんだ。だったら侵入するしかないだろうが。」

「でも、捕まったらどうするの?」

「その時は、その時に考える。」

「考えてないの!?」

「大丈夫だ。俺たちは子どもだから、捕まっても最悪いたずらで済む。」

「そうかなぁ。」

「俺を信じろ。不法侵入はこれが初めてじゃない。」

「ええ!?」


 俺とアルは、グラン公爵邸に侵入している最中である。

 最初はちゃんと許可をもらうために手紙を飛ばしたのだ。その際は、フィンサー先生に手伝ってもらった。

 だが、あっさりと却下された。理由は業務に支障が出るため。流石は仕事の鬼、グラン公である。俺がリラ先生の生徒という時点で、それ関連の訪問と察してほしかった。グラン公、転生してもないのに鈍感系主人公とは、生意気な。


「ねぇ。これで本当に侵入できるの?」

「大丈夫だ。リラ先生も騙せただろう?」

「そうだけどさ。というか前から聞きたかったけど、このストール何なの?」

「企業秘密。」

「フィルはそれが多いよ。」

「すまん。」


 恐ろしく広い豪邸に辟易する。庭を横切るだけでも一苦労だ。衛兵が数名、うろついているし。グラン公は確か、積極的に市井の人間を従者として雇っている人間だ。だからだろうか。衛兵の中には武術の心得がある人間がほとんどだが、中には素人に毛が生えた程度の者も多かった。仕事を与えるという福利厚生をしているのだろう。


「ねぇ、フィル。それとこれもしないといけないの?」

「ああ、必要だ。アルは足音立てずに歩けるのか?」

「それは出来ないけどさ。」

「じゃあ、屋敷に入るまではお口チャックな。」

「チャックって何?」

「口を閉じようって意味。」

「わかった。」


 俺はアルをおぶって歩いている。足音で気取られないようにするためだ。アルが話しかけたときはドキッとしたが、気づかれていないようで安心する。

 ここの警備に使い魔がいなくてよかった。流石に魔物使いテイマーを雇うのは経済効率が悪いのだろう。もしいたら、臭いの情報で見つかったかもしれない。


 俺がイリスと共に休んだバルコニーを発見した。あそこから入ろう。

 俺は外壁に指を引っかけて、アルを担いだままクライミングしていく。前世では逆立ちしても出来なかったことだ。師匠を始め、周囲が化け物だらけだけど、俺も十分すごいのだ。すごいよね?


「わ、わ。」


 壁を登るたびにアルが慌てる。


「アル。しー。」

「う、うん。」


 バルコニーにたどり着く。


「どうやって入るの?」

 アルが声を潜めて言う。


 背負っているから、密着して耳元で話してくるので耳がこそばゆい。


「こうやって。」


 俺は鍵の中に自分の魔力を流し込む。わずかな感知魔法を逆探知。コヨウ村に侵入したときの応用で、その感知魔法と同じ色に自身の魔素を変色させていく。そして魔力で鍵穴に干渉する。かちりと音がした。


「ビンゴ。」

「うそ。どうやったの?」

「企業秘密。」

「もう。」


 仕様がないじゃないか。この技術、たぶん大系化しちゃいけないやつだもん。

 俺、魔王倒したら窃盗シーフとして生計立てられるかもしれないな。いや、しないけどさ。


「アル、こっち。室内は音が反響するから、ここからは本当に無言な。」

「わかった。」


 俺たちは屋敷の奥へと進んでいく。

 エイブリー姫と共に来たときは煌びやかに見えたホールも、無人だと不気味に感じる。アルが斜め後ろから俺の袖をきゅっと握る。

 何だそのお化け屋敷可愛い女の子ムーブは。やめろよ。惚れちゃうだろ。男なのに。

 静かに俺たちは奥へと進んでいく。下にカーペットがあってよかった。アルの足音も反響しない。


「だから、何度言えばわかるんだ!」


 一室から声が聞こえた。大きな扉だ。ここは屋敷の奥だから、使用者のものだろう。俺はアルと一緒に耳を壁に当てる。


「結婚は出来ないだと!? もうパーティーで宣言してしまったんだぞ!」

「それは親父が勝手にしたことだ!私は知らん!」

「貴様、ここの領主である自覚はあるのか!」

「あるさ!現に親父よりも上手くやっている!」

「そういうことを言っているのではない!」

「では、どういうことだ!」

「跡継ぎを作れと何度も言っているだろう!」

「作れだと!? 人間一人作るのを軽んじているぞ、親父!」

「揚げ足取りをするんじゃない!」

「何を言うか!リラ嬢のことも道具のように見ていたのだろう!」

「あの娘に入れ込みすぎだ、お前は。こんなことならセーニュマンになど声をかけなければよかった!あの男、こちらの家督を狙っているぞ!」

「結婚相手がリラ嬢である限り、そうはならん!」

「そうなる可能性があるから言っておるのだ!わからんのか!」

「大体次男に既に子どもがいるだろうが!」

「お前は自分の優秀さを知っておらん!お前の子どもが必要だとわからんのか!」

「ならば、私が次男の息子を教育しよう。それでいいだろう!」

「お前に教育が出来るわけないだろうが!お前に期待しているのは政治だけだ阿呆!」

「なんだと!」


 俺はアルと一緒に、すっと壁から耳を離した。


「アル。俺帰っていいか?」

「駄目だよ?」


 アルに駄目だしをされる。

 人のお家事情ほど関わりたくないものはない。俺にどうしろというのだろう。


「どうするの?」

「グラン公が出てきたら説得。後は野となれ山となれ。」

「そんな作戦でいいの?」

「アル、知ってるか。俺は頭が良くない。」

「それは何となく思ってた。」


 アルって、優しそうに見えて内弁慶だな……。優しい人間に刺されるとクリティカルするよね。俺は悲しい。


 バアン!と扉を開けてからグラン公が出てきた。父親と悪態を言い合いながら扉を閉じる。イライラを隠せないのか、早歩きで自室へと向かい始めた。だが、さすがは貴族。怒りながらも歩く姿勢は綺麗なものだ。生まれの良さって、こういうふとした所に出るよなぁ。

 俺はハンドサインをして、アルと一緒にグラン公を追う。

 ストールを二人で頭の上に掲げながら追いかけているので、前世の獅子舞を思い出す。小学校の時に、体験学習で入ったことあったなぁ、獅子舞。

 グラン公が自室に入った。俺たちは滑り込んで一緒に部屋へ入る。


「全く、父上にも困ったものである。」

「本当、そうですね。」

「なっ!」

「わわ!しー!しー!」


 大声を上げそうになったグラン公に、慌てて口に人差し指を立てて宥める。


「……貴様は、ストレガ様の。どうしたのだ、こんな夜更けに。まさか魔物の類ではないな。」

「違いますよ。証明は出来ないけども。」

「……いや、そういえば書状が来ていたな。どうした? 屋敷に侵入しなければならないほど大事なことだったのか?」

「思ったより、簡単に信じるんですね。」

「マギサ・ストレガ様は生きながらにして伝承が既に多くできている方。その方の弟子なのだ。このくらい出来るだろう。」


 師匠のネームバリューは本当にすごい。こういったところでも役に立つ。


「衛兵を呼ばずにいてくださり、ありがとうございます。」

「何、構わんよ。今はオフなのだ。適当に対応して構わないか?」

「勝手に入ったのは俺たちなので。」

「そうか。——たち?」

 グラン公の顔に疑問が浮かぶ


 俺の後ろで、アルがストールを頭の上から降ろして畳み始める。


「驚いた。どんな魔道具だ?」

「企業秘密です。」

「だろうな。ちなみにこれが市場に出回っている可能性はあるか?」

「一点もののはずなので、あり得ないと思います。」

「よかったよ。毎日背中に注意して過ごしたくない。」


 彼は公爵だ。恨みを買わないような人物であろうとも、後ろから刺したい人間は多くいるだろう。


「それで、後ろの君は誰だね?」

 グラン公がアルを見る。


 アルが小さく「ひぅ。」と声を出す。

 アルの気持ちはわかる。子ども視点だと、グラン公はすごみのある顔だ。怖く映るだろう。


「あ、あの。僕もリラ先生の生徒です。」

「そうか。」

「あ、あの、ごめんなさい……。」

「何故、謝るのだね。」

「リラ先生が怪我したのは、僕のせいだから。僕を守るために怪我したんです!」

 アルが涙ぐむ。


 グラン公の目が丸くなる。


「そうか、君が。」

「ご、ごめんなさい。」

「いや、いいのだ。そうか、君がか。そうか……。」


 グラン公が上の空になる。しばらく考え込んでから、デスクの方へ向かう。デスクの中からワインを取り出した。


「飲んでも?」

「どうぞ。」


 アルに余裕がなさそうなので、俺が答える。

 グラン公がグラスの中でワインを泳がせてから、口にふくむ。一息ついたのだろう、また話し始める。


「リラ嬢の件は不幸な事故であった。彼女は何一つ悪くはないのだ。自分の父親すら説得できず、仕事に逃げた私こそが悪いのだよ。本音を言うとね、彼女の無事を聞いた後、安堵すらしたのだ、私は。」

「何故?」

 俺が疑問を言う。


「私の目に狂いはなかったのだと。彼女は生徒を身を挺して守る、強い女性だった。私は為政者としては心が脆い。私を支えてくれるのは、彼女のような強い人間であると、勝手に思っていたのだ。ふふ、自己中心的な自分が嫌になるものだな。」

 グラン公がまたワインを口にふくむ。


「あ、あの!」

 気を取り直したのか、アルがまた話す。


「リラ先生は言ってました!もう結婚出来ないけど、それでいいって!グランさんしか結婚相手に考えていなかったって!リラ先生は本当に貴方のことが好きなんです!だからお願いです!リラ先生を幸せにして!」

 一息に、アルが言いきる。


 それを聞いたグラン公は、グラスを持ったまま固まってアルを見ていた。


「……何と、リラ嬢は私のことを愛してくれていたのか。」

「いや気づいてなかったんかい!」


 突然会話に入った俺を、グラン公が目を丸くして見る。


「……ははっ。ストレガ様は自由奔放な方と聞いていたが、弟子もそのようだな。」

「あ、はい。すいません。」


 いやだって、そんなん突っ込むしかないやん。どんな鈍感系主人公なんだよ、あんた。


「君の名前を聞いてなかったな。」

 グラン公が、屈んでアルと目を合わせる。


「あ、アルです。アルケリオ・クラージュです!」

「ほう。クラージュ家の子息であったか。財力も社交界での地位も弱いが、良き領主と聞き及んでいる。なるほどな。リラ嬢は良き生徒に恵まれたであるな。」

「あ、あの。」


 グラン公がアルの頭に手のひらを乗せる。


「君のような小さな子どもが勇気を出してくれたのだ。私も、父親くらい説き伏せてみせようぞ。」

「ほ、本当ですか!」

「ああ、任せたまえ。見ていてくれ。」

 そう言うと、グラン公はワインを一気に飲み干した。


 それで終わるかと思ったら、ビンごとワインを嚥下えんかし始める。グラン公の喉がものすごい勢いでごきゅごきゅと音を立てる。


「えっえっえっ。」

 それを見て、アルがおどおどし始める。


 この人、自分の心が脆いと言っていたけど、本当みたいだな。酒の力を借りるつもりだ。


「ふー!」

 ガツンと、デスクに空の瓶を置く。


「ひっく、よし、いくぞおおおおおおお!」


 そう叫ぶと、グラン公は自室のドアをけ破り、廊下を疾走し始めた。

 嫌な予感がする。

 俺とアルは慌ててグラン公を追いかける。

 グラン公が叫びながら廊下を疾駆するものだから、使用人が数名跳び起きて「旦那様!?」「どうなされたのですか!?」と叫びながら並走する。中には俺たちに気づいた人もいたけど、屋敷の主人の異常な様子にそれどころじゃないらしい。


「親父ィ!何寝てんだ親父ィ!起きてこんかい!決着つけるぞ!腹くくらんかい!」


 パーティーの時とは見る影もない、狂喜乱舞したグラン公がガラール元公爵の部屋の扉をガンガン叩く。中でガラール元公爵が慌てているのだろう。どたばたと支度する音が聞こえる。しびれを切らしてグラン公は拳で叩くのをやめ、扉にローキックをかまし続けている。


「何だ糞倅!こんな夜更けに叩き起こしよって!貴族としての気品を保たんか!」


 ガラール元公爵が開口一番、ド正論を言う。


「貴族の気品!? 知るか!俺はリラ嬢と結婚するぞおおおおおお!」

「酒の勢いで説得しにきおったか!馬鹿倅が!許すわけがないだろう!」

「親父ィ。次の婚約者の発表ではパーティー開くんだろ親父ィ!」

「当たり前だ!」

「じゃあ俺はそこで脱糞してやる!リラ嬢との結婚を認めないなら俺はそこで脱糞してやるからな親父ィ!」

「ば、馬鹿も休み休み言え!」

「俺は本気だぞ!何ならここでしてみせようか!?」

「うわあ!? 馬鹿、やめろ!家臣の目の前だぞ!」


 ズボンを降ろそうと暴れるグラン公。それを全力で止めるガラール元公爵。

 負けられない戦いが、そこにあった。悲しいことにそれは、いい歳した息子がズボンを下すのを全力で止める父親という構図なのだが。

 二人を止められる人間はここにはいない。家臣のみんなも、どうすればいいのかわからず右往左往している。


「ね、ねぇ、フィル。」

「どうした、アル。」

「あのさ、この人がリラ先生の婚約者で、本当にいいの?」

「さぁ、両想いだからいいんじゃないの。俺は知らん。」

「えぇ……。」


 その夜。グラン公はリラ先生との結婚をガラール元公爵に認めさせることに成功する。

 なお、俺たちは当然その場で補導となり、一週間の奉仕作業を学園に厳命されるのだが、それはまた別の話である。

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