第117話 学園生活16
「今日は魔法の基礎理論をしますよ。これがわかると魔法の実技につまずいているお友達も上手になれるので、しっかり話を聞いてくださいね!」
「「はーい!」」
リラ先生の言葉に、クラスの子どもたちが元気よく応える。人気者の先生だから、他の先生よりも子どもたちは素直に言うことを聞く。子どもって、こういうところ現金だよなぁ。
先生の胸元には結婚ネックレスが窓から差し込む光に反射している。グラン公からの贈り物だ。
あの後、グラン公はあっという間にリラ先生との婚約を取り付けなおしてしまった。醜聞というものがあるのかもしれないが、そこは公爵。周囲に有無を言わせなかったらしい。
俺たち? 俺とアルはその話を罰則の奉仕作業しながらイリスに聞かされた。ロスは爆笑しながら掃除を手伝ってくれた。手伝ってくれるものだから、笑われても文句を言えない。憎めないやつである。
「リラ先生が喜んでるからいいけど、アルを巻き込まないでよ馬鹿フィル。」とはイリスの言葉。
「アル君よかったね。」とはクレアの言葉。
今世の妹は優しいなぁ。そう思いながらニコニコしてクレアを見ていたら、イリスに頬をつねられた。何故だ。
リラ先生の音頭にならって、子どもたちが魔法の訓練をする。
恐ろしい速度で上達しているのはクレアだ。週末も両親と共に訓練しているらしい。放課後も闘技場で鬼気迫る感じに魔法の練習をしている。
それが何のためなのか、俺は知っている。無理してほしくはないけど、理由が理由なものだから何も言えない。
まだ託宣夢に変更は見られない。
それはつまり、クレアがずっと俺の死を夢で見せられ続けているということ。
ロスとイリスもまた、成長の速度が目覚ましい。イリスはこの国と尊敬する従姉妹のエイブリー姫のため。ロスはレギア皇国の復興のため。
目標をもつ人間の力は凄まじい。
俺はこの子たちに追い付かれずにいれるだろうか。
「すごいですね。今日も実技の一位はフィル君です。」
リラ先生が俺を褒めると、周囲の子どもたちも口々に褒めたたえる。
それを聞くと不安になってくる。俺は転生者だ。ストレガの弟子だ。強くなるべき環境が綺麗に舗装されて生まれてきたのだ。俺はそのレールの上をなぞっているだけ。そこに俺の決断はほとんどない。ただ、前世とは違い、熱意がある。それが救いだろうか。
「ふん。調子に乗るのも今のうちよ。その内あたしが追い越すんだからねっ。」
そう言って、イリスがべーっと舌を出す。
この少女は王族だったはずなんだけどなぁ。舌を出すなんてお下品な。
羨望の目で見てくる子どもたちの中で、こうやって対抗心をむき出しにしてくるのはイリスだけだ。ロスやクレアも実は内心燃え上がっているようだが。
そんなストレートにものを言ってくる彼女が愛おしく感じてしまう。親戚の叔父の気分だ。
俺はイリスの頭に手を置いてなでる。
「ちょっ!あんた何してんの!」
俺の手をべしべしとイリスが叩く。
「いや、イリスと話すと落ち着くなぁって。」
「今の話のどこに落ち着いたのよ!」
その後、リラ先生に注意された俺たちはプリントを運ぶ手伝いを言い渡されることになる。何故だ。
「もし、お主がフィル・ストレガという者かの?」
そう、食堂で話しかけたのは日本人だった。
……日本人!? うそ!? 日本人!?
俺はその場でがばっと立ち上がる。
近くに座っているクレア、アル、ロス、イリスが驚く。
「な、なんじゃ? 余の顔に何かついておるのかの?」
その少年は慌てた様子で言った。
10歳を過ぎたくらいだろうか。平たい顔、黒い髪、黒い瞳。俺が思わず安心してしまう顔のつくりをその人物はしていた。
「い、いえ。何でもありません。」
俺は心を落ち着けながら座る。
落ち着こう。恐らくこの子は日本人ではない。
「あの、ハポン人ですか?」
「よくわかったのう。」
ほらね。
よかった。ぬか喜びせずに済んだ。
「はい、まぁ。知人にハポン人がいるので。」
知人というか、痴人だけども。
「トウツ・イナバじゃな。」
「……知っているんですか?」
「知っているも何も、余はそうじゃな……イナバの元雇い主といったところかの。」
そう言って、その少年は笑った。驚くと同時に、日本人のような素朴な笑顔に自分の心が落ち着くのがわかった。
「場所を変えて済まぬのう。話すには難しいことも多くての。」
その少年は自室に俺を招いた。寮の一室だ。
話すには難しいということには同意である。トウツの話も当然、出てくるだろう。そしてあの兎の話をするとき、往々にしてR18という言葉が付いて回る。信じられるか? パーティーメンバーなんだぜ? あいつ。
「さて、そうじゃな。聞きたいことはあるかの?」
少年はこちらをのんびり見ながら言う。
「そうですね。まずは同居人はいいんですか? 俺を勝手にあげるといけないんじゃ。」
「余はハポン国の代表留学をしておる。つまりは、要人という扱いになるそうでの。同室は拒否したのじゃ。」
「なるほど。」
「他には?」
「そうですね。……何で俺は監視されているんですか?」
「……ほう。」
少年が楽し気に言う。
「ばれたようじゃぞ。出てきなさい。」
少年が手を叩くと、2人の人物が音もなく現れた。
「ばれた。忍びとして屈辱だわ。」
「だからお主はもっと隠密の修行を積めと言ったろうに。」
そう言って現れたのは、十代後半くらいの女性と初老の男性だった。
女性は黒い髪を後ろに一つ結びにしている。ストレス社会に染まったキャリアウーマンのように表情が険しい。釣り目も相まって気が強そうだ。
初老の男性は、黒髪に白髪が混ざっている。無骨な顔をしており、職人のような雰囲気を出している。
2人いたのか。俺に気づけたのは女性の方のみだった。あえてそれは言うまい。
「この人たちは?」
「御庭番じゃよ。」
「御庭番……。」
そこで合点がいく。エイブリー姫が言っていた、トウツの元職業名である。確か、こっちの国でいうメイラさんのような立場。近衛職だ。
「トウツの元同僚?」
「そうだな。俺はそうだが、こちらのアズミは違う。トウツとは入れ違いだな。」
男の方の忍びが言う。
「寺子屋では同期だけどね。私はあいつの後釜。あの変態の後なんて腹が立つけど。」
不貞腐れた顔で、女性が言う。
「ということは、君、じゃない。貴方は?」
「一応、将軍家の嫡男なので、他の国でいう王様の息子ということになるのかの? とはいえ、あくまでも武士の生まれだからこの国の王族ほど洗練はされておらんがのう。自己紹介がまだだったの。トウケン・ヤマトじゃ。よろしくの。お主らも自己紹介を。」
「御意に、若。御庭番、ハンゾー・コウガです。」
「御意に、若。御庭番、アズミ・イガです。」
「えっと、フィル・ストレガです。ご丁寧にどうも?」
慌てて俺は姿勢を正す。
「そこまで固くならなくてよい。面倒な家臣もこの国にはいないしの。ゆるりと構えるとよい。余のクラスメイトもそうしておるぞ。」
「は、はい。」
そんなこと言われても、緊張するものは緊張する。
ハンゾーさんが魔法を使った。闇魔法だ。黒い魔素に干渉している。部屋の壁が真っ黒な魔素一色になったかと思うと、すっと引いていく。
数秒して気づく。外の環境音が聞こえない。遮音魔法のようだ。
ということは、ここからが本題か。
「今日はそうじゃの、お主に接触した理由は二つある。1つはエイブリー姫について。1つはイナバについてじゃ。そしてエイブリー姫についてじゃが、結論から言おうかの。余たちはお主がエルフの巫女ということを知っておる。つまりはエイブリー姫が増やしている対魔王の勢力ということじゃ。」
「……詳しく、話していただいてもよろしいですか?」
「もちろん。」
黒い瞳が、俺を楽し気にのぞき込んだ。
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