第118話 学園生活17

「エイブリー姫がハポン国の留学生である余を早くから信頼しているのは、きちんと理由がある。まずはそこから話そうかの。」

「はい。」


 トウケン少年がつらつらと話し始める。

 隣ではアズミさんがお茶を魔法で淹れている。


「エイブリー姫が余と繋がりをもったのは、ハポン国の魔法体系が特殊だからじゃ。書物への記録の仕方も他の国とは全く違うから、人を呼んだ方が早いと彼女は思い至ったんじゃろう。」

「それが、若様ですか?」

「なんじゃ、ハンゾーやアズミみたいに、お主も余をそう呼ぶのか? 家臣でもあるまいに。まぁ、よいか。そうじゃな。エクセレイ王国の王族と対等に話せて、かつそれなりの教養を持つ者となると、限られてくる。余に白羽の矢が立つのは当然の流れだったんじゃろうな。途中編入でな、お主と同じで余も今年度からこの学園に通っておる。」


 トウケン少年。もとい若が話を続ける。


「身辺調査で信頼のおける人間というところで一つ。もう一つは、余の国は伝承に伝わる魔王とは文化圏が全く異なるので、敵とは判断されなかったというところじゃの。」

「それで信頼するのですか?」

「ある程度はリスクを踏まざるを得ないという状況じゃと考えたのだと思う。異国人の余でも気づくことが出来るくらいには、この国は異常じゃ。」

「異常とは?」

「魔物の生態系じゃよ。本来群れない魔物が群れる。数十年かけてしか進化出来ない魔物が何体も進化を報告される。亜種も増加しておる。魔物同士が共食いして力を蓄える様子もな。冒険者の不審死や変死が徐々に増えていっておる。異常じゃよ。それこそ、伝承にある魔王が現れる序章のようにの。」

「魔王が現れる序章……。」


 俺は共食いする死霊騎士リビングメイルを思い出した。アラクネ・マザーとレッドキャップたちも。


「下手に国内の人間を取り込むよりも、国外の人間を味方にした方が早いというところか。レギア皇国の皇子を囲ったのも、そういうことじゃろ。あの姫様、慈悲深く見えてえげつないの。レギア皇国の生き残りの竜人族を戦力に加えようとしておる。確かにかの種族は戦上手じゃがのう。」

「エイブリー姫がそんなことを?」

「おや、気づかなんだか。あの姫様は優先順位を決して間違えない人種よ。自国民が第一で、余たちやレギア皇国民は二番目といったところかの。優しさはあるし、実際色んな人間に手を差し伸べている。じゃが、横合いからエクセレイ王国民が助けを呼べば、堂々とそちらに出向いて余たちを見殺しにできるぞ、あの姫様は。」

「それは……いや、王族としては正しいのか。」

「そうとも。正に王道。余もハポン人とエクセレイ人のどちらを救うかと言われれば、まぁハポン人を選ぶの。それは非情ではない。為政者としては当然の決断じゃ。」


 脳裏に思い浮かんだのは、ロスの笑顔。もし、魔王との戦いが始まった時、俺は彼の笑顔を守ることが出来るのだろうか。

 いや、この考えはよそう。出来ることしか出来ない。この悩みは、定期的に取り出すことは大事だが、答えが出るものではないのだ。


「エイブリー姫は無理やりにでも勢力を拡大しようとしておる。ギリギリのバランス感覚での。余たちが魔王の手先であれば、お主が巫女ということを魔王軍が知ったことになる。お主の命はないであろうな。」

「今はセーフみたいですね。そちらの御庭番2人が同時に殺しにかかれば、俺は確実に死ぬ。」

「よくわかっているではないか。」

 かかか、と若が笑う。


 一つ、引っかかったことがある。それはこの人がクレアのことについて話さなかったことだ。エイブリー姫は恐らく、俺が巫女であることは話しているが、クレアが巫女であることを話していない。リスクヘッジをとっているのだろう。

 仮にここで俺が殺されても、エクセレイ王国にはまだクレアという巫女がいる。むしろ、魔王軍は「敵にはもう巫女というアドバンテージがない。」と誤認する。巫女が2人いるという特殊な事態を逆手にとっているのだ。合理的だが、スケープゴートにされる俺はたまったものではない。恨むぞ、姫様よ。

 だが、若への情報を俺に絞ったことには感謝したい。クレアへの危険を取り除いてくれているということだ。

 そして、もう一つのアドバンテージ。俺は「10代半ばにならなければ、死なない」ことだ。託宣夢で起こる出来事は確定ではないが、何かしらの大きな干渉がなければ覆らない。それはクレアがいくら努力しても、俺が死ぬことが変わらないことから実証済み。つまり、その歳になるまで、俺の死亡リスクは限りなく低い。

 ベットするならば、クレアではなくフィオ・ストレガの命。それが、エイブリー姫が下した判断なのだろう。


「さての、ここからは純粋なプライベートの話じゃ。」

「プライベート?」

「イナバのことじゃよ。」

「トウツですか……。」

「なんじゃ? 興味があると思うたが。」

「いえ、本人のいないところで昔の話を聞くのもどうかと。」

「構わぬ。あやつはむしろ、フィルには知ってほしいと思っておるよ。」

「そうですか?」

「余の知るトウツであればな。」


 そのトウツは、今俺と一緒にいるトウツと同じなのだろうか。


「あの者は気難しいからの。よっぽど気に入ったものでなければ同行などせぬよ。」

「気難しい? トウツが?」

「おや? 今は違うのかの?」

「飄々として、マイペースで、よく笑っています。」

「……そうか。」


 若が笑う。目元に慈愛の感情が浮かんでいる。


「前は違ったんですか?」

「違ったの。表情は常に能面のように真顔じゃった。余は笑ったところなど見たことがないのう。そうか、よく笑っておるのか。であれば、御庭番を抜けて正解だったのじゃな。」

「……あの。」

「なんじゃ?」

「トウツは、どうしてハポン国を出ることになったんですか?」

「そ、それはのう。」


 若の顔に朱が差す。視線が斜め上に行ったり斜め下に行ったりする。何かを思い出しているのだろうか。


 思い出すのはアスピドケロン討伐の時の雑多な会話。「誰か男児に手でも出したのか。」という質問に対して、トウツははぐらかしていた。

 ……もしかして。いやいや、まさかそれはないだろう。若ですよ? 将軍家の息子ですよ? 手を出したら流刑どころか、その場で死刑だろう。


「すいません、藪蛇でした。」

「いや、構わぬ。詳細はトウツ本人に聞いてくれ。」

「わかりました。」

「ふふ、しかし、トウツはいい場所に落ち着いたのじゃな。」

「俺と一緒にいることが、ですか?」

「そうとも。実は都に宿をとっているとエイブリー姫に聞いての、一度訪ねたのじゃよ。」

「そうなんですか?」

「逃げられたがの。」


 ……あいつ逃げたんかい。


「目が合った瞬間、消えおった。御庭番にいたときよりも速くなっておったのう。ハンゾー、あれに追い付けるかの?」

「無理かと。速さだけであれば、既に私を越えておりまする。流石は頭目の娘。」

「頭目?」

「知らんかったのか? トウツは御庭番頭目の実の娘じゃ。」


 えぇ……。謎が多いとは思ってたけど、それ結構重要なことじゃないか?

 俺は何となく苛立つ。数年も付き合いがあるのに、そういったことを教えてもらってなかったのだ。まぁ、俺も前世の話をぼかして伝えているからお相子ではあるが。


「フィルと話せてよかった。あやつは元気そうなんじゃな。」

「国を追われた部下でも、大事に思っているんですね。」

「そうじゃの、あやつは印象に残るやつじゃからのう。」


 まぁ、目立つだろう。ハンゾーさんもアズミさんも黒髪だ。おそらくハポン国は黒髪が多いのだろう。トウツは兎人で白髪。かなりのコントラストである。


「そうそう。フィルはあやつを社交界に連れて行ったのじゃろう? 身元の安全を保証したのは余じゃ。」

「なるほど。」


 道理であっさりと許可が通ったわけである。エイブリー姫はこの人たちに掛け合っていたのか。ハポン国で犯罪歴がある人間を通す理由の謎が、ここで解けた。言ってしまえば、他国の王族のお墨付きをもらっていたのである。


「でも、そんなあっさり保証人になって良かったんですか?」

「いや、あやつは男児が関わらなければまぁ、安全じゃろ。」

「いや、まぁ、そうですけども。」


「お茶が入りました。」

 横からアズミさんがお茶を出す。


「ありがとうございます。玉露!?」

「ほう、わかるのかえ?」

「わかります!うわぁ!玉露だ!久しぶりだ!嬉しいなぁ!」


 フェリに教えてもらった流通経路から、緑茶自体は取り寄せていたのだが、玉露は流石に無理だった。ハポン国でも高級茶扱いの上に、高額の関税が乗せられていたので手が出せなかったのだ。債務者の辛いところである。


「はは、転生元はハポンみたいな国だったのかのう。」

「……ノーコメントで。」

「フィルは嘘が下手じゃのう。よく今まで生きてこれたもんじゃ。」


 本当にね。

 若様と一緒に、ずぞぞと音を立ててすする。こっちの世界、というよりもエクセレイ王国のテーブルマナーは元の世界でいう欧米準拠である。音を出してお茶をすすれることに感動する。

 俺はしばらく、若様と一緒に元いた世界を思い出しながら舌鼓をうった。


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