第119話 学園生活18

「同僚や同級生から見て、トウツはどうだったんですか?」

「優秀であったな。何でもこなした。」

 ハンゾーさんが答える。


「討ち漏らした暗殺はない。城の侵入者も尽くはねのけてみせた。御庭番内での番付も上の方であったな。」

「あれだけ強くても、一番じゃないんですね。」

「父親である頭目が現役であったということもあるが、あくまでも十代半ばの娘だからな。むしろ、最若手なのに過半数よりも強いあやつはおかしかったよ。」

「才能があったんですね。」

「それが幸か不幸かはわからぬがな。少なくとも、今は幸せそうだ。」

「そうなんですかね?」

「そうでなければ、恩のある若を見た瞬間に逃げはしまい。」

「よく考えたら、あいつ普通に酷いですね。」


 昔の上司を見た瞬間逃げるとか。

 横で「阿呆兎。」とアズミさんが呟く。


「何を言うか。あれこそイナバらしいと言えば、らしいと言えよう。」

「そうなんですか?」

 若様も会話に入ってくる。


「あやつは言ってしまえば、幼児じゃな。」

「……幼児?」

「頭目の教育方針だかはわからぬが、御庭番の技能以外は何も教えられていなかったようじゃ。それこそ、一般的な教養や情操教育もな。余がイナバと初めて出会ったときに抱いた印象は真っ白な皿じゃな。」

「皿。」

「そうじゃ。何者にも染まっていない無垢。それゆえに、欲求をもたぬ。そしていざ、欲求を持ってしまえば。」

「——我慢の仕方がわからない?」

「そういったところじゃの。欲求への対応の仕方を教わらなかったばかりに、自分に素直すぎるんじゃな、あやつは。余のおやつの団子をいくつくすねられたか数え切れぬ。甘味は高価なのだぞ? 全く。余があやつを放逐したのは、あやつの欲するものが余の周りになかったからと言える。」

「今あいつが欲するもの……とは、何でしょうね?」

「今はフィルじゃろうな。」

「ははっ、まさか。」


 身体は欲しがってそうだけども。


「アズミさんは同級生なんでしたっけ? トウツは昔、どんなだったんですか?」

 俺はアズミさんに話しかける。


 アズミさんが釣り目で若様の方を見る。発言してもいいか、確認をとっているのだろう。

 若様が頷く。


「そうですね。一言でいえば糞野郎でした。」

「えぇ……。」

「典型的な人の心がわからない天才でしたね。魔法の訓練も、みんなが数週間かけて身に付けることを一日でマスターしていました。『どうしたらそんな上手に出来るの。』と尋ねた子に『むしろ何で君は出来ないの?』と素で聞き返す女でしたよ。」

「うわぁ……。」


 それは確かにドン引きである。ただ、今のトウツを見ると何となく想像できてしまう。


「一番許せないのは、みんなが精いっぱい努力して目指す御庭番の仕事を毛ほども誇りに思っていないことでしたね。実力を信頼されて若様のそばに配置されたくせに、礼儀はできていない、若様の団子はくすねるで、最低な女です。」

「もう何も言えない。」

「何よりも腹が立つのは、仕事は出来るんです、あいつ。暗殺も、諜報も、姦計も、護衛も、完璧にこなしてみせた。そしてそれを当たり前のように思っていて、そのことに達成感ももたなければ誇りももっていなかったんです。」


 姦計、という言葉に少しちくりとしたものが心に引っかかる。国の要人を守るためとはいえ、そこまでしなければいけないのか。


「フィル、念のため言うが——。」

「ここでのことは内密、ですね。」

「よろしく頼む。」

「念書でも書きましょうか?」

「いや、よい。余はフィルを信頼しておる。」

「初対面ですけど、いいんですか?」

「イナバが信頼しておるのだ。問題ない。」

「ありがとうございます。」


 トウツ。けっこう前の職場で大切にされてたじゃないか。何でここに来ちゃったんだよ、お前。


「アズミさんは、トウツをライバルと思っていたんですか?」

 俺はアズミさんに話を振りなおす。


「私は思っていました。あいつは私なんて、眼中になかったとは思いますけどね。」

「トウツに勝ち逃げされたのが不満なら、一度会うよう俺からも言いますよ?」


 大切なパーティーメンバーが前の職場で立つ鳥後を濁してしまっているのである。一応パーティーリーダーらしい俺が、ここは取り持つべきところだろう。


「いえ、構いません。私の中では整理のついていることですので。」

「そうなんですか?」

「ええ。あいつが抜けたおかげで私は御庭番に籍を置くことが出来ましたし。あいつは流れの冒険者。私はエリートコースまっしぐら。どっちが勝ったなんか明白でしょう? あんなビッチ兎女、合わなくて清々します。」

「えぇ……。」

「アズミ。若様の前だ。口を正せ。」

「御意に。申し訳ありません、若様。」

「イナバといい、アズミといい、余は自分に正直な部下は好きじゃぞ?」

「流石若様。懐が広い。一生ついていきます。」


 心の中の注釈に「自分のキャリアのため」がついてそう。


「若様。部下の教育が行き届いていないと勘違いされてしまいます。ここは厳しくしていただきたい。」

「余の代わりにハンゾーが厳しくしておるのだろう? いつも助かっておるぞ。ハンゾー。」

「勿体無きお言葉。」


 ずいぶんと心の広い主君である。ハポン国がどんな形に治められているのか気になるなぁ。


「まぁ、そういうわけじゃ。イナバをしばらく頼むぞ、フィルよ。男児が関わらなければ安全なやつじゃ。そういえばフィルはあやつの好意の対象そのものじゃが、どうしておるんじゃ?」

「不老の薬を飲まされましたね。」

「へぁ?」

 若様が変な声を出す。


「不老の薬、とな?」

「はい。」

「お主が成長しないために?」

「はい。」

「あやつ……そこまでやりおったか。」


 若様が頭を抱える。


「一応、今は小人族ハーフリングと種族を偽って暮らしていますね。」

「なるほどのう。しかし、あやつも馬鹿ではない。何故フィルに不老の薬を? フィルにとってメリットがほとんどないではないか。」

「本当ですよ。」


 ルビーのために不老の薬を飲んだが、結局は意味がなかったのだ。骨折り損のくたびれ儲けとはこのことである。


「ふぅむ。ところでフィル。その不老の薬の作者は誰じゃ?」

「作者? ポーションに作者の明記なんてありましたっけ。」


 製造元の商会が書いてあることは多くあるが、生産者の名前が載っているポーションなんて聞いたことがない。


「あるぞよ。希少価値の高いものや、効能が高すぎる類のポーションは製作者の記名が義務付けられている。特に不老の薬なんて、必ず記名してあるはずじゃ。」

「本当ですか?」

「おうとも。フィル、不老の薬の値段はそのくらいじゃ?」

「貴族が買う豪邸が三軒から、場合によっては町一つ買える値段です。」

「イナバに本当にそれだけの財産があると思うかの? B級ソロとはいえ、町一つ買える値段じゃぞ?」

「…………。」


 言われてみれば、変だ。トウツは俺と出会う頃、冒険者として活動して2、3年かそこらのはずだ。その短時間に、それだけの資産を作れるだろうか。


「加えて、じゃ。不老の薬が町一つ買える値段なのは、何故だと思う?」

「……そういえば、知りませんね。」

「不老の薬を所持しているのは、基本は王族や貴族だからじゃ。一世紀に1人ほどの周期で、このポーションを作ることができる金魔法使いが現れる。それらの金魔法使いは、効能を保証するために魔法契約の自分のサインを瓶に記名する。その金魔法使いが死ねば、しばらく数十年は作り手がいないポーションになるんじゃ。ちなみに、今は現役で作れる者がいない。」

「……資産価値として、値崩れしない。」

「その通りじゃ。新しい供給がない以上、そのポーションの価値は落ちることがない。貴族たちはそのポーションを使うためではなく、固定資産として買っている。そして、不世出ふせいしゅつの統治者が現れた場合のみ、その者に不老の薬を飲んでもらい、老いぬまま統治してもらうということが習わしじゃな。」

「なるほど。え、じゃあ俺が飲んだポーションは誰がトウツに売ったんです?」

「そこじゃよ。貴族たちがそのポーションを手放す時は、止む無くという場合のみじゃ。」

「……没落。」

「そう、その通りじゃ。察しがいいのう。自身が統治する領の財政状況が上手くいかなかったとき、貴族はそのポーションを質に入れる。理由は飢饉や財政管理の甘さなど様々じゃがの。そしていざ借金を返せずに質に入れたポーションの売値となるのが——。」

「統治する領の経済を支える分だけの金額、つまりは町一つ分の値段ということですね。」

「その通りじゃ。」


 ペシン、と若様が扇子を開く。

 アズミさんとハンゾーさんが、静かにお茶を片付け始める。

 俺は二人に小さくお辞儀をする。


「さて、ではフィルに重ねて質問じゃ。イナバに不老の薬を売った人物、一体どこの誰なんじゃろうな?」


 若様——トウケン・ヤマト少年の黒い瞳を見ながら、俺の頭の中では疑問ばかりが渦巻いた。

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