第87話 入学試験2
「いやぁ、ゴンザから『ストレガの弟子がそっちに行くぞ。』と言われたときは驚いたよ。ストレガ氏本人の書状も本物だったからね。君が来なくてもただでさえ今年は豊作なのに、困っちゃうなぁ。」
フィンサーさんは気さくな人だった。
見た目が中性的で、髪も長いことから一瞬女性かと思うほど綺麗な人だ。
ウォバルさんと一緒によく女性に囲まれていたとはゴンザさんから聞いていたが、これは確かに女性が集まるだろう。
本当にウォバルさんたちと同じ年代なのだろうか? 見目が若すぎる。
「豊作とは?」
「王族や貴族、亜人の人々も世代交代の時期に来ているのさ。その目ぼしい子どもたちの多くが在学しているよ。例年であれば特学レベルの子が普通クラスにあぶれているくらいさ。」
それは貴族の人たちにとって、どうなんだ?
あぶれた人の中には、貴族も多いだろうに。
「それにしても、保護者が女性二人とは思わなかったよ。ああ、ゴンザから君の境遇は聞いているよ。なるべく配慮するからね。」
「ありがとうございます。」
トウツもフェリも無言でついてきてくれている。
喋るとボロが出るので俺が静かにしていてくれとお願いしたのだ。特にトウツ。
フェリが学園の壁をまじまじと見ながら歩いている。
わかる。
この壁の防壁魔法、どうなってるか知りたいよな。
フェリの口元がにへら、と歪んだ。
あ、違うこれ。
壁をどうやって爆弾に錬金できるか考えてる顔だこれ。
「フィル君は特進クラスに進むことが決まっているよ。ストレガ氏の弟子で、王族とギルドマスターの推薦つきだ。これで君を普通クラスにやったら、学園はいろんなものを敵に回すことになっちゃう。」
「……一生徒にそんなこと教えていいんですか?」
「君は子どもの割に老成していると、ゴンザから聞いているよ。」
それは何というか、信頼されたものだ。
俺というよりも、ゴンザさんへの信頼か。
「でもまぁ、簡単に試験はさせてもらうよ。とはいっても、幼児向けの試験だからね。ウォバルたちのクエストについていける君が受けるには物足りないかも。」
とんでもない。
俺はウォバルさんたちに追いつけていたとは思っていない。あれは社会見学みたいなものだろう。
「お手柔らかにお願いします。」
「もちろん。」
フィンサーさんはにこやかにドアを開いた。
そこには開けた空間があった。
円形の闘技場の周りに、石造りの観客席がある。
まばらだが、客席には数名の大人が座っていた。
服を見ると、ここの職員のものだ。時間がある教師が俺をわざわざ見に来たということだろう。
ここの教師になる人間は、一定以上の実力をもつ魔法使いが多いと聞いた。その道の人間にとって、ストレガの弟子は興味の対象ということだろう。
学園は休日のはずだが、勉強熱心な人々である。
おや?
俺は客席に見知った人を発見する。
「シャティさん?」
「フィル。」
やっぱりだ。
そこにはシャティさんがいた。品のいい笑みを浮かべて、客席から俺を見下ろす。
「どうしてここに?」
「私、図書司書。」
驚いた。
学園に就職していたのか。
「驚いたかい? 今年度からここに勤務している。ゴンザから彼女の話も聞いていてね。サプライズになったかい?」
「は、はい。」
「すまない、シャティ君!積もる話はあとでしてくれ!」
フィンサーさんが大声でシャティさんに話しかける。
客席でシャティさんが小さく頭を下げる。
以前、師匠の家に彼女がたどり着いたとき、師匠の書斎で本の虫になる彼女を見た。
なるほど、図書司書は彼女にとって天職かもしれない。
「さて、試験説明をしようか。試験官は僕が務めさせてもらうよ。君の試験官を務めたいと申し出た教員はけっこう多くてね。倍率が高かったんだよ?」
「はぁ……。」
「推薦者の一人が知人ということで、僕が勝ち取ったけどね。」
酷いコネクション横領である。
「ルールは簡単。あそこにある的に魔法を飛ばせばいい。距離は約10メートル。この10メートルにはちゃんと理由がある。一般的な兵士をアウトレンジから攻撃できる距離だね。優秀な戦士はこの距離もまぁ、一瞬で詰めちゃうけど、これが指標になる。受験対象は6歳児が多いから、魔力が足りなくて的に魔法が届かなくても大きな減点にはならない。きちんと魔素を観測しているのか。演算は出来るのか。こっちの方が重視されるかな。」
「わかりました。」
俺はラインが引かれた持ち場につく。
10メートル先には、弓道で使われていそうな的がある。魔法でコーティングされている。よく見ると、わずかな黒い魔素が見える。アンデット種の骨を加工したものだろうか。
隣でフィンサーさんがニコニコしている。
そういえばこの人、ウォバルさん並に感知能力が高いんだっけ。
下手に解析しすぎると見抜かれるなぁ。
それなりに影響力のある立場にならなくてはならない。だが、悪目立ちして転生者やエルフであるとばれてもいけない。師匠の面子は保たなければならない。
バランスをとるのが難しい。
俺、そんなに器用な人間じゃないんだけどなぁ。
俺は火魔法を選択する。エルフへの印象から離れた魔法。
エイブリー姫は5属性を極めよと俺に要求した。
だが、それを全ての人間にひけらかす必要はない。
俺は師匠とは違う。
宮廷魔導士になることが目的ではない。エルフとして森に帰る。あくまでもそれが最終目的なのだ。
「
俺の手元に火球が出現する。
「ほう、魔法の出が早い。」
「魔力の収束が早いですな。」
「初等部では高学年含めてもトップレベルか。」
エルフ耳が客席の会話を拾う。
げ。この速度、師匠が駄目出しするレベルなんだけどなぁ。
薄々感じていたけど、あの婆、首の高さのハードルを足首くらいの高さに偽ってたよな。
火球を射出する。
真っすぐ飛んでいき、綺麗に中央に着弾する。
ん?
周囲の音が聞こえなくなった?
俺はちらりとフィンサーさんを見る。
「気づいたかい? 周りの会話で集中できていないのかなと思ってね。」
遮音魔法。ということは風魔法か。
流石は
「うん。弾道が綺麗だね。魔力を魔素に上手に伝えられている証拠だ。火力は今のが最大かい?」
「いえ、もう少し出せます。」
「やってみて。」
言われるがまま、俺は火球を少し大きくして放つ。
着弾。
「うんうん。今の位はうちの子でもたくさんいるなぁ。」
げ、もう少し威力上げた方がいいのか。
俺はさらに火力をあげる。
「もう少し火力を足せばトップレベルだねぇ。」
俺は慌てて魔力を練って、自分の体くらいの大きさの火球を作る。熱を圧縮した特別性だ。
それを足で踏み込んで、ドッジボール投げをする。
炸裂音が闘技場にこだまする。
ざわざわと、客席の教員の声が耳に届いてくる。
「はい、お疲れ様。合格です。予定通り特進クラスだね。」
「本当ですか!ありがとうございます。少なくとも、トップ層の成績ですよね?」
そうでないと困る。
あれだけ死線を潜り抜けてきたのだ。
「そうだね。君の成績は間違いなくトップレベルだよ。初等部から高等部全て含めての、トップ層だよ。」
「え“。」
フィンサーさんはニコニコしている。
客席の教員はざわめいて俺を指さし、近くの人間と話している。
慌てて俺はトウツとフェリを見る。
2人とも呆れ顔をして俺を見ていた。
客席ではシャティさんが無音で笑いをこらえている。
「は、はかられたああああああああ!」
俺の悲鳴が闘技場にこだました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます