第86話 入学試験
「入学試験?」
そう言ったのは、宿に着くなりベッドに寝そべったトウツだ。
一応B級パーティーなので、それなりに高い宿を選んでも良かったのだが、俺の懐事情を考えて安めの宿に決まった。
3人とも同じ部屋である。
繰り返す。3人とも同じ部屋である。
俺は最後まで抵抗したが、俺は2人の債務者であり、フェリに至ってはご主人様である。抵抗はまるで意味がなかった。
だが、トウツの動向に関してはフェリが監視しやすくなるので、これはこれで安全かもしれない。
それに、俺はすぐに学園の寮に入ることになる。
変態のトウツと、最近束縛が激しくなりつつあるフェリから離れられるのは僥倖といえるだろう。
ちなみに、寮生活が始まることは2人には教えていない。教えたらトウツが阻止しにかかるだろうからな。エイブリー姫様様である。
「そう。受けなきゃいけないんだよ。入学試験。」
「王族の推薦なのに?」
「元宮廷魔導士の弟子なのに?」
「だからだよ。肩書だけ見れば、俺って裏口入学そのものみたいだろう? 推薦してくれたエイブリー姫の面子を保つためにも、それなりの成績を見せろというのが学園の言い分らしい。」
納得のいく話だ。
この国はそれなりに広い。
魔法で情報伝達がしやすいとはいえ、広い国土を王族だけがまとめて統治するには無理がある。
だからこそ、貴族がいる。彼らは与えられえた裁量の中で地域を治め、国に貢献している。
それに対して王族は、ある程度の見返りを準備しなければならない。
王族に意見を具申する権利などがそうだ。
俺の入学がエイブリー姫のコネだけであれば、黙っていない貴族も多いだろう。実力のない子どもは入学試験ではねられているのだ。子どもがそうなった貴族は、少なくともいい気分はしないだろう。
ちなみにエイブリー姫はそこまでの配慮をしていないそうだ。「私この子、気に入ったわ! よろしくね!」と学園に数名ぶち込んだそうだ。
つまり、この形としての試験は学園側の配慮である。
変な貴族に因縁をつけられないように。
「面倒な話だねぇ。」
トウツがローブを脱ぎ捨てる。ついでに忍び装束も脱ぎ捨てる。
「貴方! 裸族はいい加減にやめてと言ったでしょう!」
「見られて恥ずかしい体じゃないからねぇ。」
「フィオもいるのよ!」
「フィオは7歳だもんね~。」
いや23歳だぞ。
俺は目をそらす。
いや、ちらちら見てはいないですよ?
でもほら、引っ越したばかりだから間取りは確認しないと。その間にたまたまトウツが視界に入るけど仕様がないよね。いやほんと、トウツは困ったちゃんだなぁ。
この半年、結局フェリだけでなくトウツも師匠の家で過ごした。
「同じパーティーなのに僕だけ除け者……。」といじけたトウツを受け入れた形になる。
夜になる度にトウツが裸でうろつくものだから、目のやり場に困ったものだ。いや、ほんと。助かる。ありがとう。拝んどくか。
「目をつむりなさい。」
目を食いしばった。力を入れていないはずなのに、表情筋が総動員で俺のまぶたを閉じにかかる。
フェリの言葉を奴隷印が命令と判断したのだろう。
フェリが開けてと言わない限り、俺の目は開かない。
「何故!?」
「見てたでしょう。」
「見てない!」
「嘘をつかないで。」
「嘘はついてないです!見てないです!」
「じゃあ、しばらくは目を閉じていても問題ないわね。」
は、しまった!?
『お主、阿呆じゃのう。』
瑠璃が近くでぼやいた。
「こほん。」
俺は居住まいを正す。
目は閉じたままだ。
「そういうわけだから、どちらかが保護者として同行してほしい。」
「私が行くわ。」
「僕が行くよ~。」
「貴方はパーティーリーダーとしてギルドに行かないといけないでしょう?」
「君ら二人とも後衛でしょうに。ここは僕がついていった方が安全だね。」
「ここは都よ。他のどこよりも安全だわ。」
「万が一もあるからねぇ。大体、ダークエルフの君が学園に顔を出すのはリスキーすぎない?」
「それを言うなら男児がお好きな貴方の方が学園に連れて行くのは危険だわ。」
「ぶっぶ~。ざ~んね~ん。今の僕はフィオ一筋です~。」
「それを言うなら私だって——。」
突然言葉を切って、フェリが静かになる。
顔を真っ赤にしてうつむく。
いたたまれない空気が流れる。
「もう面倒臭いから、二人とも来てくれ。」
そういうわけで、入学試験と入学面談をすることになった。
受験者は
どういう取り合わせだ。
俺たちは着の身着のまま学園へ向かう。
俺はいつものワイバーンのローブ姿だ。ローブの下は動きやすい白シャツとズボン。ちなみに白シャツは瑠璃がアラクネの力で編んだものである。顔はもう隠していない。千両役者の仮面があるからだ。
トウツは忍び装束。フェリはローブの下にエルフの民族衣装。
おそよ学校に訪問する一団じゃない。
という事実に学園に着いてから気づいた。
職員らしき人が不思議そうな顔をして俺たちを見て、通り過ぎる。校庭で遊んでいるらしき子どもたちが「お姉さんたちだーれー?」と声をかける。
そりゃそうだ。
冒険者の格好のまま学校に来るやつがあるか。
何でここにたどり着くまでに誰も何も言わなかったんだ。
「なんか悪目立ちしてるねぇ。」
トウツが能天気に笑う。
「俺、麻痺してた。この世界に来てずっと森にいたから。」
「わ、私だって学校に行ったことないもの。ドレスコードなんて知らないわよ。」
校門前で俺たちはまごつく。
「あの、学校への訪問者ですか?」
学園の衛兵らしき人が、俺たちに話しかける。
カッチリとした紺の制服を着ている。そこに所々、金の模様でワンポイントをあしらっている。シンプルだが品のいい制服だ。流石は国一番の魔法学園だ。衛兵の制服も金がかかっている。
ちらりと制服の魔素の流れを見る。魔法使いが着るローブの様に、魔力を通しやすい加工がされている。変に重装備するよりも、こちらの方が衛兵の実力を出しやすいのだろう。
「はい。そうなります。」
「はぁ。」
返事するトウツに対して、衛兵さんも生返事になる。
そりゃ、この見た目で学校訪問と言われてもピンと来ないだろう。
「予約をしていました。フィル・ストレガです。」
俺は名乗る。
「ああ! 今日編入試験を受ける予定の! 畏まりました。ご一緒にどうぞ。付いてきてください!」
俺たちは衛兵さんの後ろをついていく。
衛兵さんが慌てた様子を見せたのは、「ストレガ」の力だろう。
「貴族の子らをたくさん抱えるわりには、あっさり通すんだね。」
「ここは教師でも実力者じゃないとなれない。僕が今気づいただけでも、倒しづらそうなのがたくさんいるねぇ。」
俺の疑問にトウツが答える。
なるほど。職員が全員、衛兵も兼ねているのか。それならば安心だ。
「こちらが職員棟になります。入ってすぐ左が事務ですので。では。」
衛兵さんが建物を紹介し、去る。
前世の学校とは大きい違いである。
学園の敷地が広いとは思っていたが、教師専用の建物もあるとは。移動が面倒くさそう。
レンガ造りの棟に、等間隔の窓。
都に着いて思ったのだが、村に比べると石造りやレンガ造りなど、長年住める形に作ってある建物が多く感じた。
建物に入り、事務に連絡すると、すぐに一人の男性が出てきた。
黒い髪を後ろに縛り、丸眼鏡をしている男性教師だ。柔らかい印象があり、虫も殺さないような顔をしている。
だが、すぐにわかる。この人、冒険者出身だ。
「やぁ。君がフィル君だね、初めまして。僕の名前はフィンサーと言うんだ。ゴンザから話は聞いているよ。面白い子どもが来るってね。」
冒険者というか、知人の旧知の仲の人だった。
フィンサー。
元A級冒険者パーティー、
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