第88話 入学試験3

「いやぁ、すまない。ついからかってしまったよ。」


 目の前には毎秒女性を落としそうな笑顔をするフィンサーさん。

 おそらく、向かいの椅子に座っている俺は渋い顔をしているのだろう。


「酷いですよ。実力を見たいからといって、あんな嘘つくなんて。」

「おや? 僕は嘘はついていないですよ? 実技トップとはいいましたが。」


 ぐぬぬ。

 フィンサーさんの言う通りだ。高等部を含むと表現しなかっただけで、嘘はいっていない。真実も語っていなかったが。

 これがウォバルさんとゴンザさんと共にA級までたどり着いた人。食えない。


「済まないね。出来るだけ正確に実力を測っておきたかったんだ。これも仕事だから許してほしい。」

「構わないですけど、あんまり派手に露見するのはやめてほしいです。」

「おや、目立つのは嫌いかい?」

「面倒ごとを避けたいだけです。」

「なるほど、君はウォバルみたいなタイプなんだね。」

「ウォバルさんもそうだったんですか?」

「ああ、今でこそ落ち着いているけど、あいつはシャイだったんだよ。女性に言い寄られるたびに慌てていてね。嫉妬したリコッタにいびられる彼を見るのは面白かったなぁ。」

 フィンサーさんがニコニコと話す。


 何となくこの人がどんな人かわかってきた気がする。


「さて、次は面接だね。保護者同伴になるけどいいかな?」

「構いませんよ~。」

「私も。」

 トウツとフェリが答える。


「お二人が冒険者仲間というのはうかがっております。ただ、僕はあなた達と共通の知人がいるので面接官は出来ません。学園長ともう一人の教師が担当することになっています。」

「わかりました。」


 フィンサーさんについていき、棟の中を歩いていく。学長室は一番上の階にあるらしい。


「それでは、僕はこれで。面接を終えたら帰って構いません。ああ、そうそう。シャティ先生は図書館にいるので。寄って帰ってもいいですよ。僕はお茶をくみに行きますね。」

 そう言って、フィンサーさんは離れていった。


 3人で学長室の前に立つ。


「……どう思う?」

 俺は2人に聞く。


「中の人、ただ者じゃないわね。魔法学園のトップにいるだけあるわ。」

 フェリが言う。


「トウツ。どう? お前なら勝てそう?」

「ん~。頭の中でシミュレーションを何回かしたけど、扉開けて斬りつける前に、僕のお腹に穴が空くね。」


 俺とフェリは思わず、一緒になってトウツの顔を見る。


「なぁに? その顔。」

「いえ、貴方が1対1で負ける姿を想像できなくて。」

「俺もだ。お前でも勝てないやつっているんだな……。」

「君ら、僕を何だと思ってるのさ。」

 トウツが呆れる。


「扉の前で見分しとらんで入らんか!」

 扉の向こうから、年若い女性の声が聞こえた。


「……入ろうか。」

「そだね~。」

「ええ。」


 観音開きの扉を押して入る。

 扉一つとっても装飾が細かく、驚かされる。


「よう来たね。私がここの学長をしとる、シュレ・ハノハノじゃい。よろしゅうの。」


 見ると、そこにいる人物は竜人族リザードマンの男性のみだった。一瞬普人族かと思ったが、皮膚にわずかな鱗が見えたのでわかった。服を見る限り、この学園の職員だろうか。ソファーに腰かけている。

 だが、聞こえた声は年若い女性だったはず。

 俺たち3人は、とりあえず彼にぺこりとおじぎをする。


「いや、俺じゃねぇよ。です。」

 慌てて竜人族の男が修正する。


 男はデスクを指さした。

 誰もいない。

 艶のある木製の大きなデスクがあるのみだ。


 いや、よく見ると小さなおかっぱ頭が見えた。


「私を無視せんどいて!」

 おかっぱ頭がぴょんぴょんはねる。


「学長。だから椅子は一番高くしてといつも言ってるでしょうに。」

 竜人族の男がデスクの脇に行く。


「なんやと!私が小さいってか!?」

「いや実際小さいでしょうに。」

「ばーか!ばーか!」

「子どもですかあんた。」


 突然始まった漫才に俺たちは何もできなくなる。

 これ、多分南部なまりの方言だ。

 神語が勝手に九州弁に訳しているのだろう。


 デスクの影から一人の少女、いや、女性が出てきた。小人族ハーフリングだ。

 こざっぱりした綺麗な顔立ちをしている。小人族は普通に齢をとるはずだが、若作りなのか年齢が推定できない。


「ふん。私が学長だ!ここで、一番、偉い。」

 胸の前で腕を組む。


 ……わざわざ自ら偉いというあたり、狭量に見えてしまう。


「あー。ついでにここのマギ・アーツの教科担当をしている。います。ショー・ピトーだ、です。」

 竜人族の男性も名乗る。


 紫色の短髪。目も眉も切れ長で、蛇を思わせる風貌をしている。

 服の上からでも、しなやかで頑強な筋肉に体が覆われているのがわかる。

 竜人族リザードマンはあまり見たことないが、アルシノラス村で見かけた冒険者よりも体を鍛えてあるのがわかる。

 ここにいるということは、一線を退いた身ということだろう。それでこの体の完成度。現役時代はかなりの猛者だったのではないだろうか。

 表情がワイバーンよりもはっきりと分かりやすいことに、一種の安心を覚える。


「面接は私、シュレ・ハノハノ学・園・長!と、ピトー教諭が行う。」

 シュレ先生が学園長を強調しながら言う。


 押しが強い人だ。


「すまねぇな。まぁ、座ってくれ。」

 ピトー先生が親指でソファーを指す。


 この人も敬語に慣れてないなぁ。

 俺も人のこと言えないかもしれないが。


「おほん!まぁ、形式的なものやけど、一応やっとこうかね。やった事実がないと貴族連中がうるさいけん。」


 この人もまたオブラートに包まない人だなぁ。


「えっと~。わが校への志望理由は何ですか?」


 めっちゃマニュアル質問やん。

 というかA4サイズの紙をガン見しながら聞いてくるし。


「魔法を学ぶには、ここが最適と聞きました。私は運が良く、素晴らしい恩師に恵まれましたが、知見を広げたく、多くの方に師事したいと思い、この学園を志望しました。」


 俺はマニュアルにマニュアルで返す。気分は高校受験。


「ほうほう。マギサお婆ちゃんの弟子やけんね。ぶっちゃけ何でここに来たんか? 森に籠ってた方が勉強になったろうに。」


 マニュアルが一問で終わったぞ。


「エイブリー姫の提案です。出来る限り学界の人間と交流を保てる範囲で学んだ方がよいと。」

「何や、つまらんね。政治絡みか。お主、師匠のスケープゴートにされたんね?」

「そんな感じです。」


 何かもう、適当に答えていい気がしてきた。


「失礼します。」

 フィンサーさんが紅茶をもって部屋に入ってきた。


「げ。」

 シュレ先生が顔を歪ませる。


「学園長。顔を見ただけでそのような反応をされては。保護者の方に職場の人間関係を疑われてしまいます。」

「何やその敬語。気持ち悪いわ。」


 嫌がるシュレ先生。黒い笑顔を輝かせるフィンサーさん、いや、先生。


「ああ、フィンサー主幹教諭は学長の夫な。」

 向かいのピトー先生が補足する。


 なるほど。道理で。

 シュレ先生からすると、来るなと言ったのに授業参観に来た保護者のようなものか。


「シュレ学園長は、師匠と旧知の方なんですか?」

「戦場で少し協力した関係やね。ありゃバケモンやね。同じ人間とは思えん。」


 この人、トウツより強いんだよな?

 それでも師匠は化け物扱いなのか。


「それと、そうそう。保護者やね。後ろの兎ちゃんとダークエルフちゃんはどんな関係やっけ?」

 めっちゃ砕けた口調でシュレ先生が言う。


 ダークエルフがいるのに、何も言わないのか。

 心が広いのか、おおざっぱなのか判断に困るところだ。


「将来を誓い合った仲です。」

「違います。この兎人の言うことは今後信じないでください。」

「じゃあ、セフレでいいよ。」

「いいわけないだろ!?」

「わ、私はただのパーティーメンバーです。」

「ふむ。ちょっと待ち。資料に奴隷契約の文字があるんやけど。これもジョークと?」

「あ、それは本当です。」

「本当なんか!? 坊主お前、この姉ちゃんに買われとるんか!?」

「そうなります。」

「何で!?」


 変な誤解を解くのに10分ほどかかった。

 その間、フィンサー先生はうきうきしながら俺たちとシュレ先生を見ていた。

 この人がシュレ先生と結婚した理由が、何となくわかるというものだ。


「なるほどね。冒険者として活動するために奴隷に。豪胆やねぇ。」

「学長が冒険者としての許可をくだされば、解除も出来るのですが。」


 最近、トウツだけじゃなくフェリも危なく感じてきたのだ。

 念のために解除したいので、俺は学長に提案する。


「駄目やね。例外を作るときぞ——保護者が五月蠅いけんね。」


 今、貴族と言いかけただろ。


「ここはあくまでも学び舎。冒険者養成校じゃなか。冒険者になるやつも多いばってん。フィル君が同年代と比べると魔法の腕が確かなのは資料を流し見すればわかる。ちゅうか、見れば大体わかる。両隣の女子おなごもの。それでも駄目たい。自殺志願者に権利は与えられん。」


 まぁ、仕様がないだろう。

 ただ、奴隷契約に関しては何も言ってこない。

 何かあったときは責任をとらないが、黙認はするということなのだろう。


「よし、こんなもんでいいじゃろ。解散!」

「いや学長、待ってください。」


 お開きにしようとするするシュレ先生をピトー先生がとめる。


「必要な書類書いてもらわないと。」

「面倒くさい!私はサイン書くだけにしといて!」

「えぇ……。」


 面接が2人体制である理由も、何となくわかった。


「じゃあ、この書類に書いてくれ。保護者の住居実体と、あと大まかな収入源を。冒険者なので大体でいい。こっちは学生寮の同意書だな。使い魔に関してのルールと契約内容にも目を通して。」

「え、学生寮?」

「ちょっと待って、私聞いてないわ。」


 ふふふ。言ってなかったからな。


「さぁ、フェリ。サインを頼む。」

「ちょっと待って、何で。」

「君は俺のご主人様だろう? つまり保護者だ。サインを書くとしたら君だ。」

「フィル。僕は別居なんて聞いてないんだけど~?」

「今言った。」

「それはずるい。宿も3人部屋にしたのに!」

「すまんが、家族会議は事前にやっておいてくれないか?」

 ピトー先生が眉間を指で揉む。


「ようわからんけど、兎の姉ちゃんもダーク姉ちゃんも、子離れは早い方がよかよ?」


 学長の鶴の一声でサインが決まった。トウツはギリギリまで粘ったけれども。この部屋の中では武力も権力も彼女が一番高い。

 沈んだ顔でサインするフェリ。お通夜のような雰囲気を出すトウツ。

 今のひと悶着を子離れで流すとは、これが人の上に立つ人間の度量か。

 最初は不安になったけど、この人最高の学長じゃないか。


「ふむ。これでよかね。では、改めまして、フィル君。」

 シュレ先生が俺たちを見やる。


「ようこそ、エクセレイ王国が誇る学び舎、オラシュタット魔法学園へ。」


 俺の学園生活が始まった。

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